28・いざ、ゾンビの巣へ
人形。
ドリル。
カラス。
『崩壊』の特性そのものらしきガス。
そして死人。
今回の一件で、やっとまともに食えそうなものに近づいてきた。
だが、近づいただけだ。
わざわざ食いたいとは思わない。
とっくに死んでる人間に、新鮮さなどあるはずもないからだ。活きが悪かったり腐ったりしてても俺の怪物胃袋なら平気で消化するだろうが、そんなものを食うほど落ちぶれてもいないし追い詰められてもいない。ハゲタカやハイエナじゃないんだから。
賞味期限の過ぎたヤクザ肉なんて誰が好き好んで食うものか。やっぱ美人のねーちゃんか可愛い少女の血肉が一番だよ。死んで間もないやつな。
「……ん、終わったか」
どうやらグロリア先輩と根ノ宮さんの話が一段落ついたようだ。二人ともこっち来た。
・アサルトマータという戦闘人形どもの引き起こした事件や、残りの人数・外見・性能など。
・この町でうろついている死人どもの詳しい素性やアジト、町に被害は出ているのかどうか。
これらについて、互いが今知っている限りの情報共有をしたのだろう。
ここに着くまでに車で町中を通ったが、車窓から見える外の光景は、まだゾンビパニック映画みたいな様子ではなかった。いつもの光景、いつもの日常という様子で、人も倒れてなかったし車も燃えてなかったし店のガラスも割られてなかった。
グロリア先輩も、深刻そうな感じではない。
緊迫した状況には至ってないはずだ。
しかし、それはあくまで表面上はそう見えてるだけで、事態は、水面下で刻一刻と最悪に近づいていてもおかしくはない。先輩が把握してないだけで、面白い──もとい大変な事態にもうなってるのかもしれないのだ。
「これからの予定は?」
二人に聞いた。
独断で動くわけにもいかないからね。
まあ俺一人で動いたところで意味ないんだが。お目当てを探すアテも方法もないし。
ディバインを同行させるか、俺にくっついてるらしいディバインの匂いだか気配だかをエサにして、まんまと食いついた人形をボコるって手もあるけど、後手に回るのもなんか嫌だし、こっちから先手打てるならそれが最善だ。
だから詳しい話を聞こう。
「町を闊歩している死人は、十四人ほど。いずれも、とある土建業の社員ということになっていますわね。表向きは」
「裏の顔は?」
「八門会の下請けの下請けね」
先輩の説明を根ノ宮さんが引き継いだ。
八門会。
関東を中心に、裏社会に強い影響力を持つ、有名な暴力団である。俺でも名前を聞いたことがあるくらい有名だ。
関西一帯を縄張りにしてる、ここと同じくらい規模のでかい暴力団や、九州の有力な暴力団の連合とは仲が悪いそうで、互いの末端同士で小競り合いを起こしたりするのがニュースになって世間を騒がせたりする。
実に迷惑な話だ。
かかわりたくはない──と、後ろめたいことをせず、普通に生きている者なら、誰もがそう思うだろう。
しかし、今回は都合がいい。
俺達にとっては。
「なら、その死人どもを死体に戻しても、関西かどっかの悪党連中の仕業にできそうですね」
「できないことはないけど、簡単にそうするわけにはいかないわね。もし、それをきっかけに大きな抗争が始まったら、一般の人々に迷惑がかかるわ。とばっちりで怪我人や死者が出るかもしれない」
「じゃあどうするおつもりで?」
「今のところは、売り物のクスリでおかしくなったか、金銭トラブルで同士討ち──なんて筋書きにしたいわね。それで大人しく収まればいいけど、上の連中がその結果に納得いかず嗅ぎ回るなら、圧をかけるわ」
権力で頭を無理やり抑えつけるってことか。
「国が味方についてると便利っすね」
「そうね」
おおやけに認められてないとはいえ、国と密接な間柄なのは強いよなぁ。
「ただ、その方々は、氷山の一角かもしれません。他に操られている死人がいないと、はっきりと断言することは……今の段階では、無理ですわ」
先輩が困った顔で言った。
いつも柔らかく微笑んでいるだけに、そんな表情は、実に珍しい。
もし校内でこんな顔をしようものなら「どうしたの」「何かあったんですか」と、男女問わず心配する生徒たちに囲まれて、押しくらまんじゅうのごとく身動き取れなくなっていただろう。想像だが、きっとそうなるという確信がある。
この人は白夜高校が誇る三大ヒロインの一人・『鏡姫』なのだから。
うかつに曇ることもできないのだ。
「もし他にも毒牙にかかってる集団がいたら、揉み消しに四苦八苦しそうだなこりゃ」
そしたら『浄』の人らも裏工作にてんやわんやになりそうだ。
「だからこそ、早急に解決すべきなのよ」
「同感ですわね」
根ノ宮さんが腰かけている車椅子が、ここまで乗ってきた高級車のほうへと、滑らかな動きで進んでいく。
その車椅子に付き従うように先輩も歩いていく。
話も終わったしさっさと町に出向くようだ。死人どもの拠点はもうわかっているからな。
「ユート、あれはどういう原理なのだ?」
ディバインがこちらの耳に顔を近づけて聞いてきた。
あれ、とは勝手に動く謎の車椅子についてである。
初見だからな。
不思議に思うのも無理はない。
「わからん。でも気にするほどのことでもない。俺はもう慣れた」
「そうか」
疑問に思って聞きはしたが、別に最初からどうでもよかったのだろう。
詳細への未練など全くない声だった。
「話の続きは車内で。今はここを出発して、その土建屋の事務所に向かいましょう」
「虎穴に入らずんば──ってことっすか」
俺の問いかけに、無言で根ノ宮さんが頷いた。
被害を最小限に食い止めるため、多少強引な真似をしてでも、ここで、このタイミングで終わらせたいのだろう。
敵さん──フラッドがそううまく乗ってくれればいいのだが。
俺、根ノ宮さん、ディバインに、さらにグロリア先輩を追加投入された高級車が発進した。
その土建屋は町のどの辺りにあるのかだとか、着いた後どうするのか、全員で乗り込むのかそれとも誰か車に残るのかとか。
そんな話をしている間も、車は淡々と目的地への距離を縮めていく。
「──ん?」
そして。
交差点で信号待ちをしていたとき。
「あの、根ノ宮さん」
「わかっているわ」
サングラスや深く被った帽子、マスクなどで顔を隠した数人の男性が、こちらにのろのろと寄ってきた。
懐から何かを取り出しながら。
車内に、ピリついた緊張が走る。
男どもの雰囲気は、かつて、俺が生き返ったあの病院で遭遇した怪物や動く死体どものそれと、よく似ていた。
それが意味することは、つまり、こいつらは生きている人間ではなく、死人かそれに近いものということになる。
「拳銃出してますよ」
「そうね、私にもそう見えるわ。先手を打たれたわね」
ディバイン本人の気配か、あるいは俺に付着しているディバインの気配を嗅ぎ付けたのか。
それは人形だけでなく、人形に操られている死体もやることができたらしい。だから町中をぶらつかせていたのだ。無意味にではなく、動くレーダーとして。
これは読めなかった。
食いついてくるなら人形だけだとばかり思い込んでいた。
死人どもは、こちらに銃口を一斉に向ける。
耳をつんざく発砲音が、穏やかな、しかし日差しの強い午後の町中に──立て続けに鳴り響いた。