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20・漁夫の利は誰なのか

 コラプスを仕留めるあと一息まで迫っていたところで手痛い反撃を喰らった俺とディバイン。

 思いがけない奥の手(しかしよくよく考えてみればこのくらいの予測はすべきだった)を受け、ディバインはヒビだらけとなり、俺も触手を鮭フレークみたいにグズグズにされかけた。

 幸い活力のストックがあったのですぐ触手を治して再起できたわけだが、転ばぬ先の杖とはこういうことをいうのだなと痛感した次第である。

 回復手段。

 これがあるとないとでは、やはり戦闘の安定感が大きく違う。

 俺の肉体はとても頑強だが、やはり限度がある。今後また想定してないダメージを受けることがあるかも──いや間違いなくあるはずだ。だから人を喰えそうな機会があったら逃さずモリモリ食べて非常用エネルギーを保存していきたいものである。特に若い美人さんの生き血を。



 そんなこんなで、力強くうねる触手を何本もコラプスへ襲いかからせる。


「再生しようが無駄だ! 徒労に過ぎん! 今度こそ崩れ去るがいい!」


 味を占めたのか、勝ち確ムードでまたしてもどす黒いガスを吹き付けてくる。

 だが、それはもう俺には通じない。


「二度も効くかよ。無駄はお前のほうだ」


 俺のその宣言通り、力を込めてある触手は一本たりとも崩壊させられることなくガスを蹴散らし、軍服姿の獲物に打撃を浴びせていく。

 このガス、威力こそ強烈ではあるが実質はただの苦し紛れ。ただ垂れ流してるに等しい。

 俺がその気になればこんなもんだ。

 容赦しない。

 時間をかけずに潰す。

 ずっと黙って見物しているネヴァモアが不気味だからだ。ここぞとばかりに弱ったディバインを狙うかもしれない。チンタラ余裕こいていつまでもこいつに構っていられないのだ。

 もうこれで終わらせよう。


「ぐがっ!? こ、こんな早々に、私が、こんなことが許され……!?」


 現実逃避めいたことを口走りながら、コラプスの身体が砕け、ちぎれ、四散していく。


「ごちゃごちゃ抜かしてないで消えろ」


「おのれぇぇぇぇぇぇええ!!」


 恨みの絶叫を響かせることしかできないコラプス。何も抵抗できず、俺の触手に蹂躙されるがままだ。


「崩れ去ったのは自分のほうだったな」


 触手を引き戻し、攻撃の手を止めたとき、その大柄な体格は見る影もなくなっていた。


 そうして、あとに残ったのは、

 アサルトマータの一体だった存在の残骸だけ──



「グ、グガガ…………グアアァ……」



 ──まだ、完全な残骸にはなっていないとでも、主張したいのか。

 ノイズ混じりの合成音じみた声。

 声の出元は、頭部が右半分しかなくなっていたコラプスの口からだった。


「まだ生きてるのか……いや、違うな。まだ稼働してるのかと言うべきか……それはともかく、このしぶとさには脱帽だな」


 ここまでバラバラにしてやっても機能停止しない。

 頭部以外のそこらに散らばってるパーツももがいている。

 もうわかんねえなこれ。


 ディバインのやつもさっさとトドメの刺し方教えといてくれたらよかったのに。実演したほうが早いとか言っときながらガス食らって伸びてんだから世話ないぜ。口だけは立派なんだよな。

 「こいつポンコツなんじゃないのか」という疑いが、ついさっき根ノ宮さんを含めた三者話し合いの際に俺の中に芽生えていたが、それが芽からつぼみになりそうな具合である。

 そのポンコツ容疑者は戦線復帰できないようだ。ボディの内側にまでヒビが入ったのかもしれん。


「よ、よくやった。流石だな」


 俺を褒める声。

 そちらに振り返ると、よろめきながらも自分の足でディバインが立っていた。

 あららら、復帰してきたよ。


「お、無事だったか。良かった良かった」


「……皮肉か?」


「そんな受け取り方するなよ。本心だって」


 苦い顔でディバインが言う。

 そんな意味を含めたつもりはなかったんだが。

 アサルトマータであるこいつでもよっぽど深刻なダメージだったのか、つらそうにしている。もし人形ではなく人間だったら死相が浮かんでそうなほどに。

 全く動けないほどではないみたいだが、継戦できるかどうかはまことに怪しい。

 戦力として数えないほうが無難だな。

 今は自分の身を守ることだけ考えてもらおう。


「気をつけろ。カラス女はまだピンピンして──」


 そう言ったそばからこちらに黒い羽が吹雪いてきた。

 また目くらましか。こいつもコラプスと同じでワンパターンだな。


「しゃらくさい」


 触手を乱舞させて羽吹雪を軽くあしらう。


「オフェンスがそのザマなのに視界をさえぎっても意味なくないか?」


 小馬鹿にして聞いてみる。

 冷静さが失われたら儲けものだ。





「グッガァアアアアッ!!」





「「!?」」

 

