後編 火にかけて炙り出す
「あーもうっ!」
律が叩いたテーブルが、『バンッ!』と大きな音を立てる。
あれから数十分考えたけど、ろくな考えは浮かばず、ただ時間だけを浪費していた。
「カナに変えるところまでは合ってると思うんだけど……何か見落としてるのかもしれないわね……」
「うーん、手詰まりだね……」
僕としては2列目を抜き出すという手は当たっていると思う。
ただ、今のままでは『アブケテスニダヒリカ』という意味のない並びになってしまう……
「えっと、1つ良いかな」
それまであまり積極的に発言してこなかった岩戸さんが、初めて自分から口を開いた。
「何? 気づいたことがあるなら、バンバン言ってちょうだい!」
「いや、さっきの、その、ら、ラブレター、の話なんだけど、もしかしたら宛先を間違えたんじゃないかなーって」
その言葉を聞いて、僕達4人は皆一様にポカンとした表情を浮かべる。
「……宛先を間違えた? どういうことなの?」
「えっと、私のクラスには『朝倉いろは(あさくら いろは)』っていう、超かわいくて男子に結構人気の女子がいるんだけど、その人が私の前の番号なんだよね」
岩戸さんは気づかなくてごめん、とばかりに苦笑いで頭をかく。
「えーと、つまり、下駄箱は私の隣なわけで。だから、もしかしたらいろは宛ての手紙だったんじゃないかなーって」
「なるほどね……確かに可能性としてなくはないわね」
「でもよ、ラブレターの宛先を普通間違えたりするかぁ?」
「あうぅ、確かにそれはちょっとかっこ悪いですねぇ……」
洋と藍はあまり納得していないみたいだ。眉根を寄せて首をかしげていた。
「確かに間違えるのは格好悪いけど、僕もありえなくはないと思う」
「だよね! いやぁ、私なんかにラブレターなんてありえないと思ってたんだよ! いろはなら納得納得。確か今日はテスト前だから残って勉強していくって言ってたし、私ちょっと連れてくるね!」
「ええ、お願い。あ、それと、また互いに自己紹介するのも面倒だし、私たちのことは話しておいてくれるかしら?」
「うん、了解。じゃあ行ってくるね!」
そう言って岩戸さんは部屋を出て行った。
「ふんふふん~♪ 帆船群れゐぬ 靄の中~♪」
廊下から岩戸さんの声が聞こえる。
歌が好きなのかな? さっきも小さな声で口ずさんでいた気がするし。
「さて、さっきの話だけど、仮に宛先が本当にその『朝倉いろは』さんって人なら、少し光明が見えてくると思うんだけど、どう?」
「え? どういうこと? 人が関係するの?」
突然の指摘に、訳も分からず聞き返してしまう。
すると、律は頭痛をこらえるように頭を押さえ、ため息をついた。……多少察しが悪いからと言って、そこまでされる謂れはないと思う。
「あのねぇ……これは人に宛てたものなのよ? 宛先は超重要に決まってるでしょ!」
「う……た、確かに……」
「で、本題なんだけど、私、さっき何か見落としてるかもって言ったわよね?」
「うん、確かに言ってたね」
「ずっと引っかかってはいたのよ。矢印と赤字で単語の並びに注目させたくせに、並びの規則は重要じゃなかったのかってね」
そこまで言うと、律はニッと口の端を歪めてみせる。
「でも、いろはさんに宛てたものなら、それは解決する」
律の断言に、置いてけぼりを食らった僕達3人はそろって首を傾げた。
「んん? 何だ? 律は何を言ってるんだ?」
「あうぅ、私にも分かりません……」
「ごめん、僕にも分からないよ……」
「あーもう! 情けないわね……」
もう一度律はテーブルを叩くと、大声で要点を話す。
「つまり、これを解くには並び替えの規則を変える必要があるんじゃないかってことよ!」
……今現在は『あいうえお順』で並べられている単語を、何か別の規則で並び替えるってことだろうか?
「あー、なるほど。要は、その別の規則が何か分からないと解けないってことだね……」
「そ、こ、で、『いろは』さんなのよ。どう? もう分かったでしょ?」
……そういうことか!
