トワ
セカイの言ったとおり、ぼくたちは次の日の朝、めでたく退院することになった。
面倒な手続きなども全て、ごり押しをしてもらった。
「ようやく退院ですわね。長かったですわ」
近くにいたつぼみが、背伸びをしながら嘆いている。たった一日で何を大げさな。
「これからまた、ダンジョン探索が始まるんです。もう退屈はしないでしょう」
「そうでありますな。これからはペースを上げていかなければ」
不満があったのは、全員らしい。表現は違っても、どいつもこいつも、たった一日の不自由すら受け入れることが出来ないようだ。
言葉を聞き流しながら、ぼくたちは駐車場に向かう。あの村の村長に、車を届けてもらったらしいのだ。
「あったあった」
特に傷もなく、変化もない。当たり前か、危ないことには使っていないのだから。
「随分とボロボロですわね。雑に扱われたのかしら?」
「……お前のせいだろう」
せっかくなかったことにしようと思ったのに。新作同様だった車が、すっかりとボロボロになっている。
その原因の全ては、つぼみの運転に決まっている。
「もうお客さんじゃないんだ。運転手は代わってもらう。フルーツにな」
視線を向けて、名指しにする。
「了解です」
「な、納得がいきませんわ! 完璧な運転でしたのに!?」
つぼみの戯言は置いておくとして、なぜフルーツなのか。
それはフィアの運転が上手だと思われるから。順調すぎる旅も、それはそれでつまらない。
運転の経験がないフルーツなら、適度なスパイスを演出するだろうさ。
「それで、もう出発しても? 待ち人は、こないのですか」
周辺には、ぼくたち以外の人影はない。戦力の当てとやらは、まだ姿を現さないようだ。
「うーん。まあ、いいんじゃない? そのうちやってくるだろう」
このまま来ないなんてことはないだろう。あんなにも、楽しそうな顔をしていたのだから。
「では乗ってください。行き先は、その都度決めましょうか」
運転席にフルーツ、助手席に無理やりつぼみが座る。
ぼくとフィアも乗り込もうとしたときに、突然の声が響いた。
「ちょおっと待ったあ!」
その声は中性的だ、そして幼くも感じる。
声のする方に視線をやると、そこにいたのは昔のフルーツを思い起こした。
十二歳ほどの少女、ボーイッシュで刈り上げた髪が特徴的だった。
「誰ですの、アナタは?」
三人とも、乗りかけた車から降りると、興味深そうな顔で少女を見る。
代表するようなその言葉は、自然とつぼみの口から発せられたようだ。
「あたし? うーん、そうだなあ」
名前を聞かれて、悩みとはどういうことだろうか。偽名を使う気が満々なのだろう。
素直に体の名前を名乗ればいいものを。
「あたしはトワ。むげんの助っ人に来たよ、よろしくね!」
挨拶は端的だった。必要がないほどに。
★
「へえ、それは大変だったねえ」
大統領に用意された車は、五人が乗っても余裕があった。あと数人は乗れるかもしれない。
トワの身体が小柄すぎるので、あまり参考にはならないが。
「ははは、でも大丈夫。これからはあたしがいるからね!」
隣に座っているトワの声がうるさい。早速みんなと馴染んでいる。特につぼみと気が合うのか、会話が止むことがない。
ぼくの知り合いで、強い魔力を持っている。
それだけの理由で、三人ともトワに警戒をしていないようだ。
「うん。これから行くところは、上級者向けだね」
トワがダンジョンの話に詳しいと言いだして、次に行く場所の説明をしているらしい。
大雑把な説明だが、特徴を表していて面白い。ネタバレをしないように、配慮をしているのかもしれない。
「そこからは東だよ、ずうっと奥だね」
「しかし、この先は山の中でありますよ。それに、学院も把握していない場所であります」
困惑するフィアだが、正しいのはトワだろう。だって、トワはセカイなのだから。
こいつほど、正確な情報を持つ奴なんていない。
「それはそうだよ、状況は変わるものだからね。地脈だって時々変わっちゃうよ、この世界には暴れん坊が多いからね!」
なんだかよくわからないが、どうやら変わらないものが変わってしまったらしい。
強い奴らは、本当にロクなことをしないな。
「そのダンジョンのボスは、自分が強くなることよりもダンジョンづくりが楽しいみたいでね。ちょっと変わった奴みたいだよ」
「なんだか、弱そうですわね。本当に上級者向きのダンジョンですの?」
「あはっ、勿論だよ。想像を絶するぐらい強いと思うよ、本来の力だとね」
性格と強さには、因果関係がないと言いたいらしい。
好戦的な奴ほど強くて、弱虫や軟弱者は弱いなんて理屈は。全て負け犬の遠吠えなんだと。
「強い奴は、ただ強いんだよ。でも大丈夫だよ、あたしがいるからね」
不敵に笑うトワに、ぼくはどう反応するべきか悩む。色々と聞きたいことがあるが、とりあえず一つだけ。
こいつは一体、どれだけ暴れる気なのだろうか。この世界を壊すなよ。




