15話:製造工場
「現状、こういう扇動とか騙したりとかする対策が存在しないのよね。それでそそのかされた人が出てくのも無理だし」
「それが連れてく理由にはならないでしょう!」
「いや…… まぁ、最悪口封じできるし?」
「冗談に聞こえないからやめてくれ……」
AIの監視下でも、悪行が出来ない訳じゃ無い。唐突に腕を掴んで、本人ですら何が何だか分からないうちに誘拐だの、嘘をついて同行者とはぐれさせるだの、やろうと思えばできる事はたくさんだ。物理的に悪行が不可能な環境であった為に、教唆などへの対応は原始的なプログラムを流用したままのものが多いのが原因だ。
「とにかく、ここを抜けて跳ね橋工業の本社へ突っ込むわよ」
「危険ではないか?」
「そう、こういう時って、自前の技術で代替してそこだけ無事だったりしそうだけど」
「身内に持っていかれるぞ」
「あぁ、確かに……」
ナラクは足元の破片に気をつけながら私の先を歩いている。リョウは怒り心頭だが、どこか違和感を感じている様子だ。リョウの生真面目な性格もこれから変わっていくかもしれない。ノルンにそのケアを任せることになりそうだ。
ふと来た方向を向くと、車両やドローンを自前で修理した工房の人達が、街の再建を進めている。時折可笑しな方向に動く機械を見て調整しながら遊んでいる…… ように見える。
「出来る事なら、夢中になれるものに没頭しながら去っていきたいものだ。とびきり贅沢な願望ではあるが……」
「そう? 贅沢って程?」
「贅沢だ。持つ者に持たない者の気持ちはどうしても分からない。どうしようもないんだ」
諦めのような言い方ではなく、当然の事実のように言っており、私も、そうなんだ。と返すばかりだ。本社に行くつもりだったが、工場の方が近いのでそちらに向かった、
「デイロフ地区にまで来てしまったか……」
「ご主人向けに作ったものだと、一般人にはちょっと揺れが強いのでしょう」
「それ、後でスクラップにするからね、絶対!」
車酔いで若干体調が優れないナラクはともかくとして…… 目の前の、虹が描かれた工場の方からなんだか妙な臭いがする。鼻に絡みつくような…… 妙に気分が上向きになる。ふと、口の中で転がり続ける砂糖菓子を連想した。
「うわ……」
嫌悪感を露わにするナラクを横目に、開け放たれた正門を通り抜ける。臭いはいっそう強くなっているが、不気味なほど静かだ。中途半端に開いたままの自動扉がゆらゆらと動いているように思えた。
そのまま進み、扉を警戒しつつ通る。日光の届かない場所は薄暗く、足元の細かい部品が足に当たって音を立てた。臭いはどんどん強くなってきているが、不思議と悪い気分にはならない。ずっとこのままでいても別に問題無いとさえ思える。大部屋…… リョウどころか、AIに関連しそうなものが全く見当たらないが、結論を急ぐ必要は無い。
大部屋…… ここで生産が行われているんだな。少しでも関係のあるものであればいいのだけれど。
「待ってくれ、そんなに早く行かれても困る。ここで君は何をするつもりなんだ?」
「AI達がやられた原因を探ってみてね…… 生き残りのAIが作られた企業名とか、誕生日とか、型番とかを見ても、ここが無関係ではないと踏んだんだけど」
「ここは多分関係無いが、そう考えたのならば仕方が無い。軽く調べてすぐに出るべきだ」
「ここに心当たりが?」
「ううむ……」
「ご主人の様子を見るに、これは市販の感情デバイスだと思います。そのうち最も安価なものが、臭いを伴う煙を放出する機械ですね」
「副作用が無くとも、喜びを手軽に摂取できる時点で麻薬と何が違うのか、と私は思うがね」
「それは聞き捨てならないよ。これが市販されてから、以前と比べて、重犯罪阻止の為の事前鎮圧件数が4割、潜在的リスクを持つ人は7割は減ったんだ。人類を管理する立場としては、これを安易なイメージで批判されるのは困るな」
まだ何か言いたそうな二人を宥めながら、大部屋の中をそっと覗き、目が慣れるのを待つ。……煩雑とした光景を想像したが、一見するとさほど違和感はなかった。停止した製造ラインが静かに佇んでいるのみだ。
