第四十一話 同志の最期
崩壊寸前のロビー中央で両膝を付き動かない両腕をダラリと下ろす小早川の前にコツコツと音を鳴らしながら五十嵐が近づいてきた。
「千歳」
五十嵐の声に朦朧とする意識の中、顔を持ち上げた小早川は五十嵐が目の前に立っていることに気が付いた。
「よく頑張ったな、もぅ大丈夫だ」
小早川の前に腰を下ろしぐしゃぐしゃになった髪を撫でながらそういった五十嵐の言葉に小早川の目からは涙が溢れ出した。
「隊長・・・・千鳥が・・・千鳥が死んじゃった」
「そうか・・・どんな最期だった」
「私を庇って・・・手榴弾に・・・」
震える声をしゃくりあげる声で必死に小早川は妹の最期を語ろうとするが、あふれ出す感情に口から出る音は悔しさと大きな泣き声だけだった。
流れる涙を拭く腕も無い、泣き崩れたこんな無様な所を五十嵐に見せたくない。
小早川は両膝を動かし後ろを向こうとするが、そんな小早川の肩を取り五十嵐は自分の胸に抱き寄せた。
「千歳。こうすればお前の表情も何も見えん。だから今は好きなだけ泣け」
五十嵐の優しい言葉に小早川の涙は増し、ロビーには小早川の泣き声が響いた。
官房長官に一括入れた洋子は本部のあるテントから出て、その場から去ろうとしていた。
「おぃ、洋子」
そんな洋子を止めに入ったのは康太だった。
「どこへ行く気だ」
「・・・家に帰るの」
「この話の結末を見ないつもりか」
「見るも何も・・・この話の結末はもうすでに決まっている」
「その結末から目を逸らすのか」
康太からの逃げるのか発言に洋子は振り返り康太に向かって大声を上げた。
「逸らしたいわけ無いじゃない!」
「立ったら何故!」
「わからないの?私はもぅ第三者の人間じゃない!私はこの話のレールの中に参加してしまっている!・・・私には私の役割がある」
「・・・まさかお前、同志になるつもりか?」
「違う。私は友達の願いを叶えてあげるだけよ」
「・・・・」
「止めても無駄よ?」
「わかったよ・・・今のお前を止める気はない」
「・・・じゃぁ最後にこれだけは教えといてあげる」
「?」
「現時点で世間一般は井上康太の率いる特殊部隊は同志と共謀しクーデターを起こした罪人。五十嵐の率いる同志はこの国を滅ぼさんとした悪人。この国はかなりの痛手を負いながらもこれらの障害を退けたむしろ被害者・・・あなた達二人がどんな猿芝居を演じようがそれは変わらない事実よ」
「・・・・」
「ただし、康太。・・・あなたの発言力を維持させるためにもあなた自身の潔白を証明しなければならない」
「・・・その結末が見たくないからお前はこの場を離れるのか」
「・・・・あなた達二人は赤鬼と青鬼よ」
「どういう意味だ?」
洋子は康太の問いに答えることなくその場を去った。
無線を切ってからどれくらいの時間が流れただろう。
失った目から流れる血は次第に弱くなり始め、血が足りなくなっていることを示していた。
意識が朦朧とする。
しかし頭はやけにフル回転していた。
みんな死んでしまった。
暗闇をさまよう俺達のような蛾は絶望という光に囚われその光についていった。
その光は時間が進むごとに光は強さを増し蛾はその光についていく。
蛾は一人、また一人と光に近づき燃え尽きていく。
一人、また一人。燃やしていくと同時に光は弱まっていく。
今はどうだ。・・・俺は暗い穴倉の中。絶望という光すら見えない。
暗い穴倉で一人。
このまま俺は死ぬのかな・・・
「一人は嫌だな・・・」
思わず、独り言を呟く自分に少し驚き、鼻で笑って見せた。
「フッ・・・一人か・・・一人は嫌なのか・・・」
ずっと一人だと思ってた。
だが違ったのかもしれない。今になってようやくわかった。
いや、そう考えるようになったのは井上康太の言葉のせいかもしれない。
俺の周りにはたくさんの人がいたんだ。
