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第三十九話 理屈じゃない

「いいか、これが俺たちの最後の闘いとなる。奴等は今、体内無線のメインサーバーを破壊し、その建物を占拠している。

建物内の制圧および同志の無力化が今回の作戦となる。気を引き締めていけ!!」

康太の言葉に、戦いに続く戦いですでに慢心相違の部下達は短く、ただし力強く返事を返し、それぞれの配置へと広がった。

建物の見取り図を見る限り、30階建ての長方形型のビルだが、彼等の戦闘によりビルの至る所が黒く焼き焦げた跡があり、外壁が崩れている部分もあった。

「不規則に戦闘した跡がある。おそらく奴等は、建物内でゲリラ戦を行ったものと思われる。単独では決して行動するな。チームを作り全ての階をクリアリングしながら上の階を目指せ。

奴等は残りわずかの戦力でこちらに戦いを挑んでくる。爆発物やトラップに十分注意せよ」




「こちらチーム1。これよりチーム2と共に正面入り口から侵入を試みる」

正面入り口に待機していた部隊が無線で康太に連絡を入れた。

『了解。十分注意せよ』

「了解」

無線をきると部隊は正面入り口の扉の周りに展開し、二人の隊員が扉を開くと同時に中へとなだれ込んだ。

銃を構え、大きなロビーをクリアリングする隊員だが、目の前に広がる光景に思わず銃を下ろし「なんだこれは」と声を漏らした。

『どうした?何があった』

「こちらチーム1。正面突破は不可能。くりかえす、正面突破は不可能」

『なんだ?何があった』

「糸だ・・・縦横無尽に糸が貼り付けられている・・・その糸の至る所には人間の部位と思われる肉片が吊り下げられている」

大きく開けたロビーには縦横無尽に糸が張られ、その糸に貼り付けられた肉片からは血が滴り落ち、異臭とその光景に思わず顔を背ける隊員もいた。

「俺はこの戦術を知っている。餌をたらし、その匂いに釣られやってきた獲物を捕らえる。・・・狩人だ。同志の中に狩人がいる」

「正確には、元・狩人だけどね」

突如として聞こえてきた声に、隊員は顔を向け銃を構えた。

だが、そんな隊員の一人にボウガンの矢が肩に突き刺さった。

「ぐぁっ!」

倒れた隊員に数人の仲間が駆け寄る中、糸の向こう側に姿を現した女に隊員のほとんどが銃を構えた。

「さぁて、私と遊んでくれるのはあんた達だけ?物足りない気もするけどまぁ、いっか」

小早川は、再びボウガンに矢を込め隊員に向けて矢を放った。

飛んでくる矢に隊員はその場に屈み、矢の脅威を一時逃れた。

肩に矢を受けた隊員は、その場に展開しようとする隊員たちに「よせ!」と声を張り上げた。

「止めろ!糸に決して触れるな!奴と戦ってはいけない!」

その声に、展開していた隊員は歩みを止めるが、その中で一人足元にあった糸に気付かず踏んでしまい、糸の先にあった爆弾の起爆装置が働いた。

一階の正面入り口からは爆発音と黒煙が吐き出され、チーム1、チーム2の音信が途絶えた。






黒煙が一回のロビーに立ち込める中、小早川は今の爆発で壊れてしまった糸の壁を新たに貼り付けようとしていた。

「・・・ったく、やってくれるじゃねぇか」

黒煙の向こうから声が聞こえ、小早川はすかさず声のするほうへボウガンを放った。

空気を裂く音を立てながら矢は黒煙の中へ入っていくが、その矢は一発の銃声と共に砕けた。

新たにボウガンに矢を込め、黒煙が晴れるのを待った。

黒煙が晴れ、向こうに立つ人物の姿がようやくわかった。

この場に不釣合いな黒いスーツに身を包み、二丁の拳銃を両手に持ち、硬い表情でこちらを睨み付けていた。

「あれ?・・・あんたは」

小早川はなにか見たことのある顔に首をかしげていた。

「なんだ。俺のこと知ってるのか」

「いや、あんたに似た奴がいつも井上康太の代理でテレビに出てたなーって思って」

「俺のことだろ?」

「いやいや、あんな銃もまともにもてなさそうな奴がこんな所にくるわけが無いって」

