第三十二話 久々の対面
病室で寝続ける病人をずっと眺め続ける公也は妙な静けさに違和感を覚えていた。
「兄貴・・・いつになったら目覚めてくれるんだよ」
だが、その違和感は自分の強い思いに押し負け、普段通りの自分を取り戻していた。
勉の枕もとには、見慣れてしまった分厚い茶封筒がいつものように置かれていた。
「あの野郎・・・」
枕もとに置かれている茶封筒を強く握りしめながら、地面に叩きつけようとするがその前に扉が音を立てながら開いた。
「金に罪は無いし、貰っておけばいいのにな」
扉の開く音と聞き覚えのある声に振りかえるとそこには松葉杖をついた井上康太の父がいた。
「たしかに金に罪は無いかもしれない。だが、俺はこの持ち主に罪の意識を持って欲しいんだ」
「罪の意識か・・・彼は、いや彼等は時代に巻き込まれただけさ」
「そして、今は変わろうとしている時代の中心にいる」
公也はそう言いながら、茶封筒を井上に突き返した。
「この金はあんたの手からかえしてやってくれ。一々返すのが面倒なんだよ」
「そうかい・・・じゃぁ俺が貰っておくかな」
井上がそう言いながら茶封筒を白衣のポケットに入れた。
そして、二人は廊下の方でなにやら不穏な気配を感じ取り、扉の方へ目をやった。
不穏な気配は、次第に幾人かの足音に変わりその足音は今いる病室の前で止まった。
病室の前で止まった足音は、二人のいる病室の扉を開いた。
「おや?お客さんかな?」
スーツ姿の男たちは病室にズカズカと入り込み、その態度に公也が声を荒げた。
「なんだ!お前等は!」
だが、公也の言葉も無視して男達は、井上の方へ向かって行った。
「井上雄一だな?」
「おぉ、私に用があるのか」
「それともう一人、鈴木勉。あなた達二人に同志に深く関与している疑いがある」
「私と意識もまだ戻らない勉君に?・・・そんな馬鹿げた礼状があるかい」
「・・・とにかく、同行願おうか」
「やれやれ・・・また面倒な事に巻き込まれちまうのかな?」
面倒くさそうに頭を掻きながら男達について行こうとする井上に対し「待て!」と公也が叫んだ。
「あんた等公安だろ・・・誰の命令だ」
「鈴木公也か・・・俺達はお前と同じ立場の人間だ。もちろん、この事には目をつむるよな?」
「なんだと?自分の兄貴を連れ去られそうになってるってのに、目をつむれって言うのか?」
「言わなくても、言わせるさ」
男はそういうと銃を取り出し、公也に向けた。
その瞬間、公也はその場から横に転がり、男の銃弾は公也に当たる事無く壁に当たった。
公也も懐から銃を抜き取り、一人の男に銃を向け「動くな!」と声を出した。
「撃てるのか?」
「なんだと?」
「その構えた銃は、本当に撃てるのか?」
「・・・・」
男は銃を向けたまま公也の方へ歩んでいき公也は「動くな!」と声を張り上げるが男はその忠告を無視した。
「くそっ・・」
引き金に伸びる指はカタカタと震え、その震えは銃を握る手に広がった。
男は、公也の側にまでやって来ると公也の懐に拳をお見舞いした。
溝に見事に入った公也は腹を抑えながらその場に倒れ込んだ。
「運び出すぞ」
男は周りの人間にそういうと、ベットの方へ近づいて行った。
「待て・・・」
公也は弱弱しく声を出しながらその場に立ちあがった。
「兄貴から離れろ・・・」
「・・・お前こそ離れろ。お前の兄貴がどうなってもいいのか?」
男は勉の頭に銃を突き付け、公也の方へ言った。
「妙な動きし一つしてみろ。お前の兄貴は永遠の眠りにつく事になる」
男は、銃を強く勉の額に突き付けて見せた。
「止めろ!」
公也は、男の方へ猛突進するが、男は公也の方へ引き金を引き脇腹に銃弾を食らった公也はその場に倒れ込んだ。
