第十九話 命をかけろ
北海道で一番大きな、一番有名な駅で同志達と矢吹達が戦っていた日と同日。
東北に首都を移動した都市の駅でもテロが起こっていた。
駅全体を映し出すカメラには日常を過ごす人々が駅の周りを行き来する中、駅の入り口や全面ガラス張りの窓をブチ破る程の炎の塊が吹き出した。
音声は入らないが、爆風でカメラが揺れ、映像が乱れた。
しばらくして、映像が復帰するとそこには荒れ果て、土煙が舞う廃れた駅が映し出された。
人口が密集する二か所の駅で同志の活動により、死者行方不明者が続出した。
人々は同志の再臨により恐怖を覚えながらも、特殊部隊の活動や政府の対抗するかのような発言に、同志に対する恐怖は次第に怒りへと変わりつつあった。
「この犠牲の上に私達は、立ち上がらなければならない。同志に屈せず、混乱させようとする彼等を滅しなければならないのです!
我が国は、これまで平和の象徴とされてきた。平和な国でこんな大参事を二度と起こしてはならない。取り戻すのです!平和の象徴を!私達の国を!」
これまで発言力で国を動かす力もなかった総理の言葉に、国民はまるで何かに縋るかのように耳を傾け、総理の言葉に歓声がわき上がった。
そんな映像をテレビで放送し、テレビで見ていた国民の目にも闘志に近い物が芽生えた。
だが、その映像に目をそむける者もいた。
その中の一人が矢吹だった。
リアルウォーが存在しているかと言う問題はまるで無かったかのようにされた事に腹を立てていた。
「くそっ・・・よく言うぜ・・・」
「そぉ不貞腐れるな。ここまではお前の読み通りだったんだ・・・当たってる事を少しは誇れよ」
「冗談じゃない。あの演説をしてる総理が心のどこかでほくそ笑んでると思うと腹が立つね」
テロが起こってから二日がたった。
そして、俺達が特殊部隊を演じて二日経過した。
人がいなくなった駅で矢吹達は未だに警備を続けている。
「・・・しっかし、偽物の同志が出てきたって言うのに、本物の奴等は何やってんのかな?」
駅のホームに立つマイクは矢吹に問いかけた。
「さぁな・・・もしかしたら、本物なんていないのかもしれないぜ。これは俺達がやった訳じゃないっていう声明だって出てないんだ」
「じゃぁなんだ。電波塔を破壊したのも奴等の手先だってのか?」
マイクは小さなテレビに映る総理大臣を顎でさした。
「・・・わからん。・・・それより、知ってるか?同志のテープに映ってる人間なんだけど、あいつが一体誰なのか、ネットじゃ結構騒がれてるんだぜ?」
「インターネットの情報は嘘もあるからな。俺には見分けがつかん」
「あぁ、俺もだ。・・・ただ、危険思想の持ち主や革命家、危険人物との顔の特定は出来ないらしい。普通、奴等の手先なら、該当データぐらい偽装しそうじゃないか?」
「つまり、本物が存在すると・・・」
「・・・それだけじゃない。俺達のような一般人のデーターベースに侵入した人間も、該当データが無いって言ってる」
「はぁ?俺達の顔を?写真を取られた覚えはないぞ?」
「・・・運転免許証持ってないのか?学生なら学生書だってあるだろ」
「でもよ。個人情報は管理するという同意書にサインしたぞ、俺は」
「同意書なんてただの紙切れだ。むやみやたらに悪用しなければ、流出した事になんて、誰も気づかない」
「・・・まぁ、いいだろ。ただ、それでも該当しないってのはどういう事だよ。この国の人間じゃないのか?」
「さぁな。偽りの戦争時にこっちにやってきた避難民の中には戸籍を持たない人間も多くいる・・・もしくは死んだ人間」
「避難民か・・・西日本にまだいるのか?」
「しらね。・・・んでもって、ネットじゃこの写真が出回ってる」
矢吹は一枚の写真を取り出し、マイクに渡した。
その写真には迷彩服に身を包んだ六人の若い兵士が一列に並び立っていた。
「右端に映ってる男」
「ん?」
右端に視線を向けるとそこには一際大きな兵士が狙撃銃を肩に背負い、大きな存在感を見せているが、矢吹に言われるまで全く気付かなかった。
