第二十四話 代理戦争
「それでは経過報告を行おう思います」
一つの部屋に記者が一面に敷き詰められた場所で長谷川は、対テロ部隊の戦果報告を行っていた。
「三日前、同志の潜伏されてると思われる場所を発見し、転々とする拠点を次々と発見。それぞれの場所に部隊を送り現在も戦闘が行われています」
「戦闘が行われている場所はいったいどこなのですか?」
「お答えする事は出来ません」
「そこで暮らしていた人にとっては重要な事だと思うのですが」
「場所を報告する事で、戦局が大きく左右される恐れがあります。場所を報告する事で殉職者が増えた時、あなたは責任を取れますか?遺族にどう責任を取るおつもりですか?」
長谷川の言葉に質問を投げつけた記者は口を閉じた。
「他に質問は?・・・なければ会見を終えようと思いますが」
誰も手を上げようとしない状況で一人の記者が手を上げた。
「こう言った会見は普通、井上指揮官が行うべきだと思うのですが?何故、監査役のあなたが会見を行っているのですか?井上指揮官はどうしたのですか?」
質問の後半部分では、明らかに康太の身の安全を思っているように聞こえた。
「長官は・・・」
答えていいのか迷う長谷川に質問をぶつけた洋子は「はい」と心構えをするように言った。
「・・戦場で指揮を取っています。指揮官が戦場を抜ける訳にはいきません。ですから、私が会見を行っています」
砂漠の荒野を人を載せた数台のトラックが、道なき道を走り荷台に乗る兵士たちは、自分の持つ装備の最終確認をする者、何かに生き残れるように願う者が入り混じっていた。
だが、数名は今、自分の隣、もしくは向かいに座る人物に目を疑い、首をかしげていた。
凸凹道に揺れる荷台の中に康太の姿があったのだ。
「なぁ井上・・・お前、マジで来るのか?」
向かいに座っていた島が、本当にトラックに乗ってきた康太に対し、話しかけた。
「マジも何も、今か引き返し貰うのは悪いからな。それに、総合指揮なんて俺には無理だ」
「お互い歳なんだからよ・・・俺に至っちゃ隠居しても問題無いくらいだし、お前は現場を引いてもいいくらだ」
「ハハッ・・・確かに」
「現場指揮は俺がやるって言うのによ・・・」
「期待してますよ。俺が分隊の指揮をとります」
「お前の無茶を尻拭いするのが俺って事か・・・昔と変わらないな」
島はそう言うと、無線を取り全隊員に繋げた。
「今回の任務は言うまでもない、敵拠点の制圧及び、掃討作戦だ。初陣だ。綺麗に決めよう。敵の潜む集落に侵攻、両翼に展開し、敵を一掃する。ゲリラ戦になる可能性もある。白兵戦にも対応できるようんしておけ」
円形に象られた集落の周りには土嚢が積まれ、建物からの射撃にも何とか耐えられるように設置されている。
中に侵入しだい、敵勢力の無力化などの事細かな作戦について最終確認がされた後、島は「隣に座る奴を見ろ」と無線で伝えた。
『この任務が終わった時、もしかしたら隣の奴は帰る時に姿が無いかもしれない。俺の使命は、その被害を最小限に食い止める事だ。戦場に入れば隙を見せた奴がいの一番に弾丸を浴びる事になる。そんな事にしないためにも、全員の力が必要だ。俺に命を預けてくれ、俺は全力でお前達の命を守ろう。
・・・いいか?俺達でこの戦いを終わらせるんだ!こんな戦い、次の世代に継がせようなんてするな!俺達の代で終結させるんだ!』
島の演説が終わりに差し掛かった時、集落からの攻撃が行われ始めた。
赤い光がトラックに向け放たれ、その光がトラックの傍を通過すると空気を切り裂くような音が彼等の耳に届き、彼らは思わず頭をかがめた。
次々と放たれる弾丸は、トラックの傍に着弾に、砂が何度も飛び跳ねた。
「煙幕弾を張れ!」
島の指示に、トラックからは己の行く先に向けて何発もの煙幕弾が放たれ、周囲は一気に煙で充満し、トラックはその煙幕の中に突っ込んで行った。
『いいか!トラックが止まり次第、トラックを放棄、全員トラックから降り、近場にある遮蔽物に逃げ込め!・・・武運を祈る!』
