2.世にもふしぎなイソヒヨドリ!
雲雀町の郊外にある魔のカーブでは、夜ごとおかしなものが現れるうわさが広がっていた。
あまりに見通しの悪いカーブは、昔から多くの命を奪ってきたと恐れられていた。
路肩に供えられた花束と、線香は絶えたことがないほどだった。
通りかかれば、点けたてホヤホヤの線香の匂いがプーンと漂っていることもめずらしくなかった。
小さな祠があり、お地蔵さんまでもが祀られていた。いつも誰かが、ガラスのコップに花を手向けていた。
そこで、十五夜が訪れるまえに、確かめにきたのだった。
蓮たちは最初思った。
まさか尋の奴、交通事故にあって死んで以来、成仏できずに、いまだ獲物を求めて夜道をかけずりまわっているのではないか、と。
月の使者として夜に囚われた哀れな少年。
まるで安住の地を探すロマ民族みたいに、さまよっているのだろうか?
だとしたら、そこから助け出してやらないといけない。
尋は4人のなかでは、いちばん小柄な身体つきで、母子家庭だったせいで貧しい暮らしだったが、遊びにかけては右に出る者はいなかったほどだ。
家庭用ゲーム機の腕前をはじめ、ボードゲーム、昆虫採集、川遊び、ドッチボール。負けず嫌いだったおかげで、誰よりもがんばって強くなった。
いざ直前になって、3人は想像力をめぐらせた。
自転車にまたがった尋。
前かごと荷台、片方のハンドルには引っかける形で、駄菓子のつまったビニール袋がある。去年の夜は、欲張りなほどお菓子をかき集めたものだ。
ライトが壊れていたため、LEDの懐中電灯をつけっぱなしの状態でかご底に針金で固定させていた。
中古の自転車を古物屋で買い、尋自身がフレーム全体の黒地に、黄色い縞模様をペイントしたオニヤンマ号。
まるで立ち入り禁止の規制ロープのような柄だ。いささか悪趣味すぎた。
尋の記憶はそこでとまっていた。
おそらく蓮たちが中学にあがっても、尋はそのままなのだ。
なるほど、無機物までもが幽霊になって現れたら説明がつくまい。
3人は路肩に固まって、右に湾曲した道路を見つめた。
街灯も少なく、はるか向こうはコールタールみたいな闇が広がっている。
蓮は腕時計に眼を落とした。
じきに8時3分を迎える。
そのときだった。
測量設計事務所の黒い建物に異変がおきた。
何枚もの衆議院議員のポスターが貼られた外壁が、突然なんの前触れもなくライトで照らされた。
丘の下から、どこかの誰かが運転する車のハイビームで浮かびあがったのかと思った。
そうじゃない。
あまりにも不自然な光だった。
ぼんやりとした曖昧な青い光は、外壁から結露でもにじみ出たかのようだった。
生き物じみた光みたいだと、3人は同時に眼を瞠った。
それ自体、発光しているらしかった。
蓮ははじめ、蝶かと思った。2.0を誇る視力がいち早く、『羽』を捉えていたのだ。
極度の近視である瞬介は、人工的な光のいたずら説を曲げなかった。このメンバーに加わっておきながら、内心頑なに超自然現象を認めなかった。
武司に至っては、単に蛍かと思っていた。いくら地方の、水のきれいな町とはいえ、最近は蛍などとんと見たことがなかったが。
黒い建物の外壁沿いに、それは素早く滑空するように飛んだ。
道路を横切り、自衛官募集の大きな看板を止まり木がわりに、華麗にすがりついた。
しだいに青い光のなかが、はっきり見えるようになった。
光のなかで、せわしなく羽ばたく姿が見えた。
「なんだ、あれ! 夜なのに、変な鳥だなー!」
すっとんきょうな声をあげたのは武司だった。
蓮は前のめりになり、額に手を当てて、眼を凝らそうとした。
瞬介が肘で、となりの蓮の脇腹を小突いた。
「光る鳥なんて聞いたことない。おまえん家の百科事典で見たことあるか?」
「あんなの知るか。形そのものはイソヒヨドリだが」
蓮は首をふった。
たしかにイソヒヨドリのオスに似ていた。
イソヒヨドリは文字どおり、もともとは磯などの海岸地帯の崖に生息する野鳥だった。20世紀末ごろから内陸部、とりわけ都市に進出しはじめた。
ヒヨドリにそっくりな外見でありながら、スズメ目ヒタキ科に分類される。
好奇心旺盛な個体が多く、人間の生活圏域に現れることもあり、ツグミのような美声でさえずることで知られていた。
通常、オスは頭から喉および背部が暗青色で、胸から腹にかけて赤褐色をして、鮮烈な彩りをしている。基本的に夜は活動しないはずだ。
だが、眼のまえのイソヒヨドリは夜の8時に飛びまわり、ましてや淡い燐光を放っているのである。
自衛官募集の看板から、またしても羽を広げ、道路を横切り、黒い建物の2階の屋根に飛び移った。
3人は見てしまった。
鳥が暗い夜空を舞ったとき、虹色の軌跡を残したのを。
世にもふしぎなイソヒヨドリ!
蓮たちは、あれこそ尋の化身だと直感した。