17話:布教開始
「……ねえ?」
「なんだ?」
「貴方は見ず知らずの他人の為にどこまで捧げられるの?」
「どうだろう。出来る限り娯楽を体験させてみて、それでも生きる理由足り得ないのであれば、仕方なしに殺されることも仕方ないのかもしれないと思っている…… 今のところは」
「そこまで極端な人々を相手取るとは言ってないけどね」
「どのみち私が出来る事など、それ程度くらいしか残っていないものでな」
「そう」
”そうしないと生きていけない人だから” という理由でなんでも許容しているのか。理解できるような、理解できないような……
私は後からついて来る集団を警戒して足を速めた。格好の稼ぎ場となりつつあるのか、重そうな機械を集団で運び出そうとしている者がたまに視界に入る。車両の類も大半がダメになっているはずなのによくもまああんなに大量に持っていくものだ。……別に素材に価値がある訳じゃあるまいし、結局ゴミにしかならない事も多そうな気もするけど。
本社の建物に着くころ、私は他の人を半ば置き去りにしたような状態になっていた。待つ理由も無いので、壊された扉をすり抜けて入ることにした。
どの部屋も煤臭いことこの上ない。適当に調べながら歩き回り、紙資料の保管場所を探し出す。電子で保存すると、ちょっと優れたAIが紛れ込んだだけで何もかもが台無しになりかねないのがなんというか、やるせないところはある。”取り敢えず消えてほしくない記録は印刷しときゃいい” とは父さんの言だ。暴論だとは思うが、安全な情報の置き場所など存在しない事を考えると、割と妥当ではある。
……とはいえ、読めそうにないものばかりだ。多重にロックがかかっていたであろう保管庫も、作業場にある、平凡な棚にも、燃えカスと呼ぶにも無残な、黒いシミが残るばかりだ。
「徹底してるところが、統率を感じさせるね」
「確かに……」
「リョウは結構心理学行けるクチですか?」
「データだけはいっぱいあるからね」
こういう時、黙ってたら気が滅入るのを察してくれるのが助かるな…… しかし、管理塔だって端末の一つくらいは無事だったのだけれど。これは文字通り全滅……?
「ご主人。上です」
「ん?」
天井を見上げると、千切れかけた機械がぶら下がっていた。これはマニピュレータだろうか。飛び上がってそれを掴むと、体重に耐え切れず簡単に千切れた。
「ラッキー!」
原型は留めていないが、マニピュレータがAIとやり取りしていたデータが記憶されている筈だ。データそのものの形式や、それに伴う動作を調べてやれば、AIの特徴が分かるだろう。ましてや監査AIと関わる事を想定されているなら、現実的に絞り切れる。同じ製造元のAIは、みんな本当によく似るからなぁ…… AIの性質は生まれが2割、環境が8割だという人も居たくらいだ。
マニピュレータを丁重に包んで鞄に入れる。他には特にめぼしいものは無さそうだ。少しすると、ナラクたちが合流してきた。
「その、なんだ。どうだ? 調子は?」
「見ての通り」
「そうか」
「ところで、後ろの方で乱暴な音が聞こえるんだけど?」
「ああ。彼等の気分が悪くなってるんだろう」
「ほぼ薬漬けみたいな連中をどうこうしようとしたのが間違いだったんじゃない?」
「氷川女史。これはそんな簡単な問題じゃないんだ。彼等に非はない」
「んな事言ってもねぇ……」
多分本気で言ってるぞこれ。離れていてもうるさいと感じる悪態がどんどん増えてきた。
「あいつらの扱い、慣れてるんじゃないの? どうにかできないの?」
「問題を先送りにするのは危険だな…… 彼等も限界だ。もう少し何か無いか、探してみよう。どんなに小さくても良いから、進行した事を示さないといけない」
「そんな事言われてもね……」
今拾ったマニピュレータを見せるか? ……そんなことして大丈夫なのだろうか。AIの出自と傾向を調べる方法を単体で教えた所で、悪用できるものもなさそうだけれど。
「氷川女史。同志が居ないのであれば、新しく育てていくというのもありではないだろうか?」
「……」
「今ならいくら語っても聞いて貰えるぞ?」
「そんな根気があるとでも?」
「私の見込みなら3割は聞くぞ? ここまできて手ぶらで帰れないと躍起になる者は居るしな」
3割…… 3割か。今、何人だろうか。20人はいる。ということは、6人聞くの? 6人。6人かぁ……
「ご主人…… そんな、友達なら我々が居るじゃあないですか。それにこんな事言うのはなんですが、英才教育に頭のてっぺんまで漬かり切ったご主人にはとても追いつけませんよ。リョウもなんか言ってくださいよ! ご主人がグレてしまいます!」
「やっぱり制度じゃなくて人を改善した方が治安にはいいんだろうね!」
「もうあんたは監査AIじゃないんですよ!」
なるほど、愉快なAIだな。とナラクが話しかけてくる裏で、私は二人に、黙ってデータのやり取りで会話しろと念押ししておいた。
「わかった。わかったわよ。やる。やるって」
「そうか。ありがとう!」
「そういや、貴方、さっきまで焦ってたのに、今じゃ全く探す素振りを見せないのね」
「それは。アレだ。アレ」
「アレ?」
「顔に出やすいタイプだな。君は」
そこを申し訳なさそうに言われると…… 返答に困る。
「この中でどれだけの人数が人生の価値を決められるかは君にかかっている。頼んだぞ!」
いやぁ、自信が全くない。父さんが試しにやった時は8割が寝たって言ってたしな。取り敢えず、食いつきそうな話といったら…… やっぱりデバイスを作るAIかな? くっそ、大筋を作ったそばから私のしたい話からどんどんズレていく。
「という事でスケジュールを用意しました。一時間コースです。ぶっちゃけご主人、語ろうと思えば十時間くらい余裕で語れますよね?」
「くっそ、これで本当に大丈夫なの? 絶対数人くらい殴りかかってくるでしょ、これ!」
「話の流れはこれでいい! もうちょっとできる事…… というか、利益にフォーカスできないか?」
「色々と不安定なこの状態で長話を聞くのは堪えるだろうなあ。乱闘になった時の備えはしておくよ」
「ええい、ままよ! 一人でも多く沼に引き摺り込んでやる!」
自分で踏み込んだという事は置いておいて、私は半ばヤケクソになりながら、踏み出した。
「この話を聞けば! どんなAIも、直せるようになるわよ!」
お、大きく出たなあ…… と驚くナラクの声が聞こえる。嘘はついていない!全部叩き込んでやる!