ようやく僕にも理解できた。それにしても、律の説明は飛躍しすぎだ。理解させる気を感じられない。
「やっと僕にも分かったよ……律、最初から丁寧に説明してよね……」
「んん? 何だ? こいつらは何を言ってるんだ?」
「あうぅ、ここまでいけば私にもわかりましたよ? 洋くん……」
「え? 分からないの、俺だけ?」
まぁ洋には分からないよね。知ってた。また違うことでも考えさせておこう。
「……洋、ハンバーグの作り方って奥が深いよね」
「ん? あぁそうだな! あれは使う材料や作り方によって結構味が変わるからな」
「うんうん。だから、今日の夕飯のために、どうやって作るか考えた方が良くない?」
「おぉ! そうだな! 今日はどうするか……」
「昨日は牛だったし、今日は豚との合い挽きにするべきか……」
よし、これでバカは排除できた。
「……話を戻すけど、つまり、『いろは順』で並び替えるってことだよね?」
「正解よ! そうすれば、意味が分かる文が抜き出せるかもしれないわ」
そう律が言うと、丁度部屋の扉が開かれた。
「連れてきたよ! さぁ、いろは、入って」
「お邪魔します!」
岩戸さんに招かれて入ってきたのは、小柄で可愛い女の子だった。
身長は150センチ弱だろうか。明るい茶髪の髪を、花がモチーフのヘアゴムでツインテールにしている。
ニコニコとした人懐っこい笑顔も相まって、話しかけやすそうな明るい印象を受けた。
パッと見た感じは、小動物という感じかな?これなら男子から人気があると言われても納得だ。
「どう? この子がいろはだよ! 可愛いでしょ? いろは、こちらがさっき紹介した人たち」
「初めまして! 朝倉いろはです! 利奈ちゃんと同じクラスです。よろしくなのです」
さっき話した通り、僕たちの紹介はしてくれているみたいだ。
「よろしくね、朝倉さん。……で、早速なんだけど、朝倉さんの下の名前は『いろは』なのよね? だから、この単語の並びを『いろは順』に並び替えてみようかって話をしていたところなのよ」
「え? どういうこと?」
疑問を浮かべた岩戸さんに対して、さっきまで皆でしていた話を説明する。
「あー、なるほど。確かにそうかもね」
「わ、私にラブレター、ですか? き、緊張しちゃいますです……」
「え? いろはならラブレターとか何通ももらってるんでしょ?」
「そ、そんなことないのです! これがそうなら、人生で初めてのラブレターなのですよ……」
「そっかぁ。告白までする勇気がある男はそこまでいないってことか……」
「まぁ、その辺はともかく、まずは並び替えてみましょう」
律の指示に従い、早速並び替えてみる。
・イアイ
・チスイ
・リヒテンシュタイン
・ワカイ
・レリーフ
・ソテー
・ナニワ
・オブジェ
・ヤダ
・シケン
「これで、2列目を抜き出してみるわよ。……えっと、『アスヒカリテニブダケ』?」
自分で言いながら、律は眉を顰める。
「ん? これ文になってる?」
うーん、確かに微妙だ。でも、『明日光テ二部だけ』と読めば文と言えなくもないかな?
