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第七話 偽善者

「・・・お兄ちゃん、出かけるの?」

夜遅くに眠たい目を擦りながら、階段上で玄関にいる矢吹に永が話しかけてきた。

「あぁ、夜間のバイトが最近忙しくてな・・・朝飯は冷蔵庫の中に入ってるから、温めて食えよ」

「うん・・・いってらっしゃい」

「あぁ、行ってくる・・・」

靴を履き終え、矢吹は一度も永の方を振り返らぬまま、玄関から出て行った。

『いいの~?そんな会話だけで済ましてさ~・・・最後かもしれないのに~』

「うるせぇ、黙れ」

体の中から聞こえる浅野の声に矢吹は短く突き返しながら、みんなが待つ駅へと向かった。




深夜になると辺りには人がいなくなり、そんな駅の前にはすでに到着していた翔達が待っていた。

よぉ・・なんて短い会話を済まし、バスを待つが誰一人として口を開く者はいなかった。

ライトの光に気付き、視線を向けると遠くから一台のバスが、こちらに近づいてきていた。

バスは、矢吹達の前に停車し、扉が開いた。

「お迎えにあがりました」

運転席から、決められたセリフが聞こえ、その言葉を合図に矢吹達はバスに乗り込んだ。

大きなバスに立った四人と言う少ない人を乗せ、貸し切りのバスはギアを入れ、走り出した。

各々はバラバラに、なるべく距離を取るように席に座り、見慣れた街並みを眺めていた。

時間が経つと、見慣れた風景は、見慣れぬ山奥へと進み、窓からは暗闇と木々しか見えなくなり始めた。

この国じゃ砂漠の浸食が、ニュースで伝えられる中、北海道に住む彼等にとっては、全く無縁の出来事だ。

バスは順調に進み、地図に存在しない一本の長いトンネルへと差しかかった。

オレンジ色に光るトンネルは、彼等を異世界へと連れて行く。


トンネルを抜け、脇道にそれたバスは砂利道を進み、街灯も存在しないどこかの野原に到着した。

「試合が終わり次第、お迎えに上がります」

運転手は、矢吹に一枚の紙を渡し、全員が降りると再び、バスは闇へと消えて行った。

矢吹は、紙に記された場所に進み、そこには、人数分の黒い鞄が置かれていた。

名前の書かれた鞄を開くと、そこには注文しておいた武器や装備品がぎっしりと詰まっていた。


「今回のフィールドは森林と草原だ。・・・向こうの人数は、俺達同様四人・・・向こうの出発地点は森林。

俺達は、草原で裸同然だ。試合の合図が入り次第、森林へと移動。二人一組で敵の索敵、発見次第、奇襲を掛ける」

全員が黙々と装備品のチェックなどを進める中、矢吹は作戦の再確認をしていた。

矢吹は、頭に暗視ゴーグルをセットし、緑色の世界に目を慣らし始めた。

辺りは背の低い草が生え、虫達が何も知らずに呑気に鳴いている。

「いいか、練習通りだ。練習通りにやればいいんだ。・・・俺達は決して死なない。こんな下らない事で落としていい命なんて俺達の中には存在しない」

装備を完了した仲間達は、矢吹を中心に立ち上がり、無言のまま拳を突き出した。

「映画のパクリとか言われるかもしれないが、言いたい言葉がある。

・・・必ず生きて帰ろう」

「「了解」」

「行くぞ!」

「「LET'S DO THIS !!」」

試合開始の合図が鳴ると同時に、矢吹達は、草原を身を屈めながら走り、向こうに待ち構える森林の中に入って行った。





『観測兵から突撃兵に通達。周囲に人影なし、慎重に進め』

「了解」

暑苦しい覆面を被った矢吹は、草でなるべく音を立てないようにしながら、山奥を慎重に進んでいた。

木の陰に身を隠し、後ろにいる三島に移動して良しと合図を送ると、その合図で三島も移動を開始した。

周囲の木々は密集している訳ではなく、所々大きな木が生えていて、木よりも小さな茂みの方が身を隠すのには適していた。

茂みに身を隠し、辺りを警戒しながら、矢吹は後ろで移動する翔達の合図を待っていた。

『なぁ・・・矢吹』

