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7.故人の名誉を守るために戦え

「坪倉。おまえの方こそ、なんだってんだ」


 と、蓮はライトを向けたまま言い放った。

 坪倉は3人を見くらべた。

 ご主人さまの料理を運ぶ執事のように、間抜けにも投網を両手にした瞬介や、対岸のフェンスで尻を突き出した武司に一瞥を与えたあと、蓮をにらみ、鼻で笑った。


「見りゃわかる。兄貴の手伝いで、こっちの町に配達してきた帰りだって。おまえらみたいに、のんきにお月見泥棒なんて、やってたんじゃねえの。そんなの、去年で卒業した。こっちは忙しい身なんでね」


「慧も言うようになったねえ。兄ちゃん、ビックリ。配達ったって、お得意さんへ集金に行ったついでに、ちょっと競馬のことで長話に付き合っただけだよ?」となりの青年があきれた口調で言い、口笛を吹いた。「なんにせよだ。去年、ここであった事故と関わりがあるのか、この子たち? 見たところ、おおかた1周忌でここに立ち寄ったんじゃないのか。せっかくのお月見泥棒で命落としちゃって、かわいそうにね」


「で――結局のところ、なにしてたわけ? 車に撥ねられた奴、たしか前園まえぞの ひろって言ったよな。ひょっとして、今年獲った供え物でも、奴にあげようとしてたってつもりだったのか?」


 瞬介が蓮のかたわらに並び、肩を寄せた。両手に持った投網のやり場に困り、洗濯物を干すかのようにガードレールに掛けた。


「そんなつもりじゃないって。ほら――十五夜に、スカイフィッシュが現れるって都市伝説があってね。それを捕まえようと、武司の奴が思いついて、付き合ってるんだ。その最中ってわけ」


 とっさに、メガネの少年はでっちあげた。真相を教えたところで失笑されるのがおちだ。いまどきスカイフィッシュ捕獲とは、時代遅れなうえ苦しまぎれだった。

 当の武司は、対岸で地団駄を踏んだ。心外だ、と言わんばかりにタモ網をふるっている。

 たしかに夜の8時に、高台の県道で網を手にした少年たちの光景はシュールすぎた。


「いくらおれが、おまえらなんかより頭悪くったって、そんなの信じるわけないだろ。見えすいたウソを!」


 と、武司は甲高い声でまくし立てた。瞬介の思いつきに合わせることができない。

 蓮が、もういいとばかりに手で制した。

 こっちに来いと、武司に合図した。


 武司は頬をふくらませて、渋々歩いてきた。

 瞬介の横に並ぶと脇腹をどや(、、)した。メガネの少年は、おぅ!と呻いた。

 3人はガンマンの決闘のように坪倉兄弟と向かい合った。

 坪倉は眼を細め、唇の片方を吊りあげた。


「どうせ、おまえらのことだ。おおかた、尋って間抜けな奴の供養に来たんだろ。せっかくだから今年獲れたお菓子のひとつでも供えて、来年は中学にあがるんで、これっきりだ。おまえも早く成仏しろよ、みたいに手ぇ、合わせてたんだろ。やることなすこと、子どもっぽいんだよ」


 冷たい言い方に、脊髄反射の速さでカチンときたのは蓮だった。

 ロケット花火を持った手が、かたく握りしめられた。

 むしろ、瞬介と武司は下を向いている。

 相手が悪い――マウントを取られた犬のような気弱な顔が訴えていた。兄に加勢されたら勝ち目はないからだろう。

 だったらと、蓮が口火を切った。

 

「坪倉! おまえ、いま言ったこと、撤回しろ。死んだ尋に対して失礼だろ!」と、鼻息荒く怒鳴った。頭の片隅に、地方検察庁に勤める父の精悍な顔が浮かんだ。もしも蓮がそんな言葉を口にしようものなら、父は容赦なく叱っただろうし、同じく子どもたちのなかで死者に鞭打つような発言をしたならば、故人の名誉を守るため戦え、と言ったはずだ。大人になって人を殴ったらダメだが、子どもなら腕白なくらいがちょうどいい、と父は口癖のように言っていた。だから蓮は挑むことにした。「おれたちが尋のためになにしたって、おまえに関係ないだろ。けど、亡くなった人が間抜けだと? どの口が言うんだ、あ? いますぐ取り消せ。じゃないと、おれたちゃ、黙っちゃいない」


 あわてて瞬介と武司が蓮のシャツの裾を引っ張った。


おれたち(、、、、)って複数形で仲間に入れないでくれる? おれ、暴力反対。痛いのはヤだよ」


 武司がリーダーの手首をつかんだ。

 武司といい瞬介といい、陰では坪倉のことを腐したくせに、いざ本人を目の当たりにすると声が消え入りそうだ。


「やめとこうぜ、蓮。カッカすんな。亡くなった尋だって、ケンカすることなんか望んじゃいない」


 と、瞬介が小声でとりなした。

 蓮が歯をむいて2人をにらんだ。


「なに言ってんだ、おまえら。友だちがけなされたんだぞ。ここは断固として戦うべきだ!」


「そう言われても……」


 1:2の内部分裂を見せつけられ、坪倉 慧は愛想を尽かしたらしく、腹を抱えてせせら笑った。


「情けないね。挑発したつもりじゃないけど、てんで腰抜けじゃん、その2人は」と、言った。兄と目配せする。「けどさ。さすが生徒会長だけある。正義感は大したもんだと思う。リーダーはそうでなくっちゃね。――だからと言って、まさか会長さんがケンカしちゃまずいよね? もし、やっちまったら職員室の先生たちも黙ってちゃいない。PTAもひっくるめて、大騒ぎだろ」


「それとこれとは話は別だ。定例会議でちゃんと説明するさ。――言ったろ。尋を侮辱したこと、謝れ」


「おいおい……。慧、おさまりがつかなくなるぞ。兄ちゃんも、さすがに亡くなった子どもに悪いと思うって。ここは素直に謝っとけ」


 豆腐店の前掛け姿の兄が間に入った。見た目はよろしくないが、どうやらちゃんとした人物のようだ。

 坪倉はむきになった。


「そもそもだ」と、坪倉は蓮に向かって指さした。「どんな事故だったかまえに聞いた。おまえら3人もいたのに、その尋って奴を助けられなかったらしいな。もしかして、おまえらのせいで奴を死なせたんじゃねえのか? パシリみたいに使ってて、自滅した感じに。警察や先生らにバレるのを防ぐのに、わざと自分たちが不利にならないよう嘘の証言したんじゃないだろうな?」


「言いすぎだって、慧――」


「兄貴、とめんじゃねえ。いまからこいつらの嘘、暴いてやっからよ」

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