第十三話 精神崩壊
『我々は同志である』
テレビの向こうに映る男の最初に放ったその言葉は、矢吹の体を震わせ、それはおそらく矢吹だけではない。テレビを見ている人のほとんどが身を震わせるような言葉だった。
「同志・・・」
リアルウォーのプレイヤー達が無差別に人を殺害し、混乱に陥れた時期があった。
そして、彼等が口をそろえて言った言葉があった。
『同志の名のもとに』
彼等を同志と呼び、警察と自衛隊の活躍により鎮圧された。
犠牲者の数はかなりの数にのぼり、残された遺族たちも未だにその傷から癒えてなどはいなかった。
そして、テレビに映る男は、再び国民を恐怖に陥れるような言葉を言い放ったのだ。
「我々は、皆さんに伝えなくてはならない。一度は終焉を迎えた戦争が再び、行われているのだ。一度は解散した同志だが、ここで再び再結成された事を宣言する」
矢吹は画面にくぎ付けになりながらも、無意識の間に携帯を取り出し、アドレス帳を開くと翔を選び、発信ボタンを押した。
電話はワンコールもしない間に繋がり「もしもし」と出てきた。
「翔・・・見てるか」
『あぁ・・見てる』
翔の方はネイキッドの会場に大画面で映し出され、それを誰もが見つめていた。
『どう思う。本物だと思うか』
矢吹の言葉に翔は「さぁな」と短く答えた。
何故ならこれまでもこれに似たように愉快犯がテープを送りつけたりしていたからだ。
そして、いつもなら偽物だろうと見ぬ振りをしていたが、今回は違う。
俺達がリアルウォーに巻き込まれているからだ。
「我々の志は常に一つである。そして、その志が本物であると証明して見せよう。
二日後、我々はこの国の象徴ともいえる電波塔を爆破する」
「・・・馬鹿げてる」
テレビを見ていたのは矢吹達だけではなかった。
電話を耳に当てながらある男は、電話の向こうにいる相手と話していた。
男は向こうから聞こえる言葉に顔を顰め「少し、考えさせてくれ」と言い、電話を切った。
だが、電話を切るとすぐに電話のベルが鳴り始め、男は着信番号を見てため息を漏らしながら、電話に出た。
「もしもし・・・」
『ようやく繋がった』
「あぁ、久しぶりだな」
『うん・・・テレビ・・・見た?』
「あぁ・・」
『あのさ、あのテレビに出てた人って・・・』
「まだ何とも言えない。俺もこれから調べてみるつもりだ」
男はそう言うと電話を一方的に切り、スーツの上着を羽織ると部屋から出て行った。
「・・・どうなってんだよ」
気が付けば矢吹達はミーティングルームに集合していた。
何故集まったのか、それは淡い希望を全員が持っていたからだ。
「俺達・・助かるのか?」
翔の言葉に矢吹と山城の心は揺れ動いた。
だが、同志達のしてきた事も、その結末も誰もが知っていた。
無差別殺傷。そして、同志になった全プレイヤーとその家族が全員殺されるという事だ。
「先に言っておくが、俺は同志になんかならないからな」
翔の言葉を無視し、矢吹はそう答え、話を続けた。
「お前等の事はどうでもいい。だが、俺には守らなきゃいけないものがあるんだ」
矢吹の言葉に二人は顔を曇らせ、口を開かなかった。
『そんな下らない事を話してる暇があるなんて、君達は相当、次の戦い勝てる自信があるんだね~』
静寂を乱したのは浅野だった。
「浅野」
『ん?』
「練習して勝てんのかよ。それに、俺達の戦い方はこれからは個人技に変わる。だから、全体練習をしたって意味が無いんだよ」
『個人技?』
「・・・俺達を甘く見るなって事だよ」
バスを降りるとそこは朝日が上り始める市街地だった。
「こんな場所が森の中にあるとはな・・・」
背の高いビルに囲まれた場所に立ち、矢吹はそう答えた。
誰もいない市街地にビル風が吹き込み、音を立てた。