井上と島の乗るトラックの横で、どうやらトラックの一台が被弾し爆発したらしく、煙の中で炎上するトラックが一瞬見え、衝撃波がトラックを横に揺らした。
「これ以上近づくのは危険だ!全員トラックから降りろ!」
康太の指示に隊員達は、スピードを緩めるトラックから次々と飛び降りた。
全員が飛び降りたのを確認し、康太と島もトラックから飛び降りた。
走るトラックからとい降りた康太は、砂に足を取られ何度も転がり、上も下もわからない状況の中、ようやく止まった。
よたよたと走るトラックは、どうやら運転手がいなくなったからか、もしくは運転手が死んだかわからないが、まっすぐ走る事もなくその場に横転した。
未だに煙幕が張られている所にいる康太達の頭上を弾丸が音を立てて通り過ぎて行く。
「頭を低く!匍匐状態で右前方に見える遮蔽物に進め!」
康太は、近くにうっすらと見える土嚢を確認し後ろにいる隊員達に伝えた。
銃を持った状態で砂の上を這い、弾丸が上を通るたびに頭を屈めながら、康太や隊員達は土嚢と砂の下に開いた道に飛び込んだ。
ようやく弾丸をしのげる場所に到達し、一息つく康太。
「まるでノルマンディだ・・・」
「まぁ実際に体験した事が無いから、わからないけど・・・トーチカが無い分マシだろうよ」
康太の横に着いた兵士が今の現状を第二次大戦で行われた戦いに言い表すが康太はそれを否定した。
「井上!俺達が先行する!お前達は目の前にある建物に制圧射撃をしてくれ!」
遠くの穴場に潜む島が康太に言い、康太は「了解」と答えた。
「弾幕と煙幕弾を張れ!」
康太が土嚢から頭を出し、銃を建物に向け引き金を引くのを合図に康太の周りにいた隊員達も続いて銃を構えた。
土で出来た建物には、銃弾の跡と土煙が充満し始めた。
「行くぞ!俺に続け」
島の言葉を合図に隊員達は、土嚢から飛び出し次の穴場まで走った。
砂の地面には多量の弾が着弾し、砂が飛び跳ねる。
隊員達は、なるべく同じ方向には進まないようにジグザグに走り、土嚢や穴場へと飛び込んだ。
飛び込むと同時に、中に敵がいないかクリアリングを行い、島はベニヤ板を挟んで聞き覚えのない言葉を耳にし、壁に向かって銃弾を撃ち込んだ。
壁の向こうからは、人の悲鳴が上がり、壁を蹴り破り後に続いた隊員達が下に倒れる敵に止めを刺した。
「くそっ・・・やはり、傭兵か・・・」
島達が攻め込んだ場所は、どうやら第一線の作戦本部だったらしく、かなり開けた場所だった。
隊員達は、他に敵がいないか辺りをクリアリングし「クリア」という言葉を何度か耳にした。
「よし、一つ目の作戦室制圧完了。向こうで制圧射撃をしてくれた戦場の神様をこっちに引き入れるぞ!・・・・ここに特殊部隊班はいるか」
島の問いかけに、隊員達の中から三人が「ここに!」と手を上げ、島に近づいた。
「いいか、俺達がここから建物の高台に向けて威嚇射撃を行う。その間に建物内に侵入、奴等を無力化しろ。銃はなるべく使うな、ナイフで対処しろ」
「了解」
三人は島にそう言うと、その場から立ち去った。
「井上、俺達が威嚇射撃を行う。その隙にこっちまで走れ!」
『わかった。・・・総員、俺に続け!』
島達の威嚇射撃を合図に、特殊部隊と康太達が動き出した。
康太が島と合流し、特殊部隊が目の前にそびえ立つ建物にいた敵を無力化してからしばらく経つと戦況が段々とわかり始めた。
全部隊が、ほぼ集落を包囲、島の一声で一気に集落に侵入できるようになっていた。
「よし、両翼から部隊を前進させ、一気に終わらせるぞ」
敵の作戦部屋に自分達の作戦本部を構えた島が、周りに待機する隊員達に無線でそう伝えた。
「俺も行く」
「わ~かってるよ。俺達のいる場所を正面とし、三方向から攻め込み、逃げ道を一つに絞る。逃げてきた奴等を捕える」
「・・・島」
「なんだ」
「ここに来るまでに、日本語を話す奴はいたか?」
