第十五話 重なり始める運命の歯車
『た、倒れました。電波塔が音を立てながら大きく、横に倒れました!』
何の前触れもなく倒れた電波塔にアナウンサー達は台本なしのセリフをカメラの前で喋り、矢吹達、視聴者は再び同志が登場した事に恐怖と鳥肌が立った。
いや、この時はまだ誰も実感は持てていなかったかもしれない。
あまりに突然の出来事で、何かの映画か?と現実から矢吹も逃げていた。
倒れる事を期待していた永も実際に電波塔が崩れるのを目の当たりにし、恐怖を和らげるために矢吹の手を強く握りしめていた。
「マジかよ・・・」
再び同志がこの国に現れる。
そう思うと、この街も危険だと感じ始めた。
何故ならこの街は人通りが多い。そして、小さなガンズショップが転々とし、俺達のようなプレイヤーが恐らくどこかに・・・
「荒れるぞ・・・この街は・・・」
数十年前の出来事だ。
以前、被害に遭った人間だって、少なからずいる。
そして、この街は祭りの時期が重なり、大規模な無差別殺傷が行われた。
中心街のビルに設置された大型ビジョンに映し出される電波塔崩壊の映像。
それを見て、恐怖のあまり頭を抱え叫び出す人間。
それをきっかけに、逃げ出す人々。
中心街は理性を失った人達でごった返し、立ち止まる人間を突き飛ばし、怪我人が大量に出た。
大型ビジョンに映し出される映像を食い入るように見ている人間。
ただ立ち止まり、逃げまどう人間の肩がぶつかりながらもただ立ち止まる人間は少なからずいた。
そして、彼等は自分達と同じ人間がいると気付き、互いに目を合わせる。
雰囲気で分かる。知らない人間だが、俺達と同じ空気を持った人間だ。
プレイヤーだ・・・
互いにその事に気付くも、どちらも動けない。
決して目を離さず、相手の出方を窺う。
俺を殺すつもりか・・・それとも、同志になり下がるつもりか・・・体は動かずとも思考がフル回転する。
そして、導き出した答えは・・・やられる前にやる!
懐から取り出した銃を敵に向け、それに気付いた敵も懐から銃を取り出した。
「「あぁぁああぁああああ!!」」
何も遮蔽物がない場所。
どこを撃たれてもおかしくない。
だから彼等は人ごみの中、自分の命欲しさに一般人など関係無く、発砲を繰り返した。
逃げまどう人々に流れ弾が辺り、辺りは一変した。
互いに避けながら銃を乱射し続け、弾が霞める音、足元に着弾する音に身の毛がよだつ。
ビルの隙間に飛び込み、一段落するが、混乱を極めたこの街に安全な場所などなかった。
乱れた息を整えながら彼等は、銃を懐に戻し、逃げまどう人々に紛れながらその場から去った。
「お兄ちゃん、どこかに行くの?」
「あぁ、着替えとか一式そろえるんだ。準備出来たら兄ちゃん、タクシー呼ぶから」
「どこ行くの?」
とりあえず金と服を鞄に詰め込み、矢吹はボケっと突っ立っている永を脇にどけて、永の荷物も準備し始めようとしたが、さすがにそれは永が止めに入った。
「待って、待ってお兄ちゃん!身支度は自分でするから」
そりゃそうだ。思春期に入った女性が、男に箪笥の中を荒らされるのを黙って見ている訳がなかった。
「おぉ・・そっか・・じゃぁ俺はタクシー呼んでくるから。永は準備しておけ」
「うん・・・」
頬を薄い赤色で染める妹の頭を撫でながら、矢吹は下の階へと降りて行った。
街中で騒ぎが拡大する中、一人のプレイヤーは、人気のない路地に逃げ込んでいた。
「はぁ・・・はぁ・・・くそっ」
真夏にも関わらず懐に隠し持っている物を隠す為、体を覆い隠すコートを羽織り、ただでさえ汗がにじみ出すというのに、走ったお陰で体中、汗が垂れた。
