第十二話 悪夢の片鱗
部屋中に響く矢吹の叫び声。
「いてぇ!・・・なまら、いてぇ!!」
食いしばる声で矢吹の叫びは、その言葉以外はただの叫び声にしか聞こえなかった。
「先輩!」
三好は、矢吹の叫び声に耳を塞ぎ、扉の横でへたり込んでいたが、突入しようと銃を構えた。
『止せ!三好、お前も死ぬつもりか!』
そんな翔の言葉が、立ち上がろうとする三好を止めた。
「お前も・・ってどういう事ですか!先輩を見殺しにするつもりですか!」
『今、突入すれば、向こうの思う壺だ!今は耐えろ』
「でも!」
『お前が死ぬ事を矢吹が望んでいると思うか!』
「だったら、いつのタイミングだったら、いいんですか!」
『今は待て!』
翔の言葉に憤りを感じた三好は、その場から立ち去った。
「先輩・・・」
先ほど辿ってきた道を戻り始める三好は、翔達からの無線を挟んで聞こえてくる矢吹の命乞いに一心不乱に階段を下り始めた。
『やめろ・・・やめろ!殺すな!』
『山城・・・タイミングを見計らって突入するぞ』
『・・・了解。どのタイミングで?』
二人は会話の途中で、矢吹との無線を切り、話を始めた。
『・・・矢吹は見捨てる。さっき同様、発煙弾を投入後、突入する』
『・・・わかった。「任務に従順であれ」』
『任務に従順であれ』
三好は、自分達の陣地に到着し装備を変えている時に二人の会話を耳にし、その会話を疑った。
「そんな・・・そんなのって駄目です!」
『だったら、お前は!他の案があるのか!』
「私が助けます!」
先輩を助けれるのは私だけだ!
重たい機関銃を持ち上げ、三好は再び建物に駆け足で入って行った。
ガンズショップのベットで横になる矢吹は、無言のままメガネを外し横でニヤニヤと笑いかける浅野にメガネを突き返した。
「もぅ、いい。十分だ」
「あれ?もぅいいの?最後まで見なくて」
起こしていた体を倒し、矢吹は「下らない」と呟いた。
「下らねぇ。生き残った二人じゃなく、死んだ奴を擁護して、仲違いをさせようとしてんのか?お前は」
無表情のまま矢吹は、浅野を睨みつけ部屋から出て行けと念を飛ばした。
「ん~そうか。君だったら、三好ちゃんのために・・・」
全く気付かなかった浅野は、何やら話を続けようとするが、その前に矢吹が治りかけていた腕で浅野を殴り飛ばした。
「出て行けって言ってんだろうが!」
殴られた浅野は、頬を抑えながら病室を後にした。
ベットの横には、医療器具がずらりを並べられ、折れた腕の修復までの時間が記されていた。
「残り一時間か・・・」
浅野を殴ったお陰で、腕が再び痛んだらしく残り時間が増えていた。
『何やってたかって聞いてんだよ!』
倒れる三好の横で涙を流す矢吹の問いかけに気まずそうに目を背ける二人。
それ以降、会話らしい会話を全くしていない。
そんなモヤモヤを解決しようと・・・いや、面白がろうと浅野が矢吹の前にやって来て、これ見ようがしに、三好の最後の映像を持ってきたのだ。
二人は三好の意思を尊重し見ない方がいいなんて、適当な理由を付けてきたが、矢吹はそんな意志よりも真実が知りたかった。
自分が考えている行動とは違う事を二人には取っていて欲しかった。
だが、実際は違った。矢吹の予想した通りの行動しか二人は取らなかった。
「フッ・・・そりゃそうだよな」
山城の言う通りだ。己の利益にならない行動は、誰も取らない。
井上康太の言っていた『理屈じゃない』って言葉は餓鬼の発想だったんだ。
俺達は残念ながらそういう大人だ。
だから、この後の対処法も自然と浮かんでくる。
病室に入ってきた二人は、怪我をする矢吹に心配そうな眼差しを向けてくる。
「止せよ。・・・そんな同情の目、俺に向けるな」
「矢吹・・・・お前、見たのか?」
矢吹の態度に翔は、そんな質問をぶつけてきた。
「・・・・あぁ、見た」
「そうか・・・」
「別に・・・お前等を恨んじゃいねぇし、憎もうとも思わない。俺がもし、逆の立場だったらきっとそうしてたさ・・・俺達はそういう奴なんだよ」
「・・・・・」
「俺達は所詮、システムだ。互いに共生する別の生き物だ。だから、俺はきっとお前等が死んでもなんとも思わないし、涙も流さないと思う。
・・・・だから、これまで通りだ。いつも通り、やればいい。・・・仲間と友情は違う。それだけだ」
