4.「十五夜がおれたちの特権なら」
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そんな杏の思いを知ってか知らずか――。
蓮と瞬介、武司は、明くる年の十五夜のイベントをやるにあたり、ある計画を立てていた。
放課後、楡の巨木のそばにある雲梯。
木のどこかにとまっているのか、ゴジュウカラが高らかにさえずっていた。
3人は真下に集まって、ひそかな作戦会議に夢中になっていた。
「おい、知ってっか」と、武司は雲梯のハシゴにつかまって宙ぶらりんのまま言った。「3組の坪倉が去年の月見のとき、下級生の子たちのお菓子、袋ごと強奪した事件があったろ?」
「あれってチクられて、明くる日、細川先生にメッチャ怒られたんだっけ。人間、楽しようとするからだって。雷落とされて当然でしょ」
ミスター理性の人、瞬介がさもありなんといった顔つきで頷いた。
「坪倉がどした? あんな奴、見かけ倒しだって。弱い犬ほどよく吠える」と、蓮は楡の木にもたれかかって言った。蓮の端正な顔立ちが、木漏れ日で迷彩色となって浮き彫りになっていた。「人のもの奪っておいて、どんな言い訳したってんだよ。――待て待て。いまから当ててやる」
眼をつぶったまま腕組みし、しばし考え込んだ。
「まったくゴーマンな奴だよ。あいつにかかれば、この世はカオス」
と、瞬介がメガネを押しあげて言った。皮肉っぽく唇をゆがめている。
「だな。――読めた。坪倉はきっとこう言ったにちがいない」蓮は腕組みを解いて、唇を尖らせた。「『――十五夜のときは、子どもは盗んでも大丈夫なんだろ? だったらさ、細川先生。おれの行為も大目に見られるはずだ』って」
オラウータンみたいに、ハシゴにぶらさがって行ったり来たりしていた武司が眼を丸くした。
「正解。すげえ! よくわかったな!」
「すげえもんかよ。蓮はおまえより早く知ってただけでしょ。――そうだろ?」
と、瞬介。
蓮は鼻の頭をかきながら雲梯の真下まで歩いていった。
そして武司の脚を引いて、引きずり落とした。
武司は尻餅をついた。
座ったまま毒ついた。
「まあな。情報を集めるのは、おまえなんかより早い。情報を制する者が時代を制すって、ウチの父さんがいつも言ってる」蓮は大人びた口調で言い、地べたに座り込んでうめいている武司に手を差しのべた。「逆に言ゃあ、おまえがグズすぎるんだって」
「うっさいなあ。いっつもやること遅いって、うんざりだよ。……おー、痛て」
「けどさ、坪倉の言い分はもっともな部分もある。あいつの場合、人の稼ぎを横取りしたんだ。担任としては、ルール違反した奴に裁きを与えただけ。今後、マネする悪党が出てもいけないからな」
「おれとしてはだ。親が運転するベンツで、お菓子を集めるのもどうかと思うけどな」
「瞬介、いまはそれとこれとは話は別。話題を変えるんじゃない」
「あいよ」
ここで蓮は武司と瞬介の首根っこをつかまえて、引き寄せた。3人で円陣を組み、顔をつき合わせた。
蓮は声をひそめて、
「お月見泥棒は、その夜だけ子どもの盗みが許される。これがおれたちの特権だ」と、囁いた。瞬介と武司を見る。さんざん照りつける太陽のもとで遊びまわった汗臭い体臭がした。「だったらさ、一昨日、見たろ。例の魔のカーブで現れた青い鳥」
「あの鳥が尋そのものかな?」
瞬介はしゃがれた声で言った。メガネの奥の眼が若干泳いでいる。
「尋だったら?」
と、武司。
「決まってる。尋を取り返すんだ」蓮は二人の肩をつかむ手に力をこめた。「あの世から尋の魂を盗み出すんだ。十五夜がおれたちの特権なら、それも許されるはず」
「善は急げだね」と、瞬介は言った。「そうと決まればあさっての十五夜に賭けよう」
「尋の美人の母さん、よく泣いてたからね。なんとか慰めてやりたい。やるしかなさそうだ」
顔は幼いのに、年上の女性にはませた反応を示す武司は、しぶしぶ頷いた。
蓮と瞬介はおたがい眼を合わせ、やろう、と口にした。
「あいつの魂を盗むぞ!」
蓮は手の甲を上にしてさし出した。
瞬介と武司が、自身のそれを重ねた。
こうして3人は、学校が終わったあとの十五夜に決行することになる。
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少子高齢化で、以前よりは寂しくなったお月見泥棒だったが、熱気は昔と負けていなかった。
まんまるの月が雲間から姿を現し、皓々と夜の町を照らす。
そんななか、徒歩で、あるいは自転車で、もしくは親が運転する自家用車で――複数人の小さな泥棒たちが、思い思いの方向へ民家に奇襲を仕掛け、元気のいい声とともに、供え物をかすめ取っていく。
機動力を活かした活発な子どもたちはチームを組み、たがいの情報を交換し合い、ローラーをかける。ビニール袋に戦利品を回収していく。
現金なもので、数年この行事を経験した連中は、どこが盛大に供え物を陳列してくれる家か、またはなにも出してくれない家か、ちゃんと選別できている。
子どもに寛大な家だけを狙うのが合理的だ。
ケチなそれは声をかけて催促するだけで時間のロスになるので、わざわざ立ち寄らず、効率よくまわっていくのだ。
なかにはこの風習を嫌う大人も一定数いるのは否めない。子どもが他人様の敷地に入るのは家宅侵入だ!と声を荒らげるだけならまだしも、親元の連絡先を聞き出し、クレームを入れる人までいるほどだ。
7時前だというのに、雨戸を閉ざし、灯りをすべて消したうえ居留守を決め込む家もある。
そういう子どもに優しくない家は相手にするべきではない。供え物をねだったところで相手にもされないのがおちだ。
狭い町内でも、お菓子をくれる地区と、まったくくれない地区もあり、子どもたちはちゃっかり学習しているものだ。
たった一晩だけなのだ。まわれる時間と軒数は、たかだか知れている。さすがに夜9時すぎまでやるのは、常識的ではない。
となると無駄を省くしかない。
戦略的にお菓子をくれる地区を集中してまわり、1軒でも多く入る方が、ゲットできるお菓子も増えるので、お月見泥棒も経験を積めば積むほど、無駄が減り、合理的になっていく。
将来社会人になったとき、仕事に対する処世術を学べる場でもあった。