30・襲撃する赤
とうとう車に乗ってて銃撃された。
箱被りの光を操るレオタード剣士人形ことディバインと出会ってまだ一日もたってないのにこれである。
だがこの場合、ディバインがどうこうとか女運がどうしたとかではなく、単に、俺と高級車の相性が悪いという可能性もある。
一度目は爆破。
二度目は銃撃。
季節が変わらないうちから二度もやられている。
女難の相だけでなく車難の相まで俺の顔にはあるのかもしれない。三度目があるとしたら次は何がくるのか。
「行っちゃったな」
ここまで俺達四人(正しくは二人と二体だが)を運んでくれた防御特化の高級車は、もと来た道をUターンして戻っていった。
みるみるうちにその車体が小さくなる。
やがて、交差点で曲がって見えなくなった。
「俺達がまだ乗ってると思われて、襲われなきゃいいが」
「運が悪ければ、そうなるかもしれないわね。でも、それはないでしょうけど」
根ノ宮さんの言葉には確信のようなものがあった。
「死人たちがディバインの気配に反応して襲ってきたのなら、気配の残り香もあるかどうか微妙なあの車を狙ったりしないはずよ」
「くるならこちらの方ってことっすね」
「ええ」
「気を抜けませんわね。目的の建物までまだ距離はありますけれど、わたくし達は、もう敵地に踏み込んでいると認識すべきですわ」
「フフ、そうこなくては」
ディバインが自信ありありで笑う。
このイカれた潰し合いの当事者だからやる気が一番あるのはわかるが、だからこそ不安しかねえ。
こいつは毎回不意の反撃で破損するものなのだと、そういうものだからそこは自然の摂理みたいなものと思って諦めようと、こっちが受け入れるしかないのかな。諸行無常ってやつなのか? もうわけわからん。
「油断するなよ、皆の衆」
先頭を歩くディバインの後ろ姿を見ながら、俺は「お前が言うな」と、ぼそりと呟いたのだった。
「おやまあ」
建物の陰から様子をうかがう。
アサルトマータが一体、フラッドの住みかと化している(はずの)という、件の土建屋事務所。
二台の車が駐車場に停まっており、どちらの車にも、二人ないし三人、乗車している。
その誰もが、身動きひとつしていない。
スマホをいじるとか、煙草をふかすとか、バックミラーを見ながら髪型を直すとか、仲間と楽しげに会話するとか、そんなありきたりな暇潰しを何もやることもなく、死んでいるかのように、ただ座っている。
(死んでるんだから当然だけど)
命令待ちのまま待機している死人ども。
この暑い夏に窓を開けもせず、おそらくエアコンもかかってない車内に、活きの悪くなった食材──人間の死体がある。
凄まじい臭気が充満していそうだ。
それとも、フラッドに操られていると、腐敗もしないのか?
さっき銃弾をおみまいしてきた奴らは普通に動いていた。死後硬直っていうのか、筋肉や関節がガチガチに固まってる感じは見られなかった。なら腐ることもないのかな。
ディバインに聞いてみる。
「そんなこと、気にしたこともなかったが……奴に操られていた死人には、肉が落ち、腐っていたのもいた記憶がある。だから腐ることは腐るのだろう」
「記憶があるってことは、戦ったのか?」
「うむ。一度な」
「どっちが勝ったんだ?」
「私だ。なかなか骨が折れた。極限まで圧縮した水を、こう、私のレーザースラッシュのように放つスキルが強力だったぞ。威力も似たり寄ったりでな、互いに互いのそれをまともに喰らって共倒れしかけたが、たまたま軽傷ですんだ私がなんとかトドメを刺せた」
「いつもギリギリだなお前」
「勝てばいいのだ」
「そんな行き当たりばったりみたいなやり方で、よく最後まで残れたもんだ……。あ、あとお前、フラッドって奴がそんな危険なスキル持ってたこと、なんで今の今まで黙ってたんだよ。教えとくべきだったろ……」
「忘れてた」
しれっとディバインは言い放った。
こいつマジで……こいつ…………。
「そう目くじら立てないの。彼女は記憶の掘り返しひとつ満足にできないのだから、こちらが寛容になってあげないと。ね?」
根ノ宮さんが俺の手をとり、言った。
やんわりと俺のことをなだめているようにみえてディバインをチクチクつついている気がするのは気のせいじゃねえなこれ。
まあこんな大事な情報を共有するどころか思い出さずしまい込んでたんだから、そのくらいの嫌味くらい言いたくもなるか。
「あら?」
「どしたんすか先輩……あれ?」
先輩の視線の先。
動きがあった。
死人どもが全員、車から急に降りだした。
そして、ある人物へと近づいていく。
ガラの悪そうな男性の首根っこを掴んで引きずりながら、土建屋事務所の玄関前に向かっている女性へと。
掴まれているパンチパーマの男性は、状況的に、まあ死人で間違いないだろう。生前はこの土建屋に所属していたはずだ。
もしかしたらただの不幸な一般人かもしれないが、そこは別に重要ではない。
重要なのは、掴んでいる女性だ。
遠目でも、まともな服装ではないのはわかる。そんな見た目をしていた。
ポニーテールにした赤毛。
露出の多い女戦士という衣服。
極めつきに、もう片方の手には巨大な斧を持って、長い柄を肩に乗せていた。
漫画から抜け出てきたのかと疑いたくなるくらい、典型的なアマゾネスだ。アマゾネスすぎた。
そんなアマゾネスは手元のパンチパーマを、手提げ袋みたいに軽々とぶん投げた。
土建屋事務所の玄関へ。
がしゃんという、ガラスか、あるいは自動ドアの割れた音がこちらにまで届いた。
少し遅れて、車から降りた死人どもが襲いかかる。
どうも拳銃持ちはいないらしく、刃物か警棒、鈍器のようなものを得物にしてアマゾネスに群がった。
アマゾネスは避けもせず、その攻撃を平然と受け、ひととおりやらせてから、大斧を数度振り回した。
死人どもが、いくつかの肉塊にされた。
それでもまだアスファルトの地面でうごめいてはいるようだが、もう戦闘能力などありはしない。
アマゾネスはそれらを気にせず踏み潰しながら、さっきパンチパーマを投げつけた玄関へ、悠々と向かった。
謎のアマゾネスによる大暴れ。
──いや、謎ではない。
その姿に俺達は、聞き覚えがあり、
「……誰かと思えばブレイザーか。フン、先を越されたな」
ディバインには、見覚えがあったのである。
「これはのんびりしてられん!」
「あっ、おい!」
もう辛抱たまらんとばかりに駆け出すディバイン。
俺の制止の声など無視だ。
「あのバカ! 仕方ない、先に行きますから!」
俺は先輩と根ノ宮さんに短く告げ、後先考えない単細胞女剣士のあとを追うのであった──