ラルフ・タウンゼント
ラルフ・タウンゼントは一九〇〇年(明治三三)にノースカロライナ州に生まれました。コロンビア大学を卒業して新聞記者となりますが、三年後にはコロンビア大学講師となります。さらに三年後、こんどは国務省に入省して外交官となります。最初の任地はカナダでしたが、翌年には上海領事館へ赴任します。ときは一九三一年(昭和六)、ちょうど第一次上海事変の最中でした。翌年、タウンゼントは厦門へ転任し、さらに福建省福州の領事館へと再転任します。しかし、一九三三年には早くも退官してしまいます。退官後は大学講師をつとめながらジャーナリストとして講演と執筆に情熱を傾けるようになります。めまぐるしく職業を変えたタウンゼントですが、その志はジャーナリズムにあったらしく思えます。
タウンゼントは書籍を出版したり、雑誌に寄稿したりしたほか、パンフレットのような小冊子を自費出版しました。さらにラジオに出演して講演したこともあります。
活発だったタウンゼントの言論活動は、戦時下の一九四二年(昭和一七)三月に完全停止します。外国代理人登録法違反の嫌疑によって連邦地裁で有罪判決を受け、収監されてしまったからです。
「ジャップの代理人に有罪判決」
というのが当時のアメリカ紙の見出しです。要するにラルフ・タウンゼントは日本のスパイとして裁かれ、有罪とされ、一年のあいだ収監されることになったのです。この悲運の原因はいったい何だったのでしょう。
タウンゼントが有罪判決を受けたのは、日本海軍航空隊による真珠湾攻撃から数ヶ月後です。アメリカが第二次大戦に参戦したばかりの時期です。日本軍が大東亜の各地へと進撃し、アメリカ軍がフィリピンで苦戦していた頃です。そのときにラルフ・タウンゼントは完全な沈黙を強いられました。自由の国アメリカで、なぜジャーナリストが言論を封じられたのでしょう。
結論を書いてしまえば、ラルフ・タウンゼントの主張がルーズベルト政権にとってきわめて不都合だったからです。ルーズベルト政権は言論統制と検閲を容赦なく実施していたのです。
タウンゼントは、その言論活動において、中華民国の非文明的で野蛮な実態をありのままに伝え、アメリカ国内に蔓延していた偽りの中国観、つまり希望に満ちた巨大市場という幻想を懸命に修正しようとしていました。タウンゼントは共産主義の恐ろしさについても具体的事例をあげながら告発し、共産主義にあまいルーズベルト政権を批判し、アメリカ社会に警鐘を鳴らしていました。タウンゼントは、アメリカに広まっていた偏見だらけの日本観、つまり日本がアジアの平和を乱しているという根拠なき謬見を正そうと試みていました。タウンゼントは、ルーズベルト政権の干渉政策ひいては戦争政策を批判し、アメリカはあくまでも不干渉主義を貫くべきであり、決して参戦してはならないと主張していました。
こうしたタウンゼントの言論活動は、ルーズベルト政権にとって不愉快なものだったのです。なぜならルーズベルト政権は、中華民国やソビエト連邦との連合を強化し、英豪蘭とも組んで日本を包囲し、日本を経済面と外交面から圧迫して初弾を撃たせ、アメリカ国民納得のもとでアメリカを参戦させようと企て、実際に参戦を達成していたからです。ルーズベルト大統領にとってタウンゼントの言論活動は邪魔でした。真相をアメリカ国民に暴露されてはかなわなかったのです。アメリカと連合したソビエト連邦の苛烈な独裁体制や中華民国の混乱ぶりをアメリカ国民に知られてはならなかったのです。アメリカが敵とした日本の本当の姿、民主国家日本の実相を知られてはならなかったのです。だからこそルーズベルト大統領はタウンゼントを逮捕収監して黙らせたのです。外国代理人登録法違反という別件逮捕的手法によってタウンゼントの口を封じたのです。
