第六話 罪悪感
「三好を外す」
信じられぬ言葉に三好は「えっ・・・」と鼻から抜けるような声を出した。
「俺達はこれまで通り、三人で行動をとる。・・・今回は幸運な事に、手を汚したのは俺と山城だけだ」
「ま、待ってください。先輩」
「手を汚すのは突撃兵の俺と狙撃兵の山城だけで十分だ。・・・山城、それでいいな?」
覚悟を決めたような眼を向け山城は、頷いて見せた。
「先輩!」
「足手まといだ」
「嘘です!」
「人を殺したいのか!お前は !!」
「嫌です!」
「だったら邪魔もの以外の何物でもねぇ!」
矢吹の怒鳴り声に目に涙を浮かべながら、三好はミーティングルームを飛び出していった。
飛び出していった三好を見て、矢吹は力が抜け椅子にへたり込んだ。
「・・・どこがいい大人だって言うんだよ」
そう言ったのは翔だった。
そして、へたり込む矢吹を殴りつけた。
「いてっ!」
矢吹は椅子から転げ落ち、翔の方を睨みつけた。
「何しやがる!」
「餓鬼みたいな事を言いやがって・・・それが優しさのつもりかよ。三好を苦しめる結果と知っておきながら・・・」
「だったら、どうすりゃよかったんだよ!」
「心理学専攻してんだろうが!三好の心がわからねぇとでも言うのか、お前は!」
「あぁ?何言ってやがる?」
「一緒に泥被ろうって言ってんのに、なんでその意思を蔑にするような事言うんだよ!てめぇは!」
「お前は、三好に人を殺させるつもりか!」
「殺させてやれよ!」
「てめぇ!マジでいってのか!」
「・・・・すでに一人、殺してんだろうが」
「・・・違う。殺したのは俺だ」
「お前の暗示なんてな、時間がたてば消えるんだろ・・・」
「いや、消えない」
「嘘ついてんじゃねぇよ」
「本当だ・・・俺が解こうとしても、おそらく消えない。もしくは、その時の映像を見せるって手段もあるが、ショックに耐えきれるかもわからない」
「・・・・そんな暗示をお前はかけたのかよ」
「必死だったんだ・・・」
「・・・とりあえず、三好を追いかける。落ち着いてからお前も来い」
そう言うと翔もミーティングルームを飛び出した。
「いってぇ~・・・マジで殴りやがって」
「わ、わかるよ・・・俺も殴られたし」
「あいつって意外と力あるからな・・・」
「俺・・・思うんだけど・・・翔ってさ、三好の事」
「わかってるよ。そんな事・・・高校の時からな」
ついでに言うと三好の事もだ。
「し、嫉妬って奴かな?」
「どうかな?・・・あいつは面倒見がいいんだ。三好を仲間外れにしちまった事にキレたのかもしれない」
「俺・・・よくわからねぇな」
「ハハッ、俺もだ」
ミーティングルームに設置されている冷蔵庫の中から冷えた布を取り出し、矢吹も殴られた頬を冷やし始めた。
「私、少し思い出してきたんです。撃つな!って言いながら駆け寄ってくる先輩の事を・・・」
誰もいない練習場の一角で泣きじゃくる三好を発見し、とりあえず落ち着かせるために飲み物を奢ってやるとすぐに落ち着きを取り戻した。(相変わらず単純な奴だ)
「先輩が私の事を思ってそうしようとする気持ちはわかってるんです。わかってるんですけど・・・それが悔しくて」
再び目に涙を浮かべる三好を宥めようとするが、キッと目をこちらに向けてきた。
「あの!絶対に先輩、私に暗示掛けましたよね!だから記憶が飛んでるんですよね。本当の事知りたいんです。
翔先輩は見てたんですよね、こっちの方も?何があったのか教えてくれませんか?」
正直言うと、何も知らない。
血を噴き出す狙撃兵と横で山城が声を出しながら震えだす山城で一杯一杯で、気がつけば倒れる三好と嘔吐する矢吹の姿があっただけだった。
「もしかして、私・・・」
「いや、違うだろ。撃つなって言って矢吹がお前にダイブしてきたんだろ?・・・勢い余って頭でもぶつけて、記憶が飛んだんじゃね?」
「うっ・・・そう言われてみれば・・・横っ飛びされたかも・・」
「嬉しい半面、記憶に残ってないから悲しい半面ってか?」
「そうかも・・・しれません」