「・・・いや、いない。他に奴にも聞いてみたが、やはり誰もいないみたいだ。全員が口を合わせてこう言ってくるんだ。『まるで他の国に攻め込んでいるみたいだ』ってな」
「まぁ予想はしたけどな・・・正直俺もそう思った」
「だが、ここまで日本人がいないとな・・・・お前の考えが当たってるかもしれないな」
「あぁ・・・もしかしたら、俺達はまた踊らされてるのかもしれない」
「・・・代理戦争か」
康太と島の頭の中では、あの忌々しい記憶が蘇ってくる。
「まぁいい。その話は後だ・・・被害状況は?」
「芳しくないな。被害は最小限に抑えるつもりだったんだが・・・音信が途絶えた奴等もいる」
「・・・そうか、日が暮れる前に、さっさと終わらせるぞ」
「そうだな。お前の言う通りだ・・・」
島はそう言うと無線を取り、侵攻開始の合図を出した。
『これより、本格的に掃討作戦を開始する。現場指揮は島大助が取る!随時、報告を怠るな。戦況に合わせて、対応するんだ』
隊員達は、集落に侵攻を始め、その中に混じり康太も集落へと進行していった。
「島!対空砲の無力化に成功した!・・・航空支援を要請する」
『わかった。だが、航空支援までは時間がかかる。それまで持ちこたえてくれ』
「了解」
康太の横には、対空砲が設置された建物があるが、康太の率いる部隊にはこれを破壊できる装備が無かった。
「いいか!おそらく敵は、ここを取り戻そうと全力で向かってくる。航空支援が来るまで持ちこたえるんだ。前線を張り、そこで持ちこたえるぞ!」
「おぅ!」
隊員達は、各々の持ち場に着き、日が傾き始め建物がオレンジ色に輝くのを目にしていた。
「狙撃兵!観測兵!」
「ここに!」
康太の声に二人が康太の元に駆け寄ってきた。
「あそこに見える高台がわかるか?」
康太は前線の後ろにある背の高い建物を指差し「はい」と二人は答えた。
「あそこにから敵の位置を把握し、俺達に伝えろ。俺達を狙っているスナイパーがいたら、そいつ等を撃て。いいか、場所を悟られないように、突撃兵や複数で行動している奴等は撃つな。俺達で対処する」
「了解」
二人は、そのまま康太達から離れ、離れた場所にある高台へと入って行った。
『12時の方角、敵影確認。2時の方角、敵影確認。数は一小隊』
観測兵からの無線を聞き、隊員達は手に持つ銃を握り直した。
「おそらく正面からの威嚇射撃に乗じて、側面から襲いかかって来るつもりだろう。側面にクレイモア地雷を設置しておけ」
康太の言葉に全員が思わず絶句した。
「・・・どうした」
「長官、日本では対人地雷の使用が禁じられています」
「そんな下らない法律を守って、自分の命を守れるのか、他人の命を守れるのか」
「それは・・・」
「いいか・・・ここはもぅ日本じゃない。ただの砂漠だ」
康太の指示に一応は装備の一つとして持たされていた地雷を手に取るが、設置に戸惑う兵士達。
観測兵からは、側面に侵攻する敵との距離を伝える声が聞こえてくる。
「憲法9条が無くなった今!そんな条約が効くとでも思っているのか!」
「・・・くそっ」
戸惑いを見せていた兵士たちは、上からの指示に従い対人地雷を設置し、元の持ち場へとついた。
「よし、いいか!奴等に地雷を踏ませるな!その前に倒すんだ。戦闘が終わり次第、対人地雷は爆破処理を行う・・・地雷はあくまでも保険だ。使わせるんじゃねぇぞ!」
正面から近づく敵の姿に「撃てぇ」と康太は指示を出し、部下はそれに従い引き金を引いた。
『狙撃兵!11時の方向、茶色いレンガ状の建物の屋根からスコープの反射光のようなものが見えた。確認してくれ』
康太の声に、狙撃兵は急ぎ言われた方向を確認すると、敵のスナイパーを黙認する事が出来た。
狙撃兵は急ぎ、敵に標準を合わせ、敵の無力化に成功し「狙撃兵、排除完了」と伝えた。
「よし、流石だ」
康太は狙撃兵に短く伝えると無線を切り、現場の指揮に戻った。
「凄い・・・さすがは英雄だ」
本来、観測兵と狙撃兵が行う仕事ですらやってのける康太に観測兵はそう呟き、狙撃兵も「あぁ」と答えた。
