29・先手は鉛弾、後手は高級車
白昼の惨劇。
死人どもが、それぞれの手に持つ拳銃からこちらに鉛弾を発射した。
いや、乱射といったほうが正しいか。
誰を狙ったとかではなく、命令に従ってタマが無くなるまで撃ちまくった──そんなところである。
こいつらの主は、たぶん、ディバインと同じアサルトマータの一体、フラッドのはずだ。
水を操るというアサルトマータ。
人形達は、手の内も、見た目も、ボディの丈夫さも互いに把握している。
こんなことくらいで、同類であるディバインを破壊などできないのは、向こうだって百も承知だろう。
それなのに襲撃させた。
つまりそれは、
「──宣戦布告かな」
「でしょうね。あと、部外者である我々を排除しようとしたのかも。この連中を操っているのが、その人形だとしたらだけど……」
「それは間違いないでしょ、根ノ宮さん。こうして食いついてきたんだから。俺かこいつの気配を嗅ぎ付けたって考えるのが、ま、妥当じゃないっすかね」
車の外が騒然とする中、俺達は平然と会話していた。
弾丸は、車内にいる俺達にただの一発も命中することなく、全て弾かれたのである。
「びくともしませんね。こんなに撃たれたのに」
指で、コンコンとガラスをつつく。
ガラスにはヒビひとつついていない。
「特注だもの。そうでなくては困るわ」
「VIP仕様ってやつですか?」
「それ以上ね」
かなりの代物らしい。
それに見合った金額もかかっていそうだ。世間は景気が良くないはずなのに、金ってのは、あるところにはたっぷりあるんだな。
……だが、なんでそんな特別製の車を今回選んだのか。
たまたま?
それとも、こうなることを見越したから──いや、違う。
見越してないから、わからないからこそ、この車にしたんだ。
人形どもが絡むと予知がしづらいみたいだからな。何がどうなってもいいように、保険の意味で頑強な車を用意したんだろう。わかっていたなら他の道を行くなりして襲撃そのものを回避するはずだしな。
流石に俺みたいな桁外れの破壊力持ちの前では無力だろうけど、そこまででもなければ、盾として充分に役に立つはずだ。現にこうして弾を防いでくれた。
……ま、当たったところで、俺やディバインは痛くも痒くもなかったけどさ。
「先輩は知ってたんですか? この車のこと」
「ええ、先ほどの話し合いのときにね。本命の攻撃はともかく、使役されている者たちの攻撃くらいは防げる車を用意した──と、教えてもらいましたわ」
「道理で落ち着いてたわけだ」
二人とも逃げたり防御したりするそぶりすらなかったからな。なるほどね。
「あの死人ども、放置してよいのか?」
「やるだけ時間の無駄よ。それより頭を叩く方が先決だわ」
「それもそうか」
と、ディバインが納得したところで、信号が青になった。すぐ納得したのを見るに、ディバインとしても、そんなにやる気もなかったのかもしれない。
俺達の乗る特注車が、何事もなかったかのように動く。
周りにいた車は、こんなヤバい状況で信号待ちなどしてられるかとばかりに、交通ルールをかなぐり捨ててとっくに逃げ出していた。
中には車を捨てて駆け足で近場の建物へと避難した人もいる。
もし前にいた車が逃走しないでそんな空車になっていたら、面倒なことになっていた。その場合、俺が腕力で強引にどかすか、この特注車の馬力で無理やり押し出すしかない。
ちょっとは手間がかかる。
そして、手間取れば手間取るほどより長く注目され、こちらを見られることになる。
現に、この場から逃げず、スマホを取り出してる人も少なくなかった。
正義感から警察に通報しているのか、必死な顔で通話してる者もいれば、危機感がないのか、逃げもしないでこちらや動く死人を撮影してる馬鹿もいる。
流れ弾とか怖くないのかな。
治安の悪い国の人間でもあるまいし、こんなことに慣れっこってわけでもないだろうに。人間だった頃の俺なら全力疾走でここから離れてるぞ。
ひょっとしたら、非現実な事態にある種のお祭り騒ぎ気分みたいになって、恐怖心が吹き飛んでるのかもしれない。
怖くないのかといえば、この車の運転手のおっさんも、覚悟が決まっているのか、撃たれまくったときに驚きの声を一切あげてなかった。
いくら防弾性が高かろうが、ヤクザ数人に発砲されたら誰でも少しはビックリするだろうに、無言のまま。
実にいい根性してる。
この業界にいると、戦闘要員じゃなくても自然とそういう図太いメンタルになっていくのかもしれない。殺意の高い怪異とかに比べたら、たちの悪い人間なんて、威勢のいいだけの野良犬みたいなもんだしね。
死人どもは、弾切れを起こした銃を持ったまま、小走り……とまではいかないが、歩くよりは速い動きで追いかけてきている。
しかしそんな速度で車に追いつけるはずがない。
距離をどんどん離されていく。
「さっきでこれなら、その土建屋に着いたらさらに派手に出迎えられそうっすね」
「手ぐすね引いているわね、きっと」
「マシンガンで待ち構えてるかもしれませんよ。着いた直後にこう、ダダダダ……っと」
擬音も交えながら、左右に銃身を降って撃ちまくるジェスチャーをしてみせる。
「それくらいなら耐えるわよ、この車」
「すげえ」
特注に偽りなしだな。
「でも、降りるとこを狙われたら困るんじゃないですか? まあ、俺やディバインの後ろに隠れれば大丈夫だと思いますけど」
「でしたら、少し手前で降りて、そこから歩いて向かえばよろしいのではなくて? 優人くんの言うように、このままでは弾丸の雨を浴びに行くようなものではありません?」
「そこまで気を揉むこともないと思うけど。もしそうなっても、私やあなたなら、すぐさま難を逃れられるでしょう? あの風船屋さんにちょっかいをかけられた時みたいに」
そんなことあったな。
あの時は俺だけ逃げられず、まともに爆発を喰らったんだった。
「けど、あの時みたいに廃車にされたくもないのよね。まだこれ一台しかないし」
「だったらなおさら先輩の案でいくべきでは? フラッドって奴が直に攻撃してくる可能性もあるんだし」
「それならそれでいいではないか。返り討ちにしてくれる。ユートよ、我が剣さばき、とくと見るがいい」
「もう何度も見たよ。それより大丈夫か?」
「なにがだ」
「お前、すぐ油断しては痛い目みてるだろ。剣士なんだから、少しは隙のない振る舞いをだな」
「むうう……なら見ていろ。私が本気でやればいかに完璧か教えてくれる!」
意気揚々とほざくディバインだが、正直、失敗するフラグにしか思えねえ。
また息吹いて修復お手伝いしてスケベ扱いされるまでが定番の流れになりつつあるぞ。
で、話し合いの末。
やっぱ納車してまだ数日のこの車をオシャカにされたくはないとのことなので、先輩の提案通り、少し手前の路上で全員降りた。
後は、こちらが一応の決着がつくまで、先輩宅で待機してもらうことになった。
さあ。
いざ、武装ヤクザゾンビ退治といこうか。なんか血迷ったC級映画みたいな話だが。




