15・女性のようなもの達が来た
俺と談笑していたギャル二名。
やること無くなって暇な俺はともかく、こいつらはいつまでもお喋りに夢中になっている訳にもいかない。
お昼前から仕事があるんでここに来てるはずだしな。優先すべきはそれだ。
なので、ほむらとゆらぎはキリのいいところで話を切り上げると、
「んじゃな!」
「バイバ~イ♪」
「はいよー」
笑顔でパタパタと手を振りながら玄関へと行ってしまった。
外に車でも待たせてるのだろう。
はい、ギャル二名の好感度稼ぎ、これにて終了。
「──あ」
手を振り返し終えたところで、あることを忘れていたのに気づいた。
「どこで仕事やるのか聞かなかったな」
あんな物騒なものを持ち出してるんだから、妖魔でも出たに決まってる。
こんな明るい時間帯なんだから悪霊や怨霊ではあるまい。断言できないけどな。太陽を恐れないのがいてもおかしくないしね。
ま、何が出たにしても、その場所がどこかを当てるのは、俺には無理だ。
根ノ宮さんなら可能なんだろうけどな。
お星さま眺めて「はいはいあそこね」って具合にさ。理屈さっぱりわからんが。
「まあ、あの二人に聞いたところで、どうだったのかな……」
現地に行かないでこの施設に来たってことは、つまりあの二人も詳しい場所は知らないって考えられる。どこなのか知らないからこそ、ここに来てから、現地まで運んでもらうつもりだったんじゃないか。
もしくは、事前に必ず一度ここに集まるって決め事があるのかもしれない。
う~ん……わかんね。
わかんないけど、いーいー、別にいいや。
そこまで深く考えることでもない。俺には関係ないし。後からあいつらに聞けばいいさ。
また会った時に、このこと覚えてたらだけど。
今はそれよりディバイン待ちだ。
のんびりしていよう。他にやることはない。
缶コーヒーの残りを、俺は一気に煽った。
財布持ってきてないの思い出して自販機の前でまごまごしていたら、それを見かねたのか、ほむらがおごってくれたのである。
おだてておいて良かった。
苦いコーヒーに、かすかにギャルの優しい甘味がしたように思えた。ギャルってオタクだけじゃなく化物にも優しいんだな。新発見。
「……来ないな」
二十分は待ってるが誰も来ない。
ディバインも根ノ宮さんもちーちゃんさんも姿を現さない。
俺を呼びに来る人もいない。
「しびれを切らす……ってほど経ってもいないが、ただ待ってるのも飽きてきたな」
たかだか二十分だからな。
このくらいで「いつになったら終わるんだ」と目くじら立てるのはクソ短気ってものだ。
でも暇は暇。
なんだかスマホいじって時間潰しする気にもならないし、ロビーにあるテレビを見たところで朝から面白い番組などやってもいない。
暑すぎる気温だの、飲酒による事故だの、政治家の不謹慎発言だの、つまらんニュースばっか。
「お外行くか」
気分転換だ。
暑い空気とギラギラした日差しでも浴びてこよう。
正面玄関の自動ドアから、外へ。
すると、居心地のよい涼しいエリアから、熱帯地方へと一瞬でワープした。
「ふふっ」
大げさに喩え過ぎたな。
そんな暑くはない。
熱帯地方だなんて喩えはしたけど、化物である俺には、冬の寒さが消え去った春の陽気みたいなもの……いやもうちょい暑いか。難しいな喩えって。
「俺はそうでもないが、人や動物には厳しいよな」
気温はとっくに三十度を超えている。
復活する前の俺なら、犬みたいに舌出してひぃひぃ言いながらタオルで汗をぬぐってスポドリ一気飲みしていたはずだ。
「散歩してみっか」
この施設内をふらふらしたことはあるが、外はほとんどない。
珍しいものや面白そうなものなんて何もないとは思うが、散歩だからいいんだ。
散歩ってのはそれが普通なんだ。
素性のわからない変なものに遭遇するなんて普通はないんだ。
超美しい少女に出会ったり女の生足がはみ出た箱を見つけたりするイベントは普通起きないんだ。
「起きないはずなんだがな……」
しかし起きた。
普通起きないことが起きてしまった。
自分から積極的に探しに行ったんじゃないのに出会ってしまった。こればっかだな俺の人生。人生つーか化物生か。
「流石に今回はないだろ」
施設の敷地内をブラブラするだけで二度あることは三度あるなんて事態はないさ。あったら泣く。
あった。
でも泣かなかった。耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んだのだ。
見たことない奴がいた。
両手をポケットに入れ、施設の外壁に背を預け、こちらを値踏みするように見ている。
女だ。
いや、女性タイプというべきか。
見たことはないが、知ってはいる。どんな見た目かはディバインから教えてもらったからな。
大柄な女。
背比べするまでもなく俺より余裕で高いのがわかる。二メートルはあるだろう。
ただ背が高いだけでなく、腕も足も太い。
黒を基調にした軍服らしき衣服を着ている。どこの国のものかはわからない。オリジナルなのかもしれない。
銀のショートヘアの上に帽子(軍帽とでもいうのか)を乗せている。
衣服の左胸あたりと帽子の真ん中に、銀細工の紋章がついている。ディバインのと同じものに見える。真っ赤なルビーのようなものがはめ込まれているところまで同じだ。
「こんにちは、少年」
女性の形をした何かが、声をかけてきた。
低い声。
けれど、よく通る声だった。
勇ましく、威圧感のある響き。見た目と完璧にマッチした声だ。
「あ、ども」
軽く応じておいた。
今はまだ、敵対するかどうかもわからないからな。いずれなるとしても。
「ディバインの匂いがするな」
「え?」
つい、くんくんと自分の匂いをかいでみた。
普段と違う匂いなどしないが……。
「嗅覚によるものではない。雰囲気のことだ」
表情一つ変えず、女が言う。
アサルトマータが一体、
コラプスが。
「わかんないなぁ……」
「わかる筈がない。同類である我々にしか感知できないものだからな」
淡々と語るコラプスが、そこまで言い終えると、スッと顔を動かし、視線をそらす。
俺の後方へと。
「今度はこいつか」
どこかにこっそり隠れていたのか。
それとも、飛び交う黒いそいつらに捕まって空でも飛んできたのか。
振り向くと、そこには日傘を差したワンピース姿の美少女がいた。
無数のカラスを従えた、
俺と同年代くらいに見える灰色の髪のアサルトマータ。
ネヴァモアが。