銃弾を食らった公也は意識がもうろうとする中、男達が勉を運び出そうとする光景が見え「やめろ」と声を出す事しかできなかった。
「公也君、無駄な抵抗はするんじゃない・・・」
男にとらわれている井上が、首を横に振りながら言うがその忠告を無視し公也はフラフラになりながら男にタックルを決めてその場に倒れた。
「・・くそっ、いい加減に」
男は懐に戻していた銃を取り出し、公也に向けて撃とうとしたが、その銃は動くはずのない男によって奪われた。
「ん?」
銃を奪われた事に気付き男はその男の方へ目をやると、ベットに横たわるその男は銃をこちらに向け引き金を引いた。
パァン
乾いた銃声が病室に響き渡り、弾丸を食らった男は頭から血を噴き出しながら宙を舞った。
銃を撃ったのは、なんと勉だった。
勉は、銃をそのまま横に向け、井上の周りを取り囲んでいた男達に向けて引き金を引いた。
人数分の銃声が鳴り響き、銃弾を食らった男達はその場に倒れた。
「・・・なんだぁ?ここはどこだ」
ベットから重い体を起こし、自分の細い腕を見て「なんだ?」と呟く事しかできなかった。
「あ・・・にき?」
ベットの横に倒れる公也はベットから起き上がった勉を見てそう呟き、勉は声のした方に目と銃を突き付けた。
「あにき・・・」
「誰だ?」
自分の事を兄と呼ぶ男に見覚えのない勉。
そして、気付いてもらえない事よりも、目を覚ましてくれた喜びに公也の目からは涙がこぼれ出した。
「よかった・・・ずっと待ってた・・・」
脇腹を抑える手の周りからはジワリと血が滲みだしていた。
「撃たれてるのか?」
「そこは私に任せてもらおう」
そう言って井上が公也の方へ近づいて行き、勉は急に老けた康太の父親に目を疑った。
「えっ・・・オジサン?」
「久しぶりだね・・・お帰り、勉君」
「久しぶり?」
「だが、わからないだろうな・・・10数年間眠り続けてたんだよ・・君は」
「・・・なんだって?」
「そして、ここにいる彼は、君の弟だ」
「・・・公也?」
恐る恐る自分の弟の名前を尋ね、その言葉に公也は力強く頷いて見せた。
その公也の反応に勉は、思わず表情が一度固まったかと思うと引きつった笑みをこぼし始めた。
「ハハッ・・・そんな馬鹿な・・・」
「とりあえず、募る話は後だ。この調子だと第二波が来てもおかしくない。・・・この場所から離れよう。勉君、立てるかい?」
井上の言葉に勉はベットから立ち上がろうとするが、久々に使う筋肉は言う事を効かずその場に立っていられるのがやっとの状態だった。
「俺が・・・俺が支えてやる」
公也はそう言って立ち上がった。
「公也君、まだ治療が・・・」
「かすり傷だ。こんなもん」
井上の心配を強く跳ね返し勉の方を担いだ。
「あ、ありがとうな・・・」
「いいさ、兄貴の中じゃまだ俺は知らない人のままなんだろ」
勉のぎこちない言葉に公也はそう答えた。
「さてと、逃げる方法なんだが・・・」
井上が口を開くがその前に勉が「シッ」と言葉を抑えた。
全員が口を閉じ耳に注意を聞かせると、廊下から足音がこちらに近づいて来ているのがわかった。
「おぃおぃ、どうすんだよ!」
公也の慌てた言葉に「大丈夫」と井上は答え、窓際にある虎の置物の首を右、左と回し始めた。
すると、先ほどまで勉が寝ていたベットのある壁が徐々に横にスライドしていった。
「こんな事もあろうかと作っておいてよかったよ」
井上は何も気にせず開いた壁の奥へと進むが、この部屋にずっといた勉とこの部屋に何度も来ていた公也は恐る恐る井上の後を追って行った。
「公也の兄貴がいる部屋は!?」
「この突き当たりを右!その一番奥の左の部屋だ!」
