第八話 プレイヤー気取り
「じゃぁ、今日はお兄ちゃんもいるんだ」
検査入院で、再び病院を訪れる事となった矢吹と永。
そして、とりあえず何もかも忘れたかった矢吹は、ネイキッドゲームをすっぽかして病院にいる事にした。
「あぁ、毛布と布団も借りてきたしな。だから、明日の検査、頑張るんだぞ」
「うん!」
「そのためには、早く寝る事だ」
「えぇ~、お話したい!」
「駄~目。それに、この後、看護師とちょっと話があるんだよ」
「お話?・・・永の事?」
「いや、俺の事」
「お兄ちゃんの?」
「大学の健康診断すっぽかしちゃっててさ・・・受けないと駄目らしいから、この病院でやって貰おうと思って」
「そうなんだ・・・」
「だから、ちょっと行ってくる」
口を尖らせる永の頭を撫でながら、矢吹は病室から出て行こうとするが
「・・・帰ってくる前に寝てろよ」
と指差し「は~い」という妹の言葉を聞きながら、矢吹は病室から出て行った。
病室から出るとそこは、いつも通り暗い廊下で、矢吹は兄貴顔から、表情を一変させ無表情になった。
妹に嘘をついてまで、病室を出たのには理由があった。
映画通りであれば、この病院は司法や行政からも逃れる事の出来る病院である。
実際その通りだ。未だに認可されていない治療法もこの病院では行われている。
院長であった井上康太の父は院長の座から降り、今や隠居の身、ここにリアルウォーの手が伸びていないとは言い切れない状態だ。
だが、一つだけ手はある。・・・それは英雄の存在だ。
井上康太だ。彼に何か伝える事が出来れば、何か方法があるかもしれない。
運命と言うのは残酷だ。
こう言う時に限って、キーマンである人物はやってこない。
いつも出てくる病室の前で待っているが、中に人の気配は感じ取れない。
「今日は来ていないのか・・・」
肩を落としながらも希望を捨てきれない矢吹は、恐る恐る病室の扉を開き、中の様子を窺った。
集中治療室と書かれた病室の向こうには、一つのベットと心拍数を測る機械が置かれ、人がベットに横たわっていた。
「あの人が・・・」
井上康太以外でリアルウォーの生き残り。だが、未だに意識を取り戻さない、井上康太の親友の鈴木勉だ。
こんなすぐ側にいたのに、今まで見た事が無かった。
矢吹は知らぬ間に、病室に入り、ベットのすぐ横に立ち尽くしていた。
動かしていない筋肉はやせ細り、病院服から見える手足はまるで骨と皮しかないようだ。
だが、未だに自発呼吸をし、脈も打っている。
脳死とも言えない状態で何十年もこのベットに横たわっている。
「なぁ・・・あんたはいつになったら起きるんだよ。
・・・あんただったらどうした。混乱する親友に親友だったら、どぉ諭した?」
何とかチームの崩壊を免れたが、これまで通りの楽しい会話をする事が矢吹達は出来なくなっていた。
映画では、それほど際立って目立つ存在ではない鈴木勉だが、ドラマなどでは葛藤する井上康太を諭すキャラクターとして、登場していた。
そんな彼等と矢吹は自分と翔を重ねて見てた。
だが、植物状態である彼から答えを聞く事は出来なかった。
「・・・・っ!誰だ!」
人の気配に気付き、入口の方を見るとそこには腕を組み、こっちを睨みつける男がいた。
「あんたこそ誰だ。俺の兄貴の寝顔を見て、何か楽しい事でもあったか?」
スーツ姿の男は、矢吹のそんな事を言ってきた。
「・・・じゃぁ、あんたが鈴木勉の弟か」
「鈴木勉・・・ね。俺の兄貴も見下されたもんだ・・・時期外れの野次馬って事か」
「いや・・・そう言うつもりじゃ」
「言い訳なんてどうでもいい。俺の兄貴は見せもんじゃねぇんだ・・・とっとと帰れ」
男は、矢吹に扉から出て行くように顎で促した。
「・・・わかった。すまなかった・・勝手に入ったりして」
扉から出て行こうとする矢吹の左腕につけたリストバンドを見て、男は通り過ぎ際に「プレイヤー気取りが」と吐き捨てるかのように呟いた。
その言葉に、矢吹は一度立ち止まるが、歯を噛みしめながら、病室から出て行った。
病室からは規則正しく振れる脈の音が電子音として聞こえ、男は鈴木勉のベットの横に立った。
「兄貴・・・あんたはいつになったら戦いから戻ってくるんだよ」
病室から出た矢吹は、病室を睨みつけていた。
『プレイヤー気取りが』
男の吐き捨てたセリフに腹が立っていた。
「そう見えるのかよ・・・」
そう呟きながら、矢吹はその場を去った。
建物の陰に隠れ、こちらに向けて撃ってくる敵に対し、壁から体を少し出し、狙いを定め引き金を引いた。
『左側頭部に被弾』
ナレーションの言葉通り、敵は頭に銃弾を食らい、体を反らせながら仰向けに倒れた。
