10・絶体絶命?
これは死んだ。
今度こそ異世界転生したいな。
──と、生前の俺なら(今も生前といえば生前だが)投了して、大人しく化物の開きにされていた状況である。
だが、今は違う!
根拠の無い強がりであり、別にこの状況からでも入れる保険があるわけでもない。
でもどうにかやる。
盤面をひっくり返してみせる。
俺の中に十六年も居候していた力を信じるんだ。諦めずに目前の死に抗うんだ。
頑張れ俺、頑張れ天外優人!
「誅滅!!」
俺の真上にボディプレスするように飛んできた間狩が、そのまま刀を振るってきた。
俺が背にしてる床ごと切り裂くつもりか。
アクロバティックすぎる。
どうあってもここで倒したいらしいが──しくじったな、間狩。
「なんのっ!!」
気力だか霊力だかわからんが、そんな感じのオカルトパワーを必死に奮い立たせた刃を腕で防ぐ……のではない!
両手でぱしりと挟み込む!!
「なっ!?」
事前打ち合わせあっても無理だろうランキング不動の一位にいそうな技──真剣白刃取り。
それを、俺はこの場で成功させたのだ!
だが、氷姫の戦意はいまだ溶け落ちず、諦めようとしない。
このまま押し切るつもりなのか、両膝ついて覆い被さるような姿勢で歯を食いしばって体重と力を込めてくる。
一方俺はというと最大の難所は越えたので鼻歌出そうなくらい楽。
このくらいの圧ではびくともしない。
「ぐぐぐ…………!!」
「ほら、もっと気合い入れろって間狩。ここが正念場だぞ? 俺も応援してやるよ。がんばれ♪ がんばれ♪」
「うるさい……! 貴様、どこまで人をおちょくる気だ……!」
「はっ、おちょくってんのはお前だろ。なんで腕力勝負なんか挑んでんだよ。疲れて頭が回らなくなったか?」
……いや、待てよ。
これはもしや。
いくつもの疑問が脳内に浮かぶ。
まさか、もしかしてこいつ、俺の怪力について知らないのか?
知ってるのは持久力とスピード、それに見えない攻撃があることくらいか?
あの白黒二匹、もしや、自分たちが易々と振りほどかれて吹っ飛ばされた事を、伝えていないのか?
それならこの悪手にも納得がいく。
「報連相は大事だな」
下から情報が届いていればこんな無謀な真似もしなかっただろうに。
仰向けで床に寝ていようが、異常にパワー溢れるこの俺が、普段からどれだけ鍛えていようとヘトヘトになりかけてる女子に、力比べで負けるはずもなく。
「せいっ」
「きゃうっ!」
刃を手の平で挟んだまま、乱暴に腕を降り、力ずくでもぎ取る。
何度か左右に振って揺さぶりかけたほうがいいかなと思ったが、そこまでチンタラやる必要ないだろうと判断して止めた。
実際一回で取れたから正解。
間髪容れず、起き上がりながら奪った刀をそこらに捨てつつ間狩を抱き寄せる。
身をよじって、ささやかな抵抗をしてくるが軽く無視して片腕を後ろ手にひねり、喉を鷲掴みにした。
いわゆるひとつの人質である。
「ぐっ……!」
喉を掴んでいる手に力が入り過ぎたのか、苦しげに間狩が呻いた。
まずいまずい、加減しないと。
俺としてはまだ軽く掴んでいるつもりだったが、人間だった頃のような感覚でやると、つい余計な力がこもってしまう。
しかも……何だか白黒どもと戦った時よりも力が増してきてる気がするぞ。
このままだと日常生活でもあれこれ壊したり曲げたりしてめんどいことになりそうだ。さわるな危険ってやつか。
常に自分はゴリラになってる気分でいないと駄目かもな。
忘れないようにこれからは語尾にウホでもつけるか。
人質は大事な交渉材料ウホ。丁重に扱わないといけないウホ。ウホウホ。
「……こんなことをしても、無駄だっ。どこにも逃げようなど、ないぞ……」
「人の心配より自分の心配したらどうだ? あの姫様たちは、お前もろとも俺を滅ぼすかもしれないぞ?」
仲間を巻き添えにする酷い振るまいへの免罪符代わりに、躊躇ったり涙ぐんだり詫びたりはするかもしれないけどな。
