第二十九話 戦いの終わり
「一気に制圧するぞ!」
康太の掛け声とともに隊員が後に続き、建物内に流れ込んで行った。
「一階クリア!」
康太を先頭に階段を駆け上がり、扉を蹴破り一つ一つ部屋をクリアリングしていく中
「くそぉぉぉぉぉぉぉっ!」
最後の部屋で日本語で悔しがりながら一発の発砲音が鳴り響き誰かが倒れる音が耳に入り、康太達は慌てて中に突入した。
部屋には壊された無線とその横に頭から血を流す敵兵がいた。
康太の部下が彼の状態を確かめるが、首を横に振って見せた。
「おぃ、康太。今の聞いたか・・・」
「あぁ、日本語だった」
敵の亡骸を調べていた部下が「長官!」と声を荒げた。
部下の横に行くと、部下は亡骸の左手首の裏を見せてきた。
彼の手首には昔康太達が付けられていた、忌まわしき発信機が付けられていた。
「プレイヤーです・・・長官」
誰もが信じたくなかった事実が目の前にある。
そんな状況に島も「遂に出たか」と天を煽るように呟いた。
「・・・リアルウォー」
「公表なんて・・・出来る訳ないよな・・・」
キャンプに戻り、島は康太に言った。
「当然だ・・・出来る訳が無い。もっと証拠が必要だ」
「だが、拠点は全部つぶした・・・他に何がある。未だに記者の居所もわかっていない」
「・・・手詰まりか」
肩をうなだれながら康太は深くため息を洩らした。
黙り込む二人に、脇に立っていた長谷川が恐る恐る口を開いた。
「あの・・・この事は、総理に伝えても・・いいんでしょうか?」
「駄目に決まってんだろ・・・そんぐらい、頭を効かせろ」
島の言葉に「はい」と力なく答えた。
「リアルウォーが存在しているとしたら、総理が知らないってのはありなのか?・・・こりゃいよいよ総理も信用出来なくなってきた・・・」
再び黙り込む二人に長谷川は再び口を開いた。
「あの・・・そろそろ定例報告があるんですが、拠点をすべて制圧したという事を伝えるだけでいいですよね?」
「あぁ、そうだな・・・全て制圧した。敵勢力は根絶やしにした・・・戦争が終わった?」
康太の呟きに、二人は実感のないまま終わったのだろうかと思い始めた。
「終わった・・・のか?」
「終わったんですかね?」
「部隊は最小限に抑えられ、後に解散・・・」
「終わり?・・・こんなもんでか?俺達が戦場を歩きまわってた時は、いろんなとこで戦い続けて、終わりなんてなかった」
戸惑いを見せる島、そして、煮え切らない康太を横に長谷川は定例報告の為、キャンプ地を後にした。
無気力になった康太と島は席に腰を降ろし、ジッと上を見つめ続けた。
「これから・・・どうするよ。康太」
「そうだな・・・。まだ戦いは終わっていない、洋子の事もあるしな。だが、ここの戦いは終わりだ」
「終わりか~・・・仲間も随分失った・・・」
「あぁ・・・」
「弔ってやらなきゃな~」
「あぁ・・・」
「でも、その前に・・・戦いが終わったって事をみんなに伝えなきゃな~・・・」
「あぁ・・・そうだな。ここでの戦いは終わったんだ・・」
「終わった・・・」
「・・・楽しむか」
「そうだな」
「まずはこの戦いで勝利した事を全員で喜ぼうじゃねぇか」
「そうだな!全部忘れりゃ、やる事も思い出すだろ!」
島はそういうと、テントにある無線を全回線に繋げ、更にスピーカーにも繋げた。
「きけぇ!お前等!」
島の声がスピーカーに轟き、兵士たちは何事かと空を見上げた。
「ただいまを持って、戦闘終了を宣言する!各自持ち場を離れ、今を楽しめぇ!!」
兵士たちは島の言葉に、初めはどよめきしか聞こえなかったが「終わった」という単語がキャンプ中に聞こえ始め、最終的には歓喜の雄叫びと空に向けて発砲する音が響き渡った。
「久々に良い金の使い方を思いついた」
康太達がいるテント内にも彼等の喜びの声が聞こえてくる中、康太がにやりと笑い携帯を取り出し、どこかに連絡を入れていた。
