14話:現地調達
逃げ込んだ建物は古ぼけており、天井や壁などが錆ついて変色していた。左手の昇降機がまだ動いている。私は隣の昇降機に飛び込み、同じく4階を指定した。
「くっそ、無駄に縦長なんだから……」
一回深呼吸して飛び出す。通路の奥でこちらを振り返った男と遠目に目が合った。埃っぽい空気を払って一気に駆け出す。
曲がり角や柱で時々見失いそうになるが、距離は明らかに縮まっている。咄嗟に反撃をされないよう注意しつつ。角を曲がった。
「……ん?」
姿が消えた。何処に行った? 隠れた? ……開けた通路に隠れる場所なんてないぞ? 振り返って一度観察する。……少し暗めの緑がかった壁。そこに少し色の濃い部分がある。これは…… 布?
「え、あ、あぁーっ!」
これ、あいつの外套!? 若干薄暗いとはいえ、こんな子供だましみたいな手法に引っ掛かるなんて! 外を見ると、階段から降りたのか、もう二階の通路をこそこそと歩いていた。
「誰も見てない…… 見てない。大丈夫よね、うん」
この建物にAIの視線は感じられなかったことを思い返しつつ、窓を無理矢理こじ開ける。ギギギと軋むような音と共にロックがかかったままの窓がこじ開けられる。その隙間をひょいと飛び超えて枠に乗った。
あの距離なら飛び移っていけるな…… 思い切り飛び込めば流石に割れるでしょ……
立ち幅跳びの要領でそのままジャンプ! 飛んだ先から、驚きの叫び声が聞こえたのも束の間…… ゴツン! と上半身に衝撃が走る。思ったより飛ぶ距離が長すぎた……
「あ゛ーっ! クソッ!」
痛みに耐えながら建物の出っ張りを掴む。それに気が付いたのか、こちらに駆け寄って来る足音がする。こりゃ駄目だ。落っことされたらそのまま見失ってしまう! だが、掴む場所が悪い。上手く力が入らない…… これ、自分から登るの無理だな……
窓を何度か叩く音。少しした後に、大きな音がして窓が壊れた音がした。上を恐る恐る見上げると、体当たりを敢行して窓を壊しにかかっているのが見えた。上手くいけば、落としに来る所を道連れにできるかな? と様子を見ているうちに、ちょうど腕が一本入る位の隙間ができた。そこから腕を伸ばしてきた所を掴む!
「何故こんな馬鹿な事をしたんだ!」
怒鳴りに近い声が聞こえる。私が腕を掴むのは想定通り…… というか、そのまま引っ張り上げられている。そのまま少し安定した場所に足を置いて、窓枠を蹴ってしまうと、外れた窓枠ごと外の地面に落ちて行った。
「怒鳴る事ないでしょ、文句あるの?」
「当たり前だ! 落ちたらどうするつもりだったんだ!」
「そりゃ、貴方を取り逃すことになるけど」
「冗談じゃないんだぞ! 危ないだろ!」
「そりゃ危ないけど、落ちて死ぬわけでも無いし……」
ナラクは特大の溜息を漏らした。こいつ……
「あんまり命を粗末にするんじゃない。お転婆にも限度があるぞ」
「は、はぁ」
私の肩をポンポンと叩いてから背を向ける。今度は私がその肩を掴んだ。
「まだ何か?」
「まだ何か? じゃ無いわよ、色々な人を扇動してなんのつもりよ」
「そんな事を言っても。彼等はそれしか道が無い」
「だからってその他の人を苦しめて良い筈がないでしょ?」
「ああ。ああ…… だが、命がかかってるんだ。少しは譲歩して貰うしかない」
「そんなの許される訳無いでしょ。何言ってるの?」
莫大なお金が無ければ、寿命が尽きて死ぬのを待つのみ。そうでなければ施術により一応永遠の命は確保できる。その為に金銭を奪う…… いや、物事の優先順位としては確かに正しいが、手段があまりにもダメだ。