敵の射撃が弱まり、その隙をついて、三好は一気に近づき、壁に貼りついた。
壁の向こうからは、近くになった事で狙いの定まった銃弾が弾け飛ぶ感覚を背中で感じ取っていた。
後ろで弾が弾け飛ぶのを感じながら、手榴弾を後ろ向きに投げた。
投てきされた手榴弾は見事に敵の足元に落ち、爆発した。
『グレネードによる撃破数二名。残り一名です』
建物に続く階段を一気に上り、入口からハンドガンでクリアリングを行い、中に侵入した。
誰もいない部屋を一気に突き抜け、廊下へと入った。
廊下の両側にある部屋に気を配らせながら、目の前にある階段を目指し進むが、通り過ぎた部屋から敵が飛び出し三好の背後を取った。
「しまった・・・」
敵の銃弾を背中からモロに喰らい、三好はその場に倒れた。
『単独任務失敗。総撃破数4名、総合ランキング外です』
「あぁ!もぅ、映像シュミレーション終了っ!」
『確認しました。映像シュミレーション終了します』
オンラインで今回の単独任務のランキングが目の前に浮かび上がるのを見ながら、三好の周りにある建物が、次第に溶け初め、普段通りの鼠色の壁に包まれた部屋になった。
「悔しぃ~後一人なのに~」
いつも残り一人の所で、やられてしまう三好。
「あぁ!もぅ総合ランキング!」
『確認しました。ランキング表を映します』
三好の前に赤い光でランキング表が映し出され、トップ10に矢吹の名前がある。
「どうやって、人の気配を察知するのよ・・・」
矢吹の名前を突きながら、三好はそう呟いていた。
矢吹の名前を突く事で、矢吹の詳細データが映し出され、今回の単独任務のプレイ動画が映像で映し出された。
三好は、矢吹のプレイ動画を参考にその通りに動いているのだが、最後の敵だけはどうしても対処できないでいた。
敵に背後を取られた矢吹は、振り向き様、一瞬にして敵の銃口の向きを変え、ナイフで敵の心臓を突き刺していた。
総合ランキングの上位にいる人達はほとんどが、自分にハンディキャップを与えている。
例えば、すでに負傷状態からゲームをスタートしたり、矢吹のようにナイフのみで敵地に侵入するなど・・・ちなみに、一位の人間は素手のみで、全く参考にはならない。
『あぁ?こんなの楽勝だろ』
昔、矢吹の言った言葉に三好は不貞腐れながら部屋から出て行った。
「相変わらず、詰めが甘いね~」
部屋から出ると受付にいる浅野に話しかけられた。
ヘラヘラと笑う浅野にプイッと顔をそらせ、無視しながらその場を去ろうとするが浅野がそれを許さなかった。
「君、記憶が無いんだって?」
「・・・だったら、何だと言うんですか」
「何があったか、知りたくないかい?」
「えっ・・・」
「この会場で行われた試合って言うのは、セキュリティと参考のために一週間ほど記録に残されているんだ」
「一週間って、すでに過ぎてるじゃないですか」
「通常の場合は、一週間・・・でも、いくつか例外がある。そのうちの一つがリアルウォーに関するものだ」
「・・・弱みに付け込んで、戦うようにするためですか」
「その通り、映画でもそう言ったシーンがあるだろ?・・・高校生たちがネットに掲載されている動画を発見した時にさ。
あれ、実はマイクロカメラとかじゃなくて、人の視野から直に撮ってるんだ。手首に付いた発信機がその映像を記録する。
あれは、偶然発見したんじゃない。発見させたんだよ」
「つまり、私達の戦いも記録されているって事?」
「そっ・・・君が見たいのであれば、取り寄せてやってもいいんだぞ」
「・・・・」
先輩が自分に暗示を掛けたのは、やはり間違いない。
だが、それは三好の事を思ってやった事だ。
もし、映像を見たいと言えば先輩の気持ちを踏みにじる行為だ。でも、知りたいのは確かだ。
「まっ、気が向いたらいつでも言いに来な」
そう言って業務に戻ろうとする浅野を三好は引きとめた。
「待った。記録ってずっと残されているの?」
「ん~・・・まぁね。リアルウォーの記録は多分全部残っている」
浅野の浅はかな言動に三好は、ニヤリと笑って見せ、浅野に近づいて行った。
意外と長身な三好は、浅野を見下ろしながら胸倉をつかんだ。
「今から私の言う、映像を持って来い」
「・・・えっ?」
三好の発言に顔を青くさせる浅野と、何やら勝ち誇ったかのような笑みを見せる三好を遠くから眺めていた山城は、何も見なかったと自分を納得させ、その場を去った。
ネイキッドサバイバルの会場では、今、二つの派閥争いが繰り返されていた。
その二つとは、ネイキッドとブラットの二つだ。
数で言えば、ネイキッド派が断然有利だが、力で言えばブラットが少し勝っている。
ナンバー4と5がブラットを推し、ナンバー4の圧力により、主力ナンバーのほとんどが飲み込まれそうになっている。
