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26・小指と人差し指が示すものは

 俺の住む町のお隣で、リビングデッドが我が物顔で活動している。

 それも一人二人ではないらしい。


 少し前の俺なら(つまり一度死ぬ前の俺だ)そんな事を言われても、B級ホラーの見すぎだと鼻で笑って聞き流すか、与太話と断じてまともに取り合わなかっただろう。それが正常だ。正常な人間の対応ってやつだ。

 こんな話を真に受けたり、最後まで聞いてやる奴は、底抜けの阿呆か、穏やかに話を聞きながら頃合いをみて怪しいセミナーに語り手を引きずり込もうとする詐欺師のどちらかである。

 今の俺は、どちらでもない。

 それが本当の出来事なのだと、これまでの奇怪な経験からわかっている。

 この世には不可思議が溢れていると、自分もそのひとつなのだと、骨身に染みてわかっているのだ。


 なのでさっさと隣町に向かうことにした。

 圧倒的な勝ち目しかないリバーシはもう勘弁だ。飽きた。当分は白と黒の石に触りたくない。


 現状とディバインの語った話から考えて、その死人どもを操っているのは、アサルトマータの一体──フラッドだろう。

 けれど、百パーセントとは言えない。

 たまたま、どこからともなく現れた野良のゾンビ使いの仕業って可能性も、なくはないが……それはそれで放置できない。

 隣町がどうなろうと知ったことじゃないけど、俺のいる町にまで死人が足を延ばしてくるのは困る。不衛生極まりない連中があちこちふらついて感染症とか広めたら嫌だからね。



「死人どもの素性は?」


 俺は根ノ宮さんに質問した。

 研究所ではなく、車内で。


 機関の用意した高級車で、俺とディバイン、根ノ宮さんは隣町へと向かっていた。

 そう。

 根ノ宮さんも、なのだ。

 てっきりここで待っているものかと思ったが、根ノ宮さんは、私もあなた達に同行すると言い出した。

 理由はわかる。

 目の届かないところで、どういうわけか自分の詠みが通じない人形どもに、滅茶苦茶やられたくないからだ。

 しかも俺まで関わっている。

 いよいよもって、何をしでかすかわからない。

 研究所に残っておとなしく報告待ちなどしてられない──そう考えたのだろう。


 それで同乗しているのだ。

 お金持ちや偉い人が乗るためだけにある、本来なら俺なんか縁がない高級車。

 俺としては、タイヤが四つついてさえいればどんな車でも良かったのだが、車椅子の根ノ宮さんはそうもいかない。

 それに、車椅子でも大丈夫とはいえ、ワゴン車などでは根ノ宮さんのしとやかな雰囲気にそぐわない気もした。だからこうしてお高い車を用意してもらったってわけさ。


「どれも、あまり真っ当な職の人間ではなかったみたいね」


「それって、こっちですか?」


 俺は、自分の頬を、斜めに小指でなぞった。

 裏稼業の人間を意味するジェスチャーである。


「それともこっち?」


 次に、人差し指を、根ノ宮さんと自分に、交互に向けた。

 自分らのような、表沙汰にできない霊的な仕事に携わる者かと、そういう意味で指差したのだ。


「小指のほうよ」


 根ノ宮さんは静かに言った。


「あー、それじゃ無理っすね。太刀打ちできるわけがない」


 拳銃やドスなんかであの固く危険な人形どもを壊せるはずがない。きっと一方的だったろう。

 しかも、いかなる交渉も無駄だ。

 「ただで済むと思うな。お前だけじゃない、お前の家族にもけじめをつけさせてやる」なんて脅しをかけたとしても、笑い飛ばされるだけ。

 金で転びもしない。

 人形どもは金銭など必要としないだろうし、もし必要なら、皆殺しにしてから悠々と物色すればいいのだ。

 命乞いも意味なし。

 ディバインの話が確かなら、フラッドとやらは、忠実な手駒が欲しくてヤクザ連中を襲ったことになる。人間を殺して手駒にしたい奴が命乞いに応じるわけがない。本末転倒だ。

 ゾンビの数がけっこう多いってことは、数人で外を歩いているところを襲ったのではなく、事務所にでも乗り込んで、運悪くそこに居合わせた者を全員()()()()()のではないか。


「そうね。だけど、人差し指のほうだったとしても……多少長引くくらいで、結果は同じだったでしょうけど……」


「実際にやり合った身としては……うん、俺もその意見に同感ですね。並の異能持ちじゃ勝てませんよ、あのイカれ人形ども。まともにぶつかれば『三姫』でも後れを取るんじゃないかな」


「不謹慎だけれど、犠牲になったのが素行のよろしくない人間ばかりだったのは、不幸中の幸いかしらね」


「いいんですか、七星機関の中心人物の一人がそんなこと言って」


「法に触れる生き方を選んだなら、死を惜しまれないことも承知のはずよ。それに、私は善の側に与しているけれど、別に博愛主義ではないの」


「そうすか。聞かなかったことにするつもりでしたけど、だったら、しなくても別に──」


「おい、ユート」


 話の途中で、ディバインが俺を呼んだ。


「ん、どした?」


「お前とこの人の会話で、意味がわからないところがある。小指がどうしたというのだ?」


 キョトンとした顔で、ディバインが聞いてきた。

 ああ、わかんないか。

 わかんないよな。

 日本人でもわからない人がいたりするくらいだし。


「気にすんなって。つまらんスラングだよ」


「それでも、わからぬままでは気分が悪い。置いてきぼりにされた感じだ。私にもわかるように教えてくれ」


「ま、あれだよ。つまり要するに──」





 と、世間話感覚でお喋りを交えたり、向こうについてからのプランについて話し合ったりしているうちに、目的地までの距離は縮まっていき。

 一通り相談を終え、会話が途切れて、しばし無言が続いたあたりで、ようやく俺達を乗せた車は、ある場所で滑らかに停車した。


 グロリア先輩の自宅。

 その敷地内にある、広々とした駐車場で。

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