「……侮るなよ、下衆なあやかしめ。そんなもの、端から覚悟の上だ」
「はー……凄いな。尊敬するよ。俺にはさっぱり理解できない素晴らしさだ」
そんな尊い自己犠牲の精神は脇においとくとして……
……う~ん、ホントにどうしたらいいんだろうな。
逃げ切って無事に撒けたら適当なところでこいつをポイ捨てして、家帰って寝て、次の日の事は次の日の俺に任せるべきか。
駄目だろうな。絶対寝込みを襲われる。
ポイ捨てまでは同じ展開で、そっから、あての無い逃走劇を繰り広げるのはどうだろう。
これが妥当な線ではあるけど……ホームレス高校生かぁ……。
こいつを盾にしながら、残る二姫と二匹を殺すのが、一番後腐れないんだが……。
(……気が乗らないし、飽きたし、ダルいし面倒になってきたしウンザリだし……)
思うがままに大暴れするとか力に酔うとか圧倒するのが楽しいとか、そんなキャラじゃないわ俺。それはよくわかった。
それに、よくよく考えてみれば、こいつらを一掃したって、結局はバレそうな気がする。
こいつらが理由無くふらっと来たわけないし、多分、探知とか予測とかできる奴がいるんだろう。
凄い占い師とか凄い機械とかさ。
俺が元凶だとまでは分からなかったってことは、そんなに精密じゃないようだが。
でも、この病院に俺が運び込まれたことは、調べればすぐわかる。
俺の死体の一部すら無ければ、俺が復活して院内で食べ物ぶちまけ、三大美少女を返り討ちにしたと断定するはずだ。
そんな奴を野放しにするわけがない。
早けりゃ数日以内に新たな刺客が来るだろう。
(蒸発して行方知らずになるか、終わりのない異能バトルの二択かよ。もっとましな選択肢くれって)
ろくな未来がないが、かといってこのまま現状維持するわけにもいかない。
更に新手の除霊屋が来る可能性がとても高いし、だいたい待ったところで俺の状況は好転することはない。
時間の無駄だ。
(場所変えてから考えるか。気分転換したらいいアイデア芽生えるかもしれないし)
「お待ちなさいな」
間狩を捕まえたまま、この場を離れようとした心中を見透かしたかのような、制止の声。
正面玄関のほうから聞こえてきたが……
「ね、根ノ宮さん」
間狩が呟いた。驚きを隠せないかすれ声だった。
誰も押していない車椅子が、音もなくこちらに近づいてくる。
車椅子に座っているのは若い女性だ。
二十代前半とは思うが、二十歳前後かもしれない。まさか三十近いとは思えないが、ないこともないだろう。
三姫に勝るとも劣らない美しい顔は、静かに微笑んでいる。
グロリア先輩の柔らかい笑みとは違う、どこか怪しげな笑みだ。
瞳の色は黒だが、間狩や、玉鎮の左目とはまるで違う。
光の無い深海のような、黒というより闇だ。
何を考えてるのかわからない目つきでこちらを見ている。目を合わせてると吸い込まれそう。
濡れ羽色っていうのか、艶のある黒髪を、長く長く伸ばしていた。
背中や腰どころか足元まであるんじゃないか。
洗髪どうしてるんだろ。
「あんたが援軍か?」
ねのみや、と間狩に呼ばれた女性は、首を横に振った。
「いいえ。私は交渉と見極めにきたの。キミが何を欲するのか、そしていずれに属するのか、その確認を直にしたくてね」
「ピンとこない話だな。でも話し合いの余地があるの助かるわ。こいつら暴力でしか物事を解決できないらしくて、ほとほと困ってたんだ」
「まだそんなたわ言を……!」
「うるさい」
「ぐぐっ」
首をちょいと絞めて黙らせる。
いいから静かにしててくれ。話が進まない。
「こら、乱暴な真似はよしなさい」
「だったら黙らせてくれ」
ねのみや氏が目配せする。
間狩は体の力を抜いて肩を落とし、やっと静かになってくれた。
聞き分けがいいな。
それだけ、この車椅子の姉さんが信頼されてるってことか?
「これで満足した? では回りくどい事は抜きにしましょう。単刀直入に聞くわ。キミ──何者なの?」
こっちが聞きたいよ。




