諦めるな!
光よりも早く宙を駆ける四つの流星。
一つ足りないのは力が足りないから。星の間を飛び去ることは、常よりも高い技術を必要とするから。
月に残したフルーツを心配しながらも、先頭を行くのはルシルだった。
それに続いて、神モドキたちが続く。
「……!!」
星の力を持つルシルの絶望は、誰よりも深かった。
数分ごとに、数秒ごとに命が消えていく。その現実を触れるほどの近さで感じ取れることが、誰よりも不幸だった。
その原因が愛弟子であり、守るべき人間であると言う事実が、なによりもルシルを追い詰めるのだ。
歯を食いしばりながら目の前の光景を睨みつける。
まだ距離があるが、モヤのようなものが何もかもを包んでいく。
それは星であり、命であり、宇宙である。
……包むとは、ごまかしの言葉だ。本当は、何もかもを殺していくと……。
流れるモノを忘れるように、ルシルはそのスピードを上げた。
誰も彼もを置き去りにして、あっという間にモヤの前に辿り着く。
けれども誤解をしてはいけない。
広大な宇宙。遥か遠くに見える広がるモヤ。
それに辿り着けたのはルシルの力ではなく、モヤの飲み込む速さが理由だから。
「行きますよ!!」
誰よりも先に、ルシルは攻撃を仕掛ける。
このモヤに触れてはいけない。それをしたら死ぬ。
だから、力の限り魔力を打ち込むのだ。
「はあああああ!!」
魔力の残りなど気にしない。どれだけ効くのかも考えない。
なんとかしなければ、無限を助けなければ。ただそれだけだから……。
だから……。
「……はあっ、はあっ」
力が尽きるのも、早かった。肩で息をして、足場に膝を付けて。
少しだけモヤを押し返しているけど、それは少しだけ。
ここは宇宙だから、自分が取り込む空気ですら魔力で作っている。
ただ生きているだけで、魔力は限りなく減っていく。
本当に一人だったら、この時点でルシルは死んでいただろう。
けれど、数人の仲間がいたから。
『大丈夫か?』
ルシルに魔力を分けるのは、さっきまで戦っていた神モドキ。
この二人には少しだけ絆が生まれていた。ちんぷには違いないが、ある種の共感と尊敬の念。
もっと縁が深いはずの誰かより、遥かに味方という意識があった。
「遠くから見ていたけど、全然効かないみたいだねー」
ゆっくりと飛んできたのは学院長だった。
仮にも血の繋がりがある子孫の危機に、何も感じることもなくプカプカと飛んでいる。
関心があるのは無限の魔力にだけ。消えそうな命など、その目に映ることもなかった。
『それは言い過ぎだ。わずかだが、浸食の速度が落ちている。単純に、力が足りないのだ』
一番後方で飛んでいるのは、黒犬だった。
魔法や魔力など使っていない。あくまでもその身一つで宇宙を移動しているのだ。
流石に人間とは違う。誰も理解できない、超越した生物だと思わせてくれる。
……それでも、瞳には無力感が浮かんでいた。
『それでどうする。手はあるのか?』
黒犬の言葉に、四人は考えを巡らせる。
場を仕切りまとめるのが黒犬なのが恐ろしい。人間たちは頼りにならないのだ。
「悩む余地など、ありません」
細い声で答えるのはルシルだった。ようやく息が落ち着いたのか、誰よりも強い意志を込めて。
「魔力は効くんです。いつまででも、撃ち込むしかないでしょう!!」
それだけを告げると、ルシルはまたモヤに魔力を撃ち込み始めた。
正しい判断で、それしかない。四人はそう思い、意思は統一される。
『いいだろう。ワレが魔力を送る、生命が尽きるまで止まるな』
神モドキは自分が動くことを諦め、完全にサポートをすることを決めた。
諦めることは忘れた、逃げることはもういい。
気になるのは生き残った世界だが、月に残した人形が手を打つだろう。
『一歩たりとも退くことは許さん。全てを懸けて守ってみせるのだ!!』
生命を賭ける勇者と、守護する偉大な神様。
物語の主役にもなりうる二人だが、対するのは大魔王よりも強大だった。
勝ち目のない戦い、生命を捨てるのが大前提。
その上で、望みは一つも叶わないのだから。
「やれやれ」
『どうする?』
必死な姿を見て、学院長と黒犬は冷めた目をしている。
熱いのは結構だが、その行動にはなんの価値もない。
無限の魔力を食い止めたとしても、無限を救うことにはつながらないのだ。
だからルシルの行動は、最初から破綻している。神モドキの献身は、自己満足にすら及ばない。
もっとも勝率の高い行動は、ギリギリまで無限の魔力を放出させて、薄くなったところで強行突破することだ。
出来るのかはわからない。モヤに触れたら即死かもしれない。
それでも宇宙にある多くの星や生命を犠牲にして、可能な限り待つことが正解なのだ。
どれだけ死のうが知ったことじゃない。無限のことを考えるなら、それが正しいはず。
でも、それをルシルは認められないらしい。
その姿を見て、学院長は何を想っているのか……。




