17・少女人形対化物少年
見逃してもらえるかと思ったが甘かった。
でもがっかりはしていない。
見逃される可能性は極めて少ないとも思っていたからだ。
そもそも俺みたいな女運がマイナスにカンストしてそうな奴にそんな慈悲が舞い込むわけもなく、この人形どもが激突した余波でこちらに火の粉が飛んできたら振り払うくらいの展開で済まないかなと願っていたがやはり叶わず、この通り火の粉どころかケツに火をつけられた。
つまり見物客から当事者になったのである。
何の得にもならないこのトラブル。
あらかた片付いて一応の決着をみたら根ノ宮さんから特別ボーナスとか出ないもんかな。交渉してみよう。転んでもただでは起きないのが俺だ。
さて現状だが。
軍服女ことコラプスは見てるだけのようだから、相手はワンピース女ことネヴァモアだけ。
俺を尋問しながら苦しめたいらしいから、いきなり本気で殺しにはこない。真綿で首を絞めるようにカラスどもをじわじわとけしかけて楽しもうとするはずだ。
しかもこいつらは俺の実力をご存知でない。
有利だ。
まともにやっても俺が勝てそうなのに、油断している敵さんは趣味優先のあまり手まで抜こうとしている。
これが有利でなくてなんだ。
有利な条件はさらにまだある。
俺が派手に暴れれば、異常事態を察してディバイン達も駆けつけてくるはずだ。そうなれば数の差でもこちらが勝る。負けはほぼ無くなる。
あとは、いかに被害を抑えながら、逃がすことなく二体とも仕留めるかが焦点になるだろう。
「あら、あんまり怖がらないのね。それとも自分の状況がいかに深刻かわかってないのかな」
小馬鹿にしたようにネヴァモアが笑う。
嬉しそうだ。
どうやって俺を怯えさせながら情報を引きずり出すか、それを楽しく考えているに違いない。そんな笑いだ。
笑いたいのはこちらなんだが……駄目だ……まだ笑うな…………こらえるんだ……。
「武器すら持っていない人間を苦しめるのが面白いとはな。何がお前をそうさせるのか、理解しがたい」
呆れたようにコラプスが言う。
こいつら、互いに破壊し合う関係にしては会話が弾むよな。
「ホント実利しか求めない石頭ね。私を見習って、少しは嗜好にリソースを割いたらどう? 内なる欲求に従ってみなさいよ」
「無駄なことは好まん」
「趣味嗜好ってそういうものよ?」
「ならお断りだ」
お手上げ、とでも言いたいかのように、ネヴァモアが肩をすくめた。
どちらが正しいかはわからんが、ネヴァモアのほうが人間くさい。悪い意味でだが、とても。
「話が通じないって、困ったものね」
俺のほうに、ネヴァモアが向き直る。
微笑んではいるが、こちらを見るその瞳は、冷たい光を帯びている。
「あなたは、どうなのかな?」
「どうなのかと言われても、怖いことはやめてほしいんだけど」
「それは駄目よ。人間なんかにお願いされたくらいで、楽しい一時を捨てるわけないでしょ。諦めなさい、ね?」
「そんな」
さらに油断を誘うため、情けない声を出す。
我ながら名演技だ。
「恨むなら、あの女と関わってしまっただけでなく、私にまで目をつけられた、その運の無さを恨むことね」
会話を打ち切るように、ネヴァモアが俺を指差す。
それを合図に何羽ものカラスが、俺をついばむべく次々と舞い降りてきた。
戦の始まりだ。
「喉や舌は狙ったら駄目よ。まずは手足や指にしておきなさ──」
幼児に遊びを教える保母さんみたいな、ネヴァモアの言葉が──不意に途切れた。
もしや、カラスの群れにたかられている俺がパニくったり慌てたりもせず、ただ自分のほうに片手を突き出していることに何かを察したのか。
焦った様子で、倒れ込むくらいの勢いで右側に避ける。
──が、
しかし、一手遅い。
パァン!!