今日、ラルフ・タウンゼントが訴えていた内容をわたしどもは知ることができます。タウンゼントの遺著として二冊の書籍があり、三回のラジオ講演録と四冊のパンフレットが残っているからです。そのすべてをここで紹介するのは不可能です。ぜひ「暗黒大陸中国の真実」(平成一六年刊行)や「アメリカはアジアに介入するな」(平成一七年刊行)をお読みください。
ここでは、タウンゼントがラジオを通じてアメリカ国民に訴えるという様式をかり、彼の遺著のエッセンスを抽出して紹介してみたいと思います。読者の皆様におかれては、ラルフ・タウンゼントがラジオ・スタジオに座り、マイクを通じてアメリカ国民に熱心かつ真摯に語りかけている姿を想像してください。
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わたしは外交官として上海、厦門、福州の領事館に勤めたことがあります。ですから中華民国の実態を知っています。まず、そのことを話したいと思います。と言いますのも、アメリカ国内に広まっている中国論があまりに実態とかけ離れているからです。たくさんの中国関連本が出版されていますが、どれも真相を伝えていません。中国を過大評価していたり、感傷的に中国を応援していたり、お涙ちょうだい式に「中国を助けよ」と訴えたりしているのです。中国の現実は、そんなものではありません。中国は、ひとことでいえば混沌の大陸です。無秩序で野蛮な国です。いや、そもそも国家と言えるかどうか。なにしろ幾つもの政府があるのです。統一された国家ではなく、軍閥割拠の内乱状態なのです。中央政府と名のる政権が二つ、三つあります。広東政府と南京政府が張り合っており、四川地方には劉将軍がいます。雲南も独立国家然としたものです。そして、中南部の江西と福建の一部は共産党の拠点となっていてモスクワと通じ、ハンマーと鎌の赤旗を掲揚しています。これらすべてが軍閥です。
軍閥政府には独裁者がいて数千万の農奴を酷使し、自分だけは贅沢三昧の暮らしをしています。軍隊さえ持っています。だから、アメリカ政府が中国に援助の手をさしのべても軍閥の独裁者が私腹を肥やすだけなのです。
民間の援助も芳しい効果をあげてはいません。キリスト教団体はこれまでに多額の援助金を中国に投じ、数多くの宣教師を中国に派遣してきました。生涯を中国での布教活動に捧げた宣教師がたくさんいます。彼らは教会を建て、病院や学校や孤児院を建て、炊き出しをして中国人のために尽くしてきました。しかし、感謝はされませんし、信仰も根付きませんんでした。ダイモンドという宣教師から聞いた言葉を紹介します。ダイモンド師は中国で二年間も献身的に尽くした人物です。
「布教は不毛。援助も先の希望が見いだせない。中国人にはほとほと嫌気がさした」
ダイモンド師の御尊父もやはり宣教師でした。生涯を中国での布教活動に捧げたそうです。その御尊父が言い残した言葉です。
「本当の意味での信者はひとりもいない。名目上は何千人もいたが、真の信者はひとりもいない」
事実、蒋介石政権は、キリスト教の布教を禁止しています。ミッションスクールでさえキリスト教を教えることが禁じられています。教会の孤児院で育った孤児たちが大人になると排外主義者となって孤児院を襲いにきます。殺された宣教師もいます。ひとりやふたりではなく、分厚い電話帳がつくれるくらいにたくさんの悲しい事例があります。援助は虚しいのです。わたしは何人もの宣教師から悲惨な話をたくさん聞きました。
「なぜ、それを報告しないのですか」
わたしは問いました。
「それはできません。布教活動がうまくいっているように報告しないと、布教活動の資金が減らされてしまいます」
こうした事情から中国の真相はアメリカ本国に伝わらないのです。そして、「布教はうまくいっている」という宣教師たちのやむを得ない虚偽がアメリカで信じられるようになってしまったのです。
「大躍進する布教活動」
などと言われますが、これは虚報です。ですからわたしは、この目で見たことや聞いたこと、実際に体験したことを話します。