「翔・・・山城・・・三島ぁ・・・一人は嫌だな・・・」
そしてたくさんの人がいなくなった。
たくさんの人間が死に、たくさんの人間を殺した。
「俺は・・・みんなに謝らなくちゃ・・・それから・・・いろんなことを話したい・・・いろんな人にあれから会ったんだ・・・いろんな人を・・・殺した」
目的の為に、あの人の夢を叶えるためにたくさんの犠牲を払った。たくさんの人間を殺した。
目的も果たした。あの人の夢も叶えた。
「この後はどうしたらいいんだろうな・・・どうすればこの罪悪感は消えるのかな」
全てが終わった。
何もかもなくなった。後はどうなろうと構わん。
だったらいっそのことこの場で死んでしまった方が・・・
「矢吹」
深い眠りに付こうとしたところでその人はやってきた。
顔をあげるとそこには俺達に光を与えてくれた人が立っていた。
「五十嵐・・・隊長・・・」
「矢吹・・・よかった。まだ生きていたな」
「へへっ・・・俺は・・・しぶといんだぜ?・・・けど、・・・そろそろやばいかも」
「駄目だ。まだ死ぬな・・・お前達にはまだやるべきことがある」
「・・・わかってるさ・・・これは俺達が撒いた火種だ・・・この罪を背負わなきゃならない」
「そうだ。俺達はまだ生きているんだ。死んでいったやつ等の分も背負わなきゃならない」
絶望という光を背負った男は、いざ死のうとする俺にまた手を差し伸べてきた。
まったく、困った人だ。これから死のうってのに死ぬなというのか・・・まぁいい、またあんたについていってやるよ。
「今度は地獄の果てまで着いていってやるよ」
矢吹はそういいながら五十嵐の差し伸べた手にぼろぼろになった手を乗せた。
そして、五十嵐はそんな矢吹の言葉に「あぁ」と短く返事をした。
五十嵐は矢吹の腕を担ぎ矢吹を立たせると部屋を出た。
五十嵐に肩を担がれた矢吹が部屋を出ると廊下には両腕をダラリと下げた小早川が壁を背にし座り込んでいた。
「な、なんだ・・・小早川、お前も生きてたのか」
「何よ・・・今にも死にそうなあんたに言われたくない」
お互いに弱みを見せんと言葉だけは強がって見せるが体の自由が利かない二人は五十嵐に背負われ長い廊下を歩き始めた。
背中に背負われる小早川と肩を担がれる矢吹は再び出会えた仲間によかったと胸をなでおろした。
薄暗い廊下を二人を担ぎながら歩く五十嵐は一言も発せず、ただ黙々と歩いた。
「さてと・・・未来予想の出来る妄想君はこれからどうなると思う」
背中に担がれる小早川は片目を失った矢吹に問いかけた。
「そうだな・・・・もともと壊れ行く世界だ。砂漠化の進行は誰に求められない。国力維持の為に招いたこの火種がなくなった今、先進国としての威厳は間違いなく崩れる。
この国もいずれはなくなるだろうよ・・・ただ、それは俺達がいなくなった後の話だ」
「私達は?」
「そんなの誰でもわかるだろ・・・この物語から降板する、ただそれだけだ」
「そっか・・・そうだよね。目的は果たせたし、別にいいか」
「そんなことさせねぇよ」
ただ黙々と歩いていた五十嵐は二人の会話に割って入った。
五十嵐の言葉に戸惑う二人を背に、五十嵐は廊下の横にある扉を蹴り開けた。
扉の向こうにある小さな部屋には一本のレールと小さなトロッコが設置されていた。
その光景に全てを把握した矢吹は五十嵐の腕から離れようとするがその前に五十嵐が二人をトロッコの中へと放り込んだ。
「駄目だ・・・駄目だ駄目だ!五十嵐隊長!」
「えっ?何?何?何なの!?」
トロッコに放り込まれた二人は一切身動きも取れない中、必死に騒いだ。
そんな中、五十嵐は懐から銃を取り出しトロッコに向け構えた。
「銃声は全部で二発だ。その二発でトロッコの車輪止めが外されこの建物から脱出する」
「嫌だ!嫌だ!五十嵐隊長!俺達も連れてってくれ!」
