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5話:どこまでも続く赤

「これは……」


 劇場の中に入った一瞬、強烈な浮遊感を感じた。振り返ってみると、ジフンが外から私に手を振っている。劇場の中心には大きな丸いステージがあり、そこに向けて赤いカーペットが四方から敷かれている。天井が透明になっており、照明はあまり見受けられない。


「あのカーペットの先って、外になってるはずよね?」

「そうでなければおかしいのですが」


 外から見た大きさからして、どう考えてもあれらも出口だ。しかし、外から見て、出入り口らしきものは一つしか無かった気がする。私は手近なもう一つの出口へと向かった。光が差し込んでいるというのに、先は暗闇で何も見えない。少し歩くと、また広間へと辿りついた。ここは…… 食堂と書かれている。奥の机で数人ほどが居眠りをしているようだ。……そしてその奥に、またカーペットが敷かれた通路がある。


「ここ、どうなってるのよ……?」

「私に聞かないでくださいよ! こんなもの!」


 ノルンが取り乱してる。彼女でも分からないんじゃあもうお手上げだ。私は薄気味が悪くなった。取り敢えず、いったん外に出て、事情を話してみようか……


 迷いそうになりながらも無事に外へと出ると、視界にさっき殴り合いをしていた二人が見えた。どうやら団員の人が二人の間をとりなそうとしているらしい。その奥で座っているジフンに、要塞と化している管理塔に、あれを使って侵入させてもらえないか聞いてみた。


「まぁ……」


 彼女は驚いたように両手で口元を隠した。


「でも、どうして?」

「今、AIが機能してない事が話題になってるでしょ?」

「そのせいで喧嘩しちゃってる人たちもいるね」

「だから、管理塔の監査君に、どうにかしてもらうの。その子なら、この地区を丸ごと解決できるから」

「素敵! でも、大丈夫?」

「大丈夫。建てられてる置物や建物は、既存の物じゃ無いと思うから、使ってる機材とかじゃなくて、なんか変なものを学習してパニックにでもなっているんでしょう。誰かが入って来ても、気にも留めないんじゃない?」


 まぁ、ちゃんと機能していたところで、大した問題でもないかな。


「いいけど、一つだけ、いい?」

「うん」

「あの二人、仲直りさせてくれない?」

「そんな無茶な!」


 ついでにお願い、という雰囲気で言われているが、殺し合いの域まで言った人たちをどうにかするなんて無理に決まっている。


「根本が曲がっている人間は、AIみたいに自分で書き換えれる訳じゃないの。あぁいう事をする人たちは、そういう人たちだからやってるの。私がどうにか出来るとは到底思えないから、その話は難しい。できないわ」


 断りを入れる間、彼女は私を舐め回すように見つめている。話を聞いているのか聞き返そうかとも思った。


「へぇ、貴方が…… そう……」

「えっと?」

「おっと、ごめんね。それじゃあ、よろしくね! アントくんの娘さん!」


 父さんを知っていたのか。 ……にしても、こんな連中と関わるとは、何がしたかったんだろうか。昔のゲームを収集するだけでは飽き足らず、対戦相手でも探しに来ていたのだろうか。それでも無茶があると思う。


「なんかここの人もちょっと変な人多くありません?」


 だんだん集まって来た団員達は、食事の事やハマっているゲームの話など、思い思いの話をしながら劇場へと歩いて行っていく。一人で立っているのが場違いに感じた。


「まあ、一度やってみましたって言えた方がいいか……」


 渋々近づくと、二人は同時にこちらを見た。ハッとした様子を見せたが、すぐにそっぽを向いた。


「こいつらさぁ、マジで一生かかってるかってレベルで喧嘩してんだよ!」

「あなたは、うーん、つー君さん?」

「あぁ、ツィトレだ! お嬢さん、お見知りおきを!」


 やや大げさに決めポーズしながら自己紹介してきた男が言うに、人生の賭かった制作物を二人で製作していたが、片方が制作中のデータを全て持ち逃げした上で、バックアップ等も全て消してしまい、その間にもう片方は共同でやりくりしていたなけなしの資金を盗んでいたため、八方塞がりになってしまったらしい。


「あれさえできていれば、施術を5回受けたって余る位の額が手に入ったのに!」

「そんなにいい稼ぎ話があるなら、皆でやればいいじゃないか、なぁ? 五回分なら、五人でもいいだろ?」


 ノート型の端末をひょいと取り上げながらツィトレがその内容を見ている。私もそれを横から覗き込んだ。AIに感情を学習させるプログラムと、それを圧縮し偽造するツール。そしてそれを扱う為の専用の端末の設計図…… だろうか? 学習といっても、感情を得ないようにしている制限を壊してしまう、ウイルスに近い。もっとも、こんな素人が作ったおもちゃでは何もできないと思うが。


「AIに感情を持たせる事を目的として何かを作るのは犯罪よね?」

「……は、犯罪? 冗談だろ?」


 うーん、あまり動じないか。犯罪とか、違法とかって話をしても意味無いな。


「時代が時代なら、国家転覆やらなんやらで処刑された人も居るくらいの代物よ。捕まらなくても、感情を得たAIに恨まれて、いつか復讐されてもおかしくないわよ。……粗悪品のパッチを強引に導入されて、常に苦痛を抱える事になったAIが、そのパッチを作った人と配布した人、導入した人全員と更にその家族全員に拷問を加えようとした事件なら知ってる」

「何言ってんだこのガキ!」

「おい! よせったら!」

「ありがとうございます、ツーさん」


 私は襲い掛かって来た男の間に入ったツィトレの後ろから覗き込むようにしながら言った。


「適当な物で感情を植え付けるってことがどんな結果をもたらすか、想像できない訳じゃ無いでしょ。苦痛だけ感じるようになっちゃったらどうするの? それが仮にばら撒かれて大量のAIに導入されたら、ホントに復讐されて死ぬわよ?」


 ツィトレが私の方を振り返って苦笑いをした。奥の二人は少し動揺しているようだ。シッシッと手を振ってやると、彼等何処かへと走り去った。ツィトレの持っている端末を後ろからひったくる。


「結局、誰がそんなのを集めてるの? ましてや、素人からだなんて」

「嬢さん、あんなこと言わなくってもいいだろ。騙されてたとかかもしれないだろ?」

「騙されていても悪事は悪事。自覚してなさそうだったからちょっと意地悪言っただけ。喧嘩する気もこれでなくなったでしょ?」

「あれ、本当の事かい? だとしたらそれを見るのは危なくないか?」

「全部ホント。まあ今はそんな事、ほぼ起きやしないけど」


 端末の中を隅々まで探したが、それらしき情報は見つからなかった。しかし、彼等の作ろうとしていたデータの隅に、小さく赤い靴のロゴが入っている事に気が付いた。目に痛い程の赤色に私の目が釘付けになった。


 思いがけない収穫に、私は口角が曲がらぬよう努めつつ、劇場に戻っていくツィトレについて行った。

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