第十四話 終焉の始まり
「動くなって言ってんだろ!妙な動き一つしてみろ!ぶっ殺してやる!」
銃を構える敵の声は裏返り、銃はガタガタと震えていた。
そして、俺達は両手を上げ、ビルの隅まで追いやられていた。
「くそっ・・・早く繋がれよ・・」
顔を真っ赤にし目には涙を浮かべながら敵は無線で仲間を連絡を取ろうとしていた。
だが、錯乱状態にある彼は無線すらまともに扱えていなかった。
『どうする。反撃するか』
横に立つ仲間から無線が入った。
だが、錯乱状態である彼の目の前で妙な行動をとった瞬間、お終いだと思い、俺は首を横に振った。
「へ・・・変に動くなって言ってんだろ!」
「わかった。・・悪かった。とりあえず、落ち着け。俺達は両手を上げてるんだ。変な行動なんてとる訳ないだろ」
彼に何とか会話をさせようとするが、乱れた呼吸を繰り返すだけで、俺達の言葉を聞こうともしなかった。
「何で撃たなかった」
「・・・あぁ?」
「ここまで距離を縮める間にどうして撃たなかった」
「そ、そんなのお前等に関係あるか!黙ってろ!」
「この状態を永遠と続けるつもりか。長丁場は嫌いなんだ」
「だったら今、殺してやるよ!」
敵は銃を強く握りしめる動作をとるが、その前に割って入った。
「お前、人を撃った事無いだろ」
「そんな訳ないだろ!」
『反撃の準備をしろ』
『了解』
「嘘が下手くそだな。体は正直者だ。震えてるぞ」
震える手を抑えつけようと敵は「くそっ」と呟きながら一瞬目をそらした。
「撃ち方はわかるか?・・俺が教えてやろうか?」
そう言って一歩ずつ彼に近づいて行った。
「動くなって言ってんだろ!」
「大丈夫だ。両手は挙げてるんだ。問題ないだろ」
彼は俺の方に注意を向け、仲間はその間に手をゆっくりと降ろし始めた。
『タイミングを合わせろ。俺が動くのと同時だ』
『わかってる』
ジリジリと歩み寄ると敵はゆっくりと後ずさりを始めた。
勝った・・・
そう確信し、手をゆっくりと降ろし始めたその時だった。
バン、バン、バン
三発の銃声が鳴り響いた。
その瞬間、敵は引き金をとっさに二回引き、一発は俺の胸に弾丸を撃ち込まれた。
そして、二発目は後ろに立つ仲間の頭をかすめた。
仲間は後ろに体を持って行かれ、足が絡まり後ろに倒れ込んだ。
後ろには何も支えになる物が無く、仲間はビルの谷間に落ちて行った。
劈くような悲鳴が薄れていく意識の中、耳に残り、グシャと言う音が聞こえると同時に仲間の声は聞こえなくなった。
敵の方に目を向けると、その場に腰をつき、こっちに目を向けていた。
「・・よぉ・・人殺しが・・・」
最後の言葉がこんな言葉かよ・・・もっといい贐の言葉があったんじゃねぇか?・・・遠のく意識の中、そう思いながら、俺は目を閉じた。
「何で俺はこんな物を見てんだよ・・・」
「見たいって言ったのは君だろ?」
眼鏡を外し後悔の弁を述べる矢吹に浅野はそう言い返した。
「あぁ、その通りだよ。口も利けない奴からはなんにも聞けないからな」
ミーティングルームには矢吹以外の二人はいなく、彼等は精神病棟へと移動させられていた。
「まっ、すぐに元通りになるよ。特に山城君は、これまで自分を抑えていた物が外れたんだ。もっと面白くなる」
「お前にとってはな・・・俺達にとっては最悪だ」
「でも、翔君は危険だね。逆に自分の抑え込んでいた感情を制御できなくなっている」
「感情を表に出せなくなった。下手すりゃ死ぬぞ・・・あの馬鹿が」
「そうさせないために、僕達がいるんだよ・・・」
浅野は山城のような笑みを浮かべ、矢吹に言った。
「甘く見るなって言ってたよね?・・・甘く見てて正解だったよ」
浅野はそう言うとミーティングルームから出て行った。
浅野の最後の言葉に「くそっ」といら立ちを見せながら矢吹も部屋から出て行った。
『次の試合は3週間後だ。・・・大丈夫、それまでに彼等は元通りに戻しておいてあげるから』
浅野の連絡事項を頭の中で繰り返しながら、矢吹は急ぎ家へと向かっていた。
決して今日は検査の日ではない。だが、永が待っている。
一緒に見ようねとの約束を果たす為だ。
今日が一体何の日なのか・・・それは、同志と名乗る男が電波塔を爆破すると予告した日だ。
どうせまたデマだろうと思う人間が多数だが、テレビ局の何局かは、面白がって今は誰も住んでいない旧首都へ向かい、生中継をするらしい。