「なんだ」

『向こうは初めての参加とかじゃ・・・ないよな?』

「・・・さぁな」

『本物の銃だって知ってるだよな?』

「さぁな」

『・・・・撃って・・くるのかな』

「撃たなくても、俺が撃つ。・・・そう決めただろ」

『でもよ・・・』

『翔先輩、やめましょう。そんな話・・・。今は戦いの方に集中しましょう』

「その通りだ、翔。逃げてたって何の解決にもならない」

『・・・わかった。悪かった、変な話を持ち出して』

「それより、敵はまだ見つからないのか?」

『あぁ・・・。だから、気になったんだ。向こうは逃げたんじゃないかって・・・もしくは、どこかで待ち構えているか』

「・・・後者の考えで行こう。それに、前者の場合だったら、奴等の人質は死ぬ事になるんだからな」

『そうだったな・・・』

「移動を開始する」

会話を中断させ、矢吹は再び移動を開始した。



彼等は本当に待ち構えていた。

一つの建物を中心にして、全体を見渡せる位置に仲間を置いていた。

彼等は持ち場を離れず、周囲を警戒していた。

「こりゃ、キツイ所があるな。移動してくれたら楽な所もあるが」

『先輩、私が敵を誘導します。その隙に、接近してください』

「却下だ」

『おぃ、矢吹。俺達にバックアップをさせないつもりか?・・・いつまでも突っ張ってんじゃねぇよ』

「・・・わかった。ただし」

『わかってます。威嚇射撃のみです。人には絶対当てません』

「・・・了解。・・・・俺の言葉を聞き逃すなよ」

『了解です』

体を伏せながら、矢吹はゆっくりと移動を開始した。

敵は木の陰に隠れ、周囲の警戒を行っているが、遠くしか見てはいなかった。

息を殺し、矢吹は建物の近くにまで辿りついていた。

『カウント開始』

1・・・2・・・3・・・4

翔のリズムに矢吹はその場に伏せた状態で、気配を殺し、少し後ろでは三好が木の陰から銃を構えた。

双眼鏡で周囲を見渡す翔と、その横で山城はスコープに敵を捕えていた。

8・・・9・・・10

三好は、木から身を乗り出し、銃を乱射した。

放たれた銃弾は、土の地面を抉り草や土を宙に舞いあがらせた。

地面を走る銃弾に敵は、木の陰に隠れながら、建物の奥へと飛び込んだ。

『矢吹、今だ!』

翔の言葉を合図に、矢吹は建物の壁に身を滑り込ませた。

『四人全員が、建物と挟んでお前の反対方向にいる。建物の両翼に山城と三好を置く』

「わかった」

壁に張り付きながら、矢吹は腰に差してあったナイフを抜き、ハンドガンを構えた。

「マジかよ!あいつ等、撃ってきやがった!」

「本気かよ!冗談じゃ済まされねぇぞ」

壁を挟んで敵の大きなやり取りの声が聞こえてきた。

あいつ等・・・

「おぃ、どうする!俺達も撃つか?」

「冗談だろ!?・・・人をまた殺せって言うのかよ!」

まさか、こいつ等・・・

「おぃ、お前等!」

矢吹は、建物を挟んで向こう側にいる敵に聞こえるように声を張り上げた。

向こうでは銃を持ち直す音が聞こえてくるが、矢吹は会話を続けた。

「まさかとは思うが、お前等も二回目か!?」

矢吹の言葉に無線では『まさか』なんて翔の呟く声が聞こえた。

「お前も二回目って事か!」

「止せ!変に俺達の状況を探ろうとするな!・・・建物の両翼に狙撃兵とライフル兵が銃を構えてる!建物内にも一人潜ませた!

無駄な動きは取ろうとするな!」

「・・・・わかった!俺達は二回目だ!・・・あんた等はどうなんだ!」

「俺達も二回目だ!一回目はお互いに何も知らされていない状況で行われた」

「俺達も同じだ!だから、今回が初めての試合だと言っても問題は無い」

「どういう事だよ!普通、経験有りの人間を混ぜて、戦闘を増長させるもんだろ!」

「お前等、浅野から知らされてないのか!」

「何の事だ!」

「俺達は、第二のプレイヤーの第一期だ。つまり初期状態なんだよ!だから、経験者なんて存在しない」

翔、向こうの様子は?

