16・かたや崩壊、かたや魔鳥
挟み撃ち。
一見すると俺の置かれた状況はそれだ。
目にしたらバカでもわかる。
前門の軍人、後門のカラス。
十人中十人が頭を守りながら猛ダッシュで後門突き抜けることを選択しそうな組み合わせだが、事はそう簡単にはいかない。
このカラスども、どうせ尋常な鳥さんじゃないからな。
なんせアサルトマータのしもべだ。どんな厄介で危ない能力持ってるかわかったものじゃない。
せいぜいクチバシでつつかれたりフンかけられるくらいだろうと甘く見てたら命に関わる大変な目に合わされるに決まってる。俺には致命的じゃなくても、人間やただの怪異には辛いはずだ。本当にただのカラスに過ぎないなんて線は……まず、ないな。
(やっぱこっちに連れてきて良かったな。帰らなくて正解だ)
俺は内心、ホッと胸を撫で下ろしていた。
危なかった。
もし箱入りレオタード剣士を段ボール入り捨て猫よろしく気軽に自宅で保護していたら、今頃こいつらがアポ無しで突撃してきたかもしれなかったところだ。
そんなの嫌に決まってる。
でもここなら別にいい。
我が家を壊される(かもしれない)のはたまったものじゃないが、ここならどんだけ被害出ても俺の腹は痛まない。ほんの少しくらいは心苦しいがそれだけだ。
酷い話かもしれないがこの世は所詮ジョーカーの引かせ合いだと俺は思ってる。しかも俺の手元には異様にジョーカーが寄ってくるときているのだからこれくらいの押し付けは許されるはず。
しかし挟まれるのは予想してなかった。
(どうしたらいいんだべ)
困ったなこりゃ。
百合の間に挟まる男は惨たらしく死ぬべきみたいな話をネットとかで見たことあるけど、こいつらはそんな色気のある関係ではない。恋仲どころか敵同士だ。
そもそも好き好んで挟まったんじゃないしな俺。
意図的なのか偶然なのかは謎だけど、俺が率先して挟まったのではない。被害者だ。これだけは確かなことだ。
「──先を越されはしたけど、間に合って良かったわ。鼻が利くくせに鈍重なんだから」
すたすたと歩きながら、ネヴァモアがからかうように語る。
「慎重と言ってもらいたい。衝動的な思考しかできないお前と違って、私は浅はかではないのだ」
真顔のまま、コラプスが皮肉を返す。
よし。
険悪だ。
俺をいないものとして語り合っている。
このまま、ゆっくり、ゆっくりと、気づかれないように亀の歩みで離れよう。巻き込まれても何の得もないからね。
……どうせ巻き込まれそうではあるのが悲しいところだがそれはもう仕方ない。
「で、この男は? ウフフ、もしかしてディバインのお手つき?」
「さあな。そこまではわからん」
「こんなに匂いがするってことはそうに決まってるでしょ。ホント鈍いわね、あなた」
「その程度の根拠で断定するから、浅はかなのだよお前は。思考中枢が不具合を起こしているのではないか?」
よし。
やはり険悪だ。
俺に興味を向けているのが厄介だが、この感じなら、俺にちょっかいかけるよりも人形同士のガチンコが先に始まるだろう。
本格的に敵になる前に手の内や戦法を見ておきたい。はよ始まれ。やっちまえ。あとディバインさっさと来やがれ。どこで油売ってんだよ。
「どうする?」
「どうするって、何のこと?」
「二対一にするか、勝ち残りにするかと、そう聞いている」
「あら、私と組むの? 粗野なあなたのことだから、私の首を取ってからディバインに挑むものとばかり思ってたけど?」
「それでも一向に構わんぞ。お前の力を上乗せすれば、手負いのままでもディバインの奴に対抗できるだろうからな。好きな方を選べ」
「ふぅん……」
あれ?
関係が良好になってきてないか?
なんだよ潰し合わないのかよ。期待してたのにガッカリだわ。
「いいわ」
カラスの飼い主が満面の笑みを浮かべた。
「その誘い、乗らせてもらいましょう。やはり彼女は叩けるうちに叩いておきたいもの」
「フフ、同盟成立だな」
「ウフフフフッ」
「で、次は、この少年をどうするかだが……」
「それは決まりきってるでしょ。適度につついて、ディバインについて知ってることを全て吐かせればいいわ。何もかも全て、寝た回数までもね」
え、カラスにつつかせること確定なの?
普通は素直に吐かなかったらやるもんじゃないの?
あと俺とディバインはそんな大人の関係じゃ──まあそれの二歩手前くらいに該当しそうなことはしたが、そこまでだぞまだ。治療行為だからな治療行為。
そんなこんな考えている間も俺の頭上を飛び交うカラスは数を増していく。
一匹たりともカーカー鳴かないのが不気味だ。
「痛めつけたところで大したネタを吐き出すとは思えないがな。それがわからぬお前でもなかろう。お前は単に己のサディズムを満たしたいだけではないのか?」
「悪い?」
「フン、好きにすればいい。どのみちディバインをおびき出すために利用するつもりだったからな。本来は、地の利がある場所まで連れ去る予定だったのだが……まあ、二人がかりなら、ここでやり合ってもよかろう」
「ウフフ、そーゆーことだってさ。だから、キミ、運がなかったと思って諦めてね」
俺に悲鳴をあげさせたらディバインが飛んで来るとでも思ってるらしい。どういう理屈だ。
……いや、理屈なんかないか。
カラス女のほうは俺をなぶりたいだけで、軍服女のほうは俺なんかどうなろうと別にいいのだ。
冷酷というか何というか……全く。
(これが標準的なアサルトマータの思考なのかもな)
友好的な態度のディバインこそがこいつらの中で異端で、だから優先的に狙われているのかもしれない。スタンスの違いが不愉快だとかそんな感じで。
ま、いいや。
こうなったら猫かぶりはやめだ。
俺のことをただの人間と勘違いしてるうちに、最低でもこのカラス女はガラクタにしてやる。
「さあ、私のかわいい子たち、そこの彼をじっくりとついばんであげなさい。ウフフ、少しずつ、時間をかけてね……アハハハハ」
そう言ったネヴァモアの笑みは、さっきまでのものとは違う、醜悪な笑みだった──