そして、権力を持たない下位の連中がネイキッド推進派で、会場の雰囲気を飲みこんでいる。
これまで金の流れが頻繁に行われていた会場は、派閥争いにより金の流れがピタリと止み、経済氷河期に陥っている。
ブラットゲームが行われれば、会場は金を出さず、ネイキッドが行われそうになれば、権力者が試合を妨害してくる。
「こりゃ、駄目だな」
この気まずい空間で、煙草を咥えながら翔は呟いた。
「翔さん、なんで今日、矢吹さんは来てないんですか」
矢吹達を勝手にネイキッド推進派のボスザルにした取り巻き連中が、翔の前に膝をつきながら聞いてくる。
「あぁ~、無理無理。あいつ、今日は病院だから・・・それに、勝手に俺達を巻き込んでんじゃねぇよ」
「でも、俺達を奮い立たせたのは矢吹さん達ですよ」
何故かわからないが、そんな彼等の態度に翔は体を震わせた。
「あのさ・・・お前、いくつよ」
「23ですけど・・・」
「俺、今年で二十歳だけど、まだ19だぜ?・・・敬語なんて使うなよ」
「それは、周りに顔を立てなくてはいけないんで・・・」
「お前達が勝手に俺達をボスに仕立て上げただけだろ。正直言うと迷惑だ・・・それに、派閥争いのせいで金が動かないじゃねぇかよ」
金が入らなければここに来る意味が無い。
「それは今の間だけです。俺達が勝利を掴めば、この会場が手に入り、その上、金の流通だって思いのままになる」
「勝てばの話だろ」
「そんな弱腰でどうするんですか」
「俺は可能性で物事を判断しないだけだ。・・・大体、奴等が実力行使で来たらどうするつもりだ?勝てる自信がある奴はいるのか?」
全体を見渡しながらそう言うが、誰一人として自信有り気に顔を上げようとする人はいなかった。
「・・・ほら、言ってる側から案の定だ」
翔の言葉に、取り巻き達が後ろを振り返ると、鼻に絆創膏を貼ったナンバー4の彼を先頭にこちらに大行進してくる連中がいた。
「どけっ!」
絆創膏を貼った男の言葉に、取り巻き連中は道を開け、ソファーに座る翔の前にやってきた。
「・・・言っておくけど、俺はセコンドだ。戦うつもりは無いぞ」
「俺等って案外優しいからよ。こんな連中、力で抑えつけちまえば一発だが、ブラットを好むと言ってもこの会場をブラットバスにしたくないんだよ。
だから、てめーの首一つで許してやろうと思ってな」
「・・・全員をタコ殴りにすれば、人が来なくなって金が入らないからって正直に言えばいいだろ」
「・・・連れてけ」
絆創膏の撮り巻きの二人が、翔の両肩を担ぎ、無理やり会場へと連れて行った。
「・・・ったく、何時だと思ってんだよ」
けたたましい携帯電話の音楽に、イラつきながら矢吹は見知らぬ番号が映し出される電話に出た。
「はい・・・もしもし?」
「矢吹君、だね?」
「あぁ?誰だ?」
「ネイキッドの運営者だよ」
「あぁ、あんたか・・・」
「言ったはずだ。ボス猿は猿山にいてこそ相応しいと・・・」
「だから、言ったはずだ。興味が無い」
「興味が無くともだ。・・・今、君の友人が私の息子に拉致られ、ブラットゲームに強制参加させた」
「あぁ?・・・相手の数は」
「・・・随分と余裕だな」
「あぁ、もしかして、あんたの息子一人か?」
「いや、今回はナンバー5の全メンバーだ」
「って事は、三人か・・・運営者さん、救急車三台呼んどけ」
「?・・・一体何を」
電話の向こうでは、何か起こったらしく、あまりの出来事に絶句していた。
「・・・ネイキッドであいつに勝てる訳が無いんだよ」
矢吹はそう言うと電話を切り、再び眠りに付いた。
「あぁ~あ、やっちゃったよ」
下に蹲る三人を見下ろしながら、翔は面倒そうに頭を掻きながら、会場から降りた。
会場から降りると、入口でボコボコにされた翔を待ち伏せようとしていた絆創膏が、呆然と立ち尽くしていた。
「俺ってさ、人に取り付いて生活してるから、弱く見えてるかもしれないんだけど、中学まではちょっとした集団のヘッドやってたんだよね。
・・・なんで中学生でヘッドやってたかと言うとさ。面倒見がいいってのもあるけど」
翔は、絆創膏の方へ近づき、片腕で肩を鷲掴みにするとそのまま上に持ち上げた。
「この怪力のせいでもあるんだよ」
絆創膏は、強く握られた肩に痛みが走り、呻き声を上げていた。
「あぁ・・・そういや、お前随分昔に、ガンズショップにいたよな?」
「だ、だったら、なんだってんだ」
「単独任務のオンラインランキング表でさ、一位の奴、知ってるか?拳のみで戦ってる奴」
「まさか・・・」
「あれ、俺」
そう言うと翔は掴み上げていた腕を振り回し、絆創膏を金網に向けて放り投げた。