23・大技と小技
ディバインが新たな──いや、かつての能力、その一端を使えるようになった。
ヤバかった。
直線上にあるものを何もかもレーザーで切断するこのスキルをもし最初から使えていたら、スパイラルとの一戦で無関係な人間が流れ弾ならぬ流れレーザーを受けて命を落としていたかもしれない。
死人が出る。
それ自体は、まあ別にいいさ。
これまで何度もそんな現場に出くわしたことがある。珍しくもないし驚きもないし何とも思わない。
どうせ赤の他人であり、俺にとっては、ただの食い物だ。どこの誰が何人くたばって新鮮な食材になろうが関係ない。間狩達は心を痛めるのかもしれないが俺が嘆くことはない。
でも、その場に俺がいて、何らかの責任が発生しかねないのは困る。
やっぱり人間なんかどうなろうと構わないスタンスだったかと、そんな風に再確認されたら、せっかく(バイト感覚で)人助けしてるのが無駄になってしまう。
少しは和らいできたけど、まだまだ俺への風当たりは強いのだ。化物だからね。
だから、理由こそはっきりわからないが、ぶっつけ本番ではない、一段落ついたこのタイミングでディバインが光の力をまた使えるようになったのは、正直ラッキーだった。
気まぐれなディバインの特性に感謝したい。
「もし使うなら、よくよく場所を吟味しろ──か」
「妥当だな。あんなの後先考えずぶっぱなしてバラバラ死体量産したら、有無を言わさず討伐対象にされるぞ」
銀の剣から放たれた光線。
その輝く軌跡がストーンゴーレムごと実験室の壁をたやすく切り裂いたのを見て真顔になった根ノ宮さんは、実験を中止した後、しつこくディバインに釘を刺していた。
そりゃあんなの見たら念入りに刺すさ。
そうして、根ノ宮さんが満足するまで刺されてようやく解放されたディバインと俺は、施設内のロビーに戻ってきていた。
他に誰もいない。
無料の貸し切りだ。
「それは困るな。余計な敵を作りたくはない。それに、無辜の民をいたずらに巻き添えにするのも気が引ける。ここはあの女性の話を全て呑むしかあるまい」
いたずらに、ね。
「少しくらいならええやろって思ってないか?」
「……駄目か?」
やっぱり思ってたか。
根ノ宮さんの話もこいつにはヌカに釘だったらしい。
まるきり気にしてないわけでもなく、少しは刺さっていたみたいだから、ヌカではなく豆腐くらいの固さはあったかもしれないが似たようなものだ。
ま、人形だもんな。
どれだけ友好的で良識があろうと、人間の命なんて犬猫のそれよりは大事なものかなってくらいの心情なんだろう。わかるよ。俺もそうだからよくわかる。
ただし俺の場合は、犬猫ではなく、牛豚鶏の延長線上に人間がいるような感覚だが。
愛玩用ではなく食用としての目線だ。人食い特有の。
「やめた方がいいだろうね」
一応止めておく。
どうせ切羽詰まればやるとは思うが一応は言っておかないと根ノ宮さんに言い訳できなくなるので。
「少なかろうと多かろうと、こちらの攻撃で犠牲者出すのはちょっとなー。それなら、まだ見殺しとかのほうが怒られずに済みそうだ」
『救える命を全部救いたい』ではなく『平和のために魔を祓う』のが機関の最優先事項らしいので、死人が出るのは割りきってるというか織り込み済みな感があるが、でも、仕方ないとはいえうっかり殺っちまったとなればそれなりのペナルティがあるはずだ。
裏を返すと、故意でなければ、言い逃れや責任転嫁ができるのである。
この世に舞い戻ったことで巡り巡ってあの病院を地獄絵図にした俺がそうだったように。
「わかった。状況を問わず控えよう」
ごねることもなく、ディバインは納得してくれた。
これが他のイカれ人形どもだったら諦めずにしつこく食い下がるか、口では諦めつつもいざ本番になったらお構い無しに使ったりするんだろうな。
こいつらを作った何者かには、もう少し良識ってものをこいつらのオツムにインプットしてほしかったよ。
「確か、レーザースラッシュ……って言ったか、そのスキルについてはそれでいいとして……他に何かやれるのか? その、光の力とやらで」
「他か」
「そう、他」
「攻撃向きなのはこれくらいだが、小技ならいくつかあるぞ」
小技か。
それもそうか。
なるほど、直線上にあるものを全部断ち切れる技だけあれば他に大技なんかいらんよな。それ一本で十分過ぎる。
あとは痒いところに手が届くスキルだけあればいいか。
「どんなのがあるんだ?」
「そうだな、まずは……」
「……お前の言う通り、どれも小技ばかりだな」
「うむ」
ディバインが教えてくれたスキルは、全部で三種類。
・指先から光の矢を飛ばす(人間相手なら致命傷になる威力だが、アサルトマータのような頑丈な存在にはあまり効かない)
・閃光(アサルトマータの瞳は眩しさや暗がりにしっかり対応できるので目くらまし効果も一瞬のみ)
・いくつもの色の光をきらめかせることによる光学催眠(人間にはがっつり効くが、精神系に桁外れの耐性があるアサルトマータには一切効かない)
小技ではある。
が、悪くはない。
それが率直な感想だった。
特に催眠がいい。いろんな局面で活用できそうだ。一般人を大人しくさせるにはこの上なく便利な技である。
光の矢も牽制でなら役立ちそうだし、閃光も一瞬だけではあるが、対アサルトマータ戦なら、その一瞬がどうしても欲しいときがあるだろう。
実際に使うところを見てみようかなとも思ったが、やめといた。
さっき実験室の壁を割っておいてまた使用許可出してもらうのも言いづらいし、許可を得ずに外でやらせるのも後からうるさく言われそうだから──それが理由だ。
急ぐことでもないと思うので、後で根ノ宮さんか、あるいはちーちゃんさんに会ったとき、これらのスキルについて伝えておこう。
「もっと産廃みたいなのばかりかと思ってたが、使い道あるやつばかりじゃん」
「私としてはあまり多用したくないのだがな。腕が鈍る」
「レーザー飛ばしまくるほうがよほど鈍る気がするが」
「ただ飛ばすのではなく、剣を振るってるから何の問題もない」
「ふぅん」
押し問答になる雰囲気がひしひしと伝わってきたので生返事で終わらせた。
俺に俺のこだわりがあるように、ディバインにもディバインのこだわりがあるのだろう。
気軽に使わせても良さげな小技は使いたがらず。
気軽に使わせたらえらいことになりそうな大技は使いたがる。
ままならないものだ。