「だから、俺だって言ってんだろ」

「っていうか、なんでスーツ姿なわけ?不釣合いすぎるんですけど」

「野戦服はどうも好きになれなくてね。それに俺の戦場ではこれが野戦服なんだよ」

「訳わかんねー」

「・・・まぁいい。餓鬼にはわからない父親の話って奴だ」

そういって男は銃を構え、男の行動に小早川も武器を構えた。

「やる気マンマンって感じなわけ?一人で私に勝てると思ってるの?」

「舐めるなよ?先に言っておく、俺の名前は長谷川。お前を殺しにきた男だ」

「基本名乗らない主義なんだけどねー・・・まぁいっか、小早川。よろしくー」

糸の壁を挟み、武器を構えた二人が対峙した。

「あ、むやみやたらに撃たないでよ?また爆発しちゃうから」

「了~解っ!」

小早川の言葉を無視し長谷川は、小早川に向かって引き金を引いた。

思わぬ攻撃に小早川は、物陰に隠れ銃弾から逃れた。

「ちょ、ちょっと!人の話を・・・」

小早川は物陰から頭を出し、長谷川に文句を言おうとするが、長谷川は特に気にすることなく絶えず弾丸を撃ち続けた。

「あぁ!もぅ、また爆発起こしても知らないんだからね!!」

「もぅ爆発なんか起きねぇよ」

長谷川の言葉に小早川は「まさか」と疑い、長谷川に向けてボウガンを放った。

飛んできたボウガンに対し、長谷川は横に避け、足元にある糸を踏みつけた。

ピンと張られた糸は、音を立てながら外れるが爆発が起こることは無かった。

「ほらな。爆発しない」

「・・・・」

「どうした?今のが偶然だとでも言いたいのか?」

「そうよ。偶然に決まってる!この無数の糸に全て爆弾が設置されてるとでも思った?爆弾が設置されてる糸を踏まなかったことを幸運と思いなさい」

「運ね・・・俺は神とか強運とかは信じない性質でね」

そういいながら長谷川は再び足元にある糸をわざと踏み、爆発しないことを証明した。

「これも運だって言いたいか?」

「・・・まさか、あんた」

「見えているものが全てではないって事だよ。むしろ見えているものが偽りだって事もある」

あざとく笑ってみせる長谷川に対し、小早川は悔しそうに舌を鳴らした。

「見えている糸は全てフェイクだ。見えない糸に爆弾は設置されている。そうだろ?」

「正解・・・」

「だが、見えない糸をどう見分けるか・・・まだ解決策が見当たらないんだよな・・・」

「だったら、なんでそんなにバンバン撃ってこれたってのよ・・・もし糸にでも当たってたらあんた死んでたわよ」

「そんなもんは至って単純なことだ。お前さんが今まで、俺たちに向かって撃ったボウガンの矢と俺の仲間がお前に向けて撃ったのと同じ弾道をなぞりながら撃てば爆発しないって訳だ」

「まさか、弾道を見れるの?」

「見ることは出来ても避けれないけどな・・・さぁ、おしゃべりはここまでだ」














「音を立てるなよ」

「わかってる。もうすぐだ」

橋場と野々村は、配管を伝い地下のポンプ室へと侵入しようとしていた。

周囲に誰もいないことを確認し二人は通気口の蓋を外した。

橋場が先にポンプ室に出て、警戒しながら後ろにいた野々村に対し手で合図した。

非常灯のランプが足元を照らすだけで周囲は薄暗く静まり返っていた。

野々村も通気口からようやく這い出し、銃を手に持った。

「・・・妙だな」

野々村の言葉に橋場も「あぁ」と短く答えた。

カチャ

金属音に対し、二人はすぐさまその場から離れ飛んできた弾丸を避けた。

「へぇ~、ちょっとは成長したんだな。砂漠では俺に後ろ取られてたのにまったく気付かなかったってのによ」

暗闇の中に木霊する声に二人は「誰だ」と声を出した。

「誰も何もねぇよ。俺は同志だ。そして、お前達は敵だ。それで十分だろ」

「俺達がここに来ることを先読みしてたのか・・・」

「正面で入り口は、俺達の切り札が陣取ってる。奴と正面から当たっても早々落とせないだろうよ。ならば、お前等みたいな工作員に側面をたたいてもらう。そういった感じだろ」