ネヴァモアの左腕。
肩と肘の中間──二の腕が弾け飛び、そこから先の部分が宙を舞った。
頭か胸に当てたかったが、そううまくいかないか。
ま、当たっただけでも良かった。
スナイパーとしての訓練も受けてないうえにカラスまみれで視界は最悪。まともに狙いが定まるわけがない。
「あぁあっ!? なに、何が起きたの!?」
ネヴァモアの叫び。
腕をやられた痛みよりも、何をやられたかわからない驚きのほうが強いようだ。
わからんだろ? 俺もだ。
光の力によって生み出された衝撃そのものを飛ばしてるような、そんな感じではないかと思うんだが……説明になってないな。曖昧に曖昧を重ねてそれっぽく言ってるだけだ。
何なんだろうなこの原理。
「もうディバインなんかの情報なんかどうでもいい! 八つ裂きよ! 細切れのひき肉にしなさい!!」
その言葉を聞いてカラスどもの瞳が怪しく輝いた。
脚やクチバシが鋭く伸び、鉤のような刃へと変化していく。
ただ鋭くなっただけではない。灰色の、嫌な雰囲気がするモヤめいたものが宿っている。これでちょっかいかけられたらミミズ腫れくらいにはなるかも。ちなみに今のところノーダメ。
「オラァ!」
気合いと共に背中から触手を伸ばす。
ついでに輪っかも出しとくか。
ミミズ腫れはともかく視界をさえぎられるのはもう我慢ならない。
乱暴に触手を振り回し、凶悪な形態となったカラスどもを雑に打ち払う。これぞ天外流奥義・鳥殺乱舞だ。
「一匹残らず駆除してやるぜ!」
とは言ったが敵もさるもの。
半分くらい叩き潰したあたりでカラスどもはネヴァモアの下へ退却した。
自発的に退却したのではなく、無駄に手下を消耗することを避けたネヴァモアが引かせただけかもしれないが。
「人間と見せかけておいて実は化物とはね。まんまと一杯食わされたわ」
少しは落ち着いたのか、声に冷静さが戻ってきている。
「お前らが勝手に誤解しただけだろ」
「人だろうと何だろうと構わんさ。これで終わりだ」
後ろのほうからそんな声がした。
近い。
俺が振り向くのと、軍服女ことコラプスがこちらに掴みかかるように右手を伸ばすのが、ほぼ同時だった。
避ける暇はない。受けるしかない。
左のパンチで迎撃だ。
「貴様は危険な存在だ。静観などもはやできん。崩れるがいい!」
「崩れてたまるか!」
コラプスの右掌と俺の左拳がぶつかる。
そのまま砕いてやろうとしたが、向こうもそれなりにパワーがあるらしく、時代劇のつばぜり合いのように互いに引かなかった。
「いいのか? 私に触れたままで」
ディバインから聞いたこいつの能力は『崩壊』だ。
だから、早くこの手から逃れないと左手が粉々になるぞと言いたいのだろう。
「いいんだよ」
そのための輪っかだ。
後ろから声がした瞬間に光らせてある。
しゅうしゅうと、何かが煙でも吹いてるような、あるいは摩擦のような音が、俺とコラプスの手が触れあってる部分から聞こえてくる。
聞こえてはくるが、それより先には進まない。崩壊の力を背中の輪っかでかき消しているのだ。
叩いて壊すとかではなく、崩壊させる力。
ある種の呪いに近いものなんだろうと読んでいたが、その読みがキレイに当たった形だ。
「なんだ、なぜ崩れんのだ!」
「さあ、なんでだろうな。……それより、アンタいいのかい? 俺に触れたままで」
俺がそう言った、その時。
頭上に影が生まれ、
影の主であるレオタード姿の女剣士が、逃げ遅れたコラプスの脳天へと、振りかぶった剣を叩き下ろそうとしていたのだった──