「んー、ここのAIにはどこからアクセスすればいいのかしら」
「機械自体に組み込まれてると嫌ですねえ」
「たまにあるのよねぇ、それ。私にバラせと言われても困るけど」
それらしきものを探しているうちに、部屋の奥の方から臭いが漂ってきていることに気が付いた。その方を向くと、人が何人か倒れているのが見えた。よく見るとまだ動いている。
「放っておこう。あれは中毒者だ」
「中毒性あるのこれ?」
「普段喜びを感じる行動…… 趣味などを持っている者なら、そこまで影響は無いだろうな。ただ、喜びの供給源があれしかない人は、中毒になっているのと同じだろう?」
なるほど。そう考えると確かにあまり良いイメージは持てないな……
こちらに気づいたのか、寝転がったままこちらを向く者達。そのまま平凡な笑みを浮かべてきた人達から逃げるようにして、横手にあった部屋に入る。
「お、ラッキー……」
特に確認もせずに入ったのだが、運よくその手の部屋に着いたらしい。取り敢えずここのAIのや痕跡を見て行こう。
「そりゃ、平気なわけだ」
「え? 何が?」
「夢中になるものがある者は、こんなもの効くまい」
口角をちょっと下げて画面を見る。監査AIほど高性能なものでないならば、人の手でAIを更新したことも一回くらいあるだろう、リョウの権限を拝借してみたところ、仕様書の一部などが乱雑に放り出されているようだ。重要なものから見ていく。
「うーん、平凡なつくりだけど、毎回毎回監査AIと共通した作りになってる」
「まあ、たまに仕入れたりする事も有るし連携できるようにするのは普通じゃない?」
「それに、どっちも独特な処理順してる。手癖が似てるって言えば良いのかしら。まるで元々ひとつのAIだったみたい。……だとしたら、リョウを生み出したのは、AIではなく人間? そんな人いたっけ? うちの先祖かな?」
「うちにそんな資料無いですよ」
「え、うそ。じゃあ誰?」
だとしたら、本社の方の記録も見たいな。監査AIに関わっておいて記録を残さないはずもないだろう。
「どうだった?」
「ここのAIと、その生き残りのAIは同じ人に作られている筈。そいつが生みの親としての権限を悪用したか、或いは奪われて悪用されたって可能性はあると思う。ただ、それが記載されてないの。本社にでも殴り込みかけようかしら」
案外、紙資料とかも残っているものだし、行ってみるだけ得だろうな。足早に立ち去ろうとしたところ、入って来た場所に人が居るのが分かった。さっき寝転んでた人達だ。
「あの、すみません」
人の良さそうな笑みを浮かべた女性は、素通りを許さないよう、そこに立ったままで挨拶をした。その後ろに他の人達も控えている。思わず身体がこわばったが、臭いが妙にリラックスさせてきたせいで不快感が生まれた。
「何か、用?」
「多分技術のある人達ですよね? ここの機械の」
咄嗟に白を切ろうとしたが、それよりも早くナラクが口を開いた。
「いや、失礼。私達はただの見物人なもので。こんな状況ではありますが、つい好奇心に負けてついていってしまったのです。この設計図を御覧なさい。あわよくば、ここの技術も盗めないかと考えていたのは、否定しませんとも」
ノータイムでこんなこと言えるのすっごいな、こいつ……
「あら、そうですか。でしたら、一つお願いしても?」
「聞きましょう」
「ここの機械を再び作動させる事ってできますか?」
合間を縫うようにリョウが耳打ちしてくる。
「あの人たちの扱いには気を付けて。ポジティブになって、やれば出来るって考えてる可能性があるから。力ずくで解決する、とかは避けてね」
「ははは、あいにくこちらも素人なもので、そう上手くはできませんよ。でしたら、一緒にやってみますか? もしかしたら貴方達の方が成し遂げてしまうかもしれません」
どのみち躱せないなら巻き込んでしまう…… か。なるほど……
部屋に入って来た人だけでも五人以上いる。なんとかして、隙を見て抜け出すべきか……