わたしは、任地だった上海、厦門、福州を見て回りました。阿片とドラッグと売春婦と賭博場とマフィアがひしめきあう上海の歓楽街にも行きました。郊外の農村にも出かけていきました。そして、そこにいる中国人と直接やりとりをしてみました。人力車の苦力に料金をぼったくられたことがあります。ホテルのポーターに「金が少ない」と騒がれたことがあります。手も顔も身体も真っ黒に汚れた弊衣蓬髪垢顔の乞食の群れに取り囲まれ、衣服を引っ張られ、しがみつかれ、財布をすられたこともあります。乞食の中には癩病を患っている者もいました。旅行中に軍閥兵士に持参金をすべて奪われたこともあります。もちろん外交官という立場で中国の役人や財界人と会談したこともあります。だからわかるのですが、中国は貧富の差がきわめて大きい国です。アメリカにも貧富の格差はありますが、中流層がたくさんいます。中国の場合には中流層というものがありません。ほんの一握りの大金持ちと九割九分の貧乏人といった感じです。
中国の都市は人間であふれかえっています。どこにでもいるのは苦力です。駅やホテルやレストランなどあらゆる場所に極貧の苦力がたむろしています。波止場には半裸の苦力たちが肉体労働を求めて殺到します。
港はサンパンという小舟でごった返しています。サンパンはそのまま住居になっています。そのサンパンに乗った貧民が大型客船の排水口に群がり、流れ落ちてくる残飯を争いながら食い漁っていました。すさまじい人間の生存競争です。要するに富裕層以外は毎日飢えに苦しむ国なのです。
ある意味で中国の都市は活気に満ちています。だれもが飢えており、生存するために必死なのです。だから殺伐ともしています。見る影もなく荒れ果てた国です。街も家屋も汚れています。中国人は働き者ですが、定職を持たぬ者が多く、ところ構わずうろつき回る浮浪者が大多数です。蓄えが十分にあって日々の暮らしに困らない者はごくわずかです。大部分は餓死寸前の暮らしをしています。平常でさえ死線をさまよっているのですから、洪水、飢饉、抗争などがあれば深刻な状態になります。
富裕な政治家や役人や財界人は、実に贅沢な生活をしています。豪邸に住み、多くの使用人を従え、美術骨董品をかざり、きれいな中国服を着ています。ですが、上流社会は汚職と賄賂と権謀の横行する世界です。彼らは下層社会のことを考えません。福祉という概念がなく、徴税と労役を下々に課すことばかり考えています。むろん私腹を肥やすためです。
軍閥政府の課税表を見ると、その苛斂誅求ぶりがよくわかります。いま手元にある課税表によると、軍閥の独裁者は独断で次のような税を欲しいままに課しています。ケシ栽培税、共産党対策費、家屋新築税、架橋税、宗教税、新兵補充税、城壁取り壊し税、役場建築税、公式阿片販売税、木材税、ジャガイモ栽培税、子豚税、釜税、阿片吸引器税など。独裁者が税制を勝手に決めています。だから、法律には意味がありません。国際法も国内法も条約も守られてはいません。各地に割拠する軍閥の独裁者が法なのです。ものをいうのはお金です。賄賂を送れば優遇を得られます。
わたしが思いますに、中国人は平穏な暮らしを愛する人々です。ですが、現実は今も昔も血なまぐさい激動の連続です。平和や親善に関する諺はあふれかえっていますが、街中を歩けば家族の大喧嘩に行き当たります。中国人は些細なことで諍いを起こします。世界一喧嘩が好きなように見えます。学問を重んじているものの、識字率は低く、読み書きできる者はごくわずかの上流階級だけです。倹約家として名高いのですが、同時に博打好きで、破産して乞食になる者が後を絶ちません。
中国では自殺する者が数百万人に達しているといわれています。西洋諸国よりはるかに早く民主主義の概念を編み出しましたが、民主主義は根付いていません。裁判制度は近代以前です。残酷な拷問がまだ残っています。纏足や小人をつくる習慣もつづいています。
今も昔も中国の暴君は世界でもっとも獰猛で過酷で強欲です。戦いを好まない民族ですが、そのくせ歴史は血なまぐさいのです。