数時間後、まだ喜び止まぬ間に兵士全員を整列させ、少し怒りに似た表情を見せる康太と島に、兵士たちはやり過ぎた感を否めないので苦笑いしか表情に作る事が出来なかった。
「さて・・・お前等、俺は最初に言ったはずだ・・・何か覚えてるか?」
何を康太は言ったのか思い出せない奴、第二陣としてやってきてそもそも康太の演説を聞いていない奴が入り乱れる中、遠くで軍用ヘリのバタバタとする音だけが全員の耳に届いていた。
「どうやら忘れているみたいだな・・・・だったら、お前等全員の体に身にしみるくらい刻み込んでやる」
軍用ヘリは何かを運搬していたらしく、大きな荷物を康太達のすぐ横に置いた。
「いいか、お前等・・・この戦いが終わったら俺が奢ると言ったはずだ」
兵士全員の頭の上に?マークが浮かび上がったかのように感じ、島は思わず笑いそうになる顔を必死にこらえていた。
「なのに、誰だぁぁ!!軍の支援物資をおかずに酒を飲んでた奴はぁ!!そんな物、今すぐ捨てろぉぉ!!」
康太はハンドガンを抜き、ヘリが置いた荷物の一か所に向けて銃を撃った。
すると、大きな箱は開き始め、中には色々な厨房が揃えられていた。
無事に着陸したヘリからは何人ものシェフが降り立ち、各々の厨房の前に立った。
「出張シェフを頼んでみた!貴様等、和洋中、酒!食いたい物何でも言え!ここでしか食えない物を全部食え!制限時間はこれより明日の明朝まで、以上!今を楽しめ!」
先頭を切って走り出したのは言うまでもなく島で、その後に喜びはしゃぐ兵士が大勢、長官があんなキャラだったかと首を傾げながらも流れに身を任せ、走り出す兵士が若干名。
厨房に向かって走り出した。
「あぁ・・・もぅ食えない・・・あとは若い奴等に任せる・・・」
一番最後に厨房に辿りついた康太は、一番最初に厨房から離れた場所に腰を降ろした。
「長官、お疲れ様です」
そう言って横にやってきたのは二人の若い兵士だった。
そのうちの一人が、水の入ったビンを渡してきた。
「すまない、ありがとう」
康太は水を少し飲み、二人の方に顔を向けた。
「あ、お前達は・・・」
その反応に、二人は悔しそうに笑って見せた。
「ハハッ・・覚えてないですよね。俺達が長官と共に出来たのは最初だけですから」
「覚えてるさ、一度見た顔は忘れない質でな。野々村と橋場だろ」
「あぁ・・・凄い。俺達の事を覚えててくれたんですか」
「なかなか見込みのある狙撃兵と観測兵だからな・・・よく生き残ってくれた」
「えぇ・・・ただ同期の仲間も多く失いました・・・」
「そうか・・・初期のメンバーは大部減ってしまった。俺のミスか・・・」
「それは違います。俺達は皆、訓練までは血がにじむほどやりましたが初戦闘でした・・・誰もが死を覚悟していました」
「だが、多くの仲間を失った」
「でも、無駄死にはしなかった。長官、あなたが先頭を走ってくれたからです」
「止してくれ、俺に総合指揮なんて無理だっただけだ」
「俺達の側にいて常に安心感と信頼感を与えてくれたんです。みんなあなたに感謝してますよ」
「あぁ、そう言ってくれると嬉しいよ」
「長官、知ってますか。人は皆、誰かに憧れを抱くその人の背中を追い続ける。追い続ける背中にまた誰かが憧れを抱くんです。長官にはそういった人はいたんですか?」
「あぁ・・・誰なんだろうな」
想い浮かべると幾人もの顔が浮かび上がり、誰とまでは特定する事は出来なかった。
「そうだな・・・戦場での生き方を教えてくれたのはハセさんだ。だが、俺はまだあの人まではなり切れていない・・・ハァ、それを言うと五十嵐にも憧れを抱いてたのかな~」
絶っ対に無いと思い込んでいた奴の顔が、一番最初に出てきて思わず、ため息を洩らした。
