第三十七話 二人で一人
「応援要請できました。ここを開けてください」
官邸の襲撃により、総理大臣と最小限の人員のみで地下に避難していた彼等の元に応援部隊やってきた。
助かったと護衛の人間は緊迫していた緊張感が解れ、鍵をしていた扉を開いた。
扉を開けると同時にガスマスクを装着した部隊が総理の待つ部屋になだれ込んできた。
なだれ込んできた部隊は、部屋のあちこちを詮索しその異様な光景に護衛の人間に再び緊張感が戻った。
そして、ガスマスクをつけた部隊の人間がマスクを護衛の人間に手渡した。
「同志が官邸に向かってガス弾を使用してきました。現在成分を解析中ですが、念のためこれを装着してください」
護衛の人間はガス弾という言葉に体をこわばらせながら、彼等の言うとおりガスマスクを装着した。
ガスマスクを装着し一安心といった感じに彼等は深くため息を漏らすが、大きく吸った空気がガスマスクをとおり、その瞬間彼等の意識は無くなり、その場に倒れこんだ。
護衛の人間がバタバタと倒れる光景を目にした総理は、座っていた椅子から立ち上がり声を発しようとするがその前に銃を頭に突きつけられた。
「動くな、声を出すな、その場に静かに座れ」
総理は悔しさを滲み出しながらもその場に座りなおした。
「貴様等・・・同志か・・・」
「何を言ってやがる。俺達はあんたの部隊だよ」
そういってガスマスクを外すとその下から出てきたのは康太の顔だった。
「井上・・・どうやってここまで・・・」
「この混乱に乗じて正面から堂々とな・・・セキュリティーパスも無視してきたけどな・・・制服さえ着てりゃこの混乱時は顔パスも同然」
「くそっ・・・」
「安心しろ。俺達はあんたを殺さない。全てを吐くまで生き残らせてやる」
「ふんっ・・・私を捕まえたところで意味の無いことだ」
「蛇の頭は二対ある。そういいたいのか?」
「その通りだ。私はただの飾りにすぎん・・・私の変わりはいくらでもいる」
「だったら、違う方の頭が潰れたらどうなる。飾りのあんたが最後の頭だ」
「・・・・お前、まさか」
「あんたにはここで最後の戦いをすべて見てもらう。・・・これが俺たちの最後の戦いだ」
そういうと康太は、ひとつの無線を総理のテーブルの上に置き電源を入れた。
「準備おっけぇ?」
「イエー」
小早川兄弟は、とあるビルの屋上でお互いの呼吸を合わせていた。
「アーユーレディ?」
「ゲット セット」
「「GO!」」
同時に左足から前に出し腰につけた命綱を持ち、二人は助走をつけてビルから飛び降りた。
空気を裂く音が耳を占領し、二人は命綱によって振子のようにビルに引き寄せられていった。
二人は銃を取り出し、ビルの窓に向かって銃弾を撃った。
大量の銃弾が防弾ガラスを撃ち、強度の弱くなった窓を二人は蹴り破り中へ進入した。
突然の訪問者に戸惑いを見せる彼等に二人は躊躇することなく弾丸とナイフを撃ち込み辺りを一掃した。
「こちら小早川。中へ進入、これより中枢へ向かう」
無線を短くいれ、二人は腰を低くしながら一気に中へ進行した。
「侵入者だ。くそっ・・・同志の奴等、ここを嗅ぎ付けやがった」
「相手は二人だ。俺たちも応援に向かうぞ」
地下を護衛していた彼等は、侵入者を排除するため持ち場を離れ上に続く階段を上っていった。
階段から聞こえていた足音が消え、誰もいないことを確認すると闇に潜んでいた矢吹が姿を表した。
「馬鹿が・・・中に侵入したやつがあいつ等だけだとでも思ってんのか?」
矢吹はそういいながら彼等の守っていたこのマンションの主電源装置に向かって銃弾を撃ちこんだ。
火花を撒き散らしながら動力盤は動きを止め、蛍光灯からは光が失われた。
異変に気付き、戻ってきた彼等だが扉の方に銃を向け待ち構えていた矢吹によって彼等は一掃された。
「こちら矢吹、すべてのオートロックを解除。これより中枢へ進行する」
『あ、あー・・・矢吹、聞こえる?』
「ん?何」
『足止め食らってる。ちょっと行けそうに無い』
「了解。隠密行動は俺に任せて、お前等は好きなだけ暴れてろ」