わたしが福州に駐在していたときコレラが発生しました。海外からコレラの血清が送られてきました。そのとき福州の役人は血清を独占し、金儲けの種にしたのです。民に施すという発想はありません。賄賂を支払った金持ちだけが血清の注射を打つことができました。たくさんの死者が出ました。
アメリカ人のわたしから見ると中国人の性格は、平気で嘘をつき、責任感がなく、形式主義で、面子ばかりにこだわり、武辺を嫌い、軍人を軽蔑し、身体を使うことを卑しんでいます。考えることは金と食糧のことばかりです。ユスリ、タカリなど口からでまかせを言います。なにかを施されても感謝せず、かげで舌を出ている、そんな印象です。
中国では混乱の途絶える日が一日もないくらいですが、人の良い無知なアメリカの報道関係者は綺麗事ばかり書いています。報道関係者はだれでもキリスト教会の世話になります。食事や宿泊の世話をしてもらい、現地事情を教えてもらいます。したがって、宣教師から「本当のことは伏せて欲しい」と頼まれるとイヤとは言えないのです。
それゆえに、世界に類例のないほど混乱している中国の真相がアメリカに伝わらないのです。村も町もことごとく独裁者によって絞られ荒らされており、死者や餓死者が毎年数百万も出ています。中国には何万という大学出の学士様がいるものの、彼らは手をこまねいて見ているだけで何もしません。学士様の誰ひとりとして信頼の置ける指導者を探そうとしません。指導者はすべて私利私欲しか頭にありません。世のため人のためを願って闘う者がいないのです。愛国の旗印を掲げる指導者はおりません。中国は百パーセント腐敗し、堕落しているのに、そのことをアメリカ人は知りません。
アメリカでは洪水や飢饉や地震などの大災害が起こると、軍隊が出動して援助活動をします。当然です。しかし、中国は違います。中国の軍隊は住民を守らないのです。軍閥の首領を守るのです。軍隊は民衆から食糧を取り上げて飢え死にさせ、働けるものを拉致して労役させ、退却するときには清野作戦で焼き討ちにします。領民は守るべき対象ではなく、略奪すべき対象なのです。太平天国の乱では二千万人の民衆が消えたそうです。
匪賊が出ると軍閥政府は討伐隊を派遣します。しかし、討伐隊は匪賊を攻撃しません。ただ、匪賊が略奪暴行するに任せ、それを見ています。そして、匪賊が略奪行為を終えて帰って行くと討伐隊も帰還するのです。そして「匪賊を撃退した」と報告します。
「良い鉄は釘にしない。良い人間は兵にならない」
と中国では言われています。また、中国軍内ではこんなことが言われています。
「ひとつ町を手に入れたら、略奪は思いのまま、女も思いのまま」
これを目当てに新兵は鉄砲をかつぐのです。中国にあっては鉄砲が食券なのです。
こうした事実に四億の民は無関心です。世界最低の臆病者です。中国人の大多数は、盗賊、軍閥、海賊、略奪集団の言いなりです。ちゃんとした政府役人や警察までがそうなのです。
こうした中国の実態がアメリカに伝わらない一因はマスコミにあります。マスコミはなんでもかんでも英雄譚や人情話に仕立てあげ、フェイクニュースを流すのです。文明国、親善の見本、平和を愛する中国国民、思慮分別のある賢人たち、法に従う者、金の成る市場、民主主義のために戦う中国、キリスト教の理想を求めて戦う中国、アメリカとの貿易を熱望する中国など、中国と中国人に関する大嘘のデマがアメリカのマスコミ界には氾濫しています。これらはすべて嘘です。実態はその真逆なのです。実に困ったことです。
しかも、国務省までが世論に迎合しています。奇妙と言わざるを得ません。わたし自身が外交官でしたので確かなのですが、中国各地の領事館には優秀な外交官が駐在しており、正確な報告を国務省に定期的にあげています。また国務省には中国問題の専門家が何百人もいます。中国の実態を知っているはずなのです。
