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10話:相次ぐ訪問

「ちょ、ちょっと、私を盾にするのはやめて貰ってもよろしいですか?」

「断る!」

「たかがスプレーでしょ? そんな大人げない事しなくても!」

「だったら盾にされても何の文句もないでしょう」


 はぁ、と男がため息をつく。


「あの中身は疑似生体金属でしょう。義体の金属部と人間の肉体部を接続するもので、一般的に人が手作業で使う者ではありません。下手に吹きかけられたら皮膚が駄目になるでしょうね」

「ほう、そこの…… 通話相手か? かなりよく知っているな? 通話を切って欲しいのだが」


 ノルンは私に一言、ちょっとしおらしくしてて貰えますか、と囁いた。


「良く知っていますとも。先代のサミュエルが良く世話になっていたものですから」

「サミュエルだと?」

「ええ。三か月前にはディスプレイ及び脳波感応サブアーム内蔵義手を修理に出していました。プラモ作成中に下敷きになって破損してしまったようですが。娘とは数える程しか顔を合わせていなかったようですね?」


 老人の手が汗ばんだような気がする。元々この手は震えてたかどうかは、分からない。


「ふむ、間違いないようでしたら、彼女は見逃しても良いのでは? 無理をしても仕方がないでしょう。ほら、行っていいですよ」


 呻くような声を出した老人の横で、灰色の男は、私が盾にしている男を引き渡すように手振りをした。


「多分、昔に店の裏で飴をくれた人よね? その後に代替太陽? みたいな作品を貸してくれたと思う。なんでこんな事をしているの?」


 心当たりがあったらしい老人の前に灰色の男が割って入る。


「そうだな。端的に言えば、これは人命救助だ」

「人命救助?」

「その通り。彼等は施術を受けられていない者達だ。脳機能の置換手術がまだできていないのだ。身体は取り換えればいいが、脳はそうもいかない。機械に変えるのも、変えずにそのまま延命するのも、技術と権利を独占した極一部により、非常識とも言える金額がかかるからな」

「それで、なりふり構わずお金を集めようって?」

「そういう事だ。人命に代わるものなど、何も無いからな」

「じゃあ、その極一部とやらを狙ったらどう?」

「見つける手段はあるのか? 今は最も手早く確実な方法を選ばないといけない。この活路をみすみす逃してはいけない!」


 扇動するような口調と、それに湧く人々の裏で、私に掴まれた襟首が不意に突然動いたが、なんとか手放さずに維持した。私はすっかりこの男の扱いに困っている。


「ははは、そりゃあいいですね。貴方は慈悲に溢れていらっしゃる。私はまあ…… ヤクミとでも呼んでください」

「……では、ナラクと呼んで貰おう」

「これでお知り合いですね」


 ナラクと名乗った灰色の男が、ヤクミの荷物に手を伸ばした途端、ヤクミは片腕でナラクを吹き飛ばした。


「くっくく…… 義体はやはり軽いですねぇ」

「貴方をその瓦礫の中に突き飛ばしてやっても良いのよ?」


 ここには屑しかいないのだろうか。うんざりしてきた私は、ナラクが叩きつけられた壁の横に、ヤクミを思い切り叩きつけてやった。鈍い音がして悶絶している所に老人たちが群がって来る。私はそれに乗じてその場を去った。


「ノルン? 管理塔どこ?」

「この先を左折して真っ直ぐ進めば理論上はこの地区を抜けられますが、中断して帰宅するのをお勧めしますね。適当な装甲車とか作って持っていきますよ。いやあ、地区まるまる一個自由に使えるのは楽しいですね!」

「じゃあ、ここで待って持って来てもらって、それで管理塔まで行けば良いのかしら」

「まぁ、それでもどうにかしますけどね。この有様だと管理塔もダメになってそうですが」


 私が建物の影に隠れると、直ぐに車輪の音がした。


「あ、ちょっと! 先輩! それ駄目!」

「ちょっとぐらい良いじゃないですか。緊急事態なんですよ? いやあ、他人の資源で好きに車両を作るのがこんなに楽しいとは! そういえば電車はどうしたんですか?」

「遠くから色々なものを投げつけられて壊れちゃった! 今新しいの作ってる! ローゼン地区は工場が全然なくて困っちゃうよ」


 見た目は只の大きな車だ。取り敢えず乗り込んでみる。


「光学迷彩、消音機能に360度の視野、50tまでの衝撃なら無傷な耐久性能! 最低限これくらいはないとお話になりません!」

「勝手に変なの作らないで! 工場の権限返して! それ兵器扱いだってぇ!」


 リョウとノルンが格闘している様子を音声から想像しながら車内で座っていると、特に何も起きずに管理塔に到着してしまった。見た目はあまり壊れていないが、入り口は大穴が空いている。


