11・一時休戦
新たに現れた四人目の美人は、根ノ宮天詠と名乗った。
どうやってるのかわからないが、電動でもない車椅子を自在に動かしているこの女性は、司令塔のような存在らしい。
三姫の目つきや態度から女性への敬意のようなものが見てとれる。
……不気味がってるようにも思えるが。
「恐るべき災いの芽が生じようとしている。放置しておけば瞬く間に成長し、大和の国を蝕む闇の大輪になるのは確実。芽のうちに急いで摘み取らねば。──それが私の見た未来であり、この子達に伝えた役目」
「予知能力者なんすか?」
「脳裏に映像として現れるのではなく、星々の動きや煌めきから、読み取る感じね」
星占いみたいなものか。
その予測に従って間狩達が動いてる辺り、的中率はとんでもなく高いんだろうな。
現に今回も、俺という災いが目覚めかけてたんだから、大当たりだ。
しかし……。
……災い……………………そうか、災いかぁ…………そんなに桁違いにやばいものなのか俺は……。
……すごいな俺。
「……けれど、思ったよりまともね。私の見立てでは、容姿も人間性もとうに異形と化しているはずだったのに……これはどういう事かしら」
「ヨシモトさんじゃないんだから」
「は?」
立て板に水のような淀みない喋りが、初めて間の抜けた声になった。
「……そう、そんな事が……」
俺は忠誠心の塊みたいな肉の塊と交わした内容について、隠すことなく全て伝えた。
「やはり私の読みには当てはまらないわね。天道にズレがあったのは羅喉。死と再生を司る月ならともかく、闇と不死を司る羅喉では、キミの境遇にいささかそぐわない」
「つまり間違いだったと?」
オイオイオイ。
凄くもやばくもないのかよ俺。
ぬか喜びさせやがって。
──でも、そうなると俺はなんなんだろうな。
「偶然、キミという強い輝きが生まれたせいで、本命が隠れてしまった……と見るのが正解かしらね。こちらとしても、ここが地脈の流れを歪めて集束させていたものだから、他にないものと思い込んでいたのよ」
「遠回しに俺のせいだと言ってるように聞こえるんですが」
打ち上げ花火やってる奴がいたせいでクラッカー鳴らした奴が目立たなかった、みたいな理屈か?
微妙だなこのたとえ。忘れよう。
「結果的にそうなったとはいえ過失はないわね。むしろ被害者なのだから。責める気はないわ。……けれど、この犠牲は大きすぎる」
病院まるまる一つ潰したんだしな。
そこは否定できない。
俺が頼んだのではないにしても、ヨシモトさんが俺のためにやらかしたのは確かだ。
「今回の件はヨシモトという人物に全ての責をかぶってもらい、表向きはガス爆発による崩落という幕切れにでもするとして……キミを野放しにするのは危険だわ。今後も似たような事が起きないとも限らない。……制御など出来ないのでしょう?」
「それはまあ」
理屈すらわからんもの。
だいたい俺の中にあった力の正体すら、謎のままだし。
「我々の手元で様子を見させてもらう……というのは、どうかしらね? キミにとっても悪い話ではないと──」
「反対です!!」
俺の返事など知るかという風に間狩が叫んだ。
我慢の限界だったらしい。
「急にでかい声出すなよな、全く……」
「故意ではなかったにしても、ここまでの惨劇が起きた事に欠片ほどの罪悪感も持たない、こんな化物を生かしておくなど……絶対に、納得できない!」
「落ち着きなさい、間狩さん。あなたらしくもない」
根ノ宮の姉ちゃんがなだめるが、今その言い方したら余計熱くさせるだけだと僕は思います。
この姉ちゃんって、冷静すぎて逆に他人の感情逆撫でする人なのかもな。
あ、グロリア先輩も玉鎮も苦い顔してる。
止めたいがヤブヘビにしかならないのがわかるので、困ってるんだろう。
「受け入れられません、そんなこと!」
上半身をぐるりとねじり、目一杯涙をたたえた瞳で俺を睨み、
「私は──認めない! 許さない許せない! 化物なんか生かしておかない! やっつけてやる!! お前なんか認めてたまるもんかぁぁぁ!!」
爆発した。
「わあ」
釣り上げられたカジキのごとく、すげーもがきながらこっちに顔向けて、大泣きで叫ぶ叫ぶ。
まあカジキなんて釣ったことないんだけどこれくらい暴れると思うんだ俺は。
氷姫の異名が、景気よくパーンと吹き飛んだぞ。
他の姫君もびっくりしてるよ。
狼の顔色とか表情なんてわからんが、そこの白黒ペアもたまげてるんじゃないのかな。
……まあでもね、この豹変も何となくわかるんだよ。
きっとさ、殺戮を何とも思わない怪物が全く報いを受けずに済むってのが、こいつのトラウマをこれでもかというくらい刺激したんじゃないかな。
両親が殺された、とか。
幼馴染が食われた、とか。
尊敬する人物が目の前で死んだ、とか。
ありがちな悲劇に見舞われて。
憎い仇はというと、報いも受けずにどこかでのうのうと生きてると。
それに加えて、いっぱい死人が出たこの状況、連戦の疲労、敗北、敵に捕まった自分の情けなさ……色んな要素が積み重なって、とうとう決壊したんだろ。
これで単にめっちゃ化物嫌いなだけだったらドン引きだけどな。
「離せ、離せっ! この手を離せぇ! 正々堂々とやり合ええっ!」
「もう勝負ついてるから」
「うるさいぃぃ!!」
……何言っても駄目なモード入ってるな。
お手上げだ。
黙って押さえとこ。
「…………今は根ノ宮さんの顔を立てて、見逃してやる。でも、どうせお前は邪悪な本性を現わすに決まってるんだ。その時がお前の最期だからな、この化物め」
ひとしきり暴れて怒りや無念を出し切ったのか、泣きわめくのが収まった間狩を、グロリア先輩と玉鎮に引き渡した。生きのいいカジキだったぜ。
「わかったわかった、怪物めはよーく肝に銘じておくでございますよ」
あまり煽るとまたキレだすからこのくらいで緩めておく。
本当は「喋りが幼くなってきてねーか、お嬢ちゃん」とか言いたいが堪えておこう。
我慢我慢。
「ぬぐぐ……」
小馬鹿にしたような顔を無意識のうちにやっていたのか、間狩が歯ぎしりして充血した目で睨んでくる。
なんだろう。
同年代ではなく小学生を虐めてるような気分になってきた。
「それじゃ、話もついたことだし、私達と同行してもらうわ」
オート車椅子に乗る根ノ宮さんが、念押ししてきた。
「連行の間違いじゃないの」
「つまらない皮肉は止めなさい。また間狩さんに火がつくわ」
チラッと見ると、間狩は口をへの字にして目線を下げていた。
完全にふて腐れている。
激情と幼稚な言動をぶちまけられて、俺は、今後もう二度とこいつを無表情無感動の氷姫としては見れないと、そう思うのだった。