弾を乱射し過ぎ残弾数が少なく、残りの弾数を確認した。
「残り少ない・・・」
乱れる息を整える中、人気のない路地で砂を踏む、音が聞こえ、男は目をやった。
「誰だ!」
先ほどまで誰もいなかった場所に、黒いスーツを着込んだ男が一人立ち、ポケットから一枚の紙を取り出した。
《体内無線をオフにしろ 電子妨害を開く》
紙にはそう書かれていて、男は同じ側の人間だと気付き、銃を構えた。
「・・・俺を殺しに来たのか」
スーツの男は、再び紙を一枚取り出し、男に見せるようにした。
《俺は敵ではない 次は警告なしで電子妨害を開く》
「・・・・」
男は銃を降ろす事無く、従うように体内無線をオフにした。
それを確認したスーツの男は、胸ポケットからスイッチを取り出し、ボタンを押した。
その瞬間、青白い光が一瞬、同心円状に広がった。
「効果は3分間だ。手短に話す」
「・・・まさか、貴様・・・同志か」
「・・・いや、違う。プレイヤーを管理する者だ」
「浅野・・・」
「そうだ。貴様が発砲した事はこちらも確認した」
「・・・っ」
「お前の家族だけではない。チームの仲間の今は命の危険がある」
「俺のせいじゃない。向こうが先に撃って来たんだ・・・」
「だったら、そのまま撃たれて死ねば、良かったんだ」
感情なく話し続けていた浅野だが、この時、初めて怒りのような感情をむき出しにした。
その威圧感に男は口を開けなかった。
「お陰さまで、お前はある任務に就くことになった」
「任務・・・?」
「お前のように、この状況下で発砲した人間の数は、かなりいる。そいつ等を全てかき集める」
「おぃ、待て」
「何だ」
「予想してたのか・・・この状況を・・・電波塔を破壊したのもお前等の仕業か」
「・・・さぁな。生き残れたら、真相を知る事も出来るかもしれないな」
浅野は残り時間を見て「話を戻す」と言い、言葉をつづけた。
「お前には同志になってもらう」
「何だと・・・」
「拒否は即ち、死だ」
懐から浅野は武器と弾を取り出し、男の足元に放り投げた。
「好きなタイミングで、使うといい。だが、なるべく人の多い所でな。なるべく多くの人間を殺せ」
「冗談だろ・・・」
「なら、家族と仲間を殺そうか?」
「てめぇ・・」
「だから、死ねばよかったんだ」
「・・・くそっ、その通りだよ」
男は足元に散らばる武器を両手いっぱいに抱きかかえた。
「気を付けろよ。これはリアルウォーの一環だ・・・つまり、お前を狩る人間もいる」
「特殊部隊か・・・」
「いや、特殊部隊に扮したプレイヤーだ。街中で堂々とリアルウォーを開催する。日時は全てお前等次第だ。ただし、期限を有する。三週間以内だ」
「・・・三週間以内」
「わかったら、行け・・・あと、仲間とは連絡を取るな。家にも帰るな。宿や、食事はこちらですべて賄う。あとは自由にしろ」
「・・・それで、仲間と家族が守れるんだな」
「そうだ」
「わかったよ・・・やってやる」
男はそう言うと銃を抱えたまま人気のない路地に消えて行った。
「みんな死ぬ・・・みんな死ぬ」
顔に笑みを浮かべながら、山城は崩壊する電波塔をテレビを通し、食い入るように見つめ、時折、裏返った声で笑い声を上げていた。
「楽しそうだね~山城君」
「あぁ、もう吹っ切れたんだ。サイッコーだね」
横に立つ浅野の言葉に、山城は目をどす黒く輝かせながら言って見せた。
「素晴らしい。矢吹君と翔君にも見習ってほしいくらいだ」
「あんなお人よしの奴等と一緒にするな。・・・俺は違う、いつも一人だ。俺は一人で生きてきたんだ。ずっと耐えて、ずっと一人で!周りの空気に溶け込み、目立たず、ずっと耐えて!