『あらま、頼もしいお言葉。絶対に惚れないけどな』
「貴様等に惚れられたくも無いね」
『じゃぁ誰だったらいいの~?』
「しらねーよ」
矢吹は一方的に無線を切り、階段付近に倒れる死体を跨ぎながら階段を上がっていった。
上の階は小早川兄弟の暴れっぷりで見事に散乱し、ところどころに瓦礫の山が出来上がっていた。
「「もぐら叩きゲーム!」」
愉快そうな声とは裏腹に、小早川兄弟は瓦礫の中を自由に行き来し、あらゆる所から姿を現し敵を翻弄していた。
「こっちだよー」
「いやいや、こっちだって」
翻弄される敵は銃を向けるべき方向が定まらず、足を止めてしまった。
「チャンスタイムー」
動きを止めた敵に対し、小早川兄弟は瓦礫の中から姿を現し斧を振り下ろした。
「1ポイントゲット」
「いやいや、2ポイント」
味方の頭が次々と赤く染め上がる中、彼女等の愉快そうな笑い声は彼等の恐怖心を増徴させた。
「首もーらい!」
横に振りぬいた斧は、強張る敵の頭を中に跳ね飛ばした。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
中を舞っていた頭が地面にボトリと落ちると同時に、彼等は神出鬼没の敵に向かい銃を乱射した。
その銃弾は、敵味方関係なくそのフロアを飛び交い、弾丸を浴びた人間は次々と倒れていった。
最後の男が銃を撃つのをやめ、乱れて息を整えながら失血死でその場に倒れた。
静けさがこのフロアに戻ったかと思ったが、瓦礫の一部が崩れ、その中から小早川兄弟が現れた。
「大丈夫?」
「んー・・・左肩撃たれた」
左肩を抑える手からは、抑えきれずに血が流れていた。
「弾は?貫通した?」
「大丈夫、貫通してる」
「とりあえず、止血しないとね」
小早川の姉は、下に落ちている死体から衣服を破き、妹の肩を縛り上げた。
「いてててててて!下手糞!」
「うるさい!右肩も撃ちぬくぞ!」
そんな二人の間に一発の手榴弾が投げ込まれ、彼女等の足元でカツーンという音を鳴らしながらバウンドした。
「いてててて・・・って、あれ?生きてる」
小早川姉は、強烈な爆風が収まってから生きている自分に疑問を感じた。
辺りを見渡すと黒煙が充満し、その黒煙が晴れ始めてようやく状況を把握した。
黒煙の中心にいたのは下半身を失った妹の姿だった。
手榴弾が爆発する前に小早川妹は手榴弾の上にダイブし、自分の身を犠牲にして爆発を最小限に抑えていた。
「わ・・私達は二人で一人・・」
姉の方に目をやり、最後の力を振り絞りボロボロになった右手で姉の方に指差しながら妹は最後の言葉を語った。
力尽きた妹の右手は地面に落ちようとするが、落ちる前に姉がその右手を捕まえ強く握った。
「二人で一人、一人で一人前」
妹の亡骸の前に膝をつく姉の周りには、銃を構えた敵があふれかえっていた。
そして、敵の正体を目の当たりにし、兄弟の名前をそれぞれ口に出した。
「こいつ等・・・小早川兄弟だ・・・」
「小早川?親・兄弟殺しの小早川か!?」
「こんな子供が・・・小早川兄弟?」
残虐非道の小早川兄弟を話にだけ聞いていた彼等にとって、想像していた人物像と目の前にいる兄弟はあまりにもかけ離れていた。
「片割れを失っても涙は流さねぇか・・・噂に聞いたとおりのクズだな」
妹の横で俯く姉の方を見て敵の一人が冷たい言葉を投げかけるが、姉は一切反応しなかった。
「移動民ってのは相当知能が低いんだな。死ぬって意味がわかってねぇんじゃねぇのか?だからそんな残虐非道なことが平気で出来るんだよ」
吐きかけるような言葉に、周りの人間が「おぃ、よせ」と止めに入るが、死ぬという言葉に姉はピクリと肩を動かした。
「死ぬ?意味がわかってない?」
「あぁ、そうだよ。お前等みたいなクズの為に俺達は汗水たらして税金稼いで補助金はたいてるって事自体間違って・・・」
移動民に対する批判的な言葉を全て吐き捨てる前に彼の顔はグラリと揺れ、後ろに落ちた。
「私達は狩人だ。生き死にを間近で見ることの無いあんた等の方が、死ぬってことを理解してないんじゃないの?」