ところが、国務省は外交官や専門家の報告よりも新聞記事を判断基準にしているようです。国務省は専門家の確かな情報ではなく、マスコミの虚偽だらけの報道とそれによって醸成された国民の意見に基づいて行動しています。国務省は新聞の切り抜きを見て政策を決めているのです。
さて、中国の隣に日本という国があります。この日本という国は、中国と対照的です。日本は稀にみる統一国家です。中国とは真逆です。中国は国内で相争い、日本はまとまって外国と戦っています。
わたしは日本にも滞在したことがあり、日本の外交官とも交流しました。ですから、中国人と日本人の違いがわかるのですが、みなさんには違いがわからないと思います。
日本人と中国人は、似ているのは体型だけで、性格は似ても似つかないのです。不思議なことに、ちょっと付き合うと中国人を好きになるアメリカ人が多いのです。しかし、長く付き合うと日本人が好きになります。日本人は、中国人とは比較にならないくらいに信頼できるし、真面目なつきあいができます。
中国人が好かれる理由は、陽気だからです。中国人はおしゃべりで、器用に英語でおべっかを使います。中国人は嘘つき呼ばわりされても誰も侮辱とは思わないし、そもそも嘘とか嘘つきという言葉をもっていません。中国人は不潔にしていても平気です。中国のドン底状態をみるとアメリカ人は中国人に同情と愛着を持ってしまいます。しかし、中国人は世界に冠たる詐欺師でペテン師です。アメリカ人を略奪したり殺したりしていながら責任逃れだけは上手です。
これに対して日本人は口数が少なく、よそよそしい感じを与えます。無口な日本人は不気味で、どうも煙たい感じです。英語を知っていてもヘラヘラと御世辞を言いません。上流社会の日本人は「武士に二言はない」というサムライだからです。日本人は誰もがきれい好きです。労働者でも毎日風呂に入ります。玄関では靴を脱ぐし、床も柱も拭いてきれいにします。そして、日本は強力な海軍をもっていますから、アメリカの安全を脅かす存在としてアメリカ人は日本人を警戒しています。
満洲事変が起こったとき、満洲で働いていたアメリカのビジネスマンは日本を応援しました。長年にわたって満洲軍閥から営業妨害を受けてきたからです。その満洲軍閥に日本軍が鉄槌をくだしてくれたからです。
しかし、不思議にもアメリカ人宣教師は、中国に迎合し、日本を非難しました。中国人に裏切られつづけていたにもかかわらず、です。本国からの援助金を減らされたくなかったのでしょう。布教がうまくいっていると装う必要があったのです。
宣教師からの情報がスチムソン国務長官に伝わりました。スチムソン国務長官は「日本は九ヶ国条約をまもるべきだ」と日本を非難する声明を出しました。日本をまったく誤解していたというべきです。なぜなら、ワシントン条約成立以来ほぼ十年間、条約を守り続けてきたのは日本であり、破り続けてきたのが満洲軍閥だったからです。このためスチムソン長官は「間違い馬ハリー」とマスコミから揶揄されることになりました。
アメリカで反日感情が高まっているのは、新聞が事実を伝えないからです。アメリカ世論は対日批判一辺倒になっています。その理由は満洲事変に至るまでの事情が伝わっていないからです。新聞は、「日本軍奉天占領」とか「満洲に侵攻」などと書いています。これでは「なにも悪くない可愛そうな中国人に日本人がいきなり噛み付いた」という印象になってしまいます。
確かに満洲事変だけを切り取って、条約や協定や議定書に照らせば、日本が満洲を占領したのは悪い。しかしながら、見方を変えれば正しかったとも言えるのです。いくら条約や協定や議定書を交わしても、中国人の違法行為や妨害行動がおさまらなかったのです。十年間、中国は条約を守らず、地下工作と破壊活動をつづけました。こうしたことが積もり積もっていたのです。日本は十年ものあいだ我慢に我慢を重ねていたのです。日本が満洲を占領しても当然ではないでしょうか。
