後編
それからその部屋を手分けして隅から隅まで見渡すも、あるのは骸骨のみで少女以外に綺麗な状態で残っているものはなかった。
再度、少女の前に立ち,じっくりと観察する。
金の髪に睫毛。
神様が丁寧に作りすぎたとしか思えないほどの美貌である。美し過ぎて背筋がゾワゾワするくらいだ。
じっと見つめ、頬が微かに黒ずんでいるのを見つけた。煤のようなものがうっすらと付いている。
なんとなくこの少女に煤は似合わないように思ったので指でそっと頬に手を滑らせて優しく煤を払ってみる。
そう、なんとなくだったのだ。
二、三指を往復させて煤が取れているのを確認して、そろそろ国に戻るか、と騎士たちを呼び集めようと手を頬から離した瞬間。
少女の目が開いた。
思わず叫びそうになったが、なんとか声を飲み込んで少女を見る。
少女は私を見るや否や、前に出していた手をそっと動かして私をきつく抱きしめた。
各々部屋を観察していた騎士の一人が私の状況に気づき、叫ぶ。
「殿下が!」
逃がさない、と言うかのような熱くきつい抱擁に体が硬く強張る。
「ようやくお会いできましたね、殿下」
少女は甘く蕩けるような声で耳元で囁き、頬に優しくキスをした。
そうして、名残惜しそうに私から体を離し、害をなすかもしれないと警戒する騎士たちに向かって優雅に笑いかけた。
「そう警戒しないでくださいませ、私は殿下の婚約者にしてこの国の貴族、エフィルナと申します。どうやら、使者が暴れ回って皆は死に絶え、長い年月を過ごしてしまったようですが、殿下と私の婚約は継続されております。以上より、私はその旨をお伝えするべく今から転移をしたいと思います」
「転移だと」
騎士の一人が声を上げた。
転移。
それは太古になくなってしまったと言われるメヌエルの上級魔術。
それを、この少女は使えると言うのか。
「ええ、転移です。勿論、あなた方の乗られてきた馬や、あなた方全員を隣国の、ええと、なんと言いましたっけ」
「エリーフです」
私はようやく声を出して返事をした。
話の流れについていけず、それを言ってからもキャパオーバーを起こした頭がずっと今の状況を読み込もうとしている。
「そう、エリーフでしたわ」
エフィルナと名乗る少女はとてつもなく嬉しそうに微笑んで話続ける。
「憎きエリーフといえども、今の殿下はエリーフの皇族。仕方ないので殿下のお父上に言って婚約を認めてもらいましょう。ところで、殿下」
優しげに揺れる瞳に一瞬狂気が読み取れた。
「現在、婚約者はいらっしゃるのでしょうか」
「え」
何故、この美しい少女と婚約することを前提とした話が進んでいるのだろうか。
私の意思は尊重されないのか。
「まさか、おられるのですか。または、殿下が恋慕なさっている方でも?」
ぶわりと少女から殺意が溢れた。
思わず私は腰に下げている剣に手をやってしまう。
騎士たちも同様に剣に手をやり、いつでも抜ける体勢をとっていた。
そんな中、一人だけ剣に手をやっていなかった騎士団長がゆっくりと言う。
「殿下には婚約者も慕っている方もおりません。色事に興味はなく、国を良くするために日々奔走されている方ですので」
「そうでしたの」
瞬間、殺意が霧散し、柔らかな雰囲気になった。
そして、言う。
「では、今からエリーフに転移します。目を閉じておくことを推奨しますわ」
少女は私に近づき、目に手をやった。
「殿下の目は私がお守りします」
「自分で目くらい瞑れるのだが」
「いいえ」
即否定。
「きっと、魔術が廃れているであろうこの時代の人々にはきついと思います」
では、目をきつく瞑って下さい。
そういって五秒が経ち、がしゃんと何かが落ちる音がした。
「今,いきなり目の前に」
そっと手を外されて見てみれば、父と兄の執務室にいた。
「こんにちは、エリーフの方々。この度は結界がなくなり、ようやく殿下と巡り会え、運命の糸により目覚めましたため約束通り殿下との結婚をさせていただくべくこちらにお邪魔した次第です」
「ええと、あなたはどちら様ですか」
兄がペンを置いて戸惑った風に質問する。
「エリーフの皇位継承者であればきっと分かるでしょう。エフィルナ、と言えば」
「メヌエルの宝」
兄に代わって父が低く言った。
「やはり、ご存知だったようですね。ええ、そうでしょう。私の魔術をかろうじて避けたあの使者がきっと伝えたでしょうからね」
メヌエルの宝。
ドアの取っ手を掴んだ時に聞こえた単語だ。何故、父と兄は知っているのだろうか。
「殿下と私が結婚すれば私の血を皇族に残すことができます。この話を断る理由はないのでは?」
転移の後からずっと腕に絡みついている少女は不敵に微笑んだ。
父と兄は私を見て、深く深くため息をつく。
「ええ、許しましょう。きっとこのままではこいつは結婚もせずに国のために働き、生涯を閉じる。あなたのような方が寄り添ってくれるのなら心強い」
「では、この紙にサインを」
すっと何かの紙を出した少女は父の机にそれを置いて微笑む。
私も自動的にくっついていくことになりその紙を見て唖然とした。
「待ってください。これはどういうことですか」
結婚証明証。
そして、何故か自分のサインがもう既にされていた。
「私はサインしていません」
「殿下。これは前世の殿下がされたサインです。だから、殿下は私を目覚めさせてくれた。私は殿下しか無理なのです」
何を言っているのか分からない。
救いを求めて父を見やれば必要箇所にサインをしている。
兄を見やれば疲れた顔で諦めろ、と。
そうして、私は美しすぎる少女を妻に迎えてしまった。
◆
千年前からこの国は強い力を求めていた。
エリーフは広大な領地を持ってはいるが、軍事力は強くない。周囲の国々は常にエリーフの領地を乗っ取ろうと隙を見計らっていた。
そんな中、千年前に生まれた皇族と令嬢が恋をした。
エリーフ生まれの皇族は第三皇子として生を受けた。第三皇子であったため、必然的に皇位継承権は低くなる。
メヌエル生まれの令嬢は高位貴族として生を受けた。高位貴族であり、魔力が気が遠くなるほど強かったためにメヌエルの皇太子と婚約することになっていた。
しかし、当時メヌエルには王子がおらず令嬢は頼み込む。
恋をした皇族をメヌエルの養子として迎え入れ,結婚をさせてくれないか。
メヌエルの国王は頷いた。
そして、エリーフもそれに同意した。
なぜなら、エリーフは皇族を送り出すことを、メヌエルは高い軍事力を貸すことを約束したから。
そして、皇族と令嬢は結婚を目前に控える。
さて、エリーフにはこの皇族の他に二人の皇子がいる。
そのうちの第二皇子は美しい令嬢に恋をしてしまった。恋をし、弟が婚約者だと知ると弟を殺して自分が令嬢と結婚しようとメヌエルの舞踏会に宰相という地位を努力して掴み取り、乗り込む。
「あいつが、第三皇子の生まれ変わりか」
そして、令嬢はエフィルナだ。
「なんというか、気の毒なやつだ」
皇太子は苦笑してエフィルナに半ば引きずられるようにして去っていく弟の背中を眺めた。
「上手くやれよ」
エフィルナは独占欲が激しかったと書かれている。
弟は繊細だ。エフィルナの独占欲に潰されないように祈るばかりだ。
きっと、弟を思って結婚を否定すれば消されるだろうから。