物陰から飛び出した敵は、壁に潜む橋場と野々村に向かって両手に持った銃を撃ちまくった。

壁に体を張り付け弾丸から身を守る二人は、弾が尽きるのを待ち反撃しようとするが、敵は片方の銃が弾を尽きると片手で装填し弾が尽きることは無かった。

「野々村、俺がカバーする。その間に走れ」

「了解」

橋場は腕だけを前に出し、敵に向けて弾丸を放った。

一瞬、敵からの攻撃が弱まった隙に、野々村は広場に躍り出て中央で仁王立ちする敵に向けて弾丸を放った。

敵は野々村の攻撃に気付き、急ぎその場を離れ闇に隠れた。


「橋場!無事か」

敵の気配が消えたのを感じ取り、野々村は橋場の方へと声をかけた。

「あぁ、問題ない」

そういう橋場だが、ダラリと下がった右腕を抑える左手からは抑え切れなかった血がポタポタと落ちていた。

「野々村、俺が奴の気を引く。その間に奴を見つけ出してくれ」

「・・・あぁ、わかった」

動かない腕を見て、不安そうな声を出す野々村に橋場は脂汗を滲ませながら笑って見せた。

「大丈夫だ。俺にはお前がいる」

そういって、橋場は野々村の胸を強く押し、野々村に行くように顎で促した。

橋場に押された野々村は後ろによろめきながらも橋場の表情を見て、一度頷くと闇へと姿を消した。

橋場は、止まらない出血を抑えながら、闇に向かって声を張り上げた。

「なぁ、お前矢吹だろ!」

「・・・何故知ってる」

「やっぱりな・・この陰湿さと陰に潜むような輩はお前しか考えられん」

「何故、俺の名前を」

「こっちの頭がお前さんにかなりご執心でね。お前のことは色々と調べさせてもらったよ」

「あいつが・・・」

矢吹の言葉に思わず小声で言葉を漏らしてしまい、その瞬間、橋場は矢吹の声のするほうへ銃弾を放った。

思わず矢吹はその場を離れようとするが、目の前に野々村が現れ、振り下ろされるナイフに思わずその場に尻餅をつき、体を転がし野々村と一定の距離をとった。

野々村は手に持っていたナイフで再び矢吹に襲い掛かろうとするが、その前に矢吹はその場に閃光段を投げ、光る前に二人はその場から逃げた。

「矢吹よぉ、お前は随分と悲惨な道を辿ったな」

「俺の辿った道が悲惨だと?・・・ふざけるな、俺の道筋なんか他の同志に比べりゃ屁でもねぇよ」

「いいや、全ての同志を調べきったわけじゃないが、これは断言できる。お前が一番悲惨だ」

「はぁ?なにを根拠に・・・」

「戦い方だよ」

「あぁ?」

「お前はあることをきっかけに戦い方が大きく変化した。矢吹、お前はリアルウォーで大きな存在感を放っていた。自分の姿を晒すことで敵の視野を狭めていた。だがな、あることをきっかけにお前は戦場から姿を消した」

「・・・偶然だよ。俺は同志になって日陰者になったんだ」

「同志がきっかけじゃない。矢吹・・・お前は友達を失ったんだよ」

「!!・・・黙れ!」

矢吹は物陰から飛び出し、橋場に向かって銃弾を放つが橋場はすかさず応戦し物陰に隠れた。

息を荒げる矢吹の方へ駆け寄る野々村の足音に矢吹は再び闇へと姿をくらませた。


「友達だと?ハッ、何を寝ぼけたことを言ってやがる。俺にはそんな奴はいねぇよ・・・てめぇに何がわかるッてんだ!!」

「わかるさ。俺も昔はそうだった」

「・・・・」

「確かに、他の同志の生き様を見てどれほど悲惨だったか、俺は理解しているつもりだ。だが、彼等は仲間を失っても戦い方を大きく変える人間はいなかった。彼等は生き残った亡霊として同志として自分の生き様を貫いた。だがな、矢吹。お前は違う。違うんだよ、矢吹」

