第十一話 第一の犠牲者
「お前等が、俺達の事をどう思ってるかなんて知らない。でも、俺は俺だ。俺はお前達を信じてる。
だから、今は、仲間を信じてやってくれ」
暗闇に彩られた森の奥深くに、迷彩服を着た矢吹達がいた。
矢吹の言葉に、全員が頷いて見せる物の、本当に信じてくれているのか矢吹には理解できなかった。
だからかもしれない。
試合開始の合図が鳴り、決まり動作をし忘れたのは・・・
「行くぞ」
「「了解」」
矢吹達は、草むらから立ち上がり、目の前にある大きな建物を見上げた。
廃墟となった病院のような場所で、窓ガラスは全て外されていて、白い外壁は風化し、薄気味悪く矢吹達を出迎えてくれた。
今回のフィールドは、巨大な建物のみだ。
入口は、正面玄関。敵は屋上からのスタートで、互いに索敵をしながらこの広い建物で戦う事になる。
だから、今回は山城と翔も狙撃と観測は出来ない状況だ。
大きな入口を抜けると、大きく開けたロビーが矢吹達の前に現れた。
中央ロビーは、吹き抜けで最上階からも見下ろせるような場所で、そんな危険な場所に長居は無用だ。
「敵の数は三人。数で押し切れば確実に勝てる。勝ちに行くぞ」
矢吹はそう言うと、矢吹と三好。翔と山城。この二人一組に別れ、移動を開始した。
『東棟の一階、異常無し』
「了解、西棟の一階も異常無しだ。これから、二階の捜索に移る」
『了解。俺達も二階を捜索する』
「・・・山城。わかってんだろうな?見つけても、手を汚すのは俺達だ」
翔とのやり取りの途中、矢吹は山城に話を振り、山城はしばらく黙った後に『わかってる』と返事が返ってきた。
向こうの二人とやり取りを終えると、矢吹と三好は目の前に伸びる階段をゆっくりと上がり始めた。
壁に張り付きながら、ゆっくりと上がり、銃を構える方向へ注意を向けた。
壁や階段は、至る所に染みがこびりつき、ちょっとしたホラーを感じながら階段を上りきった。
「あぁ・・・お化け屋敷とか苦手なのに・・・」
「得意な奴なんて、いないだろ」
「えっ・・・先輩は好きだと思ってたんですけど」
「いやいや、なんでだよ」
「なんか、人が怖がってるの見て楽しんでるみたいな」
「残念ながら、俺はサディストじゃない」
「えぇ~そうですか?」
「移動するぞ」
三好の話を途中で切り、二階へと進み始めた。
面倒な事になった。
敵はどうやら立てこもりを決め込んだらしく、左右に伸びる廊下の一室に、バリケードを築き上げていた。
「・・・まぁ最善の策だな」
「こっちにとっては、厄介ですけど・・・」
『どうする。突入するか?』
廊下の左右から逃げ場を固めた矢吹達は、突入方法を考えていた。
「下の階から地面を崩すというのはどうですか?」
「三好・・・そんな火力のある武器と、設置できる技術者がどこにいると言うんだ?
バリケードは手榴弾で破壊するとして、問題は突入するタイミングだ。出入り口は一つだ。下手に突入すれば、ハチの巣になる」
『正面突破か・・・気が引けるな』
「だったら、他に方法が思い当たるか?」
『だったら、逆に・・・俺達が正面突破で、誰一人犠牲者を出さないで成功させた事はあったか?
・・・・間違いなく・・・誰か死ぬぞ』
そんな事は翔に言われる前からわかっていた。
だから、その言葉にすぐに返答する事が出来た。
「だったら、死ぬのは俺だ。そう書いたはずだ」
矢吹は、そう言うと手榴弾のピンを抜き、バリケードに向けて放り投げた。
爆音と瓦礫が吹き飛ぶタイミングを見計らい、矢吹は駆け出した。
「先行する!後に続け」
矢吹は素早く扉の横に付き、室内に発煙弾を放り投げ赤外線ゴーグルを装着した。
室内に煙が充満し、扉からも煙が漏れ始めると矢吹は急ぎ、室内に突入した。
真っ白な視界で、何やら動く物体に、矢吹はナイフを投げた。
敵の悲鳴が、室内に響き渡った。
そんな断末魔に顔を顰めながらも、矢吹は他の敵を探し始めた。
狭い室内で他に扉も見当たらない。
「馬鹿な・・・」
その瞬間、後ろから両腕を左右から抑えられ、矢吹はうつ伏せに抑えつけられた。
頭から地面に抑えつけられ、背中には二人分の圧力が掛ってくる。
「動くな」
小さな警告と喉元にナイフを突き付けられ、体中に鳥肌が駆け巡った。
どうやら、扉に張り付いていたのは矢吹だけではなかったらしい。
突入する矢吹を壁に張り付き、敵が待ち構えていた。
突入してこようとする翔達に弾幕を張り、敵は矢吹を引きづりながら室内の奥へと進んだ。
「突入しようとするなよ!お前等!・・・さもないと、この男の命は無い!」
やられた・・・生け取りにされた。
充満していた煙が晴れ始め、壁に押し付けられ装備を取られた矢吹は、次第に状況がわかり始めた。
「跪け!」
後ろから膝を蹴られ、矢吹はその場に膝をついた。
ガチャっという銃を構える音に体が震えた。
後ろの方では、一人が矢吹を見張り、その間にもう一人が、倒れた仲間の状態を見て「くそっ」と悔しさをにじみ出していた。
ボキッ・・・
なんだ、この左腕に走る感触は・・・何かが外れる・・いや、折れ曲がる感触は・・・とにかく痛い!