「無理やり読もうとすると、『明日光テ二部だけ』って感じかな? 僕には正直、意味が分からないけど」
「そうね……」
「いや、でも、これって、『明日、テニス部の部室前で待ってます』ってことなんじゃない? ほら、今ってテスト前で部活が休みだし、ラブレターならそう取っても不思議じゃないよね?」
再び暗礁に乗り上げかけた一同を前に、岩戸さんが独自の解釈を披露する。
「あうぅ、確かにそう取れなくもないですねぇ……」
「いやでも、それだったら光って単語の意味が分からねえぞ? 本当にそれで合ってんのか?」
お、珍しく洋がまともなことを言ってる。僕も、この考えはかなり強引な気がする。
並び替えだとしたら、もっと別の規則があったりするんじゃないだろうか。
「はっ! 今気づいたんですけど、明日待ってるって話なら、もしかしたら今日もいるかもしれませんよね!?」
朝倉さんは、雷に打たれたかのように唐突にそう宣うと、慌てて部屋の出口に駆け出していく。
「私、ちょっと行ってくるです!」
そう言うと、皆の反応を待たずに部屋を飛び出していった。
「あ! 待って! さっきので合っていると決めつけるのは早計……行っちゃったか」
「あぁ、あの子そういうところあるからねー」
「まぁいいわ。とにかく、私はさっきので合っているとは思っていない。使うべき規則は『いろは順』ではなかったみたいね……」
「そうだね……とりあえず他の可能性を考えてみよう」
とは言ったものの、正直他に候補なんてない……
「ふんふふふんふ~ん♪ 見よ明け渡る 東を~」
考えていると、近くで岩戸さんが口ずさんでいる歌が聞こえてくる。やっぱり癖なんだろう。
「さっきから何回も聞いてる気がするが、今流行ってたりするのか?」
「えぇっと、私は聞いたことないですねぇ……」
僕も聞いたことがない歌だった。
とはいえ、僕は歌には全く詳しくないから、知らないのは当然ともいえるけど。
「あ! それ知ってるわよ。最近出た歌よね? 題名は覚えてないけど……」
「そう! これ、実は明治時代の詩に曲をつけたものなんだよね! 最近発売されて、今私のお気に入りなんだ! 癖でついいつも口ずさんじゃうんだよね~」
「詩は明治時代のものだったのね……どんな歌詞なの?」
「えっとね……」
律に促された岩戸さんが、紙に歌詞を書きだしていく。
鳥啼く声す 夢覚ませ
見よ明け渡る 東を
空色映えて 沖つ辺に
帆船群れゐぬ 靄の中
「やべぇ、日本語なのに、所々何言ってんのか分かんねえぞこれ……」
「あうぅ、確かに難しい言い回しが使われてますね」
洋が分からないのは当然だが、博識な藍も難しいと言っているのは意外だった。
「明治時代のものだけあって、結構古い言い回しだね。僕には意味が分からないや」
「その古い言い回しに、最新の曲調ってのがまた良いんだよ! 風見君も聞けば絶対ハマるよ!」
「へ、へぇ、そうなんだ……」
岩戸さんのあまりの剣幕に、若干引いてしまった。
ここまで好きだとは思っていなかった……
「ところで、この詩、題名はなんていうの?」
「えっとね、『とりなくうた』だったかな。歌の名前は違うんだけどね」
「ん? とり?」
その言葉に、わずかな引っ掛かりを覚える。
偶然かもしれない。しかし、この状況で『とり』と言われたら、否が応でもアレが思い浮かぶのは必然だろう。
「……そういえば、この紙の鳥の絵はまだ何にも分かってなかったよね?」
「そうね……もしかして……」
律は顎に手を当てて何事か思案すると、岩戸さんに向き直る。
「岩戸さん、さっきの歌詞、全部平仮名に直してみてくれる?」
「え? まぁ良いけど」
律の指示を受けて、岩戸さんが再びさらさらとペンを走らせた。
とりなくこゑす ゆめさませ
みよあけわたる ひんかしを
そらいろはえて おきつへに
ほふねむれゐぬ もやのうち
「やっぱりね……」
紙に書かれた平仮名の羅列を見て、律は納得したとばかりにしきりに頷く。
「繋、これを見て何か分かる?」
「え? うーん……」
これまでの話の流れを考えると、この歌があの紙の謎を解く手がかりになるのは確かだ。
そして、わざわざ平仮名に直させたってことは……
「あ! これ、もしかして、全部の平仮名が重複なく使われてる!?」
「そうなのよ! これで、さっきの並び替えに使うべき規則が分かったわね!」
「え? どういうこと?」
「そうだぞ! お前らだけで納得してないできちんと馬鹿にも分かるように説明しろ!」
「あうぅ。ごめんなさい、私も分かりません……」
僕達2人の理解に追いついていない3人が、そろって頭に疑問符を浮かべる。
洋に理解させるようにっていうのは無理だろうけど、説明は必要だ。
「繋、あなたが説明しなさい」
やっぱりか。そう来ると思ってた。