「別に室内も乗って行っていいですよ」

「それはなんか、他人の家に乗り込んでる感じがしちゃって……」


 律儀ですねぇ、と言いながらしれっと私の後ろに車両をついて来させるノルンと、それに突っ込むリョウ。何だか二人の関係が分かりやすくなってきた。


 特に何の痕跡もない室内。何の気配も感じない。そのまま歩いて、監査AIの住処に向かう。


「……ここ?」


 暗室に辿り着いた筈なのだが、本当にここで合っているのかが分からない。大量の焼け跡と液状化した床ばかりが目に映る。もう一度現在地を確認して、ようやく場所が合っている事を確認した。


「こりゃ駄目ですね。端的に言えば、殺されています」

「分かってる。リョウは?」

「さっきの話のどさくさに紛れて権限を奪ったのでこの部屋は見ていません」

「はぁ、その方が良いかしらね」


 多少の破損ならなんとなくで修理できなくも無いが、ここまでやられるとどうしようもない。最早この施設は機能しないと言っていいだろう。


「機器でも貼り付けてこっちが通信で動かせるようにすればいいと思ったんですけどね、ここまで悉くやられちゃあ仕方ないですよ。この建物より、工具の一つでも貰った方が便利でしょうね」

「まあ、治安維持用の装置を貰っていきましょうか」


 この有様だが、監査AIの指揮下のものなら一部は稼働せず残っているかもしれない。片っ端から格納庫を漁り、まだ機能するものを数台連れていく事にした。殺傷能力を持つと判断した人を無差別に制圧するドローンと、破損した建物を修理してくれる工用車両の二種だが、どちらも脇に抱えられるくらい小さい。


「これでどこか、工場の一つでも直して、そこから適当に大量生産しちゃえばいいのかしらね」

「生産が追いつくとは思えませんね」

「地区全体を使えるようにしてもカツカツだから苦しいよ」

「うぅ……」


 素直に帰って、他の地区の治安を充分に維持できるAIの生産を待とうという提案を蹴って、私は近場の工場に向かう事にした。


「どうせスッカラカンですよ。この有様じゃあ」

「そうかもしれないけどさぁ…… なんだか嫌なのよね」

「嫌、というと?」

「あぁいう連中が少しでも自由の利く環境に居るのが嫌なの。悪事が可能な状況だとどう足掻いても対応が後手になっちゃうし、手遅れにしかならないのよね」

「そういうものですよ」

「そうね。はぁ……」


 工場の跡地に着くまで大して時間はかからなかった。刺激臭がして顔をしかめる事になったが、身体に害は無いらしい。最早原形を留めていない瓦礫が並んでいるが、素材としては使えるらしく、工用車が勝手に製造ラインの設計図を表示して、液状化した金属を再形成したり、見た事も無い青い粉末の化合物を分離して器用に作業を進めている。よくできているな……


「まあ、多少は足しにはなりますかね。気休めにはなります」

「そうね。

「誰か入って来たよ?」


 リョウが怪訝な声を上げたため、私は制圧用のドローンを天井の方に飛ばしておいて身を隠した。耳を澄ますと話し声が聞こえてくる。内容は良く分からないが声色が違うような気がする。複数人だろうか?


 慎重にその声の方に行くと、二人の人影が見えた。どちらも小さいな…… 片方はヤクミと居た少年に見える。もう片方は…… 茶色の長髪が少女のように見えるくらいか。


「問答無用で制圧しちゃいましょうかね」


 端末を二人の方に向けて遠くから姿をよく確認する。よく見ると赤色が所々に見えた。


「これって出血?」

「女性の方は結構酷いですね」

「命に関わる?」

「放置すれば、ですね」

「う…… あぁ、クソ!」


 仕方が無いので、私は隠れるのをやめて出ていく事にした。

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