『赤外線で見る限り、動いている様子は無い。お前の鎌が引っ掛かったみたいだ』

体内無線で、翔と連絡を取りながら矢吹は会話を続けた。

「・・・・なるほどな。だから、俺達が撃つかどうかわからなかった訳だ」

「そうだ!あんた等だってそうだろ?・・・今回の奇襲、俺達は完全に無防備だった。なのに、誰一人として怪我なんてしちゃいない!

あんた等だって撃ちたくないんじゃないのか?」

俺が奴等をあぶり出す。山城・・・行けるか?

『了解』

「当り前だ!・・・でもな!お前等と同様、俺達にも人質がいるんだ!」

『待て!あんな奴等を本気で撃つつもりか!』

「人質のために人を殺せるのか!お前等は!」

「お前等は違うのか!人を殺さないで、何も知らない人質が殺されても良いって言うのか!」

山城、今の翔は駄目だ。自分で観測を行え。

『もぅやってる』

『待て、山城!』

「俺は撃つぞ!見ず知らずのお前等のために、失っていい人質なんていないんだよ!」

「待てっ!それは俺達だって同じだ!・・だがな!見ず知らずの人の命で生かされる人質の事も考えてみろ」

『観測終了』

窓から手榴弾を投げ込む、それを合図に撃て

「いつまでも偽善ぶってんじゃねぇぞ!映画の高校生と同様だ!

・・・・俺達は逃げられないんだ!」

矢吹はピンを抜き、窓から手榴弾を投げ込み、地面を金属音が転がった。

「馬鹿野郎ぉぉぉ!」

向こうからは敵の叫び声が響き、手榴弾の爆発音と遠くから銃声が森に鳴り響いた。



崩れた壁と土埃が漂う場所には人の物と思われる肉塊が倒れ、離れた場所には狙撃された人の亡骸が横たわっていた。

「俺達は、逃げれないんだよ・・・」

顔をしかめながら、矢吹はそう呟いた。

「ゲホッ・・・」

誰かが咳き込む声に矢吹は、銃を向けた。

土埃が晴れ始めた場所に、崩れた建物に手足を押し潰された敵兵の姿があった。

「いてぇ・・・いてぇよ・・・」

覆面の下から滲みだす血の混ざった涙に、矢吹の銃口は震え始めた。

「頼む・・・楽に・・・楽にしてくれ・・・」

矢吹はそんな敵兵の言葉に、震えながらも銃を向けた。

『撃つな!矢吹!試合はもぅ終わったんだ!』

おそらくこちらに走って来ているのだろう。息を切らせながらの翔の言葉が矢吹の判断を鈍らせる。

「頼む・・・殺してくれ・・・・殺してくれ」

くそっ・・・こんな時、あいつ等ならどうする・・・井上だったらどうする・・・五十嵐だったらどうする・・・

楽にしてやりたいと言う気持ちと、こんな事にしてしまったと言う罪悪感が葛藤をし始め、引き金に掛けた指が動こうとしない。

どんなに歯を食いしばろうと、どんなに顔を顰めようと、答えも出ないし、指も動かなかった。

そして、さっきまでとは違う言葉が矢吹の口から出てきた。

「・・・・無理だ」

弱弱しく、声が裏返りながら出た言葉に、銃は下を向き、矢吹は顔を俯かせてしまった。

「・・・ぎ、偽善・・・者め・・」

虚ろになる目を泳がせながら男は最後にそう呟き、泳いでいた目は動かなくなった。





『試合終了。勝者チームFOOL』

森全体にスピーカフォンが響き渡り、膝をつく矢吹の周りに全員がただ佇んでいた。

『偽善者め・・・』

最後の言葉が、矢吹を苦しめていた。

「撃てなかった・・・」

後悔の念が、矢吹を更に苦しめていた。

「矢吹・・・撃たなくて正解だ。撃たない方がお前のためだ」

翔は矢吹を慰めるつもりで言ったのだが、矢吹にとっては逆効果、いや、逃げ道になってしまった。

「なんで俺を止めるような事をしたんだ!」

「止めなきゃ、お前は撃っていただろ!」

撃っていたとしても、撃った事をおそらく後悔する事になっただろう。

そんな事は、わかっている。だが、翔の胸倉を掴まざるを得なかった。

「だとしても、撃って奴を楽にして、撃った事を後悔した方がマシだった!」

どっちが最善の選択だったか・・・そんな事は誰にもわからない。

だが、最後に言った偽善者と言う言葉が、矢吹の頭から離れなかった。

「撃っていれば、あんな言葉を聞かずに済んだんだ・・・」

目には涙が堪り始め、覆面の布で涙は零れる事なく、吸い取られていく。

「俺・・・俺達は、あの高校生とは違う。正義の味方なんかじゃないんだ。偽善なんか・・・無くていんだよ!