「お前達は十分やった。最後まで付き合ってやりたかった。だが、この火種は俺達がまいたものだ。その火の粉にかぶってしまったお前達が最後まで付き合うこともない
全ての罪をかぶるのは俺だけで十分だ」
「そんなの・・・そんなのってねぇよ!最後の最後で俺達を突き放すのかよ!」
「・・・じゃぁな、今まで楽しかったよ」
五十嵐はそういうと車輪止めにむけ引き金を二回引いた
「銃声だ!」
建物から響く銃声は康太たちのいる場所へも届き、周囲はざわつき始めた。
「井上長官、内部分裂の恐れがあります。潜入部隊だけでも中へ入れましょう」
周りの部下達は康太にそう促すが康太は首を横に振り続けた。
「駄目だ。俺は奴に一時間の猶予を与えた。一時間経っても出なければ突入する」
「しかし!」
「くどい!奴等は今まで騙し騙され、多くの人間を殺し多くの仲間を失った。やつ等の気持ちがお前にわかるのか!そんな奴等の最後に水を差すような真似は俺が許さん」
「・・・わかりました」
康太に一礼し後ろへ下がる部下を確認した後、康太は拳を強く握り締めた。
「早く戻って来い、五十嵐」
「建物入り口付近に熱源反応!きました!」
顔を上げると建物から出てくる五十嵐の姿があった。
「一人・・・?」
建物から出てきた五十嵐はただ黙々と歩みを進め五十嵐の行動に反応し隊員たちは一斉に銃を構えた。
「五十嵐!そこで歩みを止めろ!両手を挙げ武器が手元にないことを証明するんだ」
スピーカーから聞こえる声に五十嵐は歩みを止めるが分厚いコートから手を上げることはなかった。
「両手を挙げるんだ、五十嵐。これは警告だ」
スピーカーから聞こえてくる苛立った声に五十嵐は肩でため息を漏らしながらしぶしぶ両手を上げた。
「もういい、俺が行く。みんなはいつでも撃てるようにしていてくれ」
康太はそういうと五十嵐のほうへと駆け足で向かった。
それを見ていた部下達も急ぎ康太の後を続いた。
ある一定の距離まで来ると康太は手で部下達を止め、その場で射撃体勢になるよう指示した。
部下が射撃体勢をとる中、康太はまた五十嵐の下へと数歩近づいた。
「五十嵐、色々と聞きたいことがある」
「それはあれか?二発の銃声のことか?それともどうして俺一人だけ出てきたのかって事か?」
「あぁ、その通りだよ」
「そんなの聞かなくたってわかるだろうよ。勘のいいお前のことだ。予想は付くだろ?」
「その予想が外れるって事はないのか?」
「ないね。所詮奴等は俺の駒に過ぎなかったみたいだ」
五十嵐の言葉に康太は腰につけていた銃を取り出し、五十嵐にむけ構えた。
「もしもそうだとしたら、俺はお前を許さないぞ。岸辺港」
「・・・フフッ、驚いた。その名前が出てくるか」
「あぁ、俺はお前をもう仲間だとは思わない。お前は俺の敵だ」
「そうか、ならお前は俺をこの場で撃つのか?」
「そうしてやりてぇよ。だが、今は周囲の目がある。お前を殺すのは身柄を拘束した後だ」
康太はそういうとゆっくりと五十嵐の方へ歩き始めた。
「動くなよ、間違えて引き金を俺に引かせるようなことはするな」
「それはこっちのセリフだ。妙な動きをしてみろ、間違えて懐に入った銃を俺に取り出させるな」
互いの会話はそこで終了し五十嵐は手を上げたまま動かず、康太は銃を構えたまま五十嵐の方へ進み始めた。
あと少しで五十嵐に手が届きそうなところまで距離を詰めたが、そこで一本の無線が入った。
その無線は、橋場との野村に持たせた無線からだった。
『井上康太!止めろ!撃つな』
耳にしたイヤホンから聞こえる声は矢吹の声だった。
・・・生きてる
この状況で向こうの無線に応答することは出来ない、康太は歩みを止め無線から聞こえる声に耳を傾けた。
『俺達は生きてる!五十嵐さんに殺されたとか言われてるかもしれないがそんなもん、嘘っぱちだ!これから五十嵐さんはお前のために死のうとする!
