8.決闘
2人がやいのやいのと揉めているさなかだった。
蓮が瞬介たちの制止をふり払い、勢いよく踏み出した。
たちまち坪倉の間合いに入り、肩と胸をつかんだ。
とっさに坪倉も組み合い、股を開いてこらえた。
――こいつ、いったいどうするつもりだ?
その一瞬を見逃さなかった。
蓮は腰をひねり、刈足を相手のふくらはぎに引っかけた。重心は落としてある。
懐に頭を押しつけ、反動をつけて地面に倒した。電光石火の早業だった。
必殺の大内刈!
背中から倒した。
身体をしたたかぶつけた坪倉だったが、歯をむいて抵抗した。
蓮はのしかかり、肘で相手の首を押さえつけた。
「なんども言わせんじゃねえ! 謝れと言ったろが!」
「……にすんだ、こん野郎!」
2人は取っ組み合いになった。
見かねた瞬介、武司、坪倉兄がとめに入った。
武司は上になった蓮を羽交い絞めにし、引き離そうとする。
むきになった2人は、やらせろ!と唸った。
どうにか蓮を引きはがすと、坪倉が寝っ転がった姿勢で、でたらめの前蹴りを放った。
踵が蓮の股間にヒットし、蓮はうめいて、前のめりになった。
そのすきに、坪倉は向こうずねを蹴りつけると、蓮はよろけて武司もろとも横倒しになった。
「やめろ、慧! この子、生徒会役員なんだろ。おまえだって、ただじゃ済まないぞ!」
兄が弟のシャツをつかんで引きずった。
坪倉は意に介さない。その拍子にシャツは派手に裂けた。
逆上した坪倉が馬乗りになった。蓮を下にし、拳をふりあげた。
殴った。
右、左、右と、蓮の頬にクリーンヒットした。
「こいつ、やったな!」
「しゃくれアゴ野郎。鼻のとこで真っ二つに折って、もっとしゃくらせてやるぞ!」
ついに瞬介と武司に火がついた。
坪倉兄は困った顔をして、サヨナラするみたいに両手を振るばかりだ。ちっとも使えない。
地べたで滅多打ちにあっている蓮は、指先をまっすぐ伸ばした貫手を坪倉の脇腹にめり込ませた。
二度突いて相手をひるませ、三度目の正直で態勢を崩させた。
瞬介たちが助けに入った。うしろから坪倉につかみかかる。
ところが坪倉は背中に絡みつく2人をふり払い、それぞれに肘打ちと裏拳で尻もちをつかせた。
負けじと瞬介は立ちあがった。
すきだらけの坪倉の後頭部に拳骨をお見舞いした。生まれて初めて人を殴った体験だった。
タモ網をふるった武司は、坪倉の頭にかぶせ、グイと真後ろに引いた。
その拍子にバランスを崩して倒れ、アスファルトで後頭部を打ちつけた。盛大なたんこぶができあがることだろう。
蓮が半身を起こした。
口のなかを切られて出血していたが、おかまいなしに坪倉を押さえ込み、形勢を逆転させた。
容赦なく瓦割りするみたいに、手刀を顔面に叩き込んだ。
ベシッ!と乾いた音が鳴り、坪倉は顔をしかめてうめいた。
地べたに伏せられた状態で蓮の胸倉を片手でつかみ、もう一方で掌底を蓮のあごに食らわせた。
蓮は思いっきりのけ反った。口のなかで、烈しく歯が噛み合わさる音がした。
あやうく舌を噛むところだった。蓮は脳がシャッフルされたような衝撃に、頭をふって気を取り戻した。
お返しとばかりに、遠心力を利かせた左フックをしゃくれあごに炸裂させた。
続けざまワンツーを坪倉の頬にめり込ませた。鼻の頭を叩くと、軟骨がいやな音を立てた。
坪倉はとたんに戦意喪失した。蓮のシャツに爪を立てたまま、よだれを流して憐れみを請うた。
だが蓮はやめない。渾身の右をふりかざした。
たっぷり上半身の体重をのせたストレートを、坪倉の鼻めがけ叩き込んだ。
当たった拍子に、頭がバウンドして地面に後頭部をぶつけたほどだ。
白眼をむきかけた。
「どうだ、まだやるか?」
「よせ……。殺す気かよ? いくらなんでもやりすぎだ!」
坪倉兄がだらしなく声を裏返らせて蓮をたしなめた。
紺色の前掛けをひらひらさせ、弟を介抱する。
慧は完全に伸びていた。陸に打ちあげられたマダコのようにぐったりしている。
兄は気になり、心臓がちゃんと動いているのか耳を当てたほどだ。
が、単に気絶しているらしく、ほっとした様子で抱きしめた。
シャツが裂けていたのは痛々しかった。兄は慧をお姫さまだっこすると、箱バンへと運んでいった。
尻もちをついたままの瞬介と武司は、その様子を見ていた。
あいつに勝った――と、思った。
助手席に坪倉をおさめると、兄はこっちをふり向きもせず、運転席に乗り込み、ハザードを点灯させたままカーブの向こうへ走り去っていった。
赤い明滅がいつまでも3人の網膜に焼き付いた。
ほっとしたのも束の間だった。
ちょうど坪倉豆腐店の箱バンと入れ違いになる形で、眼下にコンビナートが見える丘側の死角から、ライトを光らせた車が曲がってきた。
赤い軽自動車だった。
ウインカーを測量設計事務所側に出し、路肩に寄せて停まった。ライトをつけっぱなしのままアイドリングさせている。
瞬介たちは、へばった蓮を両脇から支えて立たせたところだった。
グズグズしていると、新たな車がやってきて撥ねられかねない。それほど魔のカーブは危険すぎた。
3人は道路を渡り、赤い車に近づいた。
そちらに自転車を停めてあったので、避けるわけにはいかないのだ。
おかげで、ふしぎなイソヒヨドリの捕獲どころではなくなった。
さんざんな目にあったと少年たちは肩を寄せ合っていた。
車から降り立ったのは、ショートボブの似合うきれいな女性だった。30半ばぐらいか。カナリア色のロングワンピースが暗がりのなかで映えた。
後部座席にまわり込み、ドアを開けた。
チャイルドシートに乗せていたらしく、小さな女児をだっこして外に出した。
蓮たちには見憶えがあった。――尋の母、杏と、妹にちがいない。
とっさに直感が働いた。
お月見泥棒の時期が来たので、事故現場へお参りにでも来たのかもしれない。
去年のお通夜・告別式で、杏は黒のアンサンブルを着ていた。打ちひしがれた姿がいまでも忘れられない。
3人はいろんな思いで見守っていたものだ。