10・お姫様の根城
とうとう話数が三桁いきました
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ここは、天外優人の住まう町の外れ。
あまり曲がりくねっていない山間を縫うように通っている、隣県へと繋がる国道。
山間に入る手前を曲がってすぐのところに一軒のラブホテルがある。
【ミルキーウェイ】
そう書かれた看板は汚れ、裂け目が走っていた。
ホテルそのものも、営業している雰囲気はまるでなく、手入れもされていないのか雑草が建物や駐車場の周りに伸び放題だ。
誰が置いていったのか、駐車場には古タイヤが何本も積まれ、コンテナまで放置されている。
完全な廃墟であった。
深夜。
その廃墟のロビーに、一人の女性がいた。
ホームレスではない。
金髪ロールの似合うお姫様みたいな容姿と服装のホームレスなどいるはずがない。
「……全くもう、ハエはどこからでも飛んでくるのねぇ」
円錐形の槍のような武器──ドリルを軽々と片手で振って、血を払い落とす。
その血は哀れな犠牲者のものだ。
「動画投稿なんてくだらないことのために、わたくしのドリルの餌食になるなんて、やはり人間はお馬鹿ですわね」
物言わぬ死体となった男の頭を蹴りつける。
霊感系配信者を自称する、二十代前半の男。
東日本を中心に心霊スポットや廃墟を探索して、そこそこ名の売れている──まあ、ありがちな人物だ。
探索といっても、建物の所有者に律儀に許可などは取ってはいない。いわゆる不法侵入を行っている。これもまたありがちな話だ。場合によっては工具などで無理やり封鎖を壊してお邪魔することすらある。
霊感系というより迷惑系だ。
ただ、この男の霊感系という自称は、あながち間違いでもない。
霊的な何かを、怪しげなものを感知する力を本当に持ち合わせていたのだ。
だからこそ、同業者が行かない、あるいは見つけない穴場を引き当て、怪奇現象を撮影することができたことも一度や二度ではない。
今回も、そのはずだった。
「変に鼻が利いたのが運のつきですわね。オホホ、鈍感だったらよかったものを」
あるいは、気づいても、触らぬ神に祟りなしと立ち去れば見逃してもよかったのに。
しかしこの男は、我らアサルトマータが有する『存在を周囲に溶け込ませ、意識させなくする力』をくぐり抜け、ずけずけと土足で入り込み、自分の姿を見てしまった。
殺す以外の選択肢はなかった。
どいつの手先かもわからないし、見なかったことにしろと脅してもそれを守る保証はない。
なので胴体に大穴を空けてやった。
「一通り片付けておこうかしら」
死体やカメラ等を適当に拾い上げ、地下のボイラー室に突っ込む。
玄関前に停めてあった自転車も、同様にボイラー室にシュート。
再びロビーへ戻る。
「床の血溜まりは……水でも汲んできてかければ……」
自分がいる間は、ここに入れる者など限られているから問題ない。始末すればいいだけ。
だが、不在のときは別だ。
存在を溶け込ませる力を場所そのものに持続させておくことは自分にはできない。自分がいなければ、この建物や敷地は人も獣も入りたい放題となる。
もし誰かが来たら、この大量の血痕を見つけて騒ぎになるだろう。
ドリルお姫様──スパイラルにとって、それは望ましいことではない。
ディバインはともかく、まだ他の六体がどう動くのかわからないのに自分だけ目立ちたくはない、再起動した直後に偶然見つけたこの根城をむざむざと失うのも避けたいと思っていた。
同類を探知する能力において、スパイラルのそれは他のものより優れている。
それと彼女自身の戦闘スタイルを踏まえると、わざと目立ってここにおびき寄せるよりも、先手を打って奇襲するほうが勝率が高いのは自明であった。
性格的にも性能的にも攻め一辺倒。
それがスパイラルだった。
しかし。
運命とは時として皮肉なものである。
人であろうと人でなかろうと、納得のいかない『流れ』に翻弄されるものなのだ。
「…………!」
スパイラルが、何かを感じ取り、玄関から外に出る。
駐車場へと向かうと、そこには顔見知りが立っていた。
つまり──スパイラルの同類であり、破壊すべき宿敵の一人が。
「……なんてこと。わたくしに、この距離まで気取られないなんて……」
「いつまでも旧態依然として変わらない……この僕が、そんな無意味な停滞をよしとするわけがないだろう? 君だって、そうなんじゃないか?」
「チック・タック……!」
スパイラルにその名で呼ばれた、あまりにも装飾過剰な燕尾服に身を包んだ美女が、妖しく微笑んだ。
「短絡的な君のことだから、もう誰かに挑んで退場してるかと思ったけど、まだ無事だったとはね。驚きだよ」
「おあいにく様。わたくし、まだ再起動して間もないのよ。だから挑むもなにも、あなたや他の方々を探す暇なんてなかったの。おわかり?」
「へえ、そうなんだ」
「せいぜい、偶然見つけたディバインを襲撃したくらいかしら」
「やっぱり挑んだんじゃないか」
「まあそうですわね」
スパイラルはそれくらいしか言わなかった。
ディバインと手を組んでいたあの少年──天外優人については、話題にすらしなかった。
何故なのか。
その理由は簡単だ。
人間離れした腕力を有してはいたが、それでも所詮、人間は人間。アサルトマータの争いに助力できるほどの実力などあるはずがない。ただのオマケに過ぎない。
スパイラルはそう軽んじ、あえてチック・タックに語らなかったのだ。
実際にはオマケどころか最悪の怪物だというのに。
「その口振りでは、仕留め切れなかったようだね」
「どうしてわかるの?」
「君は見栄っ張りで自己愛の塊だからね。もしディバインを破壊なんかしてたら、意気揚々と高らかに語っていたはずさ。自らの勝利をね」
「ホホホ、よく動く口ですわね」
スパイラルの目が細まった。
不快さと敵意によって。
「僕の分析、お気に召さなかったかな?」
「ええ、とっても」
ドリルを突きつける。
これ以上の会話は不要だと、そういう意味の態度だ。
「怒らせちゃったみたいだね。もう少し話をしたかったんだけど」
長めの黒髪をうなじ辺りでリボンでまとめた、燕尾服の美女が肩をすくめる。
「でも、遅かれ早かれか。どうせ僕らは壊し壊されの関係だしね」
その両手の内に一本ずつ、剣が現れた。
右手には、それなりのサイズの長剣。
左手には、分厚く短めの剣。
「その通りよチック・タック。さあ、どちらが残り、どちらが動かなくなるのか……確かめるとしましょうか!」




