第1戦 入学式と二条院玲音
春の風が心地よい4月の朝、俺、末永士門は新しい制服に身を包み、少し緊張しながら東南高校の門をくぐった。桜の花びらが舞う中、俺たち新入生は一斉に校庭に集められ、入学式が執り行われた。式典では、校長先生の長い話に耳を傾け、先輩たちの演奏する校歌に合わせて声を上げた。でも、心のどこかで俺は浮かない気持ちを抱えていた。友達を作ることに自信がなく、ただ早くこの場を去りたいと思っていた。
式が終わり、クラスに分かれて教室へ向かう時も、俺は誰とも話すことなく、ただ黙々と歩いた。教室の席に着くと、周りはすでにグループができ始め、お互いに自己紹介をしたり、好きなアニメやアイドル、ゲームなどについて語り合っていた。俺は一人でただ窓の外を見つめ、自分を納得させるように心の中で自分に言い聞かせた。
「大丈夫、一人でもやっていける」
「ここではもう、あんな思いをすることはないんだ」
帰り道、ふと目に入ったのは掲示板にあるe-スポーツ部の募集の張り紙だった。どうやら今年度新設されたばかりで、経験未経験問わず新入部員を募集しているらしい。俺はその張り紙に一瞬、足を止めたけれど、すぐにまた歩き出した。ゲームで一番を目指すなんて、俺にはもう終わった夢だ。それにもう、あんな思いをするのはご免だ。少し嫌な記憶を思い出しながら俺は家に帰って、俺はいつものようにスマホゲームに没頭した。オフラインのスマホゲームそれが俺の唯一の逃げ場だった。
数日後の休み時間、多くのクラスメイトが友達と話し合っている中、俺はまた一人でスマホゲームをしていた。休み時間にスマホゲームばかりをしている俺をクラスメイトは密かに噂でもしているのではないか。そう悪い想像をはたらかせながらゲームをしていると、あるクラスメイトが俺に近づいてきた。
二条院玲音。
確か自己紹介ではそう名乗っていた。育ちの良さを感じさせる非常に美しい言葉遣い、凛とした顔立ちとブロンドヘアー、そしてどこか貴族の生まれかと思わせるような気品高い苗字、そして圧倒的な学力と運動神経から、いわゆるお嬢様感がとてつもなく漂っていた。それでいて他のクラスメイトには気軽に勉強を教えるなど非常に親しみやすくしていた印象で、早くもクラス一の人気者となっていた。そんな彼女が何故。そう思っていると二条院は俺に話しかけてきた。
「あなた確か...末永 士門くん、でしたわね?」
「ああ、そうだけど、俺になんか用かな?」
「あなた、とてもゲームがお上手なんですわね!わたくし、感激してしまいましたわ!」
「え?」
何の用かと考えていた矢先、二条院は会って話すなり俺のゲームの腕前を褒めてきた。ただ休み時間に友達と話すこともなく一人でスマホゲームをしている俺を、誰もが憐れんでいるのだろうと思っていたため、二条院に急に褒められた時には困惑してしまった。
「実はわたくし、この頃ゲームというものにのめり込んでしまいまして...今まではお母様の教育方針によりそういったことは余りできなかったのですが、高校生になって少し自由が利くようになりまして、ゲームをし始めた次第です」
「そ、そうなんだ。結構厳しいご家庭なんだね...」
「ええ、それでも二条院家の一員として、決まりを破ることは許されませんわ」
さすがはお嬢様、といったところか。ゲームのやり過ぎで時間を決められたり、一定期間取り上げられたりはよく聞く話だが、母親の教育方針によりゲームを完全に制限されるとは。
「昨日も夜遅くまでゲームをしてしまい、お母様からご注意を受けてしまいましたわ。と、わたくしの話はここまでにして、末永士門くん」
「は、はい」
凛とした二条院にフルネームで名前を呼ばれ、俺はすごんでしまった。いったい二条院が俺に何の話があるというのだろうか。
「あなた、e-スポーツ部に入る気はありません?」
「え?e-スポーツ部?」
そういえば入学式の時に新入部員募集の張り紙が貼ってあった。今年度出来たばかりらしいが、彼女も部員の一人なのだろうか。ゲームにハマってしまったとはいえ、まさかe-スポーツ部に入るまでとは。二条院は意外に熱血的な一面も持っていたのだろうか。
「ええ、ゲームというものを調べてみますと、なにやらゲームの腕前を競う『e-スポーツ』というものもあると知りまして。ただゲームを楽しむのももちろん良いことですが、他の方々とゲームで対決するというのも非常に面白そうなことではありませんか。そこでe-スポーツ部を作ってこの東南高校の生徒達でゲームの大会で優勝を目指そうとしているのです」
「へ、へえ、自分で部活を作っちゃうなんてすごい熱気だね」
「ええ、二条院家の一員として少しはしたなかったかもしれませんが...で、末永くん、どうでしょう?あなたのゲームの腕前を見込んで、e-スポーツ部に入る気はありません?あ、もしかしてもう既に他の部活に入部してしまったとか?」
俺が他の部活に既に入ってしまったという可能性を考え、少ししゅんとしている二条院。だが正直なところ、俺は今のところ入ろうとしている部活はない。中学のときも3年間帰宅部だった。
「いや、まだ部活には入ってないよ」
そう答えると二条院は先ほどのしゅんとした表情から急にぱあっとした表情に変わり、前のめりにありながら言ってきた。
「でしたらぜひ!わたくしたちのe-スポーツ部に入ってくれません?あなたの腕なら、e-スポーツ部のエース間違いなしですわ!」
二条院は今日一番の大声で俺をe-スポーツ部に誘ってきた。その声に驚き、こちらを振り返ったクラスメイトも少なくない。他のクラスメイトに注目されながら二条院は俺の返答を待つ。
e-スポーツ。
俺はまた、あの世界に足を踏み入れるのか。
一度諦めたのに。
一度夢破れたのに。
一度裏切られたのに。
嫌な記憶がまた蘇ったためその記憶を消すように頭を振り、俺は二条院の誘いに返答した。
「二条院さん。お誘いはありがたいけど、俺にはe-スポーツで優勝を目指すなんて出来ないよ。あくまでゲームは楽しいからただやっているのであって、他の人たちと競うためにやってるんじゃないよ」
そう言って俺は二条院の誘いを断った。少しきつい言い方になってしまったかもしれないが、かといって二条院の気を持たせるようなことを言うのは逆に失礼だと思った。
「そうですか...残念ですが、仕方ありません。確かにゲームは私達一般の者にとってはあくまで楽しむためのもの。貴重なゲームのお時間を取らせてしまい申し訳ございません」
「いや、大丈夫だよ。こちらこそごめん」
そういうと二条院は去っていた。あそこまで情熱的だったのにあっさり引き下がってくれたのは意外だったがそれは俺にとってはかえって助かった。二条院はゲーム初心者であるというが、e-スポーツ部を通してどこまで上達するのだろうか。少し気になったが俺にとっては関係のないことだと思うことにした。
そして翌日の放課後、帰ろうとした矢先に後ろから「ちょっと」と声をかけられた。その声には聞き覚えがあった。少し嫌な予感を覚えながら振り返るとそこにはやはり彼女、二条院玲音がいた。
「やはりあなたは、e-スポーツ部に入るべき人間ですわ」