矢吹の言葉に二人は口を開かず、見舞いは要らないと告げると二人は病室から出て行った。
二人が病室から出て行き、扉がしまる音を聞き、矢吹は深くため息をついた。
友達が二人もいなくなった。
一気に二人の友人を無くし、俺達は三好を失った。
そう思うと、目から涙があふれ出した。
三好を救えなかった悔しさと、二人の友人を突き放してしまった自分の不甲斐なさに、涙があふれ出した。
もっと他に方法があったんじゃないか、二人を親友に戻す方法があったんじゃないか?今頃、後悔したって遅すぎる事が繰り返し頭の中で問いかけてくる。
横では矢吹の腕を修復する機械がリズムよく音を鳴らし、タイマーがゆっくりと時を刻む。
この残り時間の間、命一杯泣こう。あいつ等のために涙を流すのはこれが最後だ。
「私が右ね」
「じゃぁお姉ちゃんが左」
小さな個室の中央で椅子に縛られた男の腕に双子の兄弟が釘を同時に打ち込み、男は悲鳴を上げた。
「お姉ちゃん、大変。もぅ腕に刺せる所が無いわ」
「あらま。本当だ」
小さな釘を腕いっぱいに打ち込んだ兄弟は、どうしようか?なんて悩み、悩む中、男は引きつった声で呻き声をあげていた。
「そうだ。次は目にしない?」
「お姉ちゃん、頭いい!」
そういうと兄弟は、男の顔に被せていた袋を取り外した。
暗闇から解放された男は目がくらみ、頭を振り目を慣らそうとした。
だが、兄弟はその前に男の顔を抑えつけ、勢いよく針を突き刺した。
「あぁぁぁあぁぁぁあ!!」
眼球を動かす度に刺さった針が踊り狂い兄弟は、そんな光景が面白いらしく細い声で笑って見せた。
「フフフフ、お姉ちゃん、これ面白い」
「そうね。もう一本ぐらい刺しておこうかしら」
「二人とも、そこまでにしておけ」
二人は針を構える中、部屋に入ってきた男が止めに入った。
「この男は十分に情報を吐いてくれた。それに、その男はお前達の玩具じゃない」
「「えぇ~だって~」」
「これからもっと楽しい事が起こると言うのに、そんなちんけな男に付き合って見過ごすと言うのか?」
「「それは、嫌!」」
「だったら、さっさと終わらせろ」
「「ラジャ!」」
双子は机に置いてあった銃を取り、どっちが引き金を引くかで話し合っていた。
「お姉ちゃんがやる?」
「じゃぁ一緒にやりましょ」
「うん」
「「じゃあね、浅野」」
双子は同時に引き金を引き、椅子に縛られていた男は銃弾を喰らい椅子ごと倒れた。
「長居は無用だ。行くぞ」
男の言葉に頷いて見せ、双子は男の後を追い、部屋から出て行った。
三好は、海外に海外に留学と言う事となり、特待生という名目で金を貰った三好の両親は自分の娘を誇りに思うなんて言って、なんら問題無く言いくるめられていた。
大学も何の問題無く、通常道理に、まるで三好が今までいなかったかのように機能していた。
そして、三好を失った矢吹達も、まるで三好なんて存在しなかった。そう言い聞かせるためにか、シュミレーションを何度も繰り返しえいた。
機械的に繰り返すシュミレーションに、矢吹達は必要最低限の会話のみを繰り返し、笑みなんてものを見せなくなっていた。
「今日は、ここまでにしよう」
矢吹の言葉に、翔達も「わかった」と答え、黙々と帰る準備を続けていた。
「おぃ、矢吹」
ガンズショップの出口で、矢吹は翔に呼び止められた。
「あぁ?何だ?」
「何って・・・ネイキッドだよ」
「ん~興味ない」
「興味って・・・金は?要らないの?」
「うん、いらね。金、持ってた株で入るようになったし」
「か、株・・・ってそうじゃなくて、またブラットの奴等が、でしゃばり始めてんだよ」
「・・・それで?」
「それでって・・・緊張状態を作り出したお前が何言ってんだよ」
「俺達はブラットよりも酷い事をやってるんだぞ。そんな俺達に何が出来るってんだ」
「割り切れよ・・・こっちとネイキッドは別の世界だ」
「悪い。俺帰るわ」
翔に背を向け、歩き出そうとする矢吹を翔は「待てよ!」と怒鳴りを上げて止めた。
「待てよ!また逃げるのか!」
「逃げる?・・・いつ俺が逃げたってんだよ」
「逃げただろうが、三好の前からお前は逃げた」
「・・・だったら?お前は?・・・お前は三好から逃げてないのか?」