でも、そんなのどうでもよかったんだ。俺の懐には、全員を黙らせる事の出来る物がある。そして、同志の再興により、社会は平穏を失う。金や人力じゃない、力こそが全て、弱肉強食の世界が始まる
その力を俺は今、持っている」
山城は懐を擦りながら、笑みを浮かべた。
笑みを浮かべる山城に便乗し、浅野も笑って見せながら口を開いた。
「そんな君に先に言っちゃおうかな~次の試合の事なんだけど~」
「黙れ」
山城は懐から銃を取り出し、浅野に向けた。
浅野の表情からは笑みが消え、恐怖で顔が引きつった。
「・・・バァン!」
山城の脅かしに、浅野は思わず腕で顔を覆った。
その惨めな態度に山城は、大声で笑って見せた。
「俺は最後まで生き残る。絶対に生き残ってやる!そしたら、お前を殺してやるよ。惨めな姿にしてやる」
浅野は腰を付き、額に脂汗を滲ませながら、病室から出て行った。
「お~ぃ、永。まだ準備出来ないのか?」
玄関先にタクシーが到着し、待たせるのは悪いと感じ、矢吹は階段を上がり始めた。
だが、妹からの準備が出来たという返事も、まだ待ってくれ、という返事もなかった。
「永・・?」
嫌な予感が矢吹の頭をよぎる。
「永、入るぞ」
ドアノブを握り、部屋の向こうに動く気配を感じなかった。
恐る恐る、扉を開き、予想している事が現実ではないでくれと、心から願った。
だが、予想は現実のものとなっていた。
ベットの横に倒れる永の姿があった。
妹の名前を叫び、急ぎ駆け寄り、抱き上げるるが、腕は力なく下に垂れさがり、どんなに顔を叩こうと一切反応しない。
矢吹は、急ぎ永を背負うと準備していた荷物なんて目もくれず、タクシーへと走った。
「井上私立病院!・・・・急げ!」
病室から出ろと指示を貰い、廊下にある椅子に座るが落ち着けない。落ち着ける訳がない。
病室から漏れる微かな会話に耳を立てるが薬剤の名前や、症状や反応の訳のわからない言葉で状況を理解する事なんて出来る訳がなかった。
貧乏ゆすりをし、両手を強く握り、祈る事しかできない自分に腹が立ってくる。
誰も通らない廊下で一人、妹の無事を祈る矢吹の目の前を、痛そうに頭を擦りながら通り過ぎようとする男が、矢吹の前で立ち止まった。
「なんだよ・・・俺に何か用か・・」
矢吹は視線を下に向けたまま目の前で立ち止まった男にイライラした口調で声をかけた。
「いや、別に用なんてねぇよ」
隣の病室から慌ただしい看護師と医師の会話を耳にしながら男は矢吹にそう返し、話を続けた。
「家族のだれかか?」
「・・・妹だ」
「・・・不良少年と病弱な妹。ありがちな話だが、実際に目にしたのは初めてだ」
「あぁ?」
男の言葉に棘があり、矢吹は思わず視線を上げ、男を睨みつけた。
「そういう話の結末を知ってるか?妹が死に、不良少年は更生の道を進み始めるんだ」
「おぃ、黙れ・・・」
「不良少年にとってはいい機会かもしれないが、そのために死んじまう妹の事を考えた事はあるか?」
「黙れって言ってんだろ!俺のどこが不良だってんだ!」
椅子から立ち上がり男の胸倉を掴み上げるが、男はそれに一切動じず、矢吹の手首を掴んだ。
「てめぇのそのリストバンドを見て、不良少年だって思わない人間がどこにいるってんだ。少なくとも、俺には、お前はどうしようもないクズにしか見えねぇよ」
手首を掴む男の力に相当の怒りが込められている事に気がついた。
兄貴が目覚めない苛立ちはわからなくもない。リストバンドを見て怒りが込み上がるのもわからなくもない。
だが、好きでリストバンドを付けてる訳でもないし、その苛立ちを俺に、そして妹にまでぶつけられる道理も義理もない。
気が付けば矢吹の拳は、男の顔を目掛け振り抜かれ、見事にヒットした男は壁に打ち付けられた。
「喧嘩なら買うぞ、コノヤロー。それを狙って俺に話しかけたんだろ」
男は殴られた顔を手で拭いながら、矢吹の方を見上げ、ニタリと笑いかけてきた。
「あぁ、その通りだよ。もし、これで殴られなきゃ相当の不抜けとしか思えなかったしな。・・・だが、さすがは兄貴の病室に潜り込んできた人間だ」
男はスーツの上着を脱ぎ捨て、乱暴にネクタイを外し矢吹と向かい合った。