先ほど三人が耳にしていた足音は橋場と野々村の足音で、二人は勉の部屋と思われる部屋の前で一度止まり、呼吸を整えた。
橋場が扉を開くと同時に野々村が中に突入し、続けて橋場もなだれ込んだ。
二人は銃を構え室内を見渡すが公也も勉の姿もなかった。
あるのは荒らされた室内とスーツ姿の男達の遺体が転がっているだけだった。
「まさか、公也の奴・・・銃を」
「馬鹿な・・あいつに撃てるわけがない。訓練中ですら撃てなかった奴だぞ」
「だよな」
「とにかく、公也の兄貴も姿もない。二人を探そう」
そう言って二人は病室から出ようと外に出ると警察官が防護服を身につけた状態でこちらに銃を向けていた。
「無駄な抵抗はするな!その場に伏せて、武装放棄をしろ」
ピリピリとした緊張感がその場に張りつめ、彼等にその状況を説明しても無駄だと判断した二人は銃をその場に投げすけ両手を上げ両膝をついた。
「取り押さえろ!」
言葉を合図に警察官が一気にこっちになだれ込んできた。
その場に両膝を付く二人だが、一気になだれ込んでくる殺気立った警察官に嫌な汗をかいていた。
そして、決定打をうったのは一人の警察官が抵抗する様子を見せない橋場に一気に近づき、握った拳を顔に目がけて振り降ろした。
「ぐあっ!!」
「橋場!」
突然、殴られて倒れた橋場を見て野々村は、近づいてきた警察官の首元を蹴り飛ばした。
警察官を蹴り飛ばした野々村に対し三人の警察官が飛び付きその場に抑えつけた。
「野々村!」
野々村の上にのしかかる警察官の襟元を掴むと見事な背負い投げで、一瞬の間その場は乱闘状態となった。
だが、人数に押し負けた二人はその場にうつ伏せ状態で取り押さえられた。
「くそっ!お前ら何もわかっちゃいねぇな!俺達は対テロ組織の一員だ!捕まえられる筋合いはねぇぞ」
野々村の言葉に警察官は反応を見せず、その警察官の態度に腹を立てる野々村は未だに抵抗する気満々で体を左右に揺らしていた。
「野々村、止せ・・・後で説明すれば済む話だ」
「くそっ・・・」
橋場に止められ、野々村は大人しくなるが野々村の視界にある物が写り再び体を動かし始めた。
「おぃ、なんだてめぇ等は!!」
「野々村、どうした」
「止めろ!何を考えてやがる!」
「野々村、落ち着けって、何が起きてる」
訳のわからない橋場は首を傾げるが、そんな橋場の頭の上にガチャリと音がなり冷たい鉄の塊が頭皮に当たる感触が伝わり、その瞬間、橋場の体全体に鳥肌が立った。
「止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「そこまでだ。俺達の部下を返してもらおうか」
その言葉に警察官は銃を橋場の頭から離した。
死の恐怖から離れた橋場は目をカッと開き、止まっていた呼吸を荒々しくし始めた。
「橋場、大丈夫か」
「あぁ・・・生きてる」
取り押さえられる二人は、首を上に持ち上げ聞き覚えのある声の方へ目を向けた。
そこには島の姿があった。
「島さん・・・」
島は一度、二人の方へ目を向けたがすぐに視線を警察の方へ向けた。
「筋書きはこうだ。武装した男二人が、鈴木勉の部屋に突入、殺害若しくは拉致の恐れがあり警察官が突入。犯人からの抵抗が強く、已む無く射殺。身元を調べたところ、対テロ組織のメンバーだと判明。同志と井上康太に繋がりがあると疑いが出て、俺達を孤立させると言ったところか」
「・・・・」
島の言葉に警官の一人は顔を俯かせ島から視線をそらした。
「だが、お前等だってわかっているはずだ。お前達の上司が、この国が何かを隠している。それを知る事が出来ない俺達は、命令に従うしかない・・・本当にそれでいいのか?」