「都会から人がいなくなれば、まさにこんな風になるんだろうな・・・」
翔の言葉に矢吹は「だろうな」と答えた。
「矢吹、俺達はあの全体を見渡せる建物内に入る。移動中はバックアップが出来ない」
「問題ない。それに奴等も同じ事を考えるだろうよ・・・おそらく、戦場はあのビルだ」
市街地の中央に高くそびえ立つビルを指さし、矢吹は言った。
「敵もそこに来るって事か・・・なら、俺達は屋上から移動をする。矢吹、お前はあのビルを目指して、地上を進んでくれ」
「あぁ、わかってるよ」
矢吹はそう言いながら太陽の光から目を守るため、サングラスをかけた。
矢吹がサングラスをかけると同時に、腕時計が試合開始の合図を出した。
「任務に従順であれ」
「「了解」」
矢吹の言葉に翔達はそう返し、矢吹は地上を進み、翔達は近くにある建物へと入って行った。
『敵の人数は5人。共に行動するか、グループを作って行動するかはわからないが、発見次第報告をしろ。一人一人、確実に仕留める』
無線からは矢吹の言葉が聞こえ、そんな中、翔と山城はビルの屋上を使い、建物と建物の間を飛んで移動をしていた。
「大体、五メートルってとこか・・・俺が先に行く。山城、辺りの警戒を頼む」
「・・・わかった」
翔は、下に落ちていた梯子を隣のビルにかけた。
ビル風が下から吹き上がり、翔は思わず体を震わせた。
「・・・はぁ、ゲームだったら良かったのにな」
翔の呟きに山城は軽く鼻で笑って見せた。
翔は一度、下を覗き込み遠くに見える地面を見ながら「よしっ」と気合を入れ、梯子に足をかけた。
不安定な足場はカタカタと音を立てて揺れ動き、ビル風が翔の体を左右に揺らした。
翔は両手を伸ばし、バランスを保ちながら焦らず、だが、なるべく早く一歩一歩確実に進んで行った。
周囲を警戒する山城だが、翔が無事にわたり切れるかソワソワしながら目をたまに翔の方へ向けていた。
梯子の中央まで進むと、梯子の連結部分は大きく曲がり、折れてしまうのではないかと不安に駆られた。
「・・・一気に行く。梯子が落ちないように抑えといてくれ」
「わかった」
山城は梯子を抑え、それを確認すると翔は一気に走りだし、隣のビルに飛び移った。
梯子はギシギシと音を立てながらもなんとか耐え、翔はビルの屋上に頭から突っ込みながらも無事にわたり切った。
これまで、息をするのを忘れていたかのように翔は深く呼吸をし、額に滲む汗を拭った。
「はぁ・・・死ぬかと思った。・・・次はお前だ。俺が周囲を警戒する」
山城は自信なさげに頷いて見せた。
下から舞い上がる風に山城は尻込みをし、梯子の方へ近づこうとしなかった。
「おぃ、山城・・・」
翔の言葉からは、明らかにイライラが見えた。
「・・・む、無理だよ」
「あぁ?ふざけんなよ・・・てめぇ」
「お、俺・・一度下に降りる。そっちで合流するから」
「屋上に来るまで何分かかると思ってんだよ・・・さっさと来い」
「それに、翔と俺じゃ体重が違い過ぎる。絶対に折れちまうよ」
「折れねぇよ。いい加減にしろよ」
「こ、ここから矢吹のバックアップをするってのはどう?」
「おぃ、大きな声出せないんだ・・・それに、同じ場所でずっといれば間違いなく狙い撃ちされんぞ」
「でも・・・」
山城の弱腰に翔のイライラは頂点に達し、脇腹に差してあったハンドガンに手が動いた。
パァン・・・
ビルの壁を一発の銃声が反響し、翔達に伝わって来た。
その音に反応し翔はハンドガンを抜き、山城はライフルを構えた。
辺りを警戒するが、人影も気配も感じ取れなかった。
「まさか・・矢吹か」
翔は急ぎ矢吹に無線を繋げた。
「おぃ、矢吹!無事か!」
『・・・問題ない。でも、しくじった』
「あぁ?」