「ん?・・・誰だ?それに画質が粗いな」
「その男の写真がこれしかないんだよ・・・ウォーゲームでチーム申請をする時に撮られる写真だ」
「で?一体誰なんだ?」
「・・・上に書いてあるチーム名見てみろよ」
チーム名の所に書かれてある文字を見て、マイクは思わず「なっ!」と信じられぬと言った感じの声を上げた。
『チーム1』
チーム名の所にはそう書かれてあった。
「・・・まさか、五十嵐って訳じゃないよな?」
「そのまさかだよ・・・頬の骨や、鼻の位置。ほとんどが共通していた」
「冗談だろ。奴は死んだ」
「けど、データベースに該当しない条件のすべてを持ち得てる。避難民である、死んだ人間である」
「・・・フッ、馬鹿げてる。・・・さすがネットだよ・・ありもしない事で盛り上がる」
「・・・まぁな」
コンクリートがむき出しになり、荒れ果てた場所を警戒する二人だが、特にする事もなく、マイクは立ち上がり、背伸びをして見せた。
「んんっ・・・あぁ~しかし、何事もないのが一番だが、こうじっとしてると暇でしょうがないな」
「まぁな・・・じゃぁ暇つぶしに心理学で一つ面白い事を教えてやろうか?」
「おっなんだ?」
「人との会話中に、肩をもんだり背伸びをする動作って無意識にやってると思うかもしれないが、実は違うのを知ってるか?」
「ほぉ・・しらん」
「まぁ大体の原因は、話がつまらないとかなんだけどな。・・・まぁそれも一つの要因なんだけど、話の話題を変えたい時にやるものなんだ」
「・・・なるほど。つまり、俺が話の話題を変えたいと思っていると言いたいのか?」
「その通り。何か面白い話題でもあるのか?」
「よし、ならば言ってやろう。・・・トイレだ」
「あぁその場から離れたい時の動作も同じだって言っておけばよかったな」
「そんじゃ、行ってくるわ」
マイクはそう言うと、その場からそそくさと立ち去った。
「あの野郎・・・やりやがった」
「やっぱり、事実なのか」
「事実も何もあるか・・・矢吹・・・奴が張本人だよ」
浅野が荷台に乗る車の中で、マイクと浅野がパソコンの画面を覗き込みながら話していた。
「ハハッ・・面白い奴だって思ってはいたが、ここまでやるとはな」
「笑ってる場合かよ。これじゃ奴の命が危ない」
「はぁ・・・浅野とは思えない発言だな」
「別にいいだろ。これが俺の生き方なんだ」
「しっかし、奴はどうやってこの情報を手に入れたんだ?」
「・・・まぁ本人に聞くのが一番手っ取り早いだろ。もぅいつでも来いって感じだしな」
「はぁ?」
首を傾げるマイクに浅野は全員の位置を示すパソコン画面を指さした。
マイクがそこに目をやると、自分と浅野のいる位置に点が2つあるはずだが、点は3つあった。
「・・・・」
マイクは銃を構え、荷台の扉を開けた。
真正面に立つ矢吹は、銃を構えるマイクの姿に動揺すらせず、手を上げて見せた。
「さっきの心理学で、もう一つ言うのを忘れてた事があったんだ。話題を変えたい時、その場を離れたい時・・・そして、その話題に触れて欲しくない時だ」
「・・じゃぁお前が何の躊躇もなく手を上げたのは、俺が撃たないという確証があるからか?」
「いや、お前の頭を狙撃兵が狙っているからだ」
建物の上から光るスコープの光にマイクは銃を降ろした。
「仲悪いんじゃなかったのかよ。お前等は・・・」
「仲は悪いかもしれないが、仲間である事はかわりない」
「・・・まぁいい。何か用があって来たんだろ?」
「俺も仲間に入れて欲しい。トラックの中に入れてくれないか?」
矢吹の言葉にマイクは浅野の方を見るが、浅野は入れてやれと頷いて見せた。
「わかった。・・・入れ」
マイクが顎で矢吹に入るよう誘導し、矢吹がトラックに入るのと同時に扉が閉まった。
「・・・ふぅ、いつから俺がこいつと繋がりがあると知った?」
「さっきだ・・トイレに行くと言っておきながらかなり焦っているようだったから、後を付けた。そしたら、トイレじゃなくトラックに入るのを見た」
