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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

一年前の約束

作者: 亨珈

 俺の女は、俺のために生まれてきたような女だ。こいつと付き合うようになって、これはもう手放せないと思うようになった。

 そう言うと、「あいつが?」とツレ周りは不思議そうにしてるけどな。

 他のヤツは知らなくていいことだ。

 アパートに帰ると、出迎えがない。チッと舌打ちしてダイニングキッチンに行くと、あいつはテーブルに伏せて居眠りしているようだった。


「おい!」


 声を上げるとビクンと大きく肩が震えて、音を立ててあいつが立ち上がった。


「あっ、ご、ごめんなさい! 寝ちゃってた」


 後ろにひとつにまとめられた髪はやや乱れていて見苦しい。朝はいつもバッチリと整えられているメイクも薄れている。服で擦れちまったんだろう。

 また舌打ちしてしまう。それにまたビクリと体を震わせ、あいつはガスコンロの火を点け汁物を温めながら、テーブルの上にあった豚カツをレンジに入れようとしたのを蹴りを入れて止めさせる。


「揚げなおせよ。んなもん食えっか」

「あっ」


 バランスを崩したあいつは見事に床にダイブしたが、皿は死守したようだ。割ってしまったら更に俺が不機嫌になることはよく解っているんだろう。


「そ、そうだね、ゴメンネ。先にお風呂入っててくれるかな」


 ヨロヨロと立ち上がり、皿を手にしたまま追い焚きボタンを押す姿に背を向けながら、


「俺に指図すんじゃねーよ」


と吐き捨てる。


「ゴメンナサイ!」


 頭を下げている気配を感じながら、俺はバスルームに向かった。


 部屋着になってダイニングキッチンに戻ると、ちょうど皿を並べ終わるところだった。

 サラダは冷蔵庫から出したて、味噌汁と豚カツからは湯気が上がっている。最後に目の前で茶碗が置かれて、ようやく俺は椅子に落ち着くことができた。

 カツを噛みしめると、肉汁がじゅわりと口の中に広がる。衣はカリッとしていて、ちょうどいい塩梅だ。こうでないとな。

 レンジになんてかけたら、衣はしんなり、中まで加熱されて肉も硬くなっちまうだろうが。

 俺が黙って箸を進めるのを見てから、あいつも箸を手にした。もう日付けが変わっているが、俺が帰るまでいつも通り待っていたらしい。

 よしよし、今晩も可愛がってやるか。



 翌日、太陽も中天に差し掛かるころ布団から出ると、ラップをかけた朝食と一緒に諭吉が残されていた。昼飯代だ。

 レンチンするのも面倒で、俺は着替えてから諭吉をポケットに突っ込んで部屋を出た。

 今日はあの店に行くか。



 早々に有り金を使い切り、仕方無しにいつも顔を合わせるおっさんに頼みこんで融通してもらった。免許証預けてるから、明日には返さなきゃなんねえ。

 おっさんがたまたま当たってる日で良かったが、少しだけ勝った分は今夜の酒代に消えちまった。

 帰路につきながら、スマホであいつに連絡を入れる。


「明日までに三枚要るから用意しとけ」

『えっ、給料日までまだだいぶあるよ。もう手持ちが、』

「だから今すぐ下ろしにいけ」


 言い訳しようとするのを遮り、用件だけ告げると切断した。

 財布の中にないことくらい知ってるんだよ。



 帰宅は殆ど同時で、頼んだ金はちゃんと渡されたから、まだ晩飯ができていないのは見逃してやった。今日は俺の帰宅も早かったしな。仕方ないだろう。

 俺は優しいからな。


 今日も可愛いあいつを抱く。

 肌がぶつかると骨が当たって痛いのが最近の難点だ。

 付き合いだしたころはもう少し抱き心地良かったはずなんだが。


 そういや、肌も荒れてる気がするな。俺に愛されてるからって、怠慢じゃねぇか?

 クロゼットの服も必要最低限の質素なやつばっかになっちまったし、これじゃ連れ歩くのは恥ずかしい。

 と言っても、ここ数ヶ月、一緒に出掛けたことなんてないな。

 まあいいだろ。ダブルワークで休みもないみてぇだし、おうちデートってやつだ。



 給料日、いつもよりたくさんの資金を得て、ついでに出玉も多くてうほうほで換金したら、端のチョコのパッケージがいつもと違っていた。

 そっか、もうじきバレンタインデーか。


 バレンタインデーは、俺とあいつが付き合い始めた日でもある。たまたま前の女と別れたばっかで、告白してきたあいつがそこそこイケてたから、繋ぎ程度にOKしたんだった。


 思えば、ほかの女は我儘で、自分は何もしないくせにねだるばっかで。イベントにやたらこだわるし、外食したがるし、自分では決めねぇくせに連れてけば文句言うし奢られて当然って態度だし、疲れるばっかりだった。

 その点あいつは、今までなんにもねだったことがない。

 上司とやりあってクビになった俺が転がり込んでも喜んで迎えてくれて、メシも作ってくれる。

 本当に俺のために生きてるようなやつだ。

 たまには何かプレゼントでもやるか……?

