第九話 誰が一番最初に死ぬか
「俺達には守るべき物がある。それは人質だけじゃない・・・手を汚すのは俺達だけで十分だ」
試合開始の音が鳴り、円陣を組んだ五人は手に持っていた銃を高々と上げた。
「・・・行くぞ」
彼の一言を合図に、全員の銃をぶつけ合った。
「すぐ戻ってくる」
覆面を付けた下からもわかる笑みを残し、彼と仲間達は薄暗い部屋に私だけを残し、出て行った。
最上階につながる階段を下りると左右に分かれた二本の長い廊下が、俺達を二つに別れさせた。
「ここで奴等を待ち構えるぞ」
「「了解」」
俺達は廊下の前にバリケードを組み、敵が来るのを待った。
廊下の向こうからは階段を勢いよく掛け上がってくる音が、小さな音であるが廊下を木霊していた。
「敵の人数は5人。・・・おそらく、俺達とかち合うのを三階だと睨んで、一気に駆け上がって来てるんだろうよ」
俺の予想は大方当たっていたらしく、下の階で彼等は階段を上がるスピードを緩め、ここに俺達がいないとわかると、ゆっくりと階段を上がり始めていた。
その足音に、俺達はバリケードから外に出す銃に力が籠った。
俺は暗視ゴーグルを装着し、遠くにいる敵兵二人を確認した。
「敵兵二人を目視」
「こっちは三人だ。・・・クリアリングしながら、こっちに近づいてる」
向こうの廊下で待ち構える仲間も残りの三人を確認した。
「俺の銃声を合図に撃て」
「「了解」」
長い廊下の反対側にいる敵兵は、一人が部屋を捜索し、残りの一人が俺達の方を警戒し、かなり手慣れているように見えた。
「ここからなら確実に狙えるぞ・・・撃つか?」
「いや、まだ向こうは俺達に気付いていない。引きつけて一気に叩くぞ」
横にいる仲間にそう告げ「了解」と仲間は答えた。
徐々に近づいて来る敵に、俺は落ち着こうとゆっくりと深呼吸した。
ゴム製の手袋が、銃と擦れギチュと特有の音を響かせる。
しっかりと狙いを定め、引き金に指が伸びた時だった。
殺気を感じ取ったのか、敵の一人が歩みを止めた。
しまった・・・
俺は急ぎ引き金を引いた。
だが、敵の二人はその前に部屋に横っ飛びしてしまった。
「くそっ!」
俺はバリケードから立ち上がり、部屋に向けて銃を撃った。
銃の反動を肩に感じながら、俺と隣にいる仲間は、応戦さないように弾幕を張った。
「ああぁぁぁ!くそぉ!」
向こうの廊下からは、敵の一人をやったのか敵の叫び声が聞こえてきた。
「おぃ、一人やったのか!」
「やってない!足をかすった程度だ!」
向こうは先に弾幕を向こうに張られたらしく、飛び交う銃弾をバリケードに身を潜めてやり過ごしていた。
「それよりも!・・・あいつ等妙だ!」
向こうにいる仲間の一人が、何かを言いだした。
「ああ?何言ってんだ?」
この状況で聞く耳なんてさらさらなかったが、彼の言った一言は、そんな耳を持ち合わせていなくとも、強烈な一言だった。
「声が若い!」
向こうの弾幕が尽きたらしく、仲間は応戦しながら言った言葉は、俺と隣にいる仲間の注意を一瞬そらしてしまった。
「・・・な、何を突ぜ」
隣にいた仲間は、何かを聞こうとしたその時に、敵の弾丸を喰らい倒れた。
「おぃ!大丈夫か!」
向こうの弾幕に身をかがめながら、俺は倒れた仲間の方へ向かった。
だが、倒れた仲間の頭からはドロッとした液体が流れ、覆面の下から覗いている目に生気が無かった。
再び失ってしまった仲間に慌てふためく俺の目の前で、向こうのバリケードが崩され、力無く両膝をつく仲間の頭に敵の一人が、銃を構えていた。
「やめ・・・」
小さく呟く俺の言葉を遮るかのように一発の銃声が鳴り、仲間が倒れた。
呆然と立ち尽くす俺に気付いた敵は、こちらに目を向けてきた。
殺される・・・
反射的に俺は、銃を構え弾幕を張った。
敵はすぐさま、廊下に身を隠した。
向こうにいる敵の数は一人、こちらに向かってくる敵の数は二人。
そして、俺の仲間はもぅ誰もいなくなった。
俺は弾幕を張り続けながら、上に続く階段へと向かった。
あいつだけは守る!