「・・・なるほどね」
「それに、気付いて欲しかったんじゃないか?・・・なぁ?浅野」
矢吹はマイクの後ろに立つ浅野の方に顔を向け、問いかけた。
「・・・今、共通無線は開いてるか?」
「あ?・・あぁ、俺の仲間にも会話くらいは聞かせてやらないとな」
「なら、今すぐ閉じる事をお勧めする」
「なんで?」
「これを使うからだ」
浅野はポケットから小さな機械を取り出し、それを見た矢吹は急ぎ無線を切ろうとした。
スイッチを押すと同時に、青白い閃光が機械から放たれ、切れなかった矢吹の頭に強い耳鳴りが響いた。
「がぁ!」
すぐに体内無線を切る事に成功したが、一瞬のめまいが命取りになった。
気が付けば、マイクが矢吹をうつ伏せに取り押さえ、後ろから銃を突き付けられた。
「・・・小型電子パルスかよ。そんな物、なんで持ち歩いてんだ」
「時間が無い。手短に話す」
「・・・」
「お前は俺に同志が存在するのかを聞きたかったんだろ?答えを教えてやろう。・・・同志は存在する・・・そして、首謀者はおそらくお前の言っている人物だ」
浅野から聞きたかった言葉だが、やはり自分の中でも信じられず、思わず言葉を失ってしまった。
「そして、今回の一件はプレイヤーに同志が存在しない事を示そうとした騒動だ。だが、そんな中、お前は同志の存在を確実視していた。・・・その訳を知りたい。誰から奴の存在を知った」
「・・・」
「安心しろ。何のために危険覚悟で電子パルスを開いたと思っている。・・・それを上司に報告するつもりはない・・・俺は浅野じゃないからな」
「はぁ?」
「いずれわかる。今は俺を信頼して、答えて欲しい・・・答えなかったら、今ここで死ぬだけだ」
浅野は銃を取り出し、矢吹の額に押し当てて言った。
「・・・偶然だよ。井上康太と鈴木勉の弟の会話を聞いたんだ。その時に同志の首謀者の話を聞いた」
「そうか・・・じゃぁもう一つ。何故、ネットに流した。お前は同志を悪の存在にしたくなかったんじゃないのか?・・・何故わざわざ、プレイヤーを煽るような態度をとった」
「そんなの簡単だ。同志は俺達を煽るように仕向けた。だが、それをお前達は止めた・・・同志は俺達が暴れる事で混乱を求めていた。
その間に何をしようとしていたのかは知らないが、表立った動きがお前達のせいで取れなくなってしまった。だったら、第三者である俺達がやるしかないだろ」
「・・・同志になるつもりか」
「俺一人が暴れようが、実力がないんだ。なるつもりなんて毛ほどもないね・・・だったら、裏で同志を募る手助けをした方がマシだ」
「なるほど・・・俺よりも危険人物だ」
「あんたが?危険人物?」
「俺もお前と同じだ。・・・同志を募ってる」
「はぁ?」
「俺は一期のプレイヤーだ」
「馬鹿な・・」
「俺もあいつ等と共に砂漠で戦っていた」
「そんな奴が何で浅野なんかに・・・」
「・・・全プレイヤーが解放されたとでも思ったか?全プレイヤーが普段通りの生活を送れたと思っているのか?俺はその中の一人だ。政府の管轄内にいる」
「管轄内・・・」
「そんな奴が同志を募るのはおかしいか?・・・なんでだろうな・・・罪滅ぼしなのかな」
「罪滅ぼしか・・・」
「俺もあの映像の男は五十嵐だと思ってる。あいつが好き好んで混乱を招く訳が無い。だから、俺はあいつの使用としている事を手助けするだけだ」
「なんで、俺にそんな事を教えた」
「答えは単純だ。手を組みたい」
「無理だ」
「そうか・・・ならいい」
「・・・同志を募ると言っていたな?いつだ?」
「何の事だ?」
「いつ募った奴等を活動させるつもりだ」
「・・・今日だ」
「ここでか・・・」
「そうだ」
「なるほど・・・そいつ等はここで死ぬ事になるな」
「・・・そうなるな」
「捨て駒扱いか・・・」
「俺の募った人間は、武器もろくに扱えない連中だ。捨て駒以外に使い道が無い」
浅野は腕時計を見て「時間だ」と呟いた。
すると、静かだった車内は各ポジションに配備されている特殊部隊からの無線連絡の声が行き交い始めた。