ちなみに、中国人にとって日本領の台湾と満洲は天国です。日本領事館にはビザ取得のため中国人がながい行列をつくっています。日本の統治下は治安がよく、仕事があり、まともな生活ができるからです。
アメリカの極東問題とは、近代文明社会が直面している問題です。義務遂行能力のある先進国アメリカが、その能力の全くない中国といかに付き合うかという問題です。中国に隣接する日本は、アメリカ以上に深刻に中国問題に悩んでいます。同じ問題を抱えているアメリカと日本が共同して中国問題を解決するのが賢明です。ですが、事態は逆に進んでいます。
かつてセオドア・ルーズベルト大統領は「アメリカの中国化」と言いました。これは、中国人の思惑どおりに中国人にすぐ同情するアメリカ世論のことを批判した言葉です。いままさにアメリカは中国化しています。
アメリカは中国に同情し、その反面、日本に対して過剰な憎悪感情を持つようになっています。わたしはこの事態を憂慮します。そもそも間違っているからです。
中国人は強者を手玉にとる才能に長けています。モンゴル帝国のジンギス・カーンも、清朝の満洲族もこれにやられたのです。中国人は同情を得る天才です。目的のためなら手段を選ばず、氷のように冷たい心でいながら、同情を誘うために涙を流し、悲しみに暮れる演技が実にうまいのです。上から下まで自分のことしか考えず、なんでもかんでも分捕ろうという人間です。このことを忘れてはなりません。
日本はアメリカに一度も危害を加えたことがありません。アメリカの旗が翻っている領土を攻撃したこともない。日本はわれわれを困らせるようなことを何もしないのです。
それなのに、アメリカの宣伝屋たちは、中国の民主主義にとって日本は脅威であると言い張っています。そもそも中国には民主主義など存在していないのにです。中国は、この二十六年間、混乱しているだけの軍事独裁国家なのです。専制国家であり、独裁者の蒋介石は選挙で選ばれたことなどないのです。中国のデモクラシーなど虚妄です。
日本製品をボイコットしようという煽動を広げている連中は、アメリカを戦争に導こうとしています。アメリカで日貨排斥を呼びかけている者たちは、極東で共産革命を成功させるために骨を折っている連中です。
みなさんに気づいていただきたいことがあります。アメリカ政府の発表とマスコミ報道が偏向している事実に気づいて欲しいのです。
一九二三年、ソ連が中国の領土を掠め獲ったとき、アメリカ政府はソ連を非難しませんでした。一九二九年、鉄道路線をめぐってソ連と中国が戦争をしました。このとき、スチムソン国務長官は「平和的解決」を求めましたが、ソ連のリトビノフ外相から抗議を受けると、「いかなる国をも侵略国家と呼ぶつもりはない」と言い直しました。蒋介石が共産党と戦っていたとき、アメリカのメディアは蒋介石を「残忍な殺し屋」と書き立てて非難しました。ところが国共合作が成った途端にマスコミは蒋介石を「日本と戦う心優しき指導者」と論調を百八十度変えました。そして、いま、アメリカ政府は、共産主義者と結託した蒋介石の側に立って日本を非難しています。満洲事変についてアメリカ政府は日本を非難しますが、モンゴルを制圧したソ連のことはまったく非難しません。
おわかりでしょうか。アメリカ政府とマスコミは、共産主義をつねに擁護し、共産主義と対立している側を非難するのです。共産主義の宣伝機関によってアメリカのマスメディアは支配されています。
アメリカの危機とは、外国からの攻撃ではないのです。わが国を脅威に陥れるような国はどこにもないのです。危険なのは、善意のアメリカ国民の中にだまされやすい人々がいるということなのです。悪宣伝のセリフはいつもきまりきっています。「デモクラシーを救え」というのです。しかし、中国のどこにもデモクラシーなんかないのです。中国は過酷な軍事独裁の国です。