あまり気は進まないけど、律にそう言われてしまっては僕に拒否権はない。
「……えっと、この平仮名の詩をよく見て欲しいんだ。これって、全部の平仮名が1文字ずつ使われてるよね?」
「あ! 言われてみると確かにそうかも」
「ん? でも、『ゑ』とか『ゐ』とか俺は見たことねぇぞ? これって平仮名だったのか?」
あー、洋ならそう言うかもとは考えていたよ。でも説明するのも面倒だから、ここは放置一択だよね。
「つまり、カナの並び順に使えると思わない? ほら、さっき律が、並び替えの規則が必要だって言ってたでしょ?」
「あ、なるほど! この詩をその規則に使うってわけ?」
「あうぅ、私にもようやくわかりましたぁ!」
紙に書かれた鳥の絵は、きっとこの詩を表していたに違いない。そうだとすれば、これでようやく解けるのか。
「今携帯で調べてみたんだけど、『とりなくうた』の順にカナを並べることを、『とりな順』と言うらしいわ」
律の説明で納得した。実際にある順番だったのか。
それにしても、こういう知識に関するものは藍の得意分野のはずなんだけど、知らなったというのは珍しい。
「鳥の絵、そして、岩戸さんが頻繁に口ずさんでいた歌を使った暗号……それに、今思うと、岩戸さんの名前にも『とりな』って入ってるわよね。最後のは偶然だと思うけど、どうやらこの紙は岩戸さん宛てで間違いないようね」
「わ、私宛……」
その言葉を聞いて、岩戸さんの頬がリンゴのように赤くなる。
「とりあえず、とりな順に並び替えて、2列目を抜き出してみましょう」
・リヒテンシュタイン
・ナニワ
・ワカイ
・シケン
・ソテー
・イアイ
・オブジェ
・レリーフ
・ヤダ
・チスイ
「繋、答えはどうなった?」
「ええっと、『ヒニカケテアブリダス』?」
答えを聞いた律は、一つ頷き、ニコリとほほ笑む。
「『火にかけて炙り出す』! きちんと文になったわね」
……ようやく解決したらしい。随分と苦労した気がする。
それにしても、火あぶりとかこの差出人はミステリーが好きなのかな……
「でも、火あぶりって、どうするの?」
「ふっふっふ! こんなこともあろうかと、私、ライターを持ち歩いているわ!」
そう言って懐からライターを取り出して見せる律には、流石の僕もドン引きである。
えぇぇ……普通ライターなんて持ち歩いてないでしょ……
「用意周到だね……何でそんなもの持ってるの?」
「え? 火あぶりとかってミステリーの定番でしょ? だから、こんな時のために持ち歩いてるのよ!」
「あ、そう……」
まぁ、律なら何を持っていても不思議じゃない。そう思い、僕は考えるのをやめた。
「さぁ、早速、ライターであぶってみましょう。文字が浮き上がるとしたら、何も書いてない裏面よね」
火で温め始めると、律が言うように文字が出始めた。
「あ、文字が出始めたね」
「おぉ! 本当だ! すげえな」
「こんなの初めて見ましたぁ」
「えっと、どれどれ……」
「え? いや、わあぁぁぁぁ!!」
律が出始めた文字を読もうとすると、岩戸さんが慌てて紙を奪い取る。
「だ、ダメだよ! これ、私宛なんだよね? だったら私が読む!」
「えー、少しくらい読ませてくれたっていいじゃない……」
「ダメだよ律……ほら、僕たちは一旦外に出てよう」
もし岩戸さんの予想通りラブレターだとしたら、それは僕らが読んで良いものじゃない。
まあ、実は僕も多少気になるけど。
「あ、そういえば朝倉さんをどうにかしなきゃだよね。洋、藍、迎えに行ってくれる? 僕と律はここで岩戸さんが読み終わるのを待ってるからさ」
「おう、任せとけ!」
「はい、分かりましたぁ」
そう答え、洋と藍が廊下をかけていく。
朝倉さんには悪いことしてしまった。何の関係もなかったのに呼びつけて、あまつさえテニス部の部室にまで走らせてしまったのだから。
心の中で朝倉さんに謝罪していると、律が話しかけてきた。
「ねぇ、繋。今回の手紙だけど、正直レベルが高すぎてあれじゃ普通解いてもらえないと思うわ。差出人は、どうしてあんなことをしたのかしら?」
……そう、それは当然の疑問だ。
まだ確定ではないけれど、ラブレターのような手紙なら、普通に書いて出せば良い。
わざわざこんな複雑な暗号にするなんて、読ませる気がないのと同義だ。
でも、僕には差出人の気持ちも分かる気がした。
「これは僕の勝手な考えだけど、もしかしたら、解かせる気はあんまりなかったんじゃないかな?」
「どういうこと?」
「いや、関係の変化を求める心もあったけど、変化を望まない、『ずっと今が続けば良いのに』って気持ちもあったんじゃないかなって。それで、あんな遠回りなやり方を選んだ」
確証はない。だけど、僕にはそう思えた。
――それは、僕自身がそうだからだろうか?