 ま、また勝ったときに考えるか。



 バレンタインデー当日に、本当にたまたま勝てて、俺はいい気分で酒とつまみを買ってから帰宅した。

 ダイニングキッチンにはクリスマスかってくらいに豪華な料理が並んでいる。それを見て更に気分が上向き、ポケットから取り出したチョコレートをあいつに放り投げた。


「プレゼント」


 景品だけど、ちゃんとバレンタインパッケージになっているハートのチョコだ。有名な国産メーカーのものだから、味は確かだろう。


「えっ、ありがとう!」


 正直、小学生レベルのプレゼントだが、それでもあいつは満面の笑顔になった。

 今日は機嫌良くメシを食えそうだ。



 たらふく食った腹をさすりながらソファーで食休みしていると、片付けを終わらせたあいつが傍にやって来た。ペタンと床に正座して、おずおずと俺を見つめるので「なんだよ」と声を掛ける。

 こんなに真正面から視線を合わせるなんて、いつ振りだろう。

 ずっと前に俺が投げたリモコンが目に当たってからは、いつも俯きがちにこっちを見るようになったからな。それを見る度に責められている気がして苛々してるなんて、気付きもしなかったんだろうが。


「一年前の約束、おぼえてる?」


 おずおずと、けれどもはっきりと尋ねられて、はて何だったかと記憶の糸を手繰り寄せる。

 一年前……付き合い始めた日。


『もしも一年後、まだ私とあなたが付き合っていたら、ひとつだけお願いを聞いてほしいの』


 いいぜ、と軽く答えた。

 どうせ繋ぎの女だ。一、二ヶ月で別れることになるさと高を括ってたんだ。


 だけど結局、こうやって付き合ってるし、同棲までしてる。

 あの時の俺に言ったとしても、これっぽっちも信じねえだろうことは間違いない。


「お願い、ねえ。金ならねえぞ」


 そんなことは承知だろうが、お願いといえば何かしら高級品を買ってくれという要求だろうと踏んで釘を差した。


「ちち違うよ……っ」


 両の掌で否定のジェスチャーをし、あいつはぶんぶんと首を振る。


「そんなんじゃないけど、欲しいものが、あって」


 いつもは青いくらいに白い肌が紅潮していく。


「なんだ? 安いもんってことか」

「お金は、掛からないの。ただ……」


 よほど言いづらいのか、言葉を濁すさまを眺めていると、次第に苛ついてきた。


「さっさと言え!」

「チョ、チョコ、バナナ」


 荒げた声にかぶさるように口をついて出た言葉に、「は?」と間抜けな声が漏れる。


「夜店の?」

「ち、違う……じゃなくて……くんの、を食べたいな、って」


 そろりと右手の人差し指が、俺の股間を示した。


「はっ、はは……」


 そっちかよ……! それで顔真っ赤にして……。

 合点がいき、あいつの頭をわしゃわしゃと撫でながら、久し振りに声を上げて笑った。


「いいぜ、バレンタインだしな……はは、まさかおまえがんなこと言い出すなんてな」


 実はそういう奉仕はさせたことがない。特殊なプレイをこいつとしたいとも思ったことはない。

 初めてのときは流石に痛がっていたけど、それ以降は特に前戯なんてせずに突っ込んで、吐き出して終わり。締まりもいいし、それで十分だった。

 そういや、キスだって最初の頃しかしてないかもな。

 なのにいきなり自分から舐めたいとか言うとはなぁ。


「この淫乱め」


 だが、たまには口から犯すのも悪くない。



 既に準備万端だったらしく、シーツの上にバスタオルを重ね、俺の剛直を凝視するあいつの頭に手を置き、ゆるゆると撫でている。

 専用らしきチョコレートは、熱くしなくても液状になるやつらしく、少しだけビビっていた俺は安心した。

 元の色より更に濃さを増した部分に、そろりと舌が這わされる。

 覚束ない動きかと思いきや、意外にも迷い無くチョコレートを掬い、直接肌に触れる柔らかなパーツがぐりぐりと鈴口まで捩じ込まれていく。

 透明な液体が濃い茶の上を伝い落ち、唇がそれを追って下に降りていく。


「ハッ……うまいか?」

「ふん……おいひぃ……お腹、ふいてはの」


 袋を含んだまま、聞き取りにくい言葉が返される。


「ふっと、ほひかった……」


 呼気でくすぐったさを感じて、あいつの前髪を掻き上げるように牽制しようとして、ハッと息を飲んだ。

 熱に浮かされたような、目。

 けど、これは――

 つけたままの灯りの下、ギラリと輝く澱んだ瞳に、ヒュンと玉が縮こまる。

 背筋を走る悪寒。

 感じているのは、紛れもない恐怖だ。


ほくはく(告白)、するね……」


 そうだ、そこは、誰もが知っている急所で。

 ギリ、と犬歯らしきものが付け根に当たり、俺はあいつの髪を力任せに引いた。

 ブチッと音がして、開いた口から音が出るより前に、タオルを突っ込まれる。


「ガッ、ご……ぉぉ……!」


 ナニかが、引き千切られる音が続く。


「教えてあげるね。私、一年前よりもっと前にあなたに告白したよ。豚は三分の一に痩せてから出直しなって言ったじゃない。だからね、頑張ってダイエットしたの」


 脳裏を、太った女の面影がよぎる。おぼろげな残像。


「キツかったぁ……食事を減らして運動もして。でもね、キレイになれたから、感謝してるの。でもね、お金、稼いでも稼いでも使っちゃうから、キレイを維持することもできなくてね、困っちゃった」


 荒れた肌。ガラガラに空いたクローゼット。


「あなたの分だけは、食費死守してきたけど、でも」


 一人分のおかず。晩ご飯時に、朝俺が手付かずで放置したものを口にするあいつ。


「もう、お腹すきすぎてね。だから」


 紅に染まる肌。見たこともないほどに嫣然と笑う女は、本当に俺の知っているあいつなのか。


「初めてのお願い、きいてくれてありがと。

 チョコバナナ、いただきます」


 あーん、と。

 嬉しそうに、あいつが、口を開けた――



     了

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