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出し抜き

 


「それでね、むげんに聞きたいことがあるんだあ」


 突然、トワの雰囲気が変わる。


 粘つくようで、ひりつくようで。まるで、巨大な生物に食べられる寸前のようだ。


 一つ間違えれば丸呑みにされる恐怖が、ぼくの気分を悪くする。


「むげんはさあ。あたしと偽物、どっちの味方?」


 ……なるほど、それが本題か。


 強大な力を持つトワを、邪魔することは出来ない。つながりを持っていない、ぼくを除けば。


「今のところは、サクリの味方かな。まだ殺されると、困る」


 聞きたいことが山ほどあるからな。全て聞いた後になら、好きにすればいい。


 でもトワは、サクリと顔を会わせたら、壊してしまいそう。


「へえ、あたしを敵に回すんだあ」


 トワは身体を乗り出して、対面に座るぼくの頬に触れる。


 そのプレッシャーからは、痛みを感じるわけではない。ただただ気持ち悪くて、張り倒してやりたくなる。


「あはっ。やっぱりダメか、もしかしたらと思ったんだけどね」

「つまり、何をした?」

「むげんの心を、丸呑みにしようと思ったんだよ。一時的になら、可能だと思ってね」


 トワが席に座りなおすと、怪しい雰囲気は掻き消えて安心する。


 まったく。こいつは何を言っているんだ。一歩間違えたら、ぼくは終わっていたのかもしれない。


 失敗して助かった。次に怪しい雰囲気を感じたら、躊躇うことなく拳骨を落としてやろう。


「なら諦めてくれよ。お前が、ぼくに協力するんだ」

「協力? 無理だよ、偽物を許す気なんてない」

「許す必要なんてない。少し待ってくれればいい。時が来たら、好きにして構わないよ」


 なに、そんなに時間を取らせることもないだろう。顔を会わせて、小一時間もあればいい。


「えー。どのぐらい待てばいいの?」

「それはわからない。とにかく、ぼくがいいと言うまでだよ」

「それってさあ、最後まで言ってくれない可能性もあるよね?」

「もちろん、ある」


 ないとは言えない。可能性で語るのなら。


「簡単には頷けないよね」

「そんなことはない。お前はぼくに、大きな借りがあるんだから」

「借り?」

「ハンバーガーの山は、誰が奢ってやったんだ?」


 夥しい紙袋の山が、目に痛い。ファングたちに貰った金が、全部なくなった。


 無一文で連れてこられたと言ったら、そこそこのお金を貰えたんだよな。


「あはっ。そんな小さなことで、あたしに譲歩させるの?」

「屈服させるんだよ。いいじゃないか、小さいことで。とても人間らしい」


 小さな貸し借り、足元を見る行為。とても人間らしい卑しい行為で、馴れ合いこそが分かりやすい。


 トワはきっと、こういう普通の行動を好むのだ。


「うーん。わかったよ、むげんは正しい。こういうのって、いいよね。あたしたちは、仲良しだよ」


 ぼくは、こういうのが嫌いだ。何がいいのかも、わからない。


 でも人間は、こういうものを好むのだ。


 ……なんだか自分が人間じゃないみたいで、微妙な気分だった。


「約束するよ。むげんがいいって言うまでは、あの偽物は殺さない」

「その代わりに、ここは奢ってやろう」


 うん、いい取引だった。


「……ねえ。やっぱりこの取引は、釣り合ってないと思うんだよね」

「気のせいだ」


 なんだかんだと丸め込み、トワと争うことはなさそうだった。



 ★



 ぼくたちは店を出ると、腹ごなしに街を歩く。


 どうせならもっと頼みたいと言い出すトワを、無理やり店から引きずり出すのには苦労した。


「あはっ。むげんも大変だね。そんなに煩わしいなら、全部始末すればいいよ。むげんなら出来るでしょ?」


 エキトから聞いた話をトワに聞かせると、そんな感想を漏らした。ルシルたちを、殺せばいいと言いたいらしい。


 確かに、出来ないとは思わない。自分の力では無理でも、色々な力を集めれば不可能ではない。


「お前の言うことは、つまらない。殺して解決なんて、野蛮人のすることだろう。もしぼくが理事長ぐらい強い奴だったとしても、そんなやり方は楽しさに欠ける」


 理事長やルシルを見ていると、いつもそんな風に思う。


 あいつらは、つまらない。圧倒的な力は美しさすら感じるけど、芸がないし面白味もない。


 弱者の戯言かもしれないが、工夫が欲しいな。


 そういう意味では、フルーツやファングを評価する。あいつらの魔法には、可能性があるからだ。


「でも話はわかったよ。その細胞たちに工作して、むげんの情報が届かないようにすればいいんだね」

「それと、間違った情報を流してくれ。ぼくに会う必要はないと、心配する必要はないって」

「わかった。それと、むげんを監視している魔法にも手を加えておくね」


 知ってはいたが、ぼくにどれだけの監視がついてるのだろうか。


「むげんだけを狙った監視は、二十二。国や町、世界を監視した魔法を含めるのなら、百を超えるよ」


 後者の魔法は、治安維持などを目的としているんだろうな。


 ぼくには関係がないと思っていい。邪魔をする必要もない。


「それと、時々は向こうの情報を、知りたくなるかもしれない」

「うん、大丈夫だよ。あはっ。それにしても、これじゃあ向こう側が敵みたいだね」


 言い得て妙だな。そもそもぼくには味方なんていない、トワを含めて。


 最後には全てを出し抜かなければ、望んだ結果は得られないのだ。



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