19・ぬか喜びのコラプス
腹パンで
動けなくして
斬り伏せる
触手輪っか少年こと俺と箱被りレオタード剣士ことディバインの即席コンビプレイにより、軍服コスプレ女ことコラプスはこうして斜めから二つにカットされたのだった。
だが。
致命傷では──ない。
アサルトマータという、バトル系に特化してる危険なお人形さん達はこのくらいで息の根が止まったりしません。残念なことに。
あのドリルお姫様は頭を落とされようがお構い無しで動いてたからね。
どれだけ見た目が美女美少女でも、まともな生き物ではなく人形だから首と胴が切り離されようが平気らしい。こいつらも同様だろう。現に軍服女はこんな目に合わされてるのに血の一滴も出てはいない。
──なら、どうしたら倒せるのか。
これがわからない。
うっかり肝心なことをディバインから聞き忘れている俺であった。
跡形もなく粉みじんにするか、キレイさっぱり消し飛ばせば、こいつらでも流石におしまいだとは思うが……。
「ば、馬鹿な。どこに攻撃されるのか、何故わかった……?」
右肩辺りから斜めに断ち斬られ、舗装された地面にずり落ちた左上半身だけのコラプスが説明を求めてきた。
なんで俺に狙いが見透かされたかわからず困惑している。まあわからないよな、こんなカラクリ。
少しは苦しげにしているが、死にかけという様子ではない。
わかっちゃいたが、この程度のダメージじゃやっぱり致命傷にはならないようだ。タフな人形どもだねまったく。
これで戦闘能力まで高かったらかなり手を焼いていたかもな。そうは言っても別に弱いわけではないから、俺じゃなく間狩達が相手してたらかなりヤバかっただろう。なんで俺ばっかりこんなのにぶつかるの?
そんな悲しみを胸に秘めつつ、俺はコラプスにこう言った。
「悪いが答えられないな」
当たり前だが突っぱねた。
敵にこちらのタネを教えてやる義理もなければメリットもない。
それどころか逆にデメリットがある。
「ま、冥土の土産に聞かせてやってもいいっちゃいいんだが……そこのカラス女には、まだ知られたくないんでね」
「誰がカラス女よ誰が」
カラス女ことネヴァモアが、唇を尖らせ不満の声をあげた。
人のことをイカ人間呼ばわりしたお返しだ。
「下らない馴れ合いはそのくらいにしておけ。今はこいつにトドメを刺すのがなにより先決だ。覚悟するがいい、コラプス」
そう断じたディバインが、剣の切っ先をコラプスの顔へと向ける。
「トドメを刺すのはいいが……どうやって刺すんだ?」
「ん? 先程、言わなかったか?」
「言わなかった」
「そうか」
それだけ言ったディバインが、剣の切っ先をコラプスの顔へと向ける。
「いやいやあのな、それで終わらせないでちゃんと教えてくれよ」
「教えるまでもない。実演する」
そこで言葉を切ったディバインが、剣の切っ先をコラプスへと向ける。三回目だぞその仕草。
なんだろう。
この微妙な話の噛み合わなさは。
こちらが気を使ってやらないとスムーズにいかない感覚がひどい。
俺もそんな気のきく性格じゃないがこいつはその上をいっている。
『大まかに教えるから細かいことは全てそちらで察してくれ。特に問題ないだろ?』とでも言いたげな対応だ。面倒臭いとかではなく性分っぽい。でも、せめてもう少し言葉を使って対話してくれないものか。
「実演だと……?」
「そうだ。お前はここで脱落し、残りは七体──既に他の奴らが潰し合っているかもしれないが、とにかくお前が消えることは確実だ。この状況で、死に体のお前を私が打ち損じることなどない」
「さっき打ち損じてなかったか」
横目で睨まれた。
剣の切っ先がこちらに向いたら嫌だからもう黙っておこう。
「もう勝ちを確信しているのか」
コラプスが笑う。
苦しげに、しかし嘲笑うように顔を歪める。
「お前ともあろうものが往生際が悪いぞ。もうどうやってもここからは再起できん。それとも奥の手でもあるか?」
「あるとも」
コラプスがそう言い切った、次の瞬間。
立ち尽くしたままのコラプスの残りの部分が、ゆらりと動いた。
(やると思ったぜ)
ドリルお姫様──スパイラルがそうだったように、こいつも引き離された身体を遠隔操作しそうだなと思っていた。
予感的中。
やっぱりそっちを動かしてきたか。
「お見通しだ」
ディバインもそのことは重々承知していたようで(してなかったらアホだ)、驚いたりすることもなく、動き出したコラプスの半身をさらに刻むべく剣を構えた。
「なら、これもお見通しか?」
コラプスの半身が身体をよじり、断面をディバインや俺のほうに向け──
ブシュウウウッ!!
どす黒い、ガスのようなものを断面からこちらに噴出してきた!
読み違えたか!
殴りかかったり掴んできたりするのかと思ってたが違った! どういう効果があるんだこのガス!?
「ぐっうううっ!?」
もろにガスを浴びたディバインが苦痛に呻く。
もがき、たまらず飛びのいて離れていくその身体には、無数のヒビが入っていた。
あの苦しみかただ。ただ事じゃないだろう。かなりの深手かもしれん。
被害を受けているのはディバインだけではない。
俺もだ。
触手を何本も交差させて防いだのだが、その触手が蝕まれていくのが感じられる。
炙られているような感覚。
触手が削られていくのがわかる。つまり、このガスは……!
「……崩壊の力、そのものか!」
きっとそうだ。
でなければこの威力は説明がつかない。
接触して崩そうとしていたときには輪っかの光で相殺できたのに、今度のは威力が段違いなのかそれができない。ままならない。なんてこった。
「直に浴びるとこんなにヤバイのかよ……!」
「フハハ、理解してももう遅い! 貴様もディバインもただでは済まんぞ! うぶ毛一本残さず散れッッ!!」
右半身に持ち上げられ、その右半身にしがみつくコラプスの左上半身が、勝ちを確信し、笑いながら叫ぶ。
しがみついてるってことは、すぐにくっつけたら直るほどの修復力はやはりないようだ。スパイラルもあの場では首を繋げてなかったからな。
なら壊しきれば倒せるな。
ディバインには悪いが、先にこちらをどうにかしたほうが良さそうだ。
ちょっと我慢しててくれ。後でまた息を吹き込んでやるから。
「──ふんっ!」
以前に血肉を喰らったときに溜め込んでおいた、新鮮な生命の力。
それを消費して触手を再生させる。
一瞬だ。
同時に触手にも力を込め、まとわりつく崩壊の力をはね除けた。
「は? ……………………は?」
逆転の一手をかましたら、ディバインは大ダメージを受けたが、こっちはすぐに立て直してきた。
その現実をうまく飲み込めなかったのだろう。
コラプスが、そのキャラや外見に似合わぬ、間の抜けた声を時間差で二度出した。
「な、何をした?」
「何って……見たらわかるだろ。治しただけだ。ああ、それと、触手に力込めて、おたくの力をぶっ飛ばしたよ」
そんな馬鹿な、とでも言いたげな顔のコラプス。
「ぬか喜びご苦労さん」
俺はいくつもの触手をコラプスへと殺到させた。