野次馬気取りの奴も何人か行っているらしく、辺りは厳重な警備態勢が敷かれている。
電波塔の周りには規制線が張られ、テレビのカメラは遠くから電波塔を映し出していた。
『ご覧頂いているのは、旧首都に高くそびえ立つ、電波塔です。今は砂漠化が進行し、誰も住んではいませんが、この国が成長する様をこれまで見守り続けてきた電波塔を、同志を名乗る彼は本当に爆破するのでしょうか?』
現地のアナウンサーはそんなありきたりな言葉をテレビで伝え、スタジオの方では、メインMCがゲストを交えて討論を行っていた。
『どうせ、愉快犯の仕業ですよ。そんなテープを送りつけて、世間を騒がせようとしているんです。それは許されない行為です』
『政府も今回の件、偽物と踏んでるみたいですね~。建物の周りを封鎖しているだけで、自衛隊や自衛軍には出動要請を行ってはいないみたいです』
『なので、国民の皆様。過剰な反応はさけ、いつも通りの生活を送ってください』
テレビや公共の電波を使った物では、そんな事を繰り返し言い続けていたが、ネットの方では色々な書き込みが残されていた。
『いや、これは本物だって。テープの出どこもまだわかってないらしいぜ』
『もし、これ本物だったら、俺も同志になろうかな~』
『みんな~、ここに同志の種がいるぞ~』
『同志か・・・今は何も懐かしい』
『おぃ、そのネタ古いぞ』
『↑わかってる時点で、お前も古い』
『俺、前回の同志無差別殺傷で友達死んだ』
『嘘乙』
『いや、統計学上、首都圏と東北、北海道では10人に一人の割合で知り合い若しくは親類が被害に遭ってるらしい』
『マジか、俺北海道に住んでるけど、特に被害にあった奴いないぞ』
『引き籠りか・・・』
『何故、ばれたし』
『ってか、今回、予告はしたけど時間までは指定しなかったんだろ。いつ爆破するんだよ』
『あんな鉄くずに国は維持費使ってるらしいからさっさと爆破しろ』
『あっ、通常国会、普通に始まった』
『うわっ、空気読め国会』
『テレビも過剰に反応し過ぎなんだよ。しかも偏った放送のし過ぎ』
『数字取るために相当必死なんだな』
「よし、カメラの設置完了」
規制線や人ごみをさけ、誰もいないビルの屋上で砂漠と風化した建物には不釣り合いなスーツ姿の男がいた。
上司の命令でカメラを設置してこいと言われ、仕方なくやって来た訳なのだが、直射日光が紺色のスーツに熱を持たせ、彼の体を汗だくにした。
「・・・にしても暑いな」
映像機能に特化したカメラには音声機能が無く、お陰さまで上司の陰口を堂々と喋っても誰にも気付かれない。
たった数年だ。
数年でこの街から人の姿が無くなり、急激な砂漠化の進行は徐々に安定し始めた。
砂漠化はこの国だけでなく、他の国でも見られ、シベリアの永遠に続く白銀世界は、緑豊かな盆地へと早変わりした。
だが、緑があった国からは緑が無くなり、砂漠がやって来た。
急激な砂漠の進行、食糧不足、資源の枯渇。
対立する国々の戦い、宗教の違いによる争い。
全てが出そろい世界は一度、世界大戦の危機にまで陥った。
だが、その危機を回避したのは、とある小さな内戦だった。
『創られた戦争』『偽りの戦争』と呼ばれる物だ。
各国は対立する二つの国に互いに武器を持たせ、戦わせた。
互いに痛みを伴わない、代理戦争だ。
武器や食料などの資源が大量に消費されることにより、需要が高まり雇用が増える。
金の動きが活発になる事で、恐れられていた世界的恐慌は逆に一瞬にしてなくなった。
だが、戦える者がいなくなれば、内戦も終わる。
各国は十分過ぎるほどの蓄えを持つことになった。
この国もまた同じだ。
世界に再び平穏が訪れる事となった。
そして、世界はこの平穏を保とうと考えた。
その方法とは『効率の良い戦争の仕方』だ。
痛みも感情も伴わない戦争。
そう。まるでゲームであるかのように・・・
この国はそのゲームの主催者を買って出た。
それが『リアルウォー』だ。
一般市民に銃を持たせ、戦わせた。
各国から金と共に渡される武器を効率よく消費し、武器の効果及び威力全てを各国に報告した。
効率よく武器を消費し、効率よくかつ迅速に人を導入できる。
そんな事を闘う人間には一切知らせず、何年間も続けさせた。
