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人形が吐いていた嘘

 


 さて、主席くんとはどうやって遊ぼうか。


 こうやって目の前で眺めているだけで、ギースよりは遥かに格上なのがよくわかる。


 ぼくのような素人ですら、感じることが出来るものはちゃんとあるらしい。


 威圧感、迫力、オーラ。


 なんて呼ぶのかは知らないが、強そうな雰囲気を感じるのだ。


「遊びだからって、一瞬で終わったらつまらないからな」


 少しだけ、自分の口元が吊り上がっていくのがよくわかる。


 死なないってことは素晴らしい。


 何も気にしないでいいから。


「待ってください」


 ぼくが特攻をするのも悪くないと考えていると、右腕が掴まれる。


「何?」


 水を差された気がして、嫌だったが真剣な表情のフルーツを見て気持ちが落ち着く。


「私に戦わせてください」


 何を言い出すかと思えば。


「それは、一人で戦いたいということか?」


「はい」


「何故? これは死ぬことがない遊びだって何回も言っているだろう?」


「確かに、今回の訓練で死んでしまうことはありません。日頃出来ない経験をする貴重な機会でもあるでしょう。ですが、フルーツはマスターの護衛として、偽りだとしても傷つくことを看過することは出来ません!」


 珍しく、強い言葉だった。さっきの主席くんにも負けないほどに。


 ……人形のくせに、人間のようだ。


 ……ぼくよりも、人間のようだ。


「フルーツは元マスターからマスターを絶対に守ってほしいと言われています」


「元マスターの言葉の方が絶対なのか?」


「時と場合にもよりますが、ホムンクルスはマスターの言葉に絶対です。ですが、悲しいことにマスターはルシル・ホワイミルトなのです」


「なに?」


 それはどういうことだ?


「確かにフルーツは、神崎無限にマスターになってほしい。マスターだと言う認識をしています。ですが、あなたが認めてくれなければ、その変更は認められません」


「へえ?」


「今この場で認めてくださるなら、神崎無限はマスターとして絶対の存在になりますが?」


「冗談じゃない」


 今までは、もう決まってしまっていてどうしようもないことだと思っていたから流されていた。


 フルーツの感情一つでマスターが誰か決めてしまえるのならば、完全に姿を消すぐらいしか抵抗する手段が思いつかなかったからだ。


 この学院に用がある以上、今は仕方がないと放置していた問題でもある。


 だが、ぼくが認めなければマスターにならないというのなら話は変わる。


 自分以外の命に責任は持てない。


 その考えは今でも変わらないのだから。


「ようやく、お前の人形らしい部分を見たな」


 今までは感情で動く人間と、なにも変わらない存在だと思っていた。


 だが、許可を取らなければ何かを決められないと言うのなら、それは人形的なシステムに他ならない。


「そうでしょうね、だからこそマスターには戦いに参加してほしくありません」


 ぼくは本当のマスターではない。


 ぼくが認めてはいないから。


 それなのにマスターと呼び続けるのは、せめてもの抵抗なのだろう。


 呼び続けていれば本当になると思っているのか。


 あるいは決して本物ではないとしても、マスターはぼくだけだと考えているのか。


「だからこそ、お願いします。戦いには参加しないでください」


「……ギースの時は邪魔しなかったのに」


「彼は脅威には成り得ませんでしたから」


 恐ろしく、冷徹な言葉。


 雑魚が相手なら問題はないが、主席くんはそうではないということか。


「わかったよ」


 仕方がない。ルシルの命令がある以上、無理やり戦うと邪魔されそうだし。


 なにより、煩わしい問題が一つ消えたのもとても嬉しい。


 そのことを言葉にすることに葛藤があったのは、フルーツの顔を見ても良くわかる。


 この苦渋に満ちた顔を見せられた以上、少しは譲歩するしかない。


 フルーツにとって、ぼくが本当はマスターではないと口にするのが、耐えがたいほどの屈辱だったのがよくわかるからだ。


 でも、好きとか嫌いとかの話ではない。


 人間でも他種族でも、ホムンクルスでも命は重いのだ。


 ぼくは決して、自分の命以外のなにかを背負う気なんてない。


 一人で生きて、一人で死ぬ。きっと、ぼくの結末はそういう形になるのだろう。



 ☆



「なら、この俺が情けをかけてやろう」


 主席くんがそう言って、赤い魔力を手に纏わせた拳でぼくの腹部を殴った。


 強烈な痛みを感じるが、死ぬほどのものじゃない。


 それなのに、ぼくの体が淡い光に包まれる。


「おい、死ぬほどじゃないだろう?」


 体もちゃんと動くし、大した攻撃ではないはずだ。


 むしろ、殺す気ならもっと本気で殴れと言いたいほどだ。


「いや、今の一撃は完全に人間を殺す威力を秘めていた。この訓練場が致死的なダメージを観測して、退室させることにしたのだろう。むしろ、何故貴様の体は俺の拳で貫かれていないのだ?」


 よくわからないが、訓練室が勝手にぼくが死んだと判断したと言うことか?


 少し痛かったぐらいで死んだと判断するなんて、ポンコツにも程がある。


「まあいいや、後は頼む」


「了解です」


「今の一撃の代わりに、しっかりと殺すようにね」


「当然です」


 本来は自分でやり返したいのだが、確実に無理なのでフルーツに託す。


 疑似的ではあるが、初めて死ぬ経験をした。


 大した痛みもないのに死ぬなんて、特に感慨もわかない。


 やっぱり死なんて大したものではないと、少しだけガッカリしてしまった。




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