「人は人と共にいる事で心が証明される。・・・俺が一人で塞ぎこもうとしてた時に毎回のように出てきては殴りつけてでも戻そうとするのが、五十嵐だった・・・今、思い返すと腹が立ってきた」
「ハハッ、長官には色々な人がいたんですね」
「そうだな・・・どちらかと言うと憧れよりも助け合いが多かった気がするな。仲間の存在意義が大きかった・・・もちろん、今でもな」
「話は変わりますが、このまま、部隊は解散ですか?」
「あぁ、おそらくこんな大々的な戦闘は今後見られないだろう」
「長官はこの後、どうされるんですか?」
「・・・俺の任務は旧友を探す事だ。まだ俺の戦いは終わってない」
「そうですか・・・何かあれば、微力ではありますが俺達も手伝います。いつでも、呼んで下さい」
「あぁ、もちろんだ。ほら、若造はこんな所でくすぶってるんじゃなくて、向こうで楽しんで来い」
康太の言葉に二人は「はい」と立ち上がり、井上の前に立ち整列した。
「井上長官に敬礼!」
「今までお世話になりました!」
「おぅ!お前達もよく生き残ってくれた。また次も頼む」
足早に立ち去る二人を見送りながら「酔ってきたかな」と何故、苦手な敬礼をし返したのか、首を傾げた。
「言っておくが、部隊が解散してもお前について行くからな」
そう言いながらやってきたのは手に大量の料理を乗せた皿を持った島だった。
「えぇ・・やだよ。おっさん二人って・・・」
「若いハセもいるんだ。別に良いだろ」
「それじゃおっさんが三人だ・・・」
「・・・おぃ、ハセに謝れ」
戦闘が終了した事をテレビの前で報告する長谷川は、最後に特大のくしゃみで幕を下ろし、国民は同志と言う脅威がいなくなったと再び、元の生活に戻ろうとしていた。
だが、同志達に決して深い傷を負わせたわけではないと確信しているのは、康太を含めごくわずかな人だけだった。
寄せ集めの対テロ組織の大部分は元いた軍、自衛隊へと戻り、康太の部下はごく少数の物となった。
「さてと、俺達にとってはこれからが本当の戦いだ。勝利気分を味わいたいのはわかるが、皆、気を引き締めて行動してくれ」
「はい」
「では、解散」
窓のある建物、そして、窓を覗くと多くの建物がある日本に戻ってきた康太達は再び、同志の首謀者を捜索する事に尽力を尽くした。
「康太・・・少し気になったんだが」
そんな中、本部から出た康太に島が声をかけ、康太は「なんだ」と答えた。
「日本の砂漠にはオアシスが存在しない。所謂、死の砂漠だ。作物すら育たん。各拠点にいた傭兵達は食糧確保は出来たと思うが、奴等にはそれと思われる拠点が無い」
「つまり、どこから食料を確保していたか?と言うことか?」
「そうだ。それで思い当たる節がある・・・避難民キャンプだ」
「避難民キャンプ・・・西日本と東日本の境目に点在するある集落か」
「西と東で大量のバリケードがある。人々の行き来を制限する為にな・・・だが、日本国籍を持っている人間であれば、自由に行き来する事が出来る」
「つまり、避難民が同志を手助けしてると?・・・奴等は、創られた戦争・偽りの戦争から逃れるため来た人間だぞ。リアルウォーを心から憎むような人間だぞ。そして、国籍をくれなかった日本人にも」
「背に腹は代えられない。奴等の国籍を利用してるのかもしれない」
「持ちつ持たれつか・・・可能性は捨てきれないな」
「行く価値はあるだろ?」
「あぁ、だが俺達が行く理由は?調査団でいいんじゃないか?」
「いや、実はだな。俺の部下が何度か東側のバリケード付近で身なりは避難民だが日本人を見たそうだ」
「バカな・・・国籍ID狙いの避難民もいるんだぞ。自殺行為だ」
「まぁ、話しは最後まで聞け・・・その日本人は皆、左腕の手首から下が無いそうだ。・・・意味わかるか?」
島の言葉に、嫌な予感が康太の頭によぎった。
「・・・なるほど、調査団に行かせたら報告書が公文として残ってしまう」