「だあぁぁあ・・!!」
矢吹は痛みのあまり左腕を抱えながらその場に倒れた。
抱え込むと同時に激痛が、腕に走った。
左腕を見ると、そこには、これまで曲った事のない方向に折れ曲がった自分の腕があった。
「ハァ・・・ハァ・・・」
心が乱れ、呼吸も乱れる。
何が・・・何が起きえいるんだ・・・
何も考えられぬ状況の中、非情にも敵は倒れる矢吹から生き残っている右腕を引っ張りだした。
これから何が行われるのかが脳裏をよぎる。
抵抗しようとするが、激痛のあまり腕に力すら入らない。
「やめろ・・・・やめろ・・・」
うつ伏せ状態で頭を抑えつけられた矢吹の目の前で、敵は矢吹の腕を振り下ろした足であり得ない方向に再び腕を折り曲げた。
目の前で行われた光景と痛みがマッチし、悲鳴を上げる矢吹。
「くそっ!こんなんで済むと思うなよ!ぶっ殺してやる!」
怒りに満ちた敵の声と銃を構える音に、矢吹は身の毛がよだった。
「おぃ、止せ!感情に身を委ねるな!」
悲鳴を上げる矢吹をよそに敵は会話をし始めた。
「けどよ!」
「俺達が何のために立てこもりをやった!?・・・目的は果たせた!」
しばらく時間が経ち、ようやく自分が置かれている状況を理解した。
なるほど・・・人質か・・・
「お、お前等・・・馬鹿か」
「あぁ?」
矢吹の独り言に、敵の一人が反応した。
「ウォーゲームっだってそうだ・・・生け捕りなんて・・人質なんて価値は無い。『任務に従順であれ』だよ」
「なんだと、てめぇ。足もやっておくか?」
頭に血が上った敵がそんな事を言うが、もう一人の敵がそれを止め、矢吹に話しかけてきた。
「確かに、ウォーゲームではそうだ。・・・だがな、これはリアルウォーだ。実際に人が死ぬし、痛みだってある」
敵はそう言いながら、折れた腕を叩いて来る。麻痺し始めていた腕だが、やはり少し痛みが走る。
『敵の一人は、俺に完全に馬乗り状態だ。今なら再突入できる』
矢吹は翔達に無線を入れるが、全く反応が返ってこない。
『おぃ、どうした』
「味方とコンタクトを取ろうとしているのか?無駄だ。今、あいつ等はお前の悲鳴で恐怖と対面している。
・・・・十中八九、お前を見捨てるだろうよ」
見捨てる?・・・・俺を・・見捨てる・・・
敵にそう言われ、矢吹は必死に連絡を入れるが、返事は一向に帰ってこなかった。
「マジかよ・・・」
「・・どうやら、回線を切られたらしいな。・・・だったら、お前は用済みだ」
敵は矢吹を壁に寄りかかるように座らせると、ナイフを喉元に押し当てた。
冷たいナイフが温かい喉元に食い込み、矢吹は味方に見捨てられ死を覚悟した。
その時、隣の部屋で銃声が鳴った。
大量に鳴り響く銃声と、こちら側の壁を貫く弾丸は見事にアーチを作り、向こうの壁から誰かがその壁を蹴った。
倒れた壁の向こうに立っていたのは三好だった。
「先輩を・・・離せぇぇ!!」
三好は叫び声を上げながら、腰に構えていた機関銃を乱れ撃ち、大量の弾丸が敵に目がけ放たれた。
何も遮蔽物が無い敵は弾丸を浴び、敵は悲鳴も上げる間もなく、その場で踊り狂うかのように倒れた。
銃口から煙が漏れる機関銃を落とし、三好はその場に腰をついた。
「み、三好・・・」
三好は覆面を外し、矢吹の声を聞き、安心したかのように微笑んで見せた。
だが、その微笑む口からは一筋に血が流れ、三好はその場に倒れた。
「三好っ!」
矢吹は、その場から立ち上がり、三好の方へ駆け出すがバランスを崩し、三好の前に倒れ込んだ。
腕が使えず起き上るのに苦労する中、三好は何も言わず矢吹に抱きついてきた。
服に染み渡ってくるのは、三好の体から溢れだす温かい血液と温もりだった。
「私、先輩の事が好きです!」
「な、何を突然・・」
「あぁ・・・やっと言えた」
三好は、これまでにないほど力強く矢吹を抱きしめた。
「私・・・本当に先輩の事が好きで、これからも・・ずっとこの気持ちは変わらなくて、この関係がずっと続いて・・・でも・・・もぅ、終わっちゃう・・」
三好の目からは涙があふれ出した。
「そんなの嫌ぁ・・・私、もっと先輩といたかった。一緒に買い物に出かけて、一緒にどこかに行きたかった」
力強かった三好の腕は、次第に弱り始めていた。
「三好・・・」
「先輩・・私、まだ死にたくない・・・もっと先輩といたかった」
「よし、じゃぁ行こう!買い物にも付き合うし、どこか行きたいなら俺も付き合ってやる!・・・だから・・・しっかりしてくれ」
「本当・・・?うれしい・・」
三好の腕は次第に震え始め、目も虚ろぎ始めた。
すり抜ける三好の腕、そして、倒れる三好を支えれる腕を矢吹は持っていなかった。
その場に倒れる三好の前で矢吹は泣く事しかできなかった。
そんな中、翔と山城が部屋にやって来て、扉の前で倒れる三好を見て思わず立ち止まっていた。
そんな二人に気付き、矢吹は二人を見た。
「お前等・・・何やってた」
矢吹の言葉に二人は、何も返答する事なく顔を俯かせた。
そんな二人の態度に矢吹はキレ、声を張り上げた。
「何やってたかって聞いてんだよ!!」