俺達は・・・あくでいいんだよ・・・それで生き残れるんなら!俺達は悪役でいいんだよ !!」

「・・・・」

強く訴える目に翔は目をそらす事しかできなかった。

「お、俺もそう思う・・・こ、今回は矢吹が正しいと・・・思う」

山城は銃を肩に担ぎながら、珍しく口を開いた。

「俺・・達は、きっとこれからも、人を殺す事になると思う。・・・しょ、翔はまだ人を殺してないから・・そんな事が言えるんだと・・・思う」

「・・・・三好は・・・どう思う?」

胸倉を掴まれながら、珍しく大人しい三好に翔は尋ねた。

「私は・・・わらないです。・・・どっちが正しいとか正しくないとか・・・でも」

「でも?」

「正義のヒーローなんて存在しない。・・・私はそう思います」

「・・・そうかよ。・・・つまり俺だけかよ」

翔の言葉には怒りが籠っていて、矢吹の掴む手を振りほどいた。

「俺だけ仲間外れかよ・・・」

その言葉に体を震わせ「ち、ちが」と否定をしようとしたのは山城だったが、今の翔にとっては何の意味も持たなかった。

面倒見のいい奴と言うのは、人の輪の中にいる事で自分の居心地のいい場所を作りだしている。

「わかってたさ・・・俺がやっているのは観測だけだ。バックアップは愚か、見てるだけだもんな・・・蚊帳の外にされるのは目に見えてたさ」

だが、その輪から一たび外れるような事があれば、疎外感から今まで抑えていた感情が溢れだす。

「翔先輩、誰もそんな事は・・・」

「そんな事は言ってないってか!・・・遠まわしに言ってるような物じゃねぇか!」

「誰もそんな事を一言も言ってないし!そう思っているのは翔先輩だけなんじゃないですか!」

人の争いごとを目の前にして、山城のように気の弱い人間は、自己防衛のために発言を控え、自分の殻にこもり、そこに存在しないかのように、自分は無関係だと主張するかのように、縮こまる。

山城と逆で、気の強い三好は、取り乱す翔を諭そうとするが、空回りして案の定、頭に血が上って逆切れ状態だ。



「止めろっ!!」


矢吹の怒鳴り声に、全員は静まり返った。(一人は既に静まっていたが)

「あぁ・・・今ので少し、落ち着いたわ」

さっきまでなんであんな事に、取り乱していたのか、わからなくなるぐらい落ち着きを取り戻していた。

取り乱していた記憶を飛ばすかのように頭を振り、ため息を漏らしながら、矢吹は口を開いた。

「何、仲間割れしてんだよ・・・ボケが・・・」

張本人である事をすっかり忘れ、その場に腰を下ろし、怒りに満ちた目で三人を睨みつけた。

「何のための決まり文句だよ・・・・全員で生きて帰るって言っただろうが・・・全員で生きて帰るためには、全員のシステムが必要なんだよ。

山城・・・俺の意見に同調するのは勝手だ。けど、なんでそれを押し付けよとしてんだよ。

三好、てめぇもだ。何逆切れしてんだよ・・・翔を突き放してどうすんだ」

黙り込む二人を横目に矢吹は、立ち上がり再び翔の胸倉をつかんだ。

「お前が勝手に疎外感を味わうのは勝手だ。だがな、誰もそんな事思っちゃいないって知ってんだろ・・・わかってんだろ。

二度と、そんな事を言うな」

「・・・わかった。悪かったな」

『俺達がやろうとしている事は、ああいう事だ』

映画で序盤で出てくるシーンを思い出し、矢吹の顔からは思わず笑みがこぼれた。

「フッ・・・なるほど・・・体験してから実感するもんだな」

「何をだよ・・・」

「こんな戦いに・・・善も悪も存在しないって事と、全ては終わってから美化されるって事だ」

掴んでいた手をほどき、矢吹は「帰るぞ」と全員に言い、森を後にした。




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