その無線内容は、駅前広場に一般市民が集結し始めているという情報が、浅野に向けて飛ばされていた。
浅野と連絡がつかなかった特殊部隊の連中は、各々の判断で、駅前に人員を配置してた。
「すまない、無線が混乱して、連絡が遅れた。君達の判断に感謝する」
『ようやく繋がったよ・・どうする?』
「状況は」
『奴等は、武力行使を止めるように訴えてきやがる。俺達がこいつ等を撃てない事をいい様に使いやがって・・・』
「そうか・・・」
浅野は抑えつけられている矢吹の前に銃を置き、マイクに矢吹の拘束を解くように指示した。
「この後、奴等を同志と判断する。最初の引き金はお前が引け」
「・・・・結局俺も捨て駒か」
「あぁ、浅野ってのは大体はそう言う奴らしかいない」
矢吹は、下に落ちている銃を拾い立ち上がった。
「最初の引き金を引くだけでいいんだろ?」
「・・・あぁ、お前が一般市民を撃つ事で特殊部隊は解散となる。そして、お前達にはまたリアルウォーが待っている」
「わかった」
「・・・意外だな。リアルウォーという言葉を聴いて少しも態度に出ないとは」
「俺が怖じ気づくとでも思ったのか?・・・楽勝だね。一発とは言わない、何発でも撃ってやるよ」
矢吹はそう言うと、狭い車内から出て行った。
『矢吹、無事だったか』
「あぁ問題ない」
『山城は駅前広場に向かわせた。どうする?』
「俺達も駅前広場に向かう。お前は山城と合流しろ」
『わかった』
「我々は!彼等の武力行使に断固反対する!」
「「反対する!」」
「彼等の行為を許すな!」
「「許すな!」」
「目には目を!そんな事では新たな憎しみを生むだけだ!彼等の行為を許すな!」
駅前広場に集合した市民は、包囲する俺達に向けて言葉で攻撃し続けていた。
なすすべもない特殊部隊達にとっては、害をなす害虫を無言のまま見守る事しかできない事に心底腹を立てていた。
「くそっ・・・いい気になりやがって」
「いいねぇ、その感情をそのままキープしておけ」
小さく愚痴を呟いていた兵士の肩を叩きながら、矢吹は包囲する部隊の連中達から一歩前に出た。
一歩前に出てきた矢吹に一般人も気付き、視線を矢吹に向けた。
「我々は貴様等のように権力を行使し、殺しをを正当化するのを許さない!」
集団の中でリーダー格を見せる男が、視線を矢吹の方に向けながらそう言ってきた。
「これは警告だ。今すぐ解散しろ」
「俺達の平穏な生活を奪うな!」
「「奪うな!」」
彼の言葉に助長され、判断能力が疎かになる集団に対し、矢吹は銃を上に向けて発砲した。
バァン
一発の銃声が駅前広場に木霊し、彼等から一時的に言葉を奪った。
「お前達は何かを勘違いしているようだ。俺達は警察ではない。自衛隊でもない。自衛軍でも決してない。俺達の任務は同志の完全なる排除だ」
「い、一般人に銃を発砲する彼等を許すな!」
リーダー格の男はなんとか元の雰囲気を保とうとするが、銃声を聞いた他の連中は、怯えや恐怖が見え始め、声に張りが無くなって来た。
「これ以上、俺達に対し言葉による攻撃を繰り返すというのであれば、俺達は貴様等を同志とみなし、武力行使を開始する」
矢吹の発言に、彼等の中からはざわつきが見え始めた。
「・・・力による圧力に屈するな!」
拳を高々と上げ、声を張り上げるリーダー格の男に向け、矢吹は銃を構え、引き金を引いた。
彼の被っていた安全第一と書かれた黄色いヘルメットが宙に浮いた。
安全第一と書かれたヘルメットを被っていた男は思わずその場に腰をつき、反抗する意思を全て奪われた。
「これは警告だ。今すぐ、解散しろ」
無線からは浅野から彼等を同志とみなすとの連絡が部隊の全員に届いた。
矢吹が手をゆっくりとそして高々と上げる。同時に部隊の連中は、彼等に向けて銃を構えた。
身動き一つ取れない彼等に対し、矢吹は勝ったと言わんばかりに覆面に下からでもわかるようにニヤリと笑って見せた。
「次に発言する奴は、命をかけろ」