「それに、もし矢吹がお前に暗示を掛けていたとしても、それはお前を救うためだ。お前を救うために、チームから外すなんて言い出したんだ」
「・・・・」
「・・・・」
気まずい空気が流れる中、話題転換を試みようとした翔は思わぬ事を口にしてしまった。
「大体、あいつのどこがいいんだ?」
言ってしまった・・・・
「えっ?・・・」
「いや、・・・別に面が良いって訳じゃないし、性格も無駄に突っ張ってる所もあるしよ」
「・・・わからないです」
口を尖らせながら三好はそう答え、話を続けた。
「私だって・・最初から好きで一緒にいた訳でもないし・・・」
「はぁ?だって、お前高校の時から金魚のフンみたく、ずっとくっ付いてたじゃねぇか」
「それは・・・そうですけど・・・借金の糧にされてたんですよ私・・」
「・・・・はぁ?」
「私の両親の会社の筆頭株主だったんです。先輩の父が・・・でも、経営方針も何もかもメチャクチャにして借金まみれになっていたんです」
「えっ?・・だって、矢吹の父親って死んでなかったっけ?」
「えぇ・・・その、亡くなった人を酷く言うのは癪ですけど、本当に金で物を言わせる最低の人だったんです。
多分、わざとメチャクチャにして倒産に追いやったんですよ」
「・・・まさかとは思うけど」
「そのまさかですよ。・・・私を身売りさせたんです。変な条件付きで・・・俺の息子の相手をしろって」
「息子ってのは矢吹の事か?」
「はい。・・・でも、中学の時の先輩は、全く何も喋らないし、むしろ私の事を避けてました。私だって好きで一緒にいる訳じゃないのに、学校でもプライベートでも『来るな』的なオーラ滲みだす先輩になんだか腹が立って、逆に一緒にいてやろうと・・・」
「謎の負けん気だな・・・」
「それで、先輩の父が亡くなった途端、先輩は借金の全額としばらく暮らしていける額を私達にくれたんです。・・・それで先輩卒業しちゃって」
「だから、矢吹の後を追っかけて高校に来たって訳か・・・」
呆れた感じに尋ねる翔に、三好は口を尖らせながら頷いて見せた。
「まぁ・・・そんな感じです」
「でもよ・・・それって、常に一緒にいたからなんとなくって感じなんじゃねぇの?」
「そうかもしれないですけど、いいんです。私、単純馬鹿だから」
「まぁ、単純馬鹿だな」
「じゃぁ、翔先輩は?なんで先輩と一緒にいたんですか?」
「あぁ?俺?」
「私が高校に入った時には、一緒にいましたよね?」
「あぁ・・・俺はあいつが金持ちだって知って、近づいたのがきっかけだ。
金持ってのは、金に物を言わせて好き勝手やる最低な野郎だって信じてたから、苛める目的で近づいていた」
「それじゃぁ・・・お金でも巻き上げてたんですか?」
「おぅ、まさにその通り。友人と囲んで巻き上げたのが最初だったけどよ・・・囲まれてるってのに、あいつは金の使用方法について何度も聞いてきやがった。
それで面倒だから、ゲーム機買うなんて言ったらよ。次の日、そのゲーム機のソフトを何本も渡してきやがったのさ。
・・・まったく持って意味がわからん。
矢吹の話を聞いてみると・・・あいつには欲もなけりゃ、金の使用方法も知らなかった。
放っておけば、こいつは学校の屋上から大量の万札をばら撒きかねない。だから、俺が一から教えてやっていた」
「それで今現在に至る・・と?」
「まぁ・・・そんな感じだ。似た者同士だな俺達」
「どこがですか?」
「矢吹とは、金で結ばれてる。金の切れ目が縁の切れ目・・・そう思っていたけど、今じゃリアルウォーで結ばれちまった」
「翔先輩は、先輩から離れたかったんですか?」
「いや、そんな事は無いけど・・・何でかな?何故か一緒にいるな・・・」
「先輩は変わってるんですよ」
「確かに」
「誰が変人だ」
二人の話を立ち聞きしていた矢吹は、割って入った。
矢吹がやってきた事に気付き、目を向けると矢吹の後ろに山城がいる事にも気がついた。
「・・・二人で話しあったんだが・・・やっぱ俺達だけでやる。それは変わらない」
後ろに立つ山城も矢吹の言葉に頷いて見せた。