「あぁ、それこそこの国に大打撃だ」
「わかった。非公式にやらなければならないって事だな・・・有給取って行くぞ」
「有給か・・・俺ない」
「・・・入院手続きぐらい、俺が作ってやる」
「おっ、話がわかるね」
「何が話しがわかるね、だ」
そう言って二人の前に現れたのはスーツ姿の男だった。
誰かと首を傾げる島を横目に、康太は手を上げて「よぉ」と言った。
「派手に喧嘩した後の怪我は治ったのか?公也」
「あんたに心配される筋合いはない」
公也は常に康太を睨みつけ、康太は相変わらず嫌われている事にため息を洩らした。
「ここに何の用だ?」
「内部査察団だよ。俺の目の前で早速、悪事かよ」
「悪事じゃない。俺達は休暇を無駄にしてまでこれからお国の為に調査しに行くんだ」
「不正な休暇を使ってか?」
「報告したきゃ報告すりゃいい。その前に、調査も終わってる」
「あぁ、報告はさせてもらうよ」
一歩も引かない公也に康太は近づき、公也を見下ろした。
「いいか?俺を恨もうが殺そうがどうでもいい。だがな、この戦いに少しでも介入してみろ。地獄を見るぞ」
「地獄なら等に体験してる。あんたのせいでな」
睨みつける公也を睨みかえしていた康太は「そっか」と表情を戻した。
「ならいい。あぁ、あと長谷川には言うなよ」
そういうと、康太は公也の横を通り過ぎ、その後を追うように島もついて行った。
立ち尽くす公也を後ろから見ながら島は、康太に口を開いた。
「おぃ、あれ誰?・・・なんかめっちゃ殺気立ってたぞ」
「勉の弟だ」
「あいつの・・・弟?若くないか?」
「歳離れてんだ・・・かなり」
歩き続けながら島はへぇ~と呟きながら、康太の後をついて行った。
屋根のない車に乗り込み、風化した建物と砂しかない道を揺られながら移動する島と康太。
そして、島は自分の入院手続きの病状が『水虫』という書類をずっと眺めながら、バリケードの前までやってきた。
見上げるほど大きな鉄の扉。
そして、鉄の壁が地平線の向こうまで続いている風景に二人は思わず息をのんだ。
「凄いな・・・これが東西を分けるゲートか・・・」
「抜け道が一本もない・・・こりゃ凄いな」
定時的にこの扉が左右に開かれ、ゲートの中にある二重の金網でIDチェックを施し、西側へ入る事が出来る。
扉が開く際に、警戒音が鳴り響き、それと同時に地響きを轟かせながら扉が開いた。
金網の中にいる日本人の門番に網膜チェックをし、二人は西側へとやってきた。
先ほどの東側にはかろうじて、劣化した建物が点在していたが、西側はかつて一軒家だったと思われる建物や、小さなテントがあるだけでそれ以外は砂漠以外に何も見当たらなかった。
「康太・・・気を付けろよ」
「あぁ、東側でも感じていたがこっちは明白だ・・・」
うすうす視線を感じていたが、こっちのは視線と共に殺気が二人を強く押しつぶそうとしていた。
ボディチェックで武器は全て回収された。
武器を突き付けられたらひとたまりもない。
だが、二人は構わず真っ直ぐ進み続けた。
「11時の方向、二階に狙撃兵」
「マズイな、3時の方向建物内に二人身を潜めてる」
「物取りかな・・・だったら、いいんだけど」
「フフッ・・物取りだったらいいのにな・・・」
強盗だったら構わないが、二人はこの異様な殺気にここに何かがあると確信を持っていた。
「ん!マズイ!・・・9時の方向!二階!ライフル兵!」
建物の窓枠から二名の銃を持った避難民が銃を突き出し、二人に向けて引き金を引いた。
足元に銃弾が着弾し砂が舞う中、二人は必死に敵のいる建物の下に潜り込んだ。
建物内に入った二人は、すぐさま両手を上げ建物内で銃を構えていた避難民に降参のポーズをして見せた。
「はぁ・・・助かったと思ったんだけどな」
「逆だな・・・追い込まれた」