12・退魔師の巣へ
「うわぁ。高そう」
この連中の溜まり場に向かうのは徒歩ではないだろうとは思っていたが、こんな縦長の高級車は予想外だった。
カーブ曲がったりバックで駐車したりとか大変そう。
そんな黒塗りのダックスフントの横っ腹を開け、中に乗り込む。
いや、乗り込もうとして、ちょっと止まった。
(……ホイホイついてきたけど、本当にいいのか?)
決心したつもりだったが、引き返せるかどうかの瀬戸際で、心が揺らいだ。
車椅子に座っている掴みどころのない美女は、来るも来ないも君次第と語っていた。
それは、罠を悟られないよう、あえて「来たくないならそれでもいい」みたいな言い回しをしたのではないか。
自分から蛇の巣に飛び込もうとしてるんじゃないのか。
逃げて、逃げて、どこまでも逃げて、ほとぼりが覚めるまで隠れ潜むべきじゃないか。
後ろ向きで心配性な意見が、じわじわと俺の脳味噌を塗り潰していく。
(──まあいいや。どうせ二度目の命だ)
塗り潰されてた脳味噌が、一瞬で前向きでマイペースな意見に漂白された。
そうとも。
降って湧いたようなコンティニューで、たまたまこの世に居座ってるに過ぎない。
今生きてるだけで儲けものなんだ。
罠なら罠で構わない。
全部残さず平らげてやるさ。もう後ろ向きな考えはやめだ!
色々なことが一晩にありすぎて、深く考えるのが嫌になってきた俺は雑に開き直ると、先に乗り込んだ金髪のお嬢様に続いて車内に入り、座席に腰を下ろした。
座りは、グロリア先輩、次に俺、玉鎮の順だ。
両手に花である。
逃げられないともいう。
女の子のいい匂いが、鼻と食欲をくすぐってくる。
結局あの病院では新鮮な生き血はいただけなかった。
こんだけいるなら、ちょっとくらい飲ませてほしいが、駄目かな。
駄目だろうな。
言い出そうものならやっと平静になった間狩がまたブチ切れそうだ。
ここは断念しとくか。
その間狩は、向かい合って反対側に根ノ宮さんと並んで座っている。
白黒ペットの姿は見えない。まさか、車と併走しているのか?
「シロちゃんクロちゃんなら実体化を解除しているだけよ。幽体となっているのが見えない?」
わずかな動きで俺の心理を見抜いた根ノ宮さんが、そう教えてくれた。
そんなに心が読めるのにヒス起こした女子の心を静めるのはできないんだな。
得手不得手ってことか?
「見えない? って言われても……」
近眼の奴がメガネ無しで見るときみたいに、目をグッと細めて精神集中してみる。
こんな苦肉の策で幽体とかになってる狼どもが見れたら世話無いが……。
見れた。
「いるわ二匹」
試してみるもんだ。
「どう見えてるの?」
根ノ宮さんはちょっと驚いてるようだった。なんで?
やらせたのあんただろ。
「半透明な狼のぬいぐるみが、間狩のそばに二つ浮いてるように見えますね。白いのと黒いの。青白い炎みたいなものを体から漂わせてふわふわしてます」
「そう……本当に見えるなんてね。聞いてみるものだわ」
「なんでウンウン頷いて感心してるのかいまいちわからないんだけど。どうせ出来ないだろうって舐めてたんですか?」
「違いますわ」
右の花から返事がきた。
「出来なくて当たり前なんだよ」
今度は左の花だ。
「人間やめてようが所詮はまだ新米だからってことか? 簡単に幽体だか霊体だかを見れるほどこの業界甘くないと言いたかったりする?」
「……そうじゃない」
ついに間狩まで会話に加わってきた。
しばらく口もきいてくれないものかと思ったが。
でも目は伏せてるな。嫌われたもんだね。
「基本、式神は使い手である術者にしか見えない。使い手以外が見ることができるのは、実体化した時のみ。高位の術者や、術者の師にあたる者でさえ、朧気に『わかる』程度だ」
俺と露骨に言葉を交わすのは嫌なようだ。
こっちを見ることなく、壁打ちみたいな独り言に近い感じで喋っている。
「それなのに、キミは複雑極まりない術や抜きん出た異能を用いることなく、いとも容易く彼女の式神を霊視した。恐るべき眼力ね。いかなるまやかしでも一目で打ち破ってしまいそう」
間狩の言葉が根ノ宮さんにバトンタッチされる。
俺は目ん玉も凄いんだな。
もしかしたら鑑定士とかなれるかもしれん。
でも美術や骨董にまるで興味ないから駄目か。
普通の作品はともかく、現代アートとか抽象画に至っては、何が何だかわからない。
まともなものを作るのに飽きた奴らの逆張りと悪ふざけだろあんなもん。
「……それはいいけどよ、さっきの病院どうなるんだい、宮さんよ?」
玉鎮が今回の事件の落としどころについて根ノ宮さんに尋ねた。