「ただ、俺達の実力じゃ二人ってのはかなりきつい。だから、バックアップをお願いしたい・・・だけど、極力戦闘は避けて欲しい」
「・・・また難しい事を言ってきやがる」
翔は、首を横に振りそう呟いた。そんな翔を横目に「そこで」と矢吹は話を続けた。
「配列を変える。観測と狙撃は変わらないが、突撃するのは俺だけだ」
チームリーダーの言葉に残念そうに顔を落とす三好。
「そして、三好はライフル兵として俺の後ろを任せる」
外されると思っていた三好だが、矢吹の言葉に顔を上げた。
「・・・ただし、威嚇射撃のみだ。俺が移動するまで時間稼ぎをしてくれ。いいな?」
「・・・は、はい!」
「それで、さっき時計を確認してわかったんだが・・・あと数秒でガンズショップの照明が落ちる」
腕時計を見ながら矢吹はカウントダウンを開始し、ゼロになると照明が全て落ちた。
日を跨いでガンズショップにいた矢吹達は、時間も時間だと言う訳で矢吹が三好を送り届け、その間に行われた会話云々は面倒なのでカットし、家に到着した。
「・・・まだ起きてたのか」
「・・・あっ」
まさかとは思っていたが、居間には電気もつけずソファーに一人淋しそうに腰掛ける永が矢吹を出迎えていた。
「おかえり」
「ただいま。もぅ遅いから部屋行って寝ろ」
「うん」
ソファーから足をうんと伸ばし、飛び上がりながら立ち上がろうとする永だが、長い間、座っていたらしく、立ちくらみを起こし倒れそうになっていた。
そんな永に気付き、矢吹はとっさに腕で支えた。
細い体が、矢吹の腕に収まる。
いつもの事だが、今回は何故かわからないが、受け止めていた腕をとっさに離してしまった。
「・・・どうかした?」
謎の行動に、永は首をかしげながらこっちを見てくる。
「あぁ・・いや、なんでもない。・・・永、お前また痩せたか?」
「そう・・かな?でも、お兄ちゃんが言うならそうかも」
「体調、よくないのか?」
「ううん、そんな事はないよ。いつも通り」
「そうか・・・でも、気分が悪くなったら兄ちゃんに言えよ」
「うん、ありがとう。・・・もぅ寝るね」
「おぅ、お休み」
「うん、おやすみ」
小さな足で階段を上る音を聞きながら、矢吹はソファーに腰を下ろし、自分の手を眺めていた。
「何も考えないようにしてたんだけどな・・・」
映画の中の彼等は、引き金を引くのに躊躇うシーンが象徴的であった。
それは、彼等の良心と言った物が心理的に行動を鈍らせ、それは人として、ごく当たり前の事だと思っていた。
もし、俺もその場に出くわしたら引き金を引くのに躊躇うだろう・・・そう思っていた。
だが、実際は違った。
何の躊躇も無く、しかも、敵に対し嘘をついてまで、俺は引き金を引いた。
教授の言う通り、扱いを知っている者として至極当然のように引き金を引いてしまった。
人を殺した。・・・・人を殺してしまったのだ。
あの時の事を思い浮かべ、何故、体を振るわせ嘔吐までしたのか?
本来は、罪悪感から来るものだ。
けど、全く罪悪感などは無かった。
何故嘔吐したか?・・・それはこれまで見る事が無かった、見る事が出来なかった物を目にしてしまったからだ。
ナイフを振り抜くと同時に、首から噴き出す鮮血。
何が起こったのか理解できないまま、胸から出る己の血を見ながら力なく倒れる人。
そして、狙いなど定めず敵のいる方向へ引き金を引き、その弾丸全てが敵に当たり、破れた服と一緒に肉片が飛び散った。
そんな光景を見てしまって、パニックを起こさない人間がいるだろうか?
俺だって普通の人間だ。パニックぐらい起こす。
なら先ほどの行動はどういった意味だ?
倒れそうになる妹を支える腕をとっさに離してしまった。
自分の手を見ながら、矢吹は自問自答いてた。
答えは案外すぐに出てきた。
「・・・罪悪感か」
人を殺してしまった手で、妹を救った。
それが良い事なのか?そう思い、とっさに手を放した。
こんな俺でも、罪悪感を味わえるのか・・・そう思うとなんだが救われた気がした。
人を殺してしまったと言うのに、そんな薄汚れた手で永を助けた。
「変な話だ」
軽く鼻で笑いながらも、矢吹の顔からは笑みがこぼれた。