主観と客観
『物事の全ては、主観的なものと客観的なものに分けられる。だからフルーツの答えだって、そのどちらかだろうね』
フルーツの疑問に対し、よくわからない言葉を返すエキトだった。
「やめとけ、これは長くなる感じだぞ。エキトを調子に乗らせても、いいことなんて一つもない」
これは誰にでも当てはまる話だが、調子に乗って状況が良くなることはない。
墓穴を掘るか、ひずみに嵌まるかのどちらかだ。一見してよく見えても、必ずしっぺ返しが起きる。
「……でも聞きたいです。情報が多ければ、フルーツは完璧に近づくので」
『そういうことなら仕方がない。無限には悪いけど、好きに語らせてもらうよ』
迷惑極まりないのだが、フルーツがマシになると言うなら仕方がない。
間違いなく、何も変わらないと思うが。
『主観的に語るならオレにとっての特別は、店にある魔道具たちかな』
「客観的に語るなら?」
『無限だね。他には何もない』
またぼくの名前が出されてしまった。
本当に勘弁していただきたい。巻き込まないでくれ、頼むから。
『オレの価値観で、人間は特別なものじゃない。どんなやつ、どんな性格でもただの一人でしかないよ』
「お兄ちゃんはどうなんですか? エキトは特別視していると思っていましたが」
『大切なのは間違いない。でも決して特別じゃない。これは言葉遊びかもしれないが、オレの考えではそうなるのさ』
自分だけのルールを語られても、得るものは何もない。
めんどうで嫌なのだが、ぼくは話を進ませることにした。
「客観的なら?」
『無限に決まっている。性格、性質、人格、在り方、人間性、そして肉体と。全てが逸脱していて、特に別と表現するしかない。これより上の異常個体なんて、どこにもありはしないさ』
褒められているのか、馬鹿にされているのかもわからない。
今のうちに仕留めるか。
「そうですね。お兄ちゃんを知るモノなら、誰に聞いても同じ答えを返すでしょう」
『知らない人間だって、少しの時間一緒にいれば理解するよ。これは違うモノだってね』
二人で理解し合って納得しているようだが、こっちはまったく納得出来ない。
よくわからないことを言われて、多くの荷物を運ばされて、どこまでも走らされて。
踏んだり蹴ったりだ、どうしてくれよう。
「エキトの意見はわかりました。……それならトモエはどうだったんでしょうね。あの子はあの子で、複雑そうに見えましたが」
『トモエは可哀そうだったよ。何も間違っていないのに、無限にボコボコに論破されてしまった。正しいものが間違ったものに負ける姿は、いつ見ても嫌な気分がするね』
「どういう意味だ?」
話を整理するに、ぼくが間違っているとでも?
何を話したかを一つも覚えていないので反論しにくいが、それはないだろうと思った。
『言葉通りさ。無限の理屈は全てが破綻している』
あっさりと断定されてしまった。
破綻とか言われても困るが、勝てばいいのだ勝てば。
「また屁理屈で言い負かしたんですね。どんな内容だったんですか?」
『えっとね』
エキトは丁寧に、ぼくとトモエの舌戦を説明した。
なんてことはない。相変わらずいいことを言っているなあ。
『得意そうな顔をしているところ悪いんだけど、無限の説は間違っているからね』
「どこが」
『だからね、物事は主観的と客観的に分けられるんだよ』
エキトの言い分は、こうだった。
『主観的に語るのなら、トモエの説は間違っていない。だってそうだろう。主観とは、自分が思うこと。何を言おうが、本当に間違っていようが関係がない。自分が思うのなら、それは全てが正しいのだから』
「……まあ」
確かにそうだ。それが主観と言うものだから。
自分が思ったことを語る。それが全てで、それだけだ。
『だからトモエの自分が特別だと言う主張は正しく。そして無限の、トモエは普通だと言う意見も正しい。この時点で無限の説は間違いになる』
自分が特別だと言うトモエの意見を、ぼくは否定した。
主観的に語るのなら、この時点でぼくは間違っている。
『そして客観的に語るのなら、無限の自分が普通だと言う意見は間違っている。なぜなら、誰もが無限を特別だと言うから』
「おい」
『トモエが特別かどうか、それを客観的に語るのはやめておこう。どちらにでも揺れ動きそうだからね。でも無限のほうは確定的に間違っているのさ』
「おい!!」
それこそ主観的な答えだろうが。
『少なくてもここには三人いて、そのうちの二人は無限が特別だと思っている。多数決でオレたちが正しく、また多数決こそが客観性だろう』
まあ、な。
客観性とは一般的と言う意味だ。
そして一般的を測るのなら、それは多数決で間違いない。
だがこの説には穴がある。
「ここには三人しかいない。もっと人数が増えれば結論も変わるだろう。最終的には、ぼくが普通の人間だと……」
『ならない。絶対にならないよ。全てに賭けて断言してもいい。必ず、無限は多数決で特別な人間だと判断されるよ』
むう、そこまでハッキリ断言されると。
「珍しい。今回はお兄ちゃんの負けですね」
不本意ながら、そうかもしれないと思ってしまった。
もちろん、これは今だけだが。