「俺は逃げなかったさ。・・俺はお前と違う。俺はちゃんと伝えたさ」
三好がミーティングルームから飛び出し、その後を翔が追った時の事を思い出し「あの時か」と呟いて見せた。
「あぁ、俺は伝えたぞ!・・・そして、しっかり応えてもらった!」
「・・・あぁ?」
翔の最後の言葉に違和感を持った矢吹は、翔の方へ歩み寄り、翔の胸倉を掴み上げた。
「お前、三好に何言った」
「・・・お前が悪いんだよ。だから、救ってやったのさ」
「お前は・・・三好を救ったんじゃない、自分を助けたんだ」
「そうさ・・自分を救って三好も救ったんだ。何が悪いってんだ・・・三好を救おうとしなかったお前に何を言う権限がある」
「何をした・・・三好に何をしたっ!」
「・・・・いつ死ぬかわからない。だから、一度」
翔の言葉を最後まで聞く前に矢吹は握った拳で翔を殴り飛ばした。
「てめぇ、マジでぶっ殺すぞ!」
「そんな事をお前が言えんのかよ!」
『は~い、そこまでだ~。二人とも・・・誰も人がいない事を良い事に、そんな大胆発言、俺が許すとでも思ってんの?』
拳を振り上げる二人に無線で浅野から止めに入られた。
『大体、君達が誰かを救うだなんて、あり得ないね。むしろ三好君は、一人で救われているんだから』
「あぁ?どういう事だよ」
浅野の言葉に思わず翔が聞き返した。
『好奇心旺盛な彼女が、君達の制止だけで失った記憶を見ずに入れるとでも思ったのかい?』
「・・・まさか」
『そっ・・・彼女は見たんだよ。チーム1の映像を要求した時にね』
そんな動作を決して見せなかった三好に矢吹は「気付かなかった」と呟いて見せた。
『気付かないのも当然と言えば当然かな?・・・君の催眠術は不十分だったんだ。だから、映像を少し見るだけですぐに記憶が戻った。むしろ、記憶の再確認と言ってもいいくらいだ。
だから、それほどショックでもなかった。あぁ、こんな事もあったなぐらいの感覚なんだよ』
話が違うぞと翔は矢吹の方を睨みつけ、矢吹は自分の力不足に落ち込んでいた。
『で、本題はここから。彼女は自分の記憶が正しかった事を再確認した。・・・そして、彼女は矢吹君・・・君が救ってくれた事を再確認したんだ』
「・・・・・」
『だから、君達が救う前に彼女は救われていたんだよ。・・・だから、そんな事で争ってる暇があるんなら、さっさと帰んな』
浅野はそういうと無線を切り、翔は「俺は逃げない」と矢吹に言い、矢吹から離れていった。
矢吹は、ネイキッドへと向かう翔と反対方向へと進み、帰路へ着いた。
俺は救おうなんて思っていなかった。
救える訳が無かったんだ。そう思っていた。
だが、俺は三好を救っていたのだろうか・・・・今となってはわからない事柄だ。
「ただいま・・・」
家に帰るといつものように居間には妹の姿があった。
「ねぇ、ねぇお兄ちゃん。これ、何かの再放送かな?」
「ん?」
目を輝かせ、テレビの方を指さす永に矢吹は目を向けた。
そこには、色黒のアナウンサーが神妙な面持ちで片手に持ったテープレコーダーをカメラの前に見せていた。
『私達は、再びこの国を震撼させる出来事に巻き込まれるとでも言うのでしょうか?それでは、これより我がテレビ局に届いたメッセージをお送りいたします』
「ん?このアナウンサー・・・衰えを知らないのか?」
肌の色が特徴的なこのアナウンサーは、以前、とある一本のテープを放送し、この国を混乱へと導いた。
衰える事を知らないこの男は、今も昔も変わらぬ顔で再放送だろうが、普通のテレビ番組だろうが若いだとか、老けただとか全く分からない。
だが、今放送されている物は、テレビ番組を見返そうが再放送なんて言葉もましては、予定されたテレビ番組ですらなかった。
「あれ?なんかの特番か?」
矢吹は、首を傾げ横にいる永は顔を輝かせテレビにくぎ付けになった。
番組は一本のVTRを流し始めた。
映像はかなり荒く、所々で映像が途切れるほど激しく痛んでいた。
だが、映像が次第に安定しだすと、一人の男をテレビは映し出した。
真っ黒なサングラスをかけ、何重にも重ねた布を体に巻き付けた男の手には銃が握り締められていた。
下を向いていた男は、顔を上げ、テレビに向かってこう告げた。
「我々は、同志である」