その時、後ろで何やら物音が聞こえ、二人はライフルを構え後ろを振り向くが、そこには誰もいなかった。
だが、誰もいなかったがある紙袋が一つ置かれていた。
その後、航空支援を受け、上空を味方のヘリが巡回する頃には、戦況は終盤を迎えていた。
「おぅ、井上。お前のお陰かな・・・かなりのテンポで良い様に転がっている」
本部へと戻ってきた康太に島はそう言うが、康太は首を横に振った。
「いや・・・良い方向ではないな」
「?・・・どうしてだ」
「後でわかると思うが、死体の数が少ない。・・・俺達の防衛ラインで確認された死体の数は10にも満たなかった」
「俺達のヘリの音で、逃げ出したんじゃないのか?」
「それだけじゃない。俺が保険として置いておいた地雷に奴等は一つとして触れなかった・・・何かあるはずだ」
「ふむ・・・俺達をここにおびき出し、何かの目的を果たした。そう言いたいのか?」
「・・・考えすぎかもな」
「わからん。・・・ただ、まだ戦況は終盤だっていうのに、俺が感じた違和感は、銃声が一つも上がっていないんだ・・まるでここにはもぅ敵がいないと言うみたいにな」
「誰もいないってのは、良い事だがそれじゃあまりにも出来過ぎてるって事か?」
「その通り。・・・普通、退くにしても一人や二人、逃げ遅れても良いくらいだと言うのにな」
黙り込む二人の部屋に「入ります!」そう言って二人の兵士が入ってきた。
「狙撃兵の野々村です」
「同じく、観測兵の橋場です。先ほどの敵の捕捉、見事でございました」
背筋から手先までピンと伸ばし、敬礼する二人
「いい、敬礼なんていらない、楽にしろ。・・・で?何の用だ。まさかそんな下らない事を報告しに来たんじゃないだろうな」
「いえ、決してそんな事は・・」
「井上指揮官当ての小包をお届けに参りました」
そう言うと衣良は、後ろに持っていた大きな茶封筒を康太に手渡した。
「なんだこりゃ?」
「お届けに時間がかかってしまったのは、中に危険物が混入していないかを確認していました。申し訳ないです」
野々村の言葉に首をかしげる康太
「危険物?・・・政府から送られてきたものじゃ無いのか?」
「いえ、先ほどの戦場で我々が付いていた持ち場に置かれていた物です。中身は無線機のようです」
封筒には『親愛なる戦友、井上康太へ』と書かれていた。
そして、封筒の中には何とも懐かしいと思えるような古い無線機が入っていた。
「・・・周波数が合わされていないみたいだな」
「あの、それに関してはこちらの手紙に・・・」
橋場の持っている白い封筒を開くと一枚の手紙が入っていた。
『俺達のチームの共通周波数は?』
手書きで書かれた手紙の筆跡に見覚えのある康太は、その場に同志の首謀者が誰なのか知らない兵士が二人もいると言うのに、そんな事はお構いなしに急ぎ周波数の絞りを調節し始めた。
「おぃ、井上。どうした」
「あの戦場に五十嵐がいた・・・間違いない」
「五十嵐だと・・・」
青ざめる島と康太を見て、訳がわからんと顔を見合わせ肩を竦ませる二人。
康太が無線を繋ぎ、向こうからの応答を待った。
『・・・よぉ、そこにいるのは俺の古い戦友かな?』
無線からは、懐かしい声が聞こえてきた。
「そうみたいだな」
『さすがは、お前の陣頭指揮だ。予定よりも早く、お前とコンタクトを取る事が出来た』
「つまり、ここまでの流れはお前の読み通りって事か・・・」
『・・・まぁな。だが、防衛作戦も一応は含まれていた。なるべく犠牲を出したくはなかったが、残念だ。お前を敵に回すと辛い物があるな』
「それはお互い様だ。・・・それで、こんな無線機一つを届けるためにあんな戦いをやってのけて、一体何の用だ?」
『まぁそう硬くなるな。俺とお前を結ぶ唯一のホットラインだ。丁重に扱ってくれよ』
「あぁ、そうさせて貰うよ」
そこまでのやり取りで、橋場と野々村は大方の予想がつき、そんな中、康太は敵の首謀者の名前を呟いた。
「久しぶりだな・・・・五十嵐」