その思いだけで、俺の脚は動いていた。
弾が尽きる瞬間、俺は敵に背を向け、一気に階段を駆け上がった。
だが、弾幕が尽きた瞬間の敵の動きの方が、一枚早かった。
壁から身を乗り出し、階段を上がる俺に向けて銃弾を放った。
脇腹に走る激痛、痛みを堪えようと噛みしめる口からは喉を通り、温かみのある血が吐き出された。
肺を撃たれた。
焼けるような痛みに、一瞬足が止まるが、それでもあいつだけは絶対に守る。その思いで足を無理やり動かした。
敵は、後を追ってくる事は無かった。おそらく、体制を整えてから来るのだろう。
服から滲み出る赤い液体。
足元を見ると、その血が俺の居場所をしっかりと辿っていた。
今、左の部屋に入ればあいつが待っている。でも、その部屋に入れば突入される事は間違いない。
遠のきそうになる意識の中、俺は右の扉のドアノブを握った。
「・・・生き残ってくれ」
俺は左の部屋に向けてそう呟き、右の部屋の扉を開けた。
しっかりと進んでくれない足を引きずりながら、何とかまっすぐ進み壁に倒れかかった。
もはや、敵の足音すら俺の乱れる息のせいで聞こえない。
意識をしっかりと保って、扉に向けて銃を構えて、奴等を待った。
『声が若い!』
あいつの言った言葉・・・どういう意味だったんだ?
頭を働かせようとするが、すでに考える力すらない。
構えていた銃も支える事が出来ず、銃を握ったまま手が下に落ちた。
その瞬間、扉が蹴破られ二人の敵が、部屋になだれ込んできた。
銃を構える二人。すぐに撃ってくるかと思ったが、どうやら俺が相当、弱って見えたのか引き金を引くのに戸惑ってるように見えた。
声が若い・・・そう言う事か・・・
口に出したのか、それとも心の中で思ったのかわからないが、見た目ですら分かる程、敵は幼さが滲み出ていた。
大学生・・いや、もしかしたら高校生・・かな
俺は最後の力を振り絞り、銃を二人に向け、引き金を引こうとした。
だが、指に力が入らなかった。
銃を構えた動作で敵は、俺に向けて銃弾を必要以上に放った。
大量に弾丸を浴び揺れる体、俺の意識はそこで終わった。
横たわる俺の目には、敵の一人が胸を抑えながら、錯乱しその場に倒れる敵とその敵の仲間が「勉!」と敵の名前を呼ぶ姿。
そして、廊下で待っていた三人目の敵が、左の部屋に入って行く姿を捕えていた。
「もぅいいだろ・・・この後の結末は知っている」
矢吹は、映像を映し出すメガネを外しながら言った。
「やっぱり・・・見ない方が良かったかも・・・」
同じくメガネを外しながら三好は呟いた。
「いや・・・三好はあいつ等も正義の味方なんかじゃないって教えたかったんだろ?」
翔は、三好を擁護しながらも、見てしまった映像に激しく後悔していた。
『ミーティングルームに来て下さい』
三好にそう言われ、矢吹は病院に検査をする永を残し、やってきた。
そして、この映像を見て彼等の実力を知りましょう!なんてやけに張り切る三好の姿に、どんな内容なのかも聞かずに映像にのめり込んでしまったのが、今回の敗因だ。
「あ、浅野を脅して、何をやってたかと思ったら・・こ、これを貰おうとしてたんだな」
「・・・はい。本当は、彼等の目の映像を貰おうと思ってたんですけど、死んだ人の映像しか記録に残ってないって言われて・・・だから仕方なく」
「残留思念だ。死ぬ前の出来事を目からの情報だけじゃなくその時の思いも、今じゃ記録として残す事が出来る。
・・・・ったく、良い時代になったもんだぜ」
眉間にしわを寄せながら、矢吹は嫌味っぽく言い、それに対し「ごめんなさい」と三好は身を縮めた。
「いや、別にお前が悪い訳じゃない。気にするな」
今日は俺達の戦争以外の映画見れるかな?