しかし、向こう数十キロ先で本当に戦争が行われていたのか・・・平和しか知らない俺にとっては全く想像できない事だ。
だが、俺の兄貴はそこで戦っていた。
「いい場所を選んだな」
後ろから聞こえる声に驚き、後ろを振り返ると季節外れで、薄汚れた茶色いコートを風に靡かせた男が屋上の扉の上に立っていた。
「・・・あんたは・・」
「お前と同じ、ただの野次馬だ」
コートについた帽子の下からは、サングラスが掛けられていて表情が読み取れない。
「同じ、住民には見えないな。・・・移動民か?」
「この国の砂漠には、食糧がない。移動するだけ無駄だ」
コートを羽織った男はそう言いながら電波塔を指さした。
「向こうにあるのが電波塔だよな?」
「・・・あぁ、そのはずだ」
「そうか、始めて見る物だからな。・・・正直不安だったよ」
「俺もだ」
「始めて見る物が、今壊されるんだもんな」
「どうせ偽物さ。全員が全員、目を見張ってる訳じゃない。俺は仕事の都合上。テレビの人間は数字を取るため。そのテレビを見る人間は暇を持て余しているからだ」
「どうかな・・・俺はそんなみみっちぃ、理由でなんか見に来てはいないさ」
「じゃぁ・・・一体何のために」
「終焉の始まりを見に来たのさ」
「・・・・?」
男の言動に俺は目を男の方へ向けると、男はポケットから手を出し、手で作った銃を電波塔に向け「パァン」と呟いた。
電波塔の足場と中央辺りで爆発が二回起き、電波塔にこびり付いた粉塵が爆発によって一気に剥がれおちた。
野次馬達は、ザワザワとざわつき出し、テレビの人間は慌てふためく様をカメラを通して伝えていた。
そして、屋上にいた俺は、男の動作とほぼ同タイミングで爆発した電波塔に唖然としていた。
「さぁ終焉の始まりだ」
男はそう呟き、俺の後ろでは電波塔が音を立てながら崩れ落ちているのが伝わって来た。
コートの下から微かに見える顔は、どこかで見た事がある・・そう思っていたがようやくわかった。
「お前、同志か・・・」
「そうだ。・・・俺達が再び、この国に不安と混乱を招く種だ」
男はそう言うと帽子を取り、顔を見せた。
サングラスで表情は読み取れないが、こちらに向ける威圧的なオーラで俺は付いた腰を置きあがらせる事が出来ないでいた。
「馬鹿な・・・・」
声が震える。
始めて見る敵。始めて見る悪の存在に、体も声も全く言う事をきかない。
「安心しろ。お前を殺したって何の意味も持たない。無駄な殺生は嫌いなんだ」
「何で、あんたが・・・」
「・・・ん?」
あり得ない事だ。テレビで映るこの男に、一度、ある男を想像したがそれは間違いであると自分で否定したのだ。
だが、目の前にいるこの男は、間違いなくあの男だった。
「なんで、あんたが同志になんかなってんだ!」
俺は懐に忍ばせておいた銃を取り出し、男の方へ向けた。
だが、男は俺の向ける銃に全く動揺もせず、ただ、ずっと待ち構えていた。
「もしかして、お前は俺の知り合いか?」
「あぁ・・一方的に知ってる。ただそれだけだ」
銃と言う安心を手にし俺は動かなかった腰を持ち上げ、両手で銃を男の方へ向けた。
「そうか・・・じゃぁ俺が知らなくて当然だな」
「なんで生きてる・・・」
「何?」
「お前は死んだはずだ・・・」
「死んでちゃここにはいないだろ・・・」
「あぁ、そうだよ!だから、俺も混乱してんだよ!」
「答えは簡単だ。・・・俺が死んでないだけの事だ」
「そうかい・・・俺の兄貴が聞いたら喜ぶだろうさ・・・」
「俺の亡骸を持っていくのか?」
「あぁ・・そのつもりだ。動くなよ・・・手元が狂う」
俺は銃口を男の頭に向け、狙いを定めた。
だが、一発の銃声と共に手に握っていた銃は宙へと舞い上がった。
「は~い、使い慣れない人間が銃なんて握っちゃ駄目よ~。周りに対する警戒が薄くなる」
強い衝撃を手に喰らい、しびれる手を抑えながら横を向くと背の小さな女性が、銃をヒラつかせながら立っていた。
「馬鹿な・・・いつの間に・・・」
「そんな事言ってるけどさ~・・・後ろ後ろ」
そう言うと、俺の腰辺りに誰かが腕を回してきた。
後ろを振り返るとニタリと笑う女性の姿が・・・
目が合うと同時に、俺の足は宙へと上がり「トォォリャ!」と言う掛け声とともに見事なバックドロップを受けた。
頭から落ちた俺は意識を失い。その場に倒れた。