「くそっ、知ったようなことをベラベラと・・・」

「お前は亡霊なんかじゃない。お前はここで生きようとしている。いや、生きた証を作ろうとしてるんだ」

「・・・・」

「過去の自分を清算してな」

橋場は、返事の無くなった矢吹を探し、柱の向こうに矢吹の腕らしきものを捕らえた。

闇に潜む野々村に合図を送り、野々村もその柱の方へ目をやった。

「矢吹、お前は前向きな男だ。過去に生きようとする他の同志達は自らの死に場所を求めていた。だが、お前はこの場で生きようとしている。だから、これまで生き残ってきた」

矢吹からの返事は無く、橋場は柱に隠れている人らしき姿に違和感を覚えた。

「だが、その戦いも今日で終わりだ。俺達がお前達をこの悪夢から救ってやる!」

橋場は、柱に隠れている人陰に銃弾を打ち込もうと銃を強く握り締めた・

その瞬間、後ろで物音が聞こえ何かが飛び出す気配を感じた。

「これで終わりだ!矢吹!」

罠だと感じ取っていた橋場は、後ろにすばやく振り返り銃弾を放った。

だが、後ろから飛び出したのはただの板で、柱に隠れていた人らしきものが勢いよく飛び出すのを感じた。

「こっちが正解だよ。馬ー鹿」

後ろの声に振り返ると銃を構える矢吹の姿があった。

「お前は俺のことを調べすぎた。それが敗因だ」

矢吹は呆然と佇む橋場に向けて銃弾を放った。




薄暗いポンプ室に一発の銃声が鳴り響き、一人の男が倒れた。

本来撃たれるはずだった男を庇い、正面に両手を広げ立ちふさがった男が、銃弾を受けてもなおしばらく立ち続け、最後に力なく倒れた。

「野々村!」

撃たれるはずだった男は倒れた男の名前を叫ぶが、絶命した男に彼の叫び声は届くはずも無かった。

「・・・・なんだよ、それ」

俺は信じられなかった。

自分の命を捨て、他人を守る。

そんな行動、ありえない。ありえるわけが無い。

『理屈じゃないんだよ・・・そういうのは』

井上の言っていたあの言葉が鮮明に蘇ってくる。

「なんだよ・・・ふざけるなよ・・・ふざけんじゃねぇぞ!」



矢吹は、目の前で起きた出来事が信じられず怒り狂った。

相方を失った橋場は倒れる野々村の横で両膝をつきうな垂れる中、矢吹は手に持った銃を投げ捨て野々村に駆け寄った。

「おぃ、目を開けろ!なんでそんな行動をとった!明らかに不合理だ!五体満足であるお前が何故死ぬ必要があった!」

生気を失った野々村の肩を必死に揺らし矢吹は野々村からの返事を待った。

だが、野々村が答えを言うわけもなく、矢吹は訳がわからないと両手で頭を抑えた。

「なんだよ。。。なんだんだよ、畜生・・・」

「・・・よくも」

憎しみのこもった声が聞こえ、そちらに目をやると視界に映ったのは両膝を突いたまま銃を構える橋場の姿だった。

銃声が鳴り響き、一発の銃弾が矢吹の左目を貫いた。

悲鳴を上げ、その場でのた打ち回る矢吹に、橋場は更に銃弾を浴びせようとその場に立ち上がり銃を構えた。

それに気付いた矢吹はとっさに地面に散らばる粉塵を橋場に投げつけ橋場は思わず顔を覆った。

矢吹は、急ぎ立ち上がり橋場の銃を取り上げ遠くへ放り投げた。

そんな矢吹を捕まえ、地面に叩き付けた。

仰向けに倒れる矢吹に跨り腰に差してあったナイフを抜き取ると矢吹の心臓めがけ一気に振り下ろした。

矢吹は橋場のナイフを両手で捕まえ、心臓すれすれのところで止めた。

「ふざけるなよ・・・なんなんだよ、さっきの死に方は・・・」

矢吹はナイフを止めながらさっきの野々村の死に方にまだ納得がいっていなかった。

そんな矢吹の態度を見て、橋場は更に怒りが増した。

「こんな餓鬼に野々村は・・・殺されたって言うのかよ」

橋場は、撃たれた右腕で矢吹を殴り、ナイフを再び振り上げた。

「こんな奴にぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

矢吹は死に物狂いで腰に差してあったナイフを抜き、橋場が振り下ろす前にナイフを突き上げ橋場の首を切り裂いた。

橋場の首からは鮮血が吹き上げ、橋場は勢いよく噴出す血を抑えながらおもむろに立ち上がった。

薄れ行く意識の中、声も出ない口を必死に動かし「野々村」と呟きながら倒れた野々村の側までやってきて重なり合うように橋場は倒れこんだ。







死してなお互いを助け合おうということなのか、二人の行動がまったく理解できない矢吹の無情の叫び声がポンプ室に木霊した。


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