「その点においては社会が悪いようなものだがな…… お金なんて無くとも困る事なんて無いのに、この一点だけで不幸がばら撒かれている」
「話の長いヤツとばっか話してたら疲れるわね」
「なんとかして…… 全員幸せになる方法はないものかな」
「悪人を切り捨てた方がよくない?」
「悪人になるかどうかなんて運任せだ。そんな危ない」
「とにかく、こっちの地区で大人しくしてることね」
ローゼン地区に戻る事に対し、ナラクは渋る素振りを見せた。
「いや、それでは…… ダメだ。あのご老人方はこのままだといずれ、死んでしまう」
「……そういうものでしょ」
「そんなの残酷ではないか。ごく一部の人だけが永遠に生きて、それ以外の人は、真面目に働いても殆どが寿命から逃れられない」
「別に施術した所で、ホントに永遠に死なないわけじゃないんでしょ。何千歳とかのジジオバなんて見た事ないし」
「だが、時間稼ぎにはなるし後悔もないだろう。彼等に後悔はして欲しくないな…… 大半の事は時間が解決してくれるが、その時間の問題になってしまっては……」
そんな話をされても困る。なんで加害者側の心配ばかりするんだ、こいつは。
「私に言わないでよ。そんな事。ほら、こっちに来る!」
「うわっ! 恐ろしい腕力だ……」
無理やり右手でナラクを引きずるように建物の外に連れ出した。
「待ってくれ。なら私も着いて行かせてくれ。まだどこかに行くんだろう? 身体能力の差は明らかだし、突然逃げ出したりしないと約束しよう」
「はあ?」
「ダメか?」
「ダメです」
余計な口を挟まんとしていた様子のノルンが、耐えかねた様子で口を挟んだ。
「見ず知らずの詐欺師と女性をみすみす二人で行動させる人が存在しますか? いいえ。存在しません」
「私は詐欺師ではない」
「詐欺師だと思うけどね。人をそそのかすタイプの」
「君は悪い人間じゃないだろう。おそらく」
「貴方と違ってご主人は極めて優秀かつ善良です」
私は余計な挑発をするノルンの音量を一旦下げた。
「とはいえ、私も世間知らずが過ぎたところがあるかしら…… こいつを連れて行けば少しは分かるかな…… 何も知らない状態で扇動なんてできないだろうし」
「そこはまあ、それなりに自信があるとも」
ぶっちゃけ、あの人達の心境とか何も分からなかったしな。そこの辺りを説明させるのはありかもしれない。こういう奴はどの場所でも脅威になりうるし…… さっきの反応はおそらく本心で私を心配していたものだな。ノルンのそれに似ている気がする。
「ご、ごしゅじぃん……」
懇願するようなか細い声が胸元から響いて来るな…… 変な事しないでくださいとでも言いたげだ。
「と、言う事で、くれぐれも変な事はしないでね」
「あぁ、約束しよう」
……正直、コミュニケーション能力が高い人が一人は欲しかったというのもある。こういう世渡り的な事は全部他人任せにしていたツケだ。私一人だけだと他の人と亀裂を作りかねないことは自覚している。
「改めて、ナラク・グレイマンだ。短い時間になるだろうが、同行させて貰おう。寛大な処置に感謝する」
「氷川よ。よろしく」
「……ところで、そこに投影されてるマークはなんだ?」
「ん? マーク?」
赤い警告……? これは多分リョウが出してる奴か。凄く濃い色だ。いや、これ相当怒ってるな?
「ねえ、一つ聞きたいんだけど。私に保護者が居たとして、今の私を見たら怒る?」
「手が付けられない程怒るだろうな」
しれっと私から距離を取る素振りを見せたナラクを掴む。
「や、やめてくれ! さっきの話、無し! 無し!」
「ははは…… 道連れよ。当然」
「そんなぁ!」