一方、選挙を実施して議員を議会へ送り出している民主国家日本のことを、アメリカのマスコミは独裁国家と決めつけています。まったくの虚構がまかり通っています。アメリカの無分別な一部の人たちが日貨排斥という手段で宣戦布告なき戦争を日本に仕掛けようとしています。アメリカ政府は敵意を表明してはなりませんし、中立を維持することはアメリカ国民の義務なのです。
いま、イギリスとフランスがアメリカを急かして味方に付けようとしています。世界に正義を打ち立てろと煽っています。英仏は、同じことを一九一七年にも言いました。しかし、第一次大戦戦争が終わるとすぐ、英仏の新聞は「アメリカは金儲けするために戦争に加担した」と冷ややかにアメリカを侮辱したのです。同じ失敗をくり返してはなりません。
「中国から戦争をなくすことはアメリカにはできない」
これは極東事情に通じている者の常識です。できることといえば、せいぜい介入しないことくらいです。介入したところで中国人の苦しみを和らげることはできないのです。中国人自身の問題なのです。
アメリカには敵対する国がありません。日本はパネー号に対する誤爆事件を迅速に解決しました。こうした日本の友好的態度を、なぜ揉め事や憎悪や戦争の脅威とみなすことができるのでしょうか。実に不思議です。
もし、外国と重大な揉め事が起こるとすれば、それは、アメリカが挑発した場合です。アメリカには日本との揉め事を望んでいる煽動者がいます。その数は決して多くはありません。しかし、よく組織化されており、資金は豊富です。煽動者は新聞や雑誌によって大衆を催眠術にかけ、無用の戦争へ引きずり込もうとしています。その手法は、過去に有効性を実証しています。米西戦争と第一次世界大戦がそうでした。
日本はアメリカに友好的ですが、アメリカが不買運動等で中国に味方すれば、一転して反米となる可能性があります。日本が怒れば怒るほど、アメリカ国内には「日本はアメリカが総力を挙げて戦うべき敵である」という言説が広がるでしょう。米西戦争でも第一次大戦でもそうだったように。
日本と事を構えようという運動の首謀者は、ほとんどが熱心な親ソ派です。共産党員は、あらゆるところで日本排斥に懸命です。「日本は敵である」という観念をアメリカ国内で醸成し、ソビエトおよび中国共産党を援助する道筋を開こうとしています。
マスコミ報道の逆が真実なのです。民主国家は日本であり、中国が独裁国家です。中国とソ連こそが軍事大国であり、日本の兵力は中ソ両国よりもはるかに小さいのです。
日本は、アメリカとの友好を望んでいるのです。アメリカにとって日本は脅威ではないのです。日本は未開の国ではありません。日本はアメリカより貧しい国ですが、識字率ではアメリカに勝っており、秩序、礼節、産業、教育、衛生、裁判などが確立しており、犯罪や汚職の少ない稀にみる清潔な国です。
侵略国家日本という煽動に根拠はありません。領土や外邦領土の面積を比較すればわかります。世界地図を見てください。日本の支配地域はごく狭いのです。
煽動者は、アメリカが孤立していると騒ぎます。しかし、アメリカは孤立などしていません。世界の各国と外交関係を結び、交易し、金融取引も盛んであり、旅行者も行き来しています。
共産主義者の煽動に踊らされてはなりません。アメリカは中立の道を進むべきなのです。
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こうしたラルフ・タウンゼントの言論活動は、参戦をはたしたルーズベルト政権にとって不都合でした。だからこそタウンゼントは逮捕され、収監されてしまったのです。
タウンゼントがどのような後半生を送ったのかよくわかりません。記録がないのです。歴史修正主義者の常で不遇だったのでしょう。しかし、タウンゼントは覚悟していたらしく思えます。なぜかといえば、彼の最初の著書「暗黒大陸中国の真実」の序文冒頭に次のように彼の決意が述べられているからです。
「本書で中国と中国人について述べるのだが、内容がいかに過激であろうが、そのことについて謝罪するつもりは全くない」