 ネヴァモアからくるかと思われた返事はなかった。代わりに聞こえてきたのは、断末魔の叫び。

 俺とディバインはその光景を見て、同時に驚愕した。



 手足も頭もなくなったコラプスの胴体。

 その胸元に、ネヴァモアの手刀が突き刺さっていた。



 左腕。

 俺の砲撃でちぎれ飛んだはずの左腕。それが生えていた。

 いや、生えていたのではない。

 失われた肘から先にしもべのカラスどもが群がり、いびつな腕を形成していた。その腕がコラプスの胸を貫いていたのだ。


「そこの箱女を執拗に狙うこともないのよね。やれそうなほうを選べばいい──ただ、それだけのことよ」


 ネヴァモアがそう言った。

 その通りだと、俺も思った。おそらくディバインも同感だろう。


 そのネヴァモアに、ある変化が起きていた。


 ネヴァモアの手が刺さったままのコラプスの胸から、あのどす黒いガスが、ネヴァモアを蝕むことなくその身に移っていく。

 何が起きているのか。

 だいたいの想像はつく。

 『崩壊』の力が、ネヴァモアへと宿っていっているのだ。


「これが、アサルトマータを倒す方法か」


「……ウフフ、そうよ。その通りよ。ある程度弱らせたところに、こうやって必殺の一撃をくらわせるの。狙いは胸元の奥にあるコア。ここを狙わないと破壊することはできないわ」


「そして、相手の能力を奪うと」


「よくできたルールだと思わない? 潰し合いを避けたほうが安全だけど、それだと自身の強化がままならないわ。力はそのまま。でも、好戦的だと、危ない橋を渡る代わりに勝てばスキルも増えていく」


「つまり、お前が漁夫の利で一歩リードしたわけだ」


 会話しながら、詳細不明砲(インビジブルキャノン)を撃つタイミングを見計らう。

 逃がしたくはない。


「フフッ、どうせまたさっきの見えない砲撃をぶつけようとしてるんでしょ? そうはいかないわ。ここは欲張らず、ディバインは諦めることにするわね」


 バレていたか。

 何回も撃ったからな、バレても仕方ない。

 俺を見透かしていたネヴァモアが、異形の左腕を振った。

 カラスの群れが渦となり、その渦が竜巻のように突撃してくる。

 それとほぼ同時に、ネヴァモアの全身にカラスが群がり、空の向こうへと飛翔していった。逃げる気なのだ。


「逃がすかよ」


 駄目だろうなと思いつつ両手撃ちする。


 猛烈な衝撃が、俺とネヴァモアの間に発生した。


「ぬぁああっ!?」


 ヒビだらけの身体ではこの衝撃に耐えられなかったようだ。ディバインは何メートルも後ろのほうに飛ばされていた。

 それでも底力を見せ、片手で地面にしがみつき、せめて、みっともなく転がることなく耐えていたらしい。

 アスファルトには、指でしがみついていた証拠とでもいうべき五本の線──擦過跡が、ディバインがいた場所から飛ばされた場所まで残されていた。


「……すまん。逃がした」


 さっきまでのネヴァモアなら、あの渦を吹き飛ばせただろうが、今のネヴァモアは違う。

 カラスの群れに崩壊の力を上乗せされた黒い渦は、俺の両手撃ちに押し負けることなく見事相討ちとなった。

 一体は潰したが二体分の力を持つ奴を逃がしてしまった。今後どうなるか。


「き、君が謝ることはない。私が不甲斐ないからこうなったのだ。謝るべきは、わ、私のほうだ……」


「それでも逃がしたことには変わりない。まずいな」


 次はどんなやり口で攻めてくるのか。

 他の人形どもを倒してさらにパワーアップしてから挑んでくるのか。

 困ったもんだ。


 これからのネヴァモア対策に悩んでいると、こちらに駆け寄ってくる複数の足音が聞こえてきた。

 今さっきの衝撃と音で、施設の敷地内でただならぬ事態が起きていると、ようやく把握したらしい。

 また根ノ宮さんに説明しなきゃな……。

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