「・・・いい訳ないだろ」
警官は悔しさをにじませながら小さな声を零した。
「だったら・・・この状況を打開したいのなら、その銃と彼らの身柄をこちらに渡せ」
島は銃を持つ警官に向かって手を差し出した。
顔を俯かせていた警官は、島の手に一度視線を向け、しばらく悩んだうえで銃を島に渡した。
そして、銃を渡した警官はその手で島の胸を指さした。
「いいか、俺達はあんた等に正義の証を渡したんだ。俺達が腰に差しているお飾りの銃はこの国の平和の象徴だった。だが、俺はあんたにその銃を渡した・・・それは放棄したからじゃない、あんた等に託したんだ・・・頼む、俺達の正義を絶たないでくれ」
「あぁ、これまで繋いできた物をそう簡単に絶やしてなるものか」
病室から抜けだした公也達は、病院の地下空洞に出てボコボコとしたトンネル内を車で走っていた。
「ちゃんと舗装までしておけばよかったな・・・」
車はデコボコとした道を走り、車内はグラグラと揺れる度に怪我をしている公也は顔をしかめ、その様子を窺って荒々しく運転する井上はため息を洩らした。
「公也君、大丈夫かい?」
「大丈夫だ・・それより、どこに向かってるんだ」
「病室には公安、外からはサイレンの音が鳴っていた。恐らく、俺達は保護されるか殺されるか・・・だ。ならば、頼みの綱は一つしかないだろ」
「・・・まさか」
井上と公也の会話についていけない勉は痺れを切らし口を開いた。
「なぁ、頼むから俺にもわかるように説明してくれよ」
「んー、話せば長くなると思うからそれは勉君ともっと親しい人に説明してもらう事にしよう」
「俺に親しい人?」
「あぁ・・・ついたぞ」
井上は車を止め、車から降りた。
車から降りると周りには数人の人間が銃を腰に下ろして立っていた。
「なんだ、こいつ等は・・・」
薄汚れた衣類を何枚にも着重ね銃を持つ男達に勉は顔を強張らせた。
「同志だよ」
公也の言葉に「同志だと!?」と勉は腰に差してあった銃を手に取った。
勉の反応に周りの同志たちも思わず銃を構えた。
「大丈夫だ、勉君。彼等は大丈夫だ」
「大丈夫って・・・こいつ等、同志なんだろ。こいつのせいで祐大が・・」
「勉君、言っただろ。あれから10数年経ってるんだ」
「なんだ、やけに騒がしいな」
騒ぎを聞きつけてか、トンネル内にある扉が開き大柄の男がやってきた。
「少し予定が狂ってね。ちょっと早めに来ちゃったよ」
井上は大柄の男にそう言い、勉はその大柄の男にどこか見覚えがあるが誰かわからないでいた。
「嘘・・・勉?」
大柄の男の後ろに隠れていて見えなかった女性がそう口に出し大柄の男もようやくこちらに目を向け「勉だと?」と呟いた。
「・・・まさか、洋子か?」
見覚えのある顔とその反応に、勉は洋子の存在に気付き大柄の男ももしかしてと思い口に出した。
「それに・・・五十嵐?」
「意識が戻ったのか?」
大柄の男の反応に勉は五十嵐だと理解したが、五十嵐の存在に首を傾げた。
「五十嵐、お前・・・死んだんじゃ・・・」
「その様子だと、まだ何も聞かされていないみたいだな」
「それに・・・どういうことだ?五十嵐に洋子が・・・同志?」
「洋子は違う。だが、俺は今同志の頭をやってる」
「何で・・・お前、同志のやり方を一番嫌ってたじゃないか・・・」
「募る話は後だ・・・まずはここから離れよう。追跡が来るかもしれない」
五十嵐は、そういうと再び扉の中へ入って行き、理解に苦しむ勉に洋子は喜びのあまり思いっきりダイブを決め、抱きしめた。
「勉ーーーーーー!!よかったーーーー、本当に良かった!」
「いだだだだだ!!体が痛い!めっちゃ軋む!」