「……相手に正しく伝わらないのなら、そんなの単なる自己満足よ。私は好きじゃないわ」
律は俯き、不快気にそう言う。
ただ、その様子は、単に差出人だけを責めているわけではなさそうだった。
もっと別の……
「いや、でも、僕は告白できただけでもすごいと思うよ。……1歩踏み出すって、とても大変なことだと思うから」
きっと、僕には出来ない。
僕は、ずっと今が続けば良いと、そう願ってしまっているから。
「そうね……」
律は一旦言葉を切ると、何か言いたげにこちらを見る。
口を開いて――何も言わずに閉じてしまった。
何回かその動作を繰り返した後、弱々しく言葉を発する。
「繋、私もいつか、貴方に全てを話す時が来るかもしれない……」
律の言葉に呆然としてしまう。
一瞬告白かと思ったが、彼女の表情が悲しげなのに気づき、その考えの浅はかさに恥ずかしくなる。
「その時は、きちんと受け止めてね」
「え?」
律、君は一体何を――
「……なーんてね! 冗談よ? 本気にした?」
律の表情が一瞬で元に戻り、楽しげに笑う。
「じょ、冗談? 律、そういうのはやめてよね……」
僕がそう言うと、丁度遠くから足音が聞こえてくきた。
「いやぁ、悪い。テニス部の部室分からなかった!」
「あうぅ、ごめんなさい……」
「えぇぇぇ……部室くらい把握しといてよ……それに、分からなければ他の人に聞くとかさあ」
「いや、それが周りに人がいなくてよ。仕方ねえから戻ってきた」
「うーん、まぁそろそろ岩戸さんも読み終わるだろうから、岩戸さんに行ってもらうしかないかな……」
2人と話していると、部屋の扉が開く。
そこから、顔から火が出そうなくらい真っ赤になった岩戸さんが出てきた。
「いやぁ、参ったね……本当に私宛だったとはねーあはは……」
「あ、岩戸さん、読み終わったのね。どうだった?」
「あー、いや、すっごく恥ずかしいね……」
岩戸さんはもじもじと手のひらをすり合わせる。
「でも、でもね、少しうれしいかな。……ちょっと自信ついたかもしれない」
「……そう。良かったわね」
「うん! よーし、これからはもっと歌頑張るぞー! あ、そういえばいろはを回収しなくちゃ。じゃあ私は行くね! 暗号、解いてくれてありがとう!」
「どういたしまして! 差出人と仲良くね?」
「あ、あはは……じゃ、じゃあね!」
そう言って岩戸さんは廊下を走って行った。
その顔はとても恥ずかしげではあったが、どこか晴れやかだった。
「……繋、この結果は、伝わらなければ得られなかったものよ」
「うん、そうだね……」
確かにそうだ。現状維持では得られないものはきっと多い。失うものすら、あるかもしれない。
でも、それでも僕は……
「さぁ、私たちも帰りましょう?」
「うん、帰ろう」
「はぁ、ようやくかぁ。今日はどっと疲れた気がするなぁ」
「洋はいつもと同じで何の役にも立たなかったね……」
「あうぅ、そんなこと言っちゃダメですよ! 繋くん!」
こうして僕らは、今日もいつもと同じ帰路へつく。
いつもと同じメンバー、いつもと同じ帰り道。
ただ僕は、少しだけ胸に痛みを感じていた……