25・弱すぎるディバイン
やらなきゃならないことってのは、ドミノ倒しのごとく続けざまにコンニチワすることもあれば、暇なときに限ってとことん現れなかったりする。
運命の女神は節度という言葉を知らないのかもしれない。
今の俺はドミノ倒しの時期を過ぎ、暇をもて余している時期に突入した。
こちらから動いても成果があまり出そうにないので、何か変化が起きるまで『待ち』の姿勢を取って──いや正直に言おう。やれることなくなったんだ。
「退屈だな……」
「そうか。なら退屈しのぎにもう一勝負しろ」
勝ち逃げは許さないとばかりに、俺に四連敗したディバインが言う。
根ノ宮さんは静かに微笑んでいる。
「あのさ、さっきからずっとやってんだぞ。俺もう飽きたよ。そこまでのめり込むほどのゲームじゃないだろこんなの」
「そこをなんとか」
「しつこいなー」
「そんな意地悪なこと言わないで、相手してあげなさいな」
「なら根ノ宮さんが代わって下さいよ。見てるだけじゃつまらないでしょ?」
「それでもいいけど、彼女はあなたにご執心みたいだから、割って入るのはやめておくわ」
「そうだとも。負けっぱなしは性に合わん。今後こそ引導を渡してくれる」
食い下がるディバイン。
こんな負けず嫌いだったのか。小学生みたいだな。
こいつの鼻が他の奴らくらい利けば、時間潰しなんかしてないでこちらから動くこともできるんだが、気配を嗅ぎわける範囲が狭いのでそれもかなわない。いっそ堂々と外出して、こいつを生き餌に誘い受けというのもひとつの手ではあるが……。
改めて、ディバインをまじまじと見る。
木箱を被り、
レオタードを着て、
抜き身の西洋剣を持っている、
蒼い髪の美女。
変だ。
やはり変だ。
コンセプトのまるでわからない装い。
他のアサルトマータが(コスプレぽくっても)比較的まとまりのある服装なのに、なんでこいつだけこうもトンチンカンなのか。
こんなのが外を歩いてたら普通はスマホで撮影されまくった挙げ句にお巡りさんホイホイと化すのだが、ディバインを含めた人形連中は人の認識を阻害する力があるので何ともない。
便利な力である。俺も欲しいくらいだ。
そんな便利な力があるから野次馬や警察の注目を浴びることもなく、無用のトラブルを起こさずに人形連中をおびき寄せることが可能なのだ。
……でもなぁ。
可能だとしても、その後がまずい。
それって『俺たちここだよ』『不意打ちしてもいーよ』って教えるようなもんだしな……それでまたディバインが壊れたら直さないといけないし……ん?
よく考えたら別にそれでもいいのか?
俺が困ることも、別にないよな?
俺は頑丈だし、ディバインがどんな目に合おうが、いつものごとく息吹き込んで直せばいいんだから。
『やっちまえやっちまえ。延々と勝ち確のリバーシなんかやってられねーだろ? リカバリできるんだから襲われても問題ないさ。行こうぜ街中』
聞こえてくる悪魔のささやき。
その声は非情だが合理的であり、俺の心を揺れ動かしている。
従うべきか、無視するか。
俺からどうしても一勝をもぎ取りたいディバインを冷めた目で見つつ悩んでいると、
『やめとけって。そこまでお前が積極的に解決するようなことじゃねーよ。だりーし。何か起きてから行きゃいいんだよ』
天使のささやきが止めに入った。
こちらの言い分も、一理ある。
悩ましい。
ドリルといい軍服といいカラスといい、奴らは周りの迷惑を気にしないで振る舞っている。さっきにしても、俺が外をぶらぶらしてなかったら、建物内に入り込んで壁や天井や備品を遠慮容赦なくぶち壊しながら勝負を挑んできたに違いない。犠牲者だって出ただろう。
もしディバインの同類がどこかで鉢合わせしてそんな真似をやれば、認識をおかしくさせる力を持っていようが大騒ぎの大事件となる。
大事件になれば機関の網に引っかかるだろうし、根ノ宮さんの耳にも入って、さらに俺やディバインのところにも話が届く。
そうなればしめたものだ。
ただちに現場へと急行して、人形どもがやりあっているところに乱入。
あとはどいつもこいつもボコボコに痛めつけ、ディバインの糧にしてしまえばいい。
この策に欠点があるとするなら、ひと気の無い寂れた場所で戦われたら騒ぎにならない点だが、それはもうしょうがない。完璧な策などこの世にはないのだから。
天使と悪魔。
互いのプレゼンはこうして終わった。
いったい、どちらの意見に従ったほうがお得なのか。
ゆっくり悩みながら、俺は角に自分の石をさらりと置き、自分の領土にした。
今度こそ先に角をいただくと意気込んでいたディバインの顔が面白いくらい曇り、その表情は今回のゲーム終了まで晴れることはなかったのであった。
「なぜだ、なぜ勝てない」
「もっと頭を使って先を読めよ。目先の得に囚われすぎだ」
「ぐぐぅ」
通算七連敗してとうとう心の折れたディバインが頭を抱えて無念の呻きを漏らした。長い戦いだった。
「根ノ宮さま」
そこに、スーツ姿の女性が早足でこちらに来た。
年齢は三十歳くらいか。
あまり見ない顔だが、たぶん『浄』の一員だろう。まあ覚えてる顔のほうが少ないんだけどね。
「どうしたの?」
「それが……」
スーツ姿の女性は根ノ宮さんのそばで身を屈めると、耳元に顔をよせ、小声でぼそぼそと喋り始めた。
きっと、何かが起きて、その報告でもしてるのだろう。
話し終えると、スーツ姿の女性はまた早足で立ち去った。
「何かあったんスか?」
根ノ宮さんに訊く。
我ながら間の抜けた質問だ。
何かあったからあの人が言いに来たのだから、そんなのは聞くまでもないことなのだ。
だが、それでもこうして聞いたほうが話の流れがスムーズに進むだろうから、あえて聞いたのである。
「それが……あなたが住んでいる町の、お隣──御華上さんの邸宅がある町なのだけど……」
「ああ、そこの町の名家らしいですね、先輩の実家って。詳しくは知りませんが、そんな風な話を聞いたことがあります。そこがどうかしたんですか?」
「──死人が歩いているらしいわ」
「は?」
「だから、死人よ」
根ノ宮さんの顔から微笑みが消えた。
「生きていない人間が、御華上家の縄張りであるあの町で、生きている人間に紛れて堂々と動いていると、そう報告が上がってきたの。目的や原因はまだ不明。で、一応聞いておきたいのだけど……ディバインさん──もしかして、心当たりあるかしら?」
「ある」
「あら」
きっぱりとディバインは言った。
「そいつが、その町で起きていることの犯人かどうかまでは言い切れないが……そんな芸当をこなせる同類が、私の知る中で一体だけいる」
「なら、ほとんどそいつで決まりだな。まさかそいつとは違う他のゾンビ使いが隣町にいるなんてことはないだろ」
ディバインと根ノ宮さんが、少しだけ頷いて俺の意見に同意した。
いないこともないかもしれないが、やはり状況的には、ディバインの知り合いがお隣に潜んでいると考えるのが自然だ。
「で、誰なんだ、そいつは?」
「フラッド。水を操る特性を持つ、アサルトマータだ」