『銃声を鳴らされた。・・・奴等、二グループに分けてる。こっちは三人。おそらく、残りの二人は観測兵と狙撃兵だ。こっちはなんとか、二人始末した。向こうはそっちに任せる』
「・・・了解。今、どこにいる」
『さぁ・・・近くの建物内に飛び込んだからな・・・とりあえず、お前らより先に進んでるのは確かだ』
矢吹はそう言うと何か起きたらしく、無線を一方的に切った。
無線を切り、翔は山城の方を向くと山城はビルとの間にかけてあった梯子を降ろしていた。
「てめぇ!何やってんだ!」
「お、俺、下から行く。そこで待ってて」
「ざっけんなよ!てめぇ!」
翔は銃を抜き取り、山城の方へ向けた。
「お・・俺を殺したって何の意味もないだろ。むしろ不利益しか生まない。銃声を鳴らす事で場所を教える事になるし、何より狙撃手を失うんだ。観測兵一人で何が出来るんっていうんだ」
山城の言葉にグリップがギリッと音が鳴るほど強く握りしめながらも、山城の言っている事が正論であることに引き金を引けなかった。
引き金を引けない事を確認すると山城は下に置いてあったライフルを手に取り、勝ち誇ったかのような顔をして見せた。
「大丈夫、すぐにそっちに行くから」
山城はそう言うと後ろにある扉の方へ進み始めた。
その瞬間、山城の足元で弾がはじけ、地面に穴が開いた。
山城は後ろを振り向くとスコープの反射光がこちらに向けて一瞬キラリと光った。
その瞬間、山城は悲鳴を上げ、銃を投げ捨てると一気に扉に向かってダッシュし、扉にタックルを決めながら建物内に逃げて行った。
「くそっ!役立たずか!」
翔は壁に体を張り付け、敵の位置を確認した。
どうやら、敵は翔の存在に気付いていなかいらしい。
山城が建物内に侵入したのを確認すると再び移動を開始した。
「・・・俺がやるしかないのか」
翔は敵の二人がどこに移動するのかを目で追った。
二人組は、ビルの間を飛び、再びそこに陣を構えた。
おそらく、山城がビルの外に飛び出したのを狙い撃つつもりなのだろう。
ここの位置ならおそらくばれずに、移動が出来る。
翔は、次に飛び移れるビルを探すが距離が明らかに遠い。飛び移れるかどうか不安だ。
山城に無線を飛ばすが一向に帰ってこない。
帰ってこない無線に対し舌打ちしながらも、翔は意を決し物陰から飛び出すと目の前に見える次の建物に向けて走り出した。
重いライフルを投げ捨てると距離と歩幅を合わせ、手すりに足をかけ一気にジャンプした。
上空を飛び、へその下から込みあがる謎の感覚を味わいながら、向こうのビルに飛び移ろうとした。
届きそうにない・・・
翔は空中で手をバタつかせながら、ビルの屋上に手を伸ばし片手をかけ、落ちる体を支えた。
すぐさま両手でビルにしがみ付き、自分の体を持ち上げ何とか飛び移った。
だが、ここで一息入れている訳にもいかない。
翔は一気にその場を駆け抜け、敵が陣を構える場所の後ろを抑えた。
敵の二人は狙撃体制になり、後ろは一切警戒していなかった。
物陰に隠れながら翔は少しずつ近づき、確実に狙えるポイントにまで近づく事が出来た。
ハンドガンを構え敵に狙いを定めるが、引き金に置いた指が震えだしたかと思うと手が震え始めた。
「くそっ・・・震えるな!」
必死に震えを止めようとするが、震えはさらに激しくなった。
考えてみたら、俺、まだ人を殺してなかったんだ・・・
そうだ、助けを呼ぼう。矢吹にここまで来てもらって・・・
無線を繋ごうとするが、どうやら回線を切っているらしく、返事が返ってこなかった。
山城も依然、回線が繋がらず、翔は迷っていた。
ここから撃てば確実に反撃もされず倒す事が出来る。
だが、ここで撃てば俺も人殺しの仲間入りを果たしてしまう。
人を殺せというのか?あいつ等の人生を俺が終わらせるのか?