「貴様・・・何をした!」
立ち上がる姉に対し、敵は銃を向けようとするが何かに操られているかのように、腕が上に上がらなかった。
「何だ!どうなってる!」
腕だけじゃなく、足も一切動かない。
異変に気付いた彼等は必死にもがこうとするがもがけばもがくほど、彼等の体に何かが強く絡まっていた。
衣服が破れ、皮膚を切り裂いたとき彼等の体から流れ出た血が一筋の線を空中に引いた。
それに気付いた敵は辺りを見渡すとそこら中に。見えない糸が張り巡らされていた。
「糸だ!糸が体に絡まってやがる」
そして、糸を切ろうともがくが更に糸は体を傷つけ、仕舞いには彼等の四肢を切り落とすほどに強く締め付けられていた。
悲鳴を上げながら痛みにもがく、彼等を小早川姉は黙って見届け、敵の血しぶきが姉の顔に掛かり、まるで血の涙を流しているかのように額の横を血が流れた。
「死ぬことに恐れを抱くあんた等の方がよっぽど低知能よ・・・」
赤く染まったフロアを姉は後にし、下の階へ伸びる階段へ向かい歩き始めた。
「駄目だ・・・下の階の奴等、全員やられてる」
ボロボロになった兵士が階段をふらつきながら上のフロアへやってきた。
「おぃ、大丈夫か」
下の階からやってきた兵士に気付き、近寄ってくる三人の兵士。
苦痛に顔をゆがませ、ボロボロになった兵士はその場に倒れこんだ。
「て、敵は複数人・・・数はわからないがやつらの腕は半端じゃない・・・応援が必要だ」
「わかった。俺達でまずは下の状況を確認してくる。おぃ、行くぞ」
そういって二人の兵士は階段を降り、一人の兵士が倒れこむ兵士の治療をしようとその場に残った。
ボロボロになった衣服をナイフで裂き、怪我の状況を調べようとするが衣服の下はまるで健全、肌色の皮膚が見えていた。
「動くな」
倒れていたはずの兵士は何事も無かったかのように起き上がり、銃をこちらに向けていた。
「死にたくなかったら、衣服を脱いでこっちに渡せ・・・よかったな。てめぇは殺されないですむんだ」
「お前・・・同志か」
「いいからさっさと脱げ。血まみれの衣服じゃ自由に動けないんだよ」
「フンッ・・・・下のフロアに降りていったやつらが戻ってくれば、お前も終わりだ」
だが、階段を下りていった兵士たちは手榴弾とピアノ線で作られたトラップに気付かずピアノ線を踏んでしまい、こちらにも聞こえる爆発音で彼から希望を奪った。
「わかったろ?終わりなのはお前なんだよ」
両手の指から垂れる赤い色を輝かせる細い糸。
彼女が腕を横に振るうと、その糸は壁と人もろとも引き裂き糸は更に赤い色を輝かせた。
廊下を堂々と歩く彼女に恐怖し、銃を抱きかかえながらバリケードにうずくまっていた兵士だが、
「この化け物めぇ!」
そういって、彼女に銃を向け引き金を引こうとするが、鼻歌を歌いながら後ろからやってきた兵士が彼の頭に銃を突きつけ、引き金を引いた。
バァンという銃声と共に兵士は倒れ、彼女は味方を撃ち殺した兵士の方へ目をやった。
「あれ?片割れは?」
兵士は銃を肩に担ぎながら小早川姉に聞いてきた。
「死んだ」
「・・・そっか・・・それが死神の異名か?」
「まぁね。でも、片割れがいると使えなかった。互いに傷つけちゃうから」
手につけた糸を眺めながら小早川姉は答えた。
「それで銃弾も防げるって本当か?」
「試してみる?」
兵士は銃を構え彼女に向けるが、しばらくして銃をおろし、ため息を漏らした。
「いや、死にたくないからやめとく」
「ねぇ、そんなことよりちゃんと下のフロア掃除してきたんでしょね?」
「当たり前だろ。俺はお前みたいな化け物と違って正面から堂々と戦わないの。後ろからこそこそ一人ずつ丁寧に殺してきましたぁ。後はこのフロアだけだ」
そういって矢吹と小早川は横にある分厚い扉の方へ目を向けた。
テーブルの上に無線機を一台置き、ただひたすら待つことしか出来なかった男はようやく無線機を手に取り、スイッチを入れた。
「聞こえるか・・・我々は同志だ。そして、私は同志の首謀者、五十嵐だ」