確かにそれは俺も気になる。
なんたって、当事者だからな。
「『浄』が屍鬼の取りこぼしや生存者がいないか念入りに調べてから、火薬で派手に崩す手筈となっているわ。マスコミへの根回しはそれからになるわね」
「それで世間が納得するかねー」
「納得させる必要はないわ。時間が経って風化するまで待てばいいだけよ。もっとも、これだけの大事を忘れさせるとなると……一月二月ではすまないわね。騒ぎが沈静化してもまた蒸し返す者が現れるでしょうし……」
前例がないわけでもないのか、根ノ宮さんはよくあるパターンとばかりにすらすらと答える。
かなり前にニュースで大々的に報じられてたホテル火災も、実はそうだったりしてな。
死亡者が不自然なくらい多く出ただの、後にホテルのオーナーが変死しただの、世間をざわつかせていたはずだ。
テレビでもよく取り上げられてた。
人気芸人がグラビアアイドルと浮気したのがスッパ抜かれて、その不気味な事件もすぐ下火になったが……。
まさか、その特ダネも事件を手早く風化させるための裏工作……いやまあ、そのホテル火災が本当にそうならだけどさ。
後で暇になったら聞いてみよ。割と簡単に教えてくれそうだし。
そんなことより大事なのは俺の今後だ。
「そうだ。俺はどうなるのかな。死亡者一覧に乗ったりすんの?」
一応死んだけど。
「そこも含めて、どうするかは今後の話し合いで決めましょうね。このまま友好的な関係でいれば、爆発事故の唯一の生き残りという立場になるかしら」
「こっちの要求を飲まないと指名手配にするぞと言いたげですね」
「私はそうでもないけど、他の方々はキミに首輪をつけたいでしょうね。意味があるかどうは別として」
つけても効果がなかろうが、つけたという結果が大事なわけだ。
要は面子を保てればいいってことである。
大人ってのは体面で生きてる人種なんだなぁ。ボクにはよくわかんないや。
「ついでに聞くけどさっき出てきた『浄』って何? 謎の特殊部隊っぽいアレっすか?」
「ハハハッ! そんな大袈裟なもんじゃねーよ。アタシらみたいな少数、少数のその、尖った……」
「少数精鋭」
笑ったと思ったら今度は困りだした玉鎮にグロリア先輩から助け船が来た。
ハーフから日本語を教えられてんのかよ。
普通は逆だろ。
「そう、それ。その少数せーえーであるアタシ達『破』になれない、才能も技量も微妙な下働きが『浄』なのさ」
「縁の下の力持ちと言うべきですわね。あの方々が事細かな後始末をしてくれるからこそ、我々は遠慮なく振る舞えるのですから」
「どこの世界にも下積みってあるんだな……」
一足飛びや駆け足で登り詰めて華々しく活躍するのは一握り。
あとは土台作りからコツコツやるのは、妖怪退治の業界も変わらずか。
求人とかあるのかね。
笑顔と呪いの絶えない職場です、みたいな。
いくらなんでもバイトでやってる奴はいないと思うが、でも奇特な輩はどこにでもいるからな……。
それから別の話題に切り替わる中、この業界の最低賃金とかいくらくらいなんだろとか考えていたら、
「……ん? 誰だ?」
なんか接近してくるぞ。
「天外君、どうかしたの?」
話題に混ざっていなかったグロリア先輩が不思議そうに聞いてくる。
「いや、なんか言葉にするの難しいんですけど、網にひっかかったというか、何かがこっちに向かってきて──」
タンッ
車の屋根に着陸した。
身構える三姫。
といっても車内ではやれることも限られているが、それでもただ座っているのとではまるで違うはずだ。
俺はというと迷っている。
生き返ってからずっと迷いっぱなしだな。
なぜかというと、それは頭上の誰かさんがホンワカ無害そうな雰囲気だから。
ではない。
邪悪さとか不吉さとかは感じられないんだけど……。
野生動物のような、悪気のない危うさがするんだよ。
上手くろくでもない気配を隠してる可能性もあるが、俺よりその手の察知に気持ち悪いくらい長けてそうな(偏見)根ノ宮さんも同様に静観してるから、その点は大丈夫かな。
自分は確実に難を逃れる算段あるから涼しい顔してるだけかもしれんが。
「よくわかったわね」
「たまたまですよ。さっきのその、白黒狼どもを霊視ってやつした時に、真面目に集中したせいかも」
「才能の塊なのかしら。末恐ろしいわね」
んなこと言うわりに笑みは崩してないんだよなぁ……余裕なんだもんなぁ……。
食えない厄介な姉ちゃんだなと思っていると、先に痺れを切らした屋根の何者かが、コンコンとドアの窓をノックしてきた。
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