あんたを赤鬼にするためだ!五十嵐さんを青鬼にさせるな!あんたは仲間を失うことになるぞ!』
「じゃぁな、康太」
無線から矢吹の声がまだ続く中、五十嵐が小さな声でそう呟いた。
その瞬間、五十嵐は手を下ろし懐へと手をやった。
「撃てぇ!!」
射撃体勢を取っていた部下が五十嵐の行動を合図に引き金を引いた。
「止めろ!撃つなぁ!」
康太がそう叫びながら後ろを振り向くころには部下達の放った銃弾は康太を通り越し五十嵐の体を貫いていた。
五十嵐は銃弾を受けながらもしばらくの間立ち続け、砂漠の上へと倒れこんだ。
走り続けていたトロッコは徐々にスピードを緩め、無線から聞こえた大量の銃声と五十嵐の名前を叫ぶ康太の声に矢吹と小早川は自分達の無能さに悔しさをかみ締めていた。
「嘘・・・嘘でしょ・・・」
「許さねぇ・・・俺は許さないぞ・・・井上康太」
トロッコが完全に止まりトロッコの中で体も動かすことも出来ずただ泣きじゃくる二人の下に車が二台止まった。
何者かが車から降りトロッコの元へ近づいていくが今の二人にとってそれはどうでもいいことだった。
「起きなさい、いつまで泣きじゃくってるの」
聞き覚えのある声に二人はトロッコを見下ろす人間に顔を向けた。
「・・・なんであんたがここにいるんだよ」
トロッコの側に立っていたのは泣いた跡がハッキリと残った洋子だった。
「五十嵐君に頼まれてたの。あんた達をここにまで連れてくるって・・・私はあんた達を逃がさなきゃならない」
「止めろよ・・・俺達を急いで五十嵐さんの下へと運べ・・・俺達はあの場で死ななきゃならないんだ」
「そんなの五十嵐君が望んでるとでも思うの!?あんた等の自己満の為に五十嵐君の思いを蔑ろになんてさせない!」
「・・・・」
「この場で死にたいって言うなら、今から舌でも噛み切りなさい。そんなにお喋り出来るならその減らず口を閉じなさい!」
「だったら、俺達にどうしろって言うんだよ・・・」
「五十嵐君の願いは簡単よ。生きなさい・・・この物語はここで終了よ。あなた達はあなた達の物語をこれから書くの」
洋子はそれだけ言うと、二人をトラックから降ろし砂漠の上へと下ろした。
「あとはよろしくお願いします」
「はいよ。洋子君はこれからどうするね」
もう一台の車から降りたのは井上康太の父親だった。
「私はこの子達の乗ってきたトロッコを処分してから家に帰ります」
「わかった。この二人は私が責任を持って治そう。この二人にはまだ未来がある」
「それと君つけるのいい加減止めてください。もぅそんな歳じゃないんだし」
「はいよ。それじゃ洋子君も気をつけて」
そういうと康太の父は洋子の肩を軽く叩きながら二人を車に乗せその場を去った。
洋子は誰もいなくなったのを確認すると車に積んであった灯油とライターを取り出した。
ただ黙々とトロッコに灯油をかけ、ライターに火をともした。
トロッコに向けライターを投げると一瞬にしてトロッコは炎に包まれパチパチと音を鳴らし始めた。
炎を見ているとなぜかわからないが、みるみると感情があふれてくる。
次第に目頭が熱くなりひざが震え始める。
「五十嵐君の・・・馬鹿ぁ・・・」
その言葉を合図に洋子はひざから崩れ落ち誰もいない砂漠の中で大声で泣いた。