俺が引き金を引く事で、たったそれだけの動作で、人の人生を終わらせていいのか・・・
目頭が熱くなる。目から溢れる涙で視界が霞む。
無理だ・・・俺にそんな事は出来ない。
翔の出した答えはこうだった。
「・・・動くな」
撃たれた。あいつ等、撃って来た。俺を殺そうとした。
嫌だ。死にたくない。殺されたくない。
「死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない・・・」
建物の中に逃げ込んだ山城はロッカーの脇に蹲り、体を自分の腕で抱えながらずっと死にたくないと呟き続けていた。
心は掻き乱され、呼吸が定まらない。
口はカチカチと音を鳴らしながら震え、落ち着かせようと自分の指を噛むとジワリと血が垂れた。
指にくっきりと歯型が残り、そこからは自分の血が流れた。
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!こんな所にもういたくない!」
山城は立ち上がると籠っていた部屋を飛び出し、長い廊下を突き進んだ。
「大体、俺は!こんな事に巻き込まれる義理はないんだ!家族が死のうがどぉって事無い!俺が生きてりゃそれでいいんだ!血が繋がってるだけの存在だろ。ただの偶然だ。赤の他人に等しい存在だ!」
廊下を一心不乱に走り、向こう先に見える非常階段を目指す山城は辺りなんか気にせず目はどこか遠くを見つめていた。
「そうだ。それでいいんだ。自分さえよけりゃそれでいいんだ。周りなんて関係ない。翔の愚痴になんて毎回付き合う義理はない。矢吹の説法だって聞く必要はない」
何かに取りつかれたかのように何らかの答えを導き出した山城は上を見つめ、いかれたかのように笑みを浮かべて見せた。
だが、向こう先に見える非常口から出てきたのは物音に気がついた敵だった。
向こうも一体何事かと、訳もわからず出てきたらしくろくに注意もせずに扉から出てきていた。
山城は一気に現実に引き戻され、恐怖に駆られるも足を止める事無く
「やめろーーーーー!!」
と、叫びながら敵にタックルを決めて見せ上に跨った。
見事にタックルを決められた敵は頭を地面に強く打ち「うっ」とうめき声を上げた。
山城は息を荒げながら腰に差してあった銃を抜き取り、敵の顔に銃口を向けた。
銃先が顔の目の前に突き付けられた敵は思わず「ヒッ」と声を引きつらせるが、その瞬間、勝利を確信した山城からは笑みが零れ、何の躊躇いもなく引き金を引いた。
バン、バン、バン
敵を見失い辺りを捜索していた矢吹は建物内から聞こえる銃声に気付いた。
だが、その後、建物の外からも銃声が鳴り響き、人の叫び声が聞こえた。
劈くような人の叫び声は数秒の間、響き渡ったが、最後は一気に静まり返った。
「まさか・・・」
矢吹は、翔に無線を繋ごうとするが、何やら取り乱しているらしく、無線にろくに応答しなかった。
「おぃ、翔!返事をしろ!」
『人を・・・人を殺した・・・俺が殺した』
「あぁ?なんだって?」
『わざとじゃない!わざとじゃないんだ!銃声が聞こえて、敵が動いて・・・とっさに引き金を引いて・・・』
裏返った声でうまく聞き取れず顔をしかめる矢吹。
そして、上の階からは何やら甲高い笑い声と銃声が鳴り響く中、試合終了のアナウンスが流れた。
『試合終了、勝者チームFOOL』
翔の方からはそれ以降、無線が繋がらなくなり、とりあえず上の階にいる山城の方へと向かった。
未だに銃声が鳴り響き、一体何をやっているのか勝利に浸っているのだろうか・・・そう思いながら矢吹は階段を上っていた。
階段を上がると長い廊下の端に出てきた。
その向こう先に山城はへたり込み、銃を撃ち続けていた。
「おぃ、山城。何やってんだ?」
矢吹は、山城に声をかけるが山城に声が届いていないらしく永遠と銃を地面に撃ち続けていた。
「・・・?」
訳がわからんと首を傾げながら矢吹は山城の方へ進んでいくと、次第に現状がわかって来た。
山城は地面にへたり込んでいる訳ではなかった。
山城の下に、人の足が見えた。
つまり、あいつは、人の上に跨っているのだ。
そして、矢吹に背を向けてずっと弾を込めては引き金を引く。それを繰り返していた。
思わず何をしているのかを想像してしまい。矢吹は身の毛がよだった。
矢吹は山城に向かって走り出し、すぐ後ろにまでたどり着いた。
山城は想像した通りの事をしていた。
永遠と敵の頭に向けて銃を発砲していたのだ。
敵の顔はすでに原形を留めておらず、その光景に矢吹の体に嗚咽が走った。
だが、吐く訳にはいかない。そう思い、何とかこらえた。
「山城!止めろ!」
矢吹は後ろから両脇を抱え、山城を無理やり立たせた。
だが、山城はそんな事、お構いなしに甲高い笑い声を響かせながら、銃を構え敵に向けて発砲し続けた。
「山城ぉ!」
矢吹は両脇を抑え込んだまま山城を仰向けに倒した。
手に持っている銃を足で蹴り飛ばし、山城の出っ張った腹に思いっきりパンチをお見舞いした。
「いてっ・・・・ハーッハハハハハハハ!いってぇ、いってぇ!」
山城は仰向けに倒れながら手足をばたつかせ、笑う事を止めなかった。
矢吹は山城の異様な行動を見て頭を抱え込んだ。
この精神崩壊を見た事がある。
人を信じる事が出来なくなり、人をおもちゃのように弄ぶ男。・・・親父だ。
「・・・くそっ、壊れやがった」