「手加減はしねぇぞ。どうせ祈る事しか出来なくて暇なんだろ」
「見縊るなよ。てめぇの後頭部にもう一個、タンコブ作ってやるよ」
「・・上等!」
互いに睨みつけ全く動かない状態が続いた。
そして、両者の胸を互いに両手で押し、距離を取った。
「・・・ボクシングかよ」
距離を取り、男の戦闘スタイルを見て矢吹は舌打ちしながらそう呟いた。
「かじった程度だ。気にするな」
男はそう言うと矢吹との距離を一気に縮め、右手を振り抜いた。
慌てて顔を横に反らし、拳は空を切るが、男の振り抜かれた拳は矢吹の頭を後ろから抑え、矢吹に頭突きを食らわせてきた。
「がっ・・・」
痛みと同時に視界に光が走り、矢吹は頭を抑え、後ろに下がった。
「かじった程度だが、実戦じゃその方が有利だ。我流だから、説明書道理には行かない」
「・・・なるほどね。だが、実戦の数は多くないみたいだな。俺だったら確実に目を潰す」
矢吹はそう言うと今度はこちらの番だと言わんばかりに男に猛突進していった。
姿勢の低い矢吹目掛け、男は拳を振り降ろすが、矢吹はそれを体一つで受け止め、男の懐に入った。
下から振り上げようとする拳に気付き、男は顔を反らすが、矢吹は裏を掻き、両手で相手の足を抱きかかえ、そのまま仰向けに倒しこんだ。
「やっぱお前、実戦経験ゼロだな。タイマンの一番手っ取り早く、えげつなくやれるのは寝技なんだよ」
矢吹はそう言うと、男の上に跨り、マウントポジションを取った。
男の髪を鷲掴みにし、引き上げると宣言通り、タンコブを作ろうと床に力強く叩きつけた。
矢吹は拳を振り上げ、怯む男の顔を目掛け拳を振り降ろした。
「オラァ!どうしたぁ!さっき威勢はどこ行きやがった!」
男は顔を防ごうと腕でガードをするが、その腕を矢吹は両膝で抑えつけ、顔に何発も拳を振り降ろした。
たまらず男は「くそっ」と声を洩らし、マウントポジションを取る矢吹を横に投げ、逆に矢吹の上に跨った。
お返しと言わんばかりに拳を振り上げるが、矢吹は男の膝を蹴り、バランスを崩すとがら空きの腕を掴み肘十字に持って行った。
関節をかけたらた腕の軋む音が矢吹の体に伝わってくる。
弱い・・・
相手の実力に呆れ、矢吹は関節技をほどき立ち上がった。腕を抑え、蹲る男の腹に蹴りを入れ、矢吹は椅子に再び腰を下ろした。
「やってられるかよ・・・こんな下らない喧嘩」
「ま・・・まだだ・・・」
「あぁ?」
男は傷む腕を抑えながらヨロヨロと立ち上がり、矢吹の前に立った。
「何のつもりだよ・・・マジでぶっ殺すぞ」
「てめぇみたいな、プレイヤー気取りに俺達の気持がわかってたまるかってんだ」
「・・・てめぇ、本気で俺をそう思ってんのかよ」
「あぁ、思ってるよ。お陰さまで同志なんて偽物まで出てきやがった。外は大騒ぎだ。
今の時代、リアルウォーなんて必要がないくらい。財政も安定してる・・・それに元総理大臣は元プレイヤーだ。そんな事を認知するはずがない」
「・・・勝手にほざいてろ」
「だが・・・奴等は一体なんだってんだ・・・」
「・・・?」
「やめろ。それ以上は一般人に言う必要はない」
二人に割って入って来たのは井上康太だった。
「もう二度と俺と兄貴の前に姿を見せるなと言ったはずだ」
男は井上康太にそう言うが、康太は男の言葉を無視して、男の方へと歩み寄った。
「奴にあったらしいな」
「お前に言う必要はない」
「そうも言っていられない状況だからな」
康太は一枚の紙を男に見せ、その紙をみた男の表情が一変した。
「馬鹿な・・・なんでお前なんかが・・・」
「さぁな・・・俺も聞きたいね」
康太は横に立つ矢吹に一度視線を向け「場所を変えるぞ」と男に言い、彼の肩を担ぎ移動した。
「電波塔が破壊された時、お前は奴等に会ったんだな?」
「あぁ・・・そうだよ・・・」
「奴の顔を見たのか」
「・・・・あぁ」
「知ってる人間か」
「信じられねぇよ・・・死んだはずの人間だ」
「間違いないのか」
「さぁな・・・奴の顔は兄貴の写真で見ただけだからな。確証はない・・・けど、間違いない・・・」
「・・・・」
「奴は五十嵐だ」