「でも、わかった事がある。・・・あいつ等が生き残れる理由は、元少年兵の五十嵐だけの実力だけじゃないって身に染みたな。
あいつ等全員の個人能力が、彼らよりも、ずば抜けて高い」
翔の言う通りだった。
だが、それはつまり矢吹達がチーム1と戦う事になった場合、負ける事を意味している。
敗北・・・つまり、死だ。
その事を全員がわかっていた。
沈黙の時間が矢吹達を、部屋全体を包んだ。
「私・・・最後まで残るなんて、絶対いや・・・」
目から一滴の涙を溢しながら三好は、そう呟いた。
「何で・・・何でこんな事、しなくちゃいけないの・・・私、普通に生活して・・・普通に家庭を持って・・普通に暮らしたかった。
それなのに、なんで・・」
「止せ、三好・・・そんな事考えるな」
目が泳ぎ始める三好に、翔は止めに入った。
「私・・・こんなのいや!こんなのって無い!こんなの間違えてる!・・・こんな・・こんな事って無いよぉ・・・」
三好の言葉に、黙り込む翔、そして死の恐怖から自分の体を抱きしめながら震える山城。
「・・・覚悟を決める必要があるかもしれないな」
俯いていた矢吹はそう言いながら頭を上げた。
「覚悟を決めるって・・・何のだよ」
矢吹の言葉に翔は目を赤くしながら聞いてきた。
「そんなの・・・決まってんだろ。・・・誰が先に死ぬかだ」
その言葉に翔は椅子から立ち上がるが、返す言葉も見つからなかった。
そして、言った張本人である矢吹も、息を乱していた。
「覚悟を決めていた方が・・・失った・・時に・・・ショックが和らぐだろ」
声を震わせながら矢吹はそう言い、誰も反論しない事を言い事にホワイトボードに『誰が一番最初に死ぬか?』と書いた。
「あくまで、血判書のような物だ。・・・順番が違えど、俺達は・・・俺達の実力じゃ・・絶対に死ぬ。
まずは自己申告といこうや・・・誰が・・まず死にたい?」
矢吹は全体を見渡しながら手を上げる者を待ったが、誰一人として上げようとはしなかった。
「自己申告は無しか・・・じゃぁ次は可能性の問題だ。
これまでも、ゲームの中でいの一番にやられてたのは・・・ポジション的にも、敵に一番発見されやすくて・・狙いやすい人物」
矢吹は、あくまで客観的に物事を捕えようとして、額にかく脂汗を拭いながら、ホワイトボードに『矢吹』と名前を書いた。
「・・・言うまでもないが、突撃兵である・・・俺だ」
「いや・・・止めましょう先輩!そんなの書かなくていいです!」
椅子から立ち上がり、矢吹を止めようとする三好の手を翔が引きとめた。
「次は俺だ。・・・俺が死ぬ」
「そんな・・・」
翔の自己申告に、矢吹は頷き『翔』とホワイトボードに書いた。
自分の名前がホワイトボードに書かれたのを見て、翔は引きとめていた手を離し、椅子に倒れ込んだ。
「さぁ・・・山城・・・男見せろや」
俺は書いたぞと言わんばかりに、翔は体を震わせたまま動かない山城を見ながら言った。
山城は、黙ったまま動こうとはせず、ずっと下を見ていた。
「おぃ・・・山城!」
痺れを切らせた翔が声を張り、山城はさらに体を縮めた。
「矢吹・・・次は山城だ。ホワイトボードに書け」
翔の言葉に、矢吹は頷いて見せホワイトボードに名前を書こうとした
「やめろぉぉぉぉ!」
山城は、椅子から立ち上がり、矢吹に体当たりをかました。
メタボった丸い体から繰り出される山城の攻撃は、矢吹とホワイトボードを吹き飛ばした。
下に転がった布で山城は、ホワイトボードに書かれた文字を全て消した。
山城の行動に「おぃ!」と翔は声を張り上げるが、今の山城に効果は全くなかった。
「俺は嫌だ!・・・絶対に死なない!例え、お前等全員が死んだって、俺は絶対に生き残って見せる!」
「山城・・・これはあくまで可能性の問題だ。ただ、もしもの事を考えて」
「もしもってなんだよ!何弱気になってんだよ!なんだよ死ぬ覚悟って!それってただ逃げてるだけじゃねぇか!」
「お前のその発言自体、逃げてる事だろうが!あぁ!?違うか!!俺達は逃げれないんだよ!」
「俺はそんなの必要無い!そんな覚悟、要らない!誰が死のうが知ったこっちゃないよ!」
「この・・・利己主義者が!自分さえ良けりゃそれで良いってか!」
「当り前だ!・・・お前達もそうだろ!俺を利用しようとして、近寄って来たんだろ!友人て言うのは己の利益を生むための道具だろ!」
「だったら、お前は!俺達といて面白くなかったのか!?」
「それが利益だって言うんだよ!自分の欲求を満たすために友人なんて言葉はあるんだよ!俺はそう思う!
だから友人なんて、道具にすぎないんだよ!」
「もぅ止めてください!」
金切り声を上げる三好に、頭に血が上った三人はようやく我を取り戻した。
「こんなの・・いつもの私達じゃない!いつも適当な事で盛り上がって、下らない事で楽しんでたのに・・・こんな場所、もぅいたくないです!」
「おぃ、三好!」
三好はそう言うと部屋から飛び出し、翔が後を追い、残された二人は気まずい